271 / 306
連載
後日談百三十二話 後始末は終わらない
しおりを挟む
敵の何倍もの人数で襲撃し、勝ちを確信していた筈の族長達は、それぞれ必死に逃げていた。
「クソッ! あんなバケモノだなんて聞いてないぞ!」
勿論、空を飛ぶ巨大な鉄の鳥に乗って来るような奴らだ。侮っていた訳じゃない。ただ、数で圧倒できると信じていた。その為、貴重な毒矢を使い切るつもりで挑んだのだ。
だがタクミにしても聖域騎士団にしても、族長達のイメージできるラインを遥かに超えていた。
「何もかもが桁違いじゃねえか。大陸の奴らはみなあんなのか」
聖域騎士団が大陸の基準だと誤解してしまった族長達。大陸への恐怖が刻み込まれた。
大急ぎで屋敷に戻った族長達は、残っていた家族や一族と手下に指示を出す。
「荷物を纏めろ! 食糧庫の食いモンも全部だ!」
族長達は、可能な限りの物資を島の北東の海岸へと運び込む。
そこは天然の造船ドックのような場所。各地区の族長一族しか知らぬ秘密の地。そこには、大きな木造船が鎮座していた。
形としては、キャラック船に近いシルエットのこの船は、この島にたどり着いた祖先が遺したものを、長い年月をかけて改良し続けたもの。
その性能は、幸運にも聖域近海に流れ着いた避難船とは比べ物にならない。
「水の積み込み急げ! 直ぐに他の地区の族長一族も来る。急げよ!」
言わずもがな、彼等はこの島から逃げ出すつもりなのだ。
小さな島で、自分達ではどうしようもない脅威に晒された時どうするか。逃げの一択しかなかった。
今更、支配者という地位を退くなど考えられない。相手がどんな強者だろうと下げる頭は持っていない。
やがて東西南北の集落の族長一族が持てるだけの荷物を船に運び込んだ。
「東は論外として、寒くなる北もないな」
「それを言うなら、暑くなる南もないぞ」
「西へ行くしかないな」
「ああ、それしかない」
皮肉な事に、日頃小競り合いを繰り返していた四人の族長も、この苦難の時に団結していた。
族長達が話し合っていたのは漕ぎ出す方角。大陸が在ると言われている東側はあり得ない。実際、あの巨大な鉄の鳥(ガルーダ)は東から来た。小さな島なので、南北による気候の差はないが、祖先から知識として受け継いでいる。
まあ、北も南も極点に近いと寒いのは変わらないのだが、そこまでの知識は継承していないようだ。
結果、消去法で残った西へと航路を決めた。
「錨を上げろ!」
「帆を張れ!」
一隻の帆船が島を離れる。おそらく二度と戻らない旅路となるだろう。
彼等にタクミや聖域騎士団が立ち去った後、戻って来る頭はない。一度あれだけコテンパンにやられ、動かせるほぼ全ての兵を失った彼等に、従う島民は居ないだろうから。
青い海の上、白い帆を張った船が西へと進む。行先は天国か地獄か……
◇
僕達は、四つの集落を周っての確認をしていた。
「本当に島から逃げたんだね。まあ、その方が僕達は面倒がないからよかったけど」
「でも四つの集落に在る倉庫の食糧はほぼ持っていかれたみたいよ」
「どうせ島民に分配する気のない食糧だから、最初から無い物と思えばどうって事ないさ」
四つの集落を治める族長一族が全員船で逃げた。食糧や財産を持てるだけ持って。
「西へ向かったみたいだけど大丈夫なのかな?」
「タクミったらお人好しも大概にしなさいよね。島民を虐げた奴らだし、何より私達を襲撃して来た奴らよ」
「分かってるよ。でも女子供も居るみたいだし、どうしてもね」
僕が族長達を心配する発言をすると、アカネに呆れられてしまった。
「大丈夫よ。悪運なのかしらね。この島と同じくらいの大きさの島にたどり着くと思うわ」
「そうね。寧ろこの島より環境はいいんじゃないかしら。勿論、一から開拓するのは大変でしょうし、人数も五百人も居ないものね」
「シルフにウィンディーネ」
突然、僕とアカネの会話に加わったのは、シルフとウィンディーネだった。
そのシルフとウィンディーネが、彼等の悪運に苦笑いしている。とはいえ、罪が有るか無いか関係なく、女性や子供に不幸な未来がなさそうなのはよかった。まあ、楽な生活とはいかないだろうけどね。
「丁度よかった。シルフとウィンディーネにお願いがあるんだけど」
「分かってるわよ。アイツらの選別でしょう」
「今回は、ノルン様からのお願いだからね。私達も協力は惜しまないわよ」
「助かるよ」
襲撃者の中で、このまま島に戻しても大丈夫な人と、罪を重ね過ぎた者や、島に残すとトラブルの素になる者は分けないといけない。
中には島民を面白半分に殺したりした奴もそれなりに居るからね。そんな奴は、犯罪奴隷として役立ってもらおう。ムーランさんなら喜んで引き取りそうだ。
「でもタクミ、あの人数じゃムーランさんでも捌ききれないんじゃない?」
「パペックさんにも相談するよ。ボルトンだけじゃなく王都の奴隷商も使えば大丈夫だと思うしね」
アカネが人数が多過ぎるんじゃと言うけれど、パペックさんに相談すれば何とかなるだろう。
「後始末はまだまだでしょうけど、その前にタクミは地下水脈の浄化をお願いね」
「……分かってるよ」
そうなんだよな。ここがひと段落したら、聖域の工房に戻って地面の下を行く乗り物だな。
「クソッ! あんなバケモノだなんて聞いてないぞ!」
勿論、空を飛ぶ巨大な鉄の鳥に乗って来るような奴らだ。侮っていた訳じゃない。ただ、数で圧倒できると信じていた。その為、貴重な毒矢を使い切るつもりで挑んだのだ。
だがタクミにしても聖域騎士団にしても、族長達のイメージできるラインを遥かに超えていた。
「何もかもが桁違いじゃねえか。大陸の奴らはみなあんなのか」
聖域騎士団が大陸の基準だと誤解してしまった族長達。大陸への恐怖が刻み込まれた。
大急ぎで屋敷に戻った族長達は、残っていた家族や一族と手下に指示を出す。
「荷物を纏めろ! 食糧庫の食いモンも全部だ!」
族長達は、可能な限りの物資を島の北東の海岸へと運び込む。
そこは天然の造船ドックのような場所。各地区の族長一族しか知らぬ秘密の地。そこには、大きな木造船が鎮座していた。
形としては、キャラック船に近いシルエットのこの船は、この島にたどり着いた祖先が遺したものを、長い年月をかけて改良し続けたもの。
その性能は、幸運にも聖域近海に流れ着いた避難船とは比べ物にならない。
「水の積み込み急げ! 直ぐに他の地区の族長一族も来る。急げよ!」
言わずもがな、彼等はこの島から逃げ出すつもりなのだ。
小さな島で、自分達ではどうしようもない脅威に晒された時どうするか。逃げの一択しかなかった。
今更、支配者という地位を退くなど考えられない。相手がどんな強者だろうと下げる頭は持っていない。
やがて東西南北の集落の族長一族が持てるだけの荷物を船に運び込んだ。
「東は論外として、寒くなる北もないな」
「それを言うなら、暑くなる南もないぞ」
「西へ行くしかないな」
「ああ、それしかない」
皮肉な事に、日頃小競り合いを繰り返していた四人の族長も、この苦難の時に団結していた。
族長達が話し合っていたのは漕ぎ出す方角。大陸が在ると言われている東側はあり得ない。実際、あの巨大な鉄の鳥(ガルーダ)は東から来た。小さな島なので、南北による気候の差はないが、祖先から知識として受け継いでいる。
まあ、北も南も極点に近いと寒いのは変わらないのだが、そこまでの知識は継承していないようだ。
結果、消去法で残った西へと航路を決めた。
「錨を上げろ!」
「帆を張れ!」
一隻の帆船が島を離れる。おそらく二度と戻らない旅路となるだろう。
彼等にタクミや聖域騎士団が立ち去った後、戻って来る頭はない。一度あれだけコテンパンにやられ、動かせるほぼ全ての兵を失った彼等に、従う島民は居ないだろうから。
青い海の上、白い帆を張った船が西へと進む。行先は天国か地獄か……
◇
僕達は、四つの集落を周っての確認をしていた。
「本当に島から逃げたんだね。まあ、その方が僕達は面倒がないからよかったけど」
「でも四つの集落に在る倉庫の食糧はほぼ持っていかれたみたいよ」
「どうせ島民に分配する気のない食糧だから、最初から無い物と思えばどうって事ないさ」
四つの集落を治める族長一族が全員船で逃げた。食糧や財産を持てるだけ持って。
「西へ向かったみたいだけど大丈夫なのかな?」
「タクミったらお人好しも大概にしなさいよね。島民を虐げた奴らだし、何より私達を襲撃して来た奴らよ」
「分かってるよ。でも女子供も居るみたいだし、どうしてもね」
僕が族長達を心配する発言をすると、アカネに呆れられてしまった。
「大丈夫よ。悪運なのかしらね。この島と同じくらいの大きさの島にたどり着くと思うわ」
「そうね。寧ろこの島より環境はいいんじゃないかしら。勿論、一から開拓するのは大変でしょうし、人数も五百人も居ないものね」
「シルフにウィンディーネ」
突然、僕とアカネの会話に加わったのは、シルフとウィンディーネだった。
そのシルフとウィンディーネが、彼等の悪運に苦笑いしている。とはいえ、罪が有るか無いか関係なく、女性や子供に不幸な未来がなさそうなのはよかった。まあ、楽な生活とはいかないだろうけどね。
「丁度よかった。シルフとウィンディーネにお願いがあるんだけど」
「分かってるわよ。アイツらの選別でしょう」
「今回は、ノルン様からのお願いだからね。私達も協力は惜しまないわよ」
「助かるよ」
襲撃者の中で、このまま島に戻しても大丈夫な人と、罪を重ね過ぎた者や、島に残すとトラブルの素になる者は分けないといけない。
中には島民を面白半分に殺したりした奴もそれなりに居るからね。そんな奴は、犯罪奴隷として役立ってもらおう。ムーランさんなら喜んで引き取りそうだ。
「でもタクミ、あの人数じゃムーランさんでも捌ききれないんじゃない?」
「パペックさんにも相談するよ。ボルトンだけじゃなく王都の奴隷商も使えば大丈夫だと思うしね」
アカネが人数が多過ぎるんじゃと言うけれど、パペックさんに相談すれば何とかなるだろう。
「後始末はまだまだでしょうけど、その前にタクミは地下水脈の浄化をお願いね」
「……分かってるよ」
そうなんだよな。ここがひと段落したら、聖域の工房に戻って地面の下を行く乗り物だな。
応援ありがとうございます!
1,477
お気に入りに追加
35,347
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。