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二百四十九話 イラつく者と動く者
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冒険者ギルドや錬金術師ギルド、薬師ギルドが俄に活気ずき、草原地帯と隣接する国や、魔王国とのルート上にある国々がその影響で景気が上向き始めていた頃、それをイラつき指を噛んで見ているしかなかったのが商業ギルドだった。
特に商業ギルドの本部長であるモーガンは、ジーラッド聖国に向かうと聖王バキャルを煽り、竜人族の集落へ聖国の軍を動かした。モーガンは、その派兵に対して物資の援助をしている。
で、その結果は、スパルトイやアイアンゴーレム、マザーキラープランツ、イモータルトレントといったバケモノ達によって大失敗し、戦力を疲弊したジーラッド聖国だけじゃなく、その派兵に援助したモーガンも大損害を被ったのだから、イラつくのも仕方ないだろう。
モーガンが己の執務室で声を荒げていた。
「クソッ! グランツめ! 野蛮な元冒険者風情が増長しおって!」
バンッ! 重厚なテーブルを叩き苛つくモーガン。その苛立ちの対象は何故か冒険者ギルドの支部長グランツへ向かっていた。勿論、商業ギルドを裏切った錬金術師ギルドや薬師ギルドに対する恨みもある。自分を相手にもしなかった竜人族の長老も腹立たしい。商業ギルドに加入しているにも関わらず、モーガンへのことわりもなく単独で草原地帯へ行く商人達も気に入らない。
だが、そんな中で、今合同買取所で大きく利益を上げている冒険者ギルドの支部長グランツに対する怒りが一番強い。
今回の件で冒険者ギルドは儲かっているが、グランツ支部長自身の懐が直接潤っている訳ではないのだが、頭に血が上ったモーガンにとっては関係がなかった。
「ジーラッド聖国も情けない。一国が軍を動かして、トカゲ擬きの集落一つ攻め落とせんとは!」
怒りの矛先は、自分が煽り援助までしたのに、竜人族の集落一つ墜とせなかったジーラッド聖国にまで向く。
外は冬の寒さが厳しいが、モーガンの執務室は随分と気温が高そうだ。まあ、実際魔道具により暖房が効いているので暖かいのだが、かっかと怒るモーガンの体温で数℃高くなっていても不思議じゃない。
「……クソッ! 報告書を読めば読む程信じられん」
モーガンの手元には、分厚い紙の束がある。ジーラッド聖国による竜人族の集落攻撃の顛末の他、ローズ商会の女主人バーバラからもたらされた、冒険者擬きの盗賊による愚行と城塞都市の防衛力に関して掴んだ情報だ。
「私兵か傭兵を使い、城塞都市を襲うのはワシも考えたが、まさか孤児院のガキにやられる? そんな話、誰が信じる」
バーバラが、自身に責が及ばぬよう考えた策で分かったのは、アウロラでは本来なら弱者の筈の孤児院の子供達が、盗賊を余裕を持って撃退できるという冗談のような話だった。
最近、草原地帯に在る城塞都市をアウロラと名付けたらしいが、商業ギルドが関与せず何事もなく回っている事も腹立たしい。
「このままでは終わらんぞ。冒険者ギルドも錬金術師ギルドも薬師ギルドもこのままでは済まさん!」
深淵の森の素材を魔王国と冒険者ギルドが中心に捌く事で、冒険者ギルドは大きく収益を上げている。それは錬金術師ギルドや薬師ギルドも同様。
深淵の森からの産物は、シグムンド達からしか得られないので、大量に取り引きされるという訳ではないが、その希少性から価格は下がる事はない。
錬金術師ギルドや薬師ギルドも、深淵の森でしか採取できない希少な薬草類を手にた事で研究が進み、西方諸国が効果の高いポーションや薬を割れ先に買っていく。しかもそこに今度は虫除けまで加わり、多少高くとも西方諸国で飛ぶように売れ始めている。
腹立たしい事に、その取り引きは合同買取所が仕切っている為、商業ギルドに旨みはなかった。
「冒険者用の村だか何だか知らんが、冒険者ギルドの支部を置くなら、先ずは商業ギルドを誘致するべきだろう! 宿屋や雑貨屋、鍛治の工房まであるというのに! 商売をギルド抜きで行うなど、ルールを無視しやがってっ!」
モーガンが一人激昂する。誰も執務室に入って来れない。みんなとばっちりは受けたくないのだ。当のモーガンは、ギルド職員どころか自分の商会の人間にまで怯えられているなど気付きもしない。
魔王国の王子ダーヴィッドや冒険者ギルドの支部長グランツからは合同買取所の件でハブられ、竜人族の長老からは商業ギルドなど必要ないとはっきりと言われた。
そこで何か仕返しをと、自分の事を神の血を引く尊き存在と宣うジーラッド聖国の聖王バキャルを、竜人族の集落を攻め堕とすよう煽った。
結果、ジーラッド聖国を派兵させる事自体は成功し、草原地帯に商業ギルドとしても橋頭堡を築けると信じて疑わなかった。まさか出来て間も無い集落程度に、一国の軍勢がコテンパンに負けて帰るなど思いもしない。お陰で、モーガンの商会が提供した物資や食糧の代金は返ってこない。
そんな踏んだり蹴ったりなところに、今度は冒険者用の村だ。当たり前のように、商業ギルドは村が完成してから知る事となった。
まあ、冒険者用の村はシグムンドが主体となって造られたので、商業ギルドになと話を通す訳がないのだが、モーガンはシグムンドの存在など信じていない。
竜人族の長老や、最近ではグランツまでが『森神様』と呼んでいるにもかかわらず、草原地帯の発展には何かカラクリがあるんだと思っている。
アウロラにはお伽話に出て来る黄金竜のオオ爺サマが居るのだ。深淵の森を統べる存在が居たとしても不思議ではないと、冷静になれば考えつきそうなものだが、モーガンはもう平静ではないのだろう。
商業ギルドの本部長モーガンが苛立ち平静を失っているのとは対照的に、強かに更なる商売を企む女傑がいた。
女だてらにローズ商会を率いるバーバラだ。
「ロダン司祭に贈り物は要るかしら」
「お嬢様。ロダン司祭は清廉潔白な聖職者です。お礼なら孤児院の子供達へお菓子程度がいいと思います」
「それもそうね。それとヘクト、お嬢様じゃなくて会頭ね」
バーバラは、草原地帯の城塞都市(アウロラ)で、教会で造られた非常に美味しいエールと出会い、少量ではあるが取り引きできる事になった。次回、アウロラに行った時に感謝を表す贈り物が必要かとヘクトに相談するも、ヘクトは首を横に振った。
腐った聖職者も多いなか、シグムンドのお眼鏡にかなったロダン達が、袖の下を喜ぶ訳がない。ヘクトはさすが長年商会を支えている番頭だ。それを見抜いていた。
「それよりもお嬢様。ダーヴィッド殿下から『森神様』からダブついた魔物素材ならもう少し流してもいいとの話があったと聞きました。近いうちにアウロラに向かいたいと思います」
「それなのよね。商業ギルドを介さず動ける小商会が我慢できずに動き始めたものね。それとお嬢様じゃなく会頭ね」
シグムンドのアイテムボックスや影収納、セブールやリーファ達眷属のマジックバッグの中に大量に死蔵している魔物素材。シグムンドは貯まる一方のこの魔物素材を小出しに放出する事を決めた。
これには、ミルやララだけじゃなくポーラちゃん達孤児院の子供達をパワーレベリングする事で余計に魔物素材が貯まる一方な事が原因だ。
ポーラちゃん達孤児院の子供達が狩った魔物で、食べれるものは教会や孤児院で食べるし、アウロラの住民や外の農地用に安く提供される。ただ、それでも売るほど貯まるのが現状だった。
そこにガッツある商人の動きが重なり、冒険者用の村建設へと繋がった。
「冒険者用の村は、お嬢様の所為もありますよ。別の意図はあったにせよ、あんな荒くれ者を連れて行ったのですから。治安を考えるのも当然です」
「分かってるわよ。でも誰かがアウロラの情報を探る必要はあったでしょう。まあ、悪手だったのは認めるけど。それと何度も言うけどお嬢様じゃなくて会頭ね」
ヘクトが言うように、シグムンドが不要な在庫を処分したい意図はあったが、冒険者用の村をわざわざ造る事になったのは、バーバラがわざと問題を起こしそうな不良冒険者を連れて行った事が原因と言ってもいい。
「そう言えば、ちょうどジーラッド聖国から魔石を調達して欲しいとの話がありましたな」
「深淵の森産の魔石だもの。同じ大きさでも内包する魔力の質と量が違うわ。良い値段買ってくれそうね」
「はい。魔道具に使っても燃費が全然違いますからね」
「ええ。聖国は魔道具も他の国よりも普及しているから、多少割高でも深淵の森産の魔石を使う方が結果的に特だもの」
西方諸国連合の中でも魔道具が一番普及しているのがジーラッド聖国だった。その聖国から魔石の発注があったとしても誰も疑問には感じない。しかも嵩張る肉や皮、骨と違い魔石なら大量に持ち運べる。
ローズ商会くらいになれば、時間停止機能が付いていないマジックバッグくらい持っているだろう。その点も魔石を扱えるのはありがたい。
「時間停止機能付きのマジックバッグがもっとあればね」
「お嬢様。さすがに時間遅延ならまだしも、時間停止機能付きのマジックバッグを手に入れるのは運ですよ」
「そうね。お金を払えば買えるってものでもないものね」
ローズ商会が持つ時間停止機能付きマジックバッグは、その容量がそれ程大きくないので、前回で言えばエールを持ち帰るのに使っていた。
新しい時間停止機能付きマジックバッグを手に入れるには、ダンジョンの宝箱から出たものがオークションにかけられた時に競り落とすか、冒険者を長期間雇いダンジョンの宝箱から入手するまでチャレンジするしかない。
そんな世間では超貴重なマジックバッグ。シグムンドが時間停止機能付き、尚且つ大容量のマジックバッグを片手間に造り、自分の眷属達に複数持たせていると知ればどう思うだろう。
肉の輸送に便利だからと、ダーヴィッドに幾つか貸していると商業ギルドの人間が知れば、再び魔王国と西方諸国連合が揉めるかもしれない。
「しかしお嬢様、ジーラッド聖国からの魔石の発注。急激に増えてませんか? 確かに深淵の森産の魔石は品質が他とは違います。ですがその分、お値段が張ります」
「そうね。急に増えたのは気になるけれど、値段はあの品質を考えれば高くはないわ。皮肉な事に、全量を冒険者ギルド経由だから、それ程値段も高くなっていないしね」
「……まぁ、商業ギルドの手数料は高いですからね」
魔石を調達したいとなると、先ず最初に思い浮かぶのは冒険者ギルドだが、実際には一旦商業ギルドや大きな商会が、冒険者ギルドから買い付けて、販売網にのせるのが今までの慣例だったし、今でも深淵の森産以外の魔石の流通はそうだ。
割高になるが、利便性は冒険者ギルドが売るよりも高い。
ただ、深淵の森産の素材に関しては、全て合同買取所を通し、冒険者ギルドの職員と魔王国から派遣された人員により捌かれる。商業ギルドも小口なら取り引きをしてもらえるが、そこにそれ程の旨味はない。そもそも商業ギルドの本部長であるモーガンが、意地でも小口の取り引きでお茶を濁すなどしないだろう。
「問題は、あとはどのくらいの量を私たちに卸してくれるかね。冒険者ギルド自体は魔石を小売りなんてしないから、結局そのほとんどを商人が買う事になるんだもの。多分ある程度の量は確保できる筈よ」
「アウロラと冒険者用の村にも雑貨屋はございますが、数は少ないですからね。それに錬金術師ギルドも、魔石ばかり大量には使わないでしょう」
バーバラが考える限り、現地での魔石の需要は多くない。錬金術師も魔石は使うが、錬金術師ギルドが魔石を草原地帯から大量輸送する筈もない。
「魔石の大量輸送なんて、ある程度大きな商会じゃないと無理だものね」
「はい。マジックバッグもしくは結界の魔道具を揃える事が出来るのは、中堅以上の商会ですから」
何故、魔石の大量輸送が難しいのか。それは大量に魔石が一箇所に集まると、その魔力を狙って魔物が集まるからだ。
だから合同買取所は勿論、冒険者ギルドの魔石保管庫には、魔力が外に漏れないようにする魔道具が設置されている。魔石を扱う商人も、冒険者ギルドのように大規模な魔道具ではないが、持ち運び式の魔道具を保有していた。マジックバッグが有れば解決するのだが、小規模な商会には高価過ぎて手が出ない。
「それにしても少し引っかかるわね」
「ジーラッド聖国ですか?」
「ええ。あの国は貧困層が少ないから、魔道具が普及しているのは分かるんだけど、買い求める量が少し多いと思わない?」
話が一区切りしたタイミングで、バーバラが呟く。それに対してヘクトも、バーバラが何に引っかかっているのかを言い当てた。
バーバラは頷くと、ジーラッド聖国からの急に増えた魔石発注が腑に落ちないとヘクトに言う。ヘクトも確かに例年と比べても遥かに多い発注量に、本当に魔道具に使うのか疑問が残る。
「……確かに、そう言われればそうですな。お嬢様が気になるようでしたら、少し探ってみますか?」
「……いえ、やめとくわ。あの国は深入りすると怪我をしそう」
ヘクトが気になるようならジーラッド聖国を調べようかと聞くも、バーバラは少し考え首を横に振る。
「お嬢様の勘ですかな。それなら深入りすべきてばなさそうですな」
「ヘクト、何度言えば分かるの。お嬢様じゃなくて会頭よ!」
ヘクトが言うバーバラの勘。番頭のヘクトがローズ商会を支えているとはいえ、若くしてローズ商会の会頭を務めるのは、ただ単に実務に優れていたりカリスマがあるだけではなかった。
「勘」とても曖昧で言葉にしずらい感覚。だがヘクトを始めとしてローズ商会の従業員は、バーバラの勘を侮る事はない。何度もそのバーバラの勘で商会の危機を未然に防いできたからだ。
バーバラとヘクトは、ジーラッド聖国の魔石発注に関しては、可能な限り仕入れて販売するだけに止めると決めた。深入りは「凶」だとバーバラの勘が告げている。
そのバーバラの勘が正しいのか、間違いなのかは、時間が教えてくれるだろう。
特に商業ギルドの本部長であるモーガンは、ジーラッド聖国に向かうと聖王バキャルを煽り、竜人族の集落へ聖国の軍を動かした。モーガンは、その派兵に対して物資の援助をしている。
で、その結果は、スパルトイやアイアンゴーレム、マザーキラープランツ、イモータルトレントといったバケモノ達によって大失敗し、戦力を疲弊したジーラッド聖国だけじゃなく、その派兵に援助したモーガンも大損害を被ったのだから、イラつくのも仕方ないだろう。
モーガンが己の執務室で声を荒げていた。
「クソッ! グランツめ! 野蛮な元冒険者風情が増長しおって!」
バンッ! 重厚なテーブルを叩き苛つくモーガン。その苛立ちの対象は何故か冒険者ギルドの支部長グランツへ向かっていた。勿論、商業ギルドを裏切った錬金術師ギルドや薬師ギルドに対する恨みもある。自分を相手にもしなかった竜人族の長老も腹立たしい。商業ギルドに加入しているにも関わらず、モーガンへのことわりもなく単独で草原地帯へ行く商人達も気に入らない。
だが、そんな中で、今合同買取所で大きく利益を上げている冒険者ギルドの支部長グランツに対する怒りが一番強い。
今回の件で冒険者ギルドは儲かっているが、グランツ支部長自身の懐が直接潤っている訳ではないのだが、頭に血が上ったモーガンにとっては関係がなかった。
「ジーラッド聖国も情けない。一国が軍を動かして、トカゲ擬きの集落一つ攻め落とせんとは!」
怒りの矛先は、自分が煽り援助までしたのに、竜人族の集落一つ墜とせなかったジーラッド聖国にまで向く。
外は冬の寒さが厳しいが、モーガンの執務室は随分と気温が高そうだ。まあ、実際魔道具により暖房が効いているので暖かいのだが、かっかと怒るモーガンの体温で数℃高くなっていても不思議じゃない。
「……クソッ! 報告書を読めば読む程信じられん」
モーガンの手元には、分厚い紙の束がある。ジーラッド聖国による竜人族の集落攻撃の顛末の他、ローズ商会の女主人バーバラからもたらされた、冒険者擬きの盗賊による愚行と城塞都市の防衛力に関して掴んだ情報だ。
「私兵か傭兵を使い、城塞都市を襲うのはワシも考えたが、まさか孤児院のガキにやられる? そんな話、誰が信じる」
バーバラが、自身に責が及ばぬよう考えた策で分かったのは、アウロラでは本来なら弱者の筈の孤児院の子供達が、盗賊を余裕を持って撃退できるという冗談のような話だった。
最近、草原地帯に在る城塞都市をアウロラと名付けたらしいが、商業ギルドが関与せず何事もなく回っている事も腹立たしい。
「このままでは終わらんぞ。冒険者ギルドも錬金術師ギルドも薬師ギルドもこのままでは済まさん!」
深淵の森の素材を魔王国と冒険者ギルドが中心に捌く事で、冒険者ギルドは大きく収益を上げている。それは錬金術師ギルドや薬師ギルドも同様。
深淵の森からの産物は、シグムンド達からしか得られないので、大量に取り引きされるという訳ではないが、その希少性から価格は下がる事はない。
錬金術師ギルドや薬師ギルドも、深淵の森でしか採取できない希少な薬草類を手にた事で研究が進み、西方諸国が効果の高いポーションや薬を割れ先に買っていく。しかもそこに今度は虫除けまで加わり、多少高くとも西方諸国で飛ぶように売れ始めている。
腹立たしい事に、その取り引きは合同買取所が仕切っている為、商業ギルドに旨みはなかった。
「冒険者用の村だか何だか知らんが、冒険者ギルドの支部を置くなら、先ずは商業ギルドを誘致するべきだろう! 宿屋や雑貨屋、鍛治の工房まであるというのに! 商売をギルド抜きで行うなど、ルールを無視しやがってっ!」
モーガンが一人激昂する。誰も執務室に入って来れない。みんなとばっちりは受けたくないのだ。当のモーガンは、ギルド職員どころか自分の商会の人間にまで怯えられているなど気付きもしない。
魔王国の王子ダーヴィッドや冒険者ギルドの支部長グランツからは合同買取所の件でハブられ、竜人族の長老からは商業ギルドなど必要ないとはっきりと言われた。
そこで何か仕返しをと、自分の事を神の血を引く尊き存在と宣うジーラッド聖国の聖王バキャルを、竜人族の集落を攻め堕とすよう煽った。
結果、ジーラッド聖国を派兵させる事自体は成功し、草原地帯に商業ギルドとしても橋頭堡を築けると信じて疑わなかった。まさか出来て間も無い集落程度に、一国の軍勢がコテンパンに負けて帰るなど思いもしない。お陰で、モーガンの商会が提供した物資や食糧の代金は返ってこない。
そんな踏んだり蹴ったりなところに、今度は冒険者用の村だ。当たり前のように、商業ギルドは村が完成してから知る事となった。
まあ、冒険者用の村はシグムンドが主体となって造られたので、商業ギルドになと話を通す訳がないのだが、モーガンはシグムンドの存在など信じていない。
竜人族の長老や、最近ではグランツまでが『森神様』と呼んでいるにもかかわらず、草原地帯の発展には何かカラクリがあるんだと思っている。
アウロラにはお伽話に出て来る黄金竜のオオ爺サマが居るのだ。深淵の森を統べる存在が居たとしても不思議ではないと、冷静になれば考えつきそうなものだが、モーガンはもう平静ではないのだろう。
商業ギルドの本部長モーガンが苛立ち平静を失っているのとは対照的に、強かに更なる商売を企む女傑がいた。
女だてらにローズ商会を率いるバーバラだ。
「ロダン司祭に贈り物は要るかしら」
「お嬢様。ロダン司祭は清廉潔白な聖職者です。お礼なら孤児院の子供達へお菓子程度がいいと思います」
「それもそうね。それとヘクト、お嬢様じゃなくて会頭ね」
バーバラは、草原地帯の城塞都市(アウロラ)で、教会で造られた非常に美味しいエールと出会い、少量ではあるが取り引きできる事になった。次回、アウロラに行った時に感謝を表す贈り物が必要かとヘクトに相談するも、ヘクトは首を横に振った。
腐った聖職者も多いなか、シグムンドのお眼鏡にかなったロダン達が、袖の下を喜ぶ訳がない。ヘクトはさすが長年商会を支えている番頭だ。それを見抜いていた。
「それよりもお嬢様。ダーヴィッド殿下から『森神様』からダブついた魔物素材ならもう少し流してもいいとの話があったと聞きました。近いうちにアウロラに向かいたいと思います」
「それなのよね。商業ギルドを介さず動ける小商会が我慢できずに動き始めたものね。それとお嬢様じゃなく会頭ね」
シグムンドのアイテムボックスや影収納、セブールやリーファ達眷属のマジックバッグの中に大量に死蔵している魔物素材。シグムンドは貯まる一方のこの魔物素材を小出しに放出する事を決めた。
これには、ミルやララだけじゃなくポーラちゃん達孤児院の子供達をパワーレベリングする事で余計に魔物素材が貯まる一方な事が原因だ。
ポーラちゃん達孤児院の子供達が狩った魔物で、食べれるものは教会や孤児院で食べるし、アウロラの住民や外の農地用に安く提供される。ただ、それでも売るほど貯まるのが現状だった。
そこにガッツある商人の動きが重なり、冒険者用の村建設へと繋がった。
「冒険者用の村は、お嬢様の所為もありますよ。別の意図はあったにせよ、あんな荒くれ者を連れて行ったのですから。治安を考えるのも当然です」
「分かってるわよ。でも誰かがアウロラの情報を探る必要はあったでしょう。まあ、悪手だったのは認めるけど。それと何度も言うけどお嬢様じゃなくて会頭ね」
ヘクトが言うように、シグムンドが不要な在庫を処分したい意図はあったが、冒険者用の村をわざわざ造る事になったのは、バーバラがわざと問題を起こしそうな不良冒険者を連れて行った事が原因と言ってもいい。
「そう言えば、ちょうどジーラッド聖国から魔石を調達して欲しいとの話がありましたな」
「深淵の森産の魔石だもの。同じ大きさでも内包する魔力の質と量が違うわ。良い値段買ってくれそうね」
「はい。魔道具に使っても燃費が全然違いますからね」
「ええ。聖国は魔道具も他の国よりも普及しているから、多少割高でも深淵の森産の魔石を使う方が結果的に特だもの」
西方諸国連合の中でも魔道具が一番普及しているのがジーラッド聖国だった。その聖国から魔石の発注があったとしても誰も疑問には感じない。しかも嵩張る肉や皮、骨と違い魔石なら大量に持ち運べる。
ローズ商会くらいになれば、時間停止機能が付いていないマジックバッグくらい持っているだろう。その点も魔石を扱えるのはありがたい。
「時間停止機能付きのマジックバッグがもっとあればね」
「お嬢様。さすがに時間遅延ならまだしも、時間停止機能付きのマジックバッグを手に入れるのは運ですよ」
「そうね。お金を払えば買えるってものでもないものね」
ローズ商会が持つ時間停止機能付きマジックバッグは、その容量がそれ程大きくないので、前回で言えばエールを持ち帰るのに使っていた。
新しい時間停止機能付きマジックバッグを手に入れるには、ダンジョンの宝箱から出たものがオークションにかけられた時に競り落とすか、冒険者を長期間雇いダンジョンの宝箱から入手するまでチャレンジするしかない。
そんな世間では超貴重なマジックバッグ。シグムンドが時間停止機能付き、尚且つ大容量のマジックバッグを片手間に造り、自分の眷属達に複数持たせていると知ればどう思うだろう。
肉の輸送に便利だからと、ダーヴィッドに幾つか貸していると商業ギルドの人間が知れば、再び魔王国と西方諸国連合が揉めるかもしれない。
「しかしお嬢様、ジーラッド聖国からの魔石の発注。急激に増えてませんか? 確かに深淵の森産の魔石は品質が他とは違います。ですがその分、お値段が張ります」
「そうね。急に増えたのは気になるけれど、値段はあの品質を考えれば高くはないわ。皮肉な事に、全量を冒険者ギルド経由だから、それ程値段も高くなっていないしね」
「……まぁ、商業ギルドの手数料は高いですからね」
魔石を調達したいとなると、先ず最初に思い浮かぶのは冒険者ギルドだが、実際には一旦商業ギルドや大きな商会が、冒険者ギルドから買い付けて、販売網にのせるのが今までの慣例だったし、今でも深淵の森産以外の魔石の流通はそうだ。
割高になるが、利便性は冒険者ギルドが売るよりも高い。
ただ、深淵の森産の素材に関しては、全て合同買取所を通し、冒険者ギルドの職員と魔王国から派遣された人員により捌かれる。商業ギルドも小口なら取り引きをしてもらえるが、そこにそれ程の旨味はない。そもそも商業ギルドの本部長であるモーガンが、意地でも小口の取り引きでお茶を濁すなどしないだろう。
「問題は、あとはどのくらいの量を私たちに卸してくれるかね。冒険者ギルド自体は魔石を小売りなんてしないから、結局そのほとんどを商人が買う事になるんだもの。多分ある程度の量は確保できる筈よ」
「アウロラと冒険者用の村にも雑貨屋はございますが、数は少ないですからね。それに錬金術師ギルドも、魔石ばかり大量には使わないでしょう」
バーバラが考える限り、現地での魔石の需要は多くない。錬金術師も魔石は使うが、錬金術師ギルドが魔石を草原地帯から大量輸送する筈もない。
「魔石の大量輸送なんて、ある程度大きな商会じゃないと無理だものね」
「はい。マジックバッグもしくは結界の魔道具を揃える事が出来るのは、中堅以上の商会ですから」
何故、魔石の大量輸送が難しいのか。それは大量に魔石が一箇所に集まると、その魔力を狙って魔物が集まるからだ。
だから合同買取所は勿論、冒険者ギルドの魔石保管庫には、魔力が外に漏れないようにする魔道具が設置されている。魔石を扱う商人も、冒険者ギルドのように大規模な魔道具ではないが、持ち運び式の魔道具を保有していた。マジックバッグが有れば解決するのだが、小規模な商会には高価過ぎて手が出ない。
「それにしても少し引っかかるわね」
「ジーラッド聖国ですか?」
「ええ。あの国は貧困層が少ないから、魔道具が普及しているのは分かるんだけど、買い求める量が少し多いと思わない?」
話が一区切りしたタイミングで、バーバラが呟く。それに対してヘクトも、バーバラが何に引っかかっているのかを言い当てた。
バーバラは頷くと、ジーラッド聖国からの急に増えた魔石発注が腑に落ちないとヘクトに言う。ヘクトも確かに例年と比べても遥かに多い発注量に、本当に魔道具に使うのか疑問が残る。
「……確かに、そう言われればそうですな。お嬢様が気になるようでしたら、少し探ってみますか?」
「……いえ、やめとくわ。あの国は深入りすると怪我をしそう」
ヘクトが気になるようならジーラッド聖国を調べようかと聞くも、バーバラは少し考え首を横に振る。
「お嬢様の勘ですかな。それなら深入りすべきてばなさそうですな」
「ヘクト、何度言えば分かるの。お嬢様じゃなくて会頭よ!」
ヘクトが言うバーバラの勘。番頭のヘクトがローズ商会を支えているとはいえ、若くしてローズ商会の会頭を務めるのは、ただ単に実務に優れていたりカリスマがあるだけではなかった。
「勘」とても曖昧で言葉にしずらい感覚。だがヘクトを始めとしてローズ商会の従業員は、バーバラの勘を侮る事はない。何度もそのバーバラの勘で商会の危機を未然に防いできたからだ。
バーバラとヘクトは、ジーラッド聖国の魔石発注に関しては、可能な限り仕入れて販売するだけに止めると決めた。深入りは「凶」だとバーバラの勘が告げている。
そのバーバラの勘が正しいのか、間違いなのかは、時間が教えてくれるだろう。
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