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6巻
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四話 魔王国にも困った奴はいる
魔王国が引き起こした大陸を巻き込む大きな戦争が終わり、十年以上。落ち着きつつある魔王国と西方諸国だが、それを面白く思っていない者も当然存在する。
その筆頭は言うに及ばずジーラッド聖国だが、魔王国にも少数ながら平穏よりも混沌を望む輩が存在していた。
地下の暗い部屋に、魔物と人間を合成したキメラの失敗作が並んでいる。その光景は、ここの主人がまともな人間ではないことを物語っている。
そこに顔色を青くさせた一人の男が戻ってきて、部屋の主人に声を掛ける。
「ジジイ。あれはヤバイ。無理。近付くのも無理だ」
「……やはりか。じゃが、そこを曲げて、どうにか手に入らんかのぅ」
「バカ言うな。ジジイ、諦めろ。アレはそんなレベルじゃない!」
「ふむぅ……」
外から帰ってきた男は、その身を隠していた外套を脱ぎ去る。
現れたのは、細身の浅黒い肌の男。ただ、南方系の人族ではない。紛れもなく魔族だ。
「なぁシャウト、本当に少しも可能性はないのか?」
「魔王陛下が羽虫に思えるレベルの相手だぞ。疑うなら、ルバスのジジイが自分のその目で見てくりゃいいだろう! いや、目はなくなったのか」
「むぅ……」
シャウトが無謀な依頼だと言うと、ルバスと呼ばれた存在が考え込む。
その顔には皮膚がなく骨が露出し、目があるはずの部分に眼球はなく、そこは妖しく光るのみ。
「ジジイがいくらリッチだといっても、何もできずに消されるだけだと思うぞ。悪いことは言わねえ。かかわらない方がいい」
「リッチではないわ! ワシはリッチロードじゃ!」
そう。ルバスは元魔族の魔法使いで、自らリッチロードとなった存在だった。
「いや、ジジイ。リッチロードって言うほど強くないじゃねぇか。下手すりゃ人族の中堅冒険者にも討伐されちまう程度だろう」
「それは仕方ない。もともとが魔王どころか、アバドンやデモリスにもはるかに及ばぬワシがリッチロードとなったとて、奴らからしたら誤差じゃからの」
「それ、リッチロードになる前に分かってりゃよかったのにな」
ルバスは自分を実験台に研究を重ね、ゴースト系魔物の最終形態リッチロードへと至った。それ自体はすごい成果だ。普通、リッチロードと言えば、厄災級の魔物なのだから。
ところが、シグムンドのように最下級のゴーストから進化し続けてリッチロードに至ったのではなく、独自の術式を編み出し、魔族からリッチロードへと無理矢理変化したせいなのか、その力は元の魔族だった頃から多少強くなった程度だった。もともとルバスは、戦闘方面はからっきしだったこともあり、結局シャウトに馬鹿にされるような残念な結果となった。
そのことにルバスはしばらく落ち込んだものの、寿命から解き放たれたのだからよしとしようと切り替え、今も模索を続けていた。
「いや、まだ諦めるのは早い。何か方法はあるはずじゃ」
「俺はもう草原地帯に近付くのは嫌だからな。俺に敵意がなかったからたまたま見逃してくれたんだと思うが、敵意を向けた瞬間終わるぞ。俺は神が創りし黄金竜よりも強大な存在となんて、関わりたくないからな」
「シャウト、そこを何とかならんか?」
「なるか!」
ルバスが望んだのは、さらなる力。レベルアップを繰り返し進化を重ねたシグムンドとは、別方向のアプローチで力を求めていた。
そう。ルバスは力を得るために黄金竜の素材を欲していた。
魔物であるリッチロードとなったルバスだが、その性質や性格は魔族だった頃と変わらない。高位の魔物の中でも人間と変わらぬ理性と知性を持つリッチロードだが、それでも普通は人間に対して攻撃的になるなど、異常な様子をみせるものだ。
それが魔物となった今も魔族の時と変わらないルバスは、魔族だった頃から筋金入りの変人だったとも言えるだろう。
黄金竜の素材でさらなる力を得られるかもしれない。ルバスがそう考えたのであれば、もう諦めるのは難しい。
「なあ、血をちょっとだけでもいいんじゃ。ドラゴンじゃぞ。それも黄金竜じゃ。お伽話の中の存在が草原地帯にいるんじゃ。諦められるわけがないじゃろう」
「だから無理だって言ってるだろ! 何度も言うが、あそこには、黄金竜なんかよりもっとヤベエのがいるんだよ!」
「むぅ……」
シャウトが言うヤベエのとは、もちろんシグムンドのことだ。
光を克服するどころか、その光属性の魔法を使いこなす特殊なバンパイヤロード。堕ちた神を葬る超越者。少しでも知能がある者であれば、ちょっかいなんて出そうと思わない。
魔族の中でも、直接的な戦闘力よりも諜報能力に長けた種族であるシャウトは、ルバスの望む様々なモノを手に入れるため、魔王国はもとより大陸中を飛び回り活動していた。
当然、黄金竜が草原地帯に飛来した情報はすぐに手に入れたし、それを聞いたルバスがその素材を欲し、調査に向かわされることになったのは必然だっただろう。
だが、そこでシャウトはシグムンドに察知されてしまった。それも当然だ。シグムンドの察知範囲は、深淵の森と草原地帯全域にわたる。異物を察知するのは容易い。
シャウトに敵対する意思がなかったため見逃されたが、もし邪なことを考えれば、一瞬で消されていただろう。
「言っとくけど、あの黄金竜様を傷つけるなんて無理だからな。アレは本物の神使だ。それであのバケモノはそのはるか上なんだ。頼むから俺を巻き込むな」
「むぅ、シャウト、お前とは長い付き合いじゃろう。そう冷たいことを言わんでくれ」
「俺はまだ死にたくないんだよ!」
シャウトは視界に入れた存在の力量を測るユニークスキルを持っていた。遠目からだがその力で黄金竜とシグムンドを見てしまい、半ばトラウマになっていたのだ。
シャウトの対応に不貞腐れるルバスだが、この男の辞書に諦めるという文字はなかった。
「そうじゃ。そう言えば黄金竜以外にも古竜がいると言っておったな。それならどうにか都合できんか?」
「馬鹿かジジイ! 古竜様だぞ! 魔王国にいる竜人族とは別もんだ! 俺やジジイなんざ瞬殺されておしまいだ!!」
黄金竜が無理だと言われたルバスは、それなら他の古竜をと言い始める。無茶を言うなとシャウトが怒鳴ったのも仕方ないだろう。
「はぁ、シャウトは頼りにならんのぅ」
「ふざけんなぁ! 魔族をやめてリッチロードになったくせに、文官のアバドン様にも勝てないマヌケに言われなくないわ!」
「ワシは頭脳労働専門じゃからええんじゃ!」
「よかないわっ!」
ルバスが最も欲しているのは黄金竜の血だが、それが無理ならせめてと目をつけたのが他の古竜なのだが……それだってとてもじゃないが、シャウトの手には負えない。正直にそう訴えるシャウトを、自分のことを棚に上げて頼りなく思うルバス。シャウトがイラつくのも当然だ。
「だいたいリッチロードのくせに、なんでそんなに弱いんだよ。だいたいお前が強ければ、黄金竜様や他の古竜様の血も必要なかったんじゃねえか」
「仕方なかろう。これでも強くなった方なんじゃ」
そもそも優れた魔法使いが未練を残して死に、その魂が澱んだ濃い魔力に晒されて発生するのがレイスやリッチだ。
レイスやリッチになった時点で、生ある者に対して攻撃的になる。そして長い月日、討伐されることなく生者を葬り続けた個体が、リッチロードに至る。
そうしてリッチロードに至った個体は非常に強力だ。
だがルバスは、レイスからスタートするわけにはいかなかった。
レイスになった時点で、魔族だった頃と変わらぬ理性や思考、知識はなくなる。ゆえに、独自に禁術を編み出したのだ。
凸凹コンビの言い合いは続く。
五話 チラチラ
草原地帯の城塞都市内に合同買取所を建てるという計画は、俺――シグムンドたちがびっくりするくらいスピーディーに進められている。
商業ギルドとは少しゴタゴタがあったわけだが、冒険者ギルドや薬師ギルド、錬金術師ギルドが協力的で、しかも鍛冶師などが加入している職人ギルドまでがぜひ協力させて欲しいと言ってきたらしい。
それで早くも物資の搬入が始まっている。
「場所はあそこでよかったのか? もっといい場所もまだ空いてるぞ」
「魔物素材を扱いますので、中心部から少し離れた場所に広い敷地がある方がいいのです。あとは門が近い場所をと考えました」
合同買取所の建設予定地は、城塞都市の中でも少し端の方になる。それでセブールに聞いてみたんだけど、ちゃんとした理由があったようだ。
「それもそうか。まあ、セブールに任せたんだから、俺としては文句はないよ。あとは適当に頼む」
「お任せください。旦那様」
「ああ」
各ギルドから魔王国以外の人間も大勢来るだろうから、俺が前面に出ない方がいいだろう。怖がらせても悪いしな。
ところで、一番遠いはずの魔王国から、早くも草原地帯へと駆けつけた者たちがいる。
一人はダーヴィッド君。一応、魔王国側の責任者として来ている。
ダーヴィッド君はこの城塞都市には一番通っているし、セブールとも知り合いだし、何よりいろいろと世話になっている。今度、何か贈りものでもした方がいいかな。
それで、その魔王国から来たメンバーのうち、護衛の兵士以外で人数が多いのが竜人族たちだ。
一応、高い身体能力を買われて、作業員として来ているはずなんだが……
「……あれ、仕事になるのか?」
「一応、ちゃんとしているようですが……」
俺の問いにリーファが煮え切らない答えを返す。
セブールが、作業員やギルド関係者の宿泊場所や食事などに関してダーヴィッド君と話し合っているので、俺はリーファをお供に作業の様子を見て回っていたのだった。
「ああ、一応仕事はしているみたいだな。まあ、作業は遅れていないようだし、いいんだけどな」
「そこは、身体能力の高い竜人族ですね……真面目に作業に集中すれば、もっと捗るのでしょうが」
竜人族たちがさぼっているってわけじゃない。作業の合間に、ある場所をチラチラと見ているだけだ。
まあ、ある場所ってのは人化したオオ爺サマが暮らす家なんだけどな。
「気持ちは分かるけどな」
「ですね。竜人族にとって信仰の対象であるオオ爺サマや他の古竜様たち、自分たちの始祖と同じ竜人であるギータたちが近くにいるのですから」
オオ爺サマ以外の四体の古竜(ヴァイス、ロッソ、ブラウ、ジョーヌ)は、いつも全員いるわけじゃないが、それでも古竜がそこにいるのは竜人族なら分かるだろう。
古竜たちはみんな、周りへの影響を配慮して魔力や気配を抑えてくれているけど、それでもなおその存在感は隠しきれないんだよな。
それに加えて、ギータやグラース、ゲイル、メールというオオ爺サマが生み出した眷属の竜人がいる。
ギータたちは古竜のお世話係ではあるが、ちょくちょく家から出てくる。
料理は屋敷の料理人であるシプルの仕事だけど、その食材の調達なんかはギータたちも手伝うんだ。特に魔物肉を狩ってくるなんてシプルには難しいからな。
「そういえば一竜に一人の眷属がつくって言ってたけど、四人じゃ一人足りないな」
「オオ爺サマ以外の古竜様たちが全員揃うことはほとんどありませんから」
「それもそうか。なら問題ないか」
ちょうどギータがオオ爺サマの家から出てきて、それに竜人族たちが反応してガン見しているのを眺めながら、リーファと無駄話する。
「ギータたちと接触したいんだろうな」
「魔王陛下から止められているから抑えているようですが。まあ、ダーヴィッド殿下が一度くらい機会を設けると思います」
「その方がいいか。ゲイル辺りは女の竜人族と積極的にコミュニケーションとりそうだしな」
「……間違いなくそうなりますね」
俺がゲイルの名を出すと、リーファが眉間に皺を寄せて頷いた。
風竜のドラゴンオーブから生まれたゲイルだが、他の竜人と違いとても軽い。いや、チャライと言ってもいいだろう。同じ竜人のギータやグラース、メールが真面目な感じだから、余計にそう思うのかもしれないがな。
「まあ、女の竜人族にとってはいいことじゃないか。カタブツのギータとグラースじゃ、竜人族の男どもには難しいだろうがな」
「そうですね。しかし、男の竜人でもメール殿は真面目過ぎるくらいなのに、どうしてああなったのでしょうか」
「まぁ、賑やかでいいじゃないか。うちの眷属にもヤタっていう賑やかな奴がいるしな」
「そうですね。でもヤタは普段西方諸国にいることが多いので、ゲイル殿のように四六時中一緒、というのとは違いますけどね」
「……ヤタと四六時中一緒か、それは大変かもな」
四人の竜人はゲイル以外はすごく真面目な性格なんだよな。自分たちからすれば神と等しい古竜に仕えるために生み出されたんだから、自然とそうなるのかもしれない。
しかし、ゲイルならワンチャン色恋沙汰がありそうだな。男女間のトラブルが起きないよう注意しておくべきかな。一度、オオ爺サマと話しておくか。
六話 衝撃
大陸の北端。魔王国でも竜人族しか暮らさないその土地に衝撃が走った。
「何だとぉ!? ギータ様以外にも始祖様がいるじゃとぉ!!」
「しかも、黄金竜様や他の古竜様が人化して城塞都市内で過ごしているじゃとぉ!?」
城塞都市から届けられた驚愕の報せに、竜人族の長老たちと主だった者たちが叫ぶ。
自分たちの始祖と同じ竜人であるギータ。その存在を知ってから、竜人族の男連中は目の色を変え、草原地帯へ行くことを望んだ。
そこに新たに三人の始祖が現れたというのだ。しかも、ギータは女性だったので騒いだのは竜人族の男連中だけだったが、今回は男性の始祖もいると言う。この報せに、年老いた者や幼い子供を除き、竜人族全体がざわついた。
しかも竜人族にとって神に等しい黄金竜や他の古竜が、人化して城塞都市内で暮らしているという。
「合同買取所建設の手伝いに派遣する人員を増やすか」
「それを口実にしても送れる人数は限られておる。誰が行くかでもめるのは避けられん」
「しかも、今回は男性の始祖様もおられるという。全集落の若い女が黙っておらんぞ」
「ああ、パートナーのいない未婚の若い者は、男女問わず行きたがるじゃろうな」
草原地帯に行く機会を増やすために茶葉の交易を考えたのだが、それだけでは若い衆は納得しないだろう。
ギータという女性の竜人の存在が知れ渡り、竜人族の若い男たちが目の色を変えた。それが、今回は男性の竜人もいると分かって、集落の若い女たちが騒ぐのを止められなくなりそうだ。
「ギータ様にコテンパンにやられたと話しても諦めんからの」
「ああ、前回やられた奴まで、もう一度と草原地帯行きを申し出てくる始末じゃ」
「理由もなく送れんしのう」
「ああ、あ奴ら、何はなくともまずは黄金竜様じゃろうに」
長老たちの溜息が止まらない。竜人族にとって、神に等しい存在である古竜を詣でるのが第一のはずなのに、若い竜人族は自分たちの始祖であるギータたちが目当てになってしまっている。そのことを嘆かずにはいられなかった。
「ワシらとて古竜様方に詣でたいというに……」
「そうじゃ。黄金竜様以外の古竜様方にもお会いできるかもしれんというに……」
長老たちの愚痴はしばらく止まらなかった。
◇
暗い地下の部屋で、二人の男が言い合っていた。
「なあシャウト。やはりもう一度、草原地帯に行ってくれんかのぅ?」
「ふざけんなルバスのジジイ! 何度も言うが、あんなおっかねえ場所に行けるかぁ!」
ルバスがやれやれと首を横に振る。
「古竜様の血が欲しけりゃ、ジジイ、手前で獲ってくりゃいいじゃねぇか! 俺に言うな!」
「聖なる古竜など、ワシの天敵じゃぞ。無理に決まっておる」
「威張って言えることじゃねぇだろがっ!」
シャウトは魔族なだけあり、古竜に対して特別な思いがある。他の魔族と同じく信仰の対象だった。それを元とはいえ、魔族だったルバスが古竜を相手に不敬なことを企む方がおかしい。
「なぁ、何とかならんか? 古竜の血があれば、ワシも魔王くらいには勝てそうな気がするんじゃ」
「勝てそうな気がするってだけで、俺を死地に向かわせるなっ! だいたい魔物にまでなった癖に、なんでジジイはそんなに弱いんだよっ!」
ルバスの魔王に勝てそうな気がするという、曖昧な願望混じりの発言にシャウトがキレる。
「仕方ないじゃろう。ワシは研究が専門で、野蛮な戦闘なんぞは苦手なんじゃ」
「それでも元魔族かよ」
「そもそもなんでも力で決めたがる魔族の方がおかしいんじゃ。じゃから先代魔王のような乱暴な者が王になる」
「こいつ、本当に元魔族か疑わしくなってきたな」
力こそ全ての人間が多い魔族において、ルバスは変人中の変人だ。魔法は得意だが、攻撃魔法に興味はなく、ルバスが関心があるのは研究に使える魔法だけ。
人族や魔族の犯罪者をシャウトに攫わせ、人体改造などという倫理観の欠片もない非道を平気で行う。そこに罪悪感はなさそうだ。
本来、リッチロードは魔王国でも討伐に苦慮するレベルの魔物だが、もともと大して強くないルバスが、禁術により至った存在だからなのか、レイスに毛が生えた程度の実力しかない。
シャウトが呆れてバカにするのも分かる。
まあ、ルバスは「これで寿命から解き放たれたから良しとしよう」とものすごくポジティブ思考だ。それが余計にシャウトをイラつかせているのだが……
その後、余りにしつこいルバスに折れる形で、シャウトは仕方なく草原地帯へ行くことになった。
「情報収集だけだからな!」
「分かった。分かった。ワンチャンありそうなら頼むぞ」
「あるか! そんなもん!」
とことんあきらめの悪いルバスだった。
七話 コソコソ
俺――シグムンドは以前にも感じた覚えがある魔力を察知した。
敵意がないので基本的には放置だけど、それが人族や獣人族じゃなく、魔族なのが少し気にかかる。
「ご主人様。どうかされました?」
「いや、たいしたことじゃないんだがな」
「ああ、この魔力は、私の顔見知りの使いの者ですな」
首をかしげていると、今日も影のように俺の側に付き従うリーファから何かあったか聞かれたが、遅れて同じく察知したセブールが割って入ってくる。どうやら俺が見つけた人物に心当たりがあるようだ。
「旦那様、始末致しますか?」
「イヤイヤ、まだ何もしていないのに、流石に可哀想だろう。それに魔族だろ?」
セブールがなんでもないように物騒なセリフを口にする。魔王国と友好な関係を結んでいる手前、何も悪いことをしていない魔族を始末なんてするつもりはないぞ。
「アレは、私の顔見知りの相棒みたいなものです。その顔見知りがろくでもない者でして……」
「何? 犯罪者か何か?」
「ギリギリ魔王国から手配されるようなことはしていないと思います」
セブールによると、その知り合いの相棒の魔族は、多分草原地帯を探りに来ているのだろうということだ。
その顔見知りの話を聞くに、相当変わり者の魔族らしい。
少々……いや、だいぶ倫理観を投げ捨てたマッドな研究をしていたそうだ。
「かなりの実力者なのか?」
「いえ、魔族基準でもたいしたことはないかと」
「あれ?」
「戦闘ではなく研究に極振りしていますから」
「ああ、なるほど」
いわゆるマッドサイエンティストって奴か。非道な実験もしているらしいが、極悪人の犯罪奴隷を買って被験者にしているので、魔王国も見逃しているそうだ。
「どうせろくでもないことを企んでいるのでしょう。やはり実害がでる前に始末致しますか?」
「いや、情報収集だけなら問題ないよ。それに探ってるのは一人だろう。余計に馬鹿なことはしないと思うぞ」
セブールが厄介ごとを起こす前に始末する提案をしてきたけど、流石にそれはやめておく。情報収集だけならそんなに気にすることもないだろう。
「旦那様がそうおっしゃるのなら監視にとどめましょう」
「それか、いっそ直接話を聞くかだな。まあ、正直に話すかは分からないが」
「それもありですな。それに旦那様なら、容易く精神を読み取れるでしょうし」
「いや、やらないよ。あきらかな犯罪行為に走ったなら別だけど、コソコソ探るくらいで、闇魔法を使ってまで情報を吸い取るなんてしないぞ」
セブールの言うことがいちいち怖い。確かに闇魔法を使えば、情報を頭から直接抜き取ることも簡単だけどな。
「では、しばらくコソコソしているようなら、直接話を聞くことにしましょう」
「そうだな。害はないとはいえ、コソコソ探られるのは気持ちいいことじゃない」
その魔族は、敵意や害意を外に出さないよう細心の注意を払っているみたいだから、問題にはならないだろうけど。
とりあえず様子を見て、一度話を聞くか。
魔王国が引き起こした大陸を巻き込む大きな戦争が終わり、十年以上。落ち着きつつある魔王国と西方諸国だが、それを面白く思っていない者も当然存在する。
その筆頭は言うに及ばずジーラッド聖国だが、魔王国にも少数ながら平穏よりも混沌を望む輩が存在していた。
地下の暗い部屋に、魔物と人間を合成したキメラの失敗作が並んでいる。その光景は、ここの主人がまともな人間ではないことを物語っている。
そこに顔色を青くさせた一人の男が戻ってきて、部屋の主人に声を掛ける。
「ジジイ。あれはヤバイ。無理。近付くのも無理だ」
「……やはりか。じゃが、そこを曲げて、どうにか手に入らんかのぅ」
「バカ言うな。ジジイ、諦めろ。アレはそんなレベルじゃない!」
「ふむぅ……」
外から帰ってきた男は、その身を隠していた外套を脱ぎ去る。
現れたのは、細身の浅黒い肌の男。ただ、南方系の人族ではない。紛れもなく魔族だ。
「なぁシャウト、本当に少しも可能性はないのか?」
「魔王陛下が羽虫に思えるレベルの相手だぞ。疑うなら、ルバスのジジイが自分のその目で見てくりゃいいだろう! いや、目はなくなったのか」
「むぅ……」
シャウトが無謀な依頼だと言うと、ルバスと呼ばれた存在が考え込む。
その顔には皮膚がなく骨が露出し、目があるはずの部分に眼球はなく、そこは妖しく光るのみ。
「ジジイがいくらリッチだといっても、何もできずに消されるだけだと思うぞ。悪いことは言わねえ。かかわらない方がいい」
「リッチではないわ! ワシはリッチロードじゃ!」
そう。ルバスは元魔族の魔法使いで、自らリッチロードとなった存在だった。
「いや、ジジイ。リッチロードって言うほど強くないじゃねぇか。下手すりゃ人族の中堅冒険者にも討伐されちまう程度だろう」
「それは仕方ない。もともとが魔王どころか、アバドンやデモリスにもはるかに及ばぬワシがリッチロードとなったとて、奴らからしたら誤差じゃからの」
「それ、リッチロードになる前に分かってりゃよかったのにな」
ルバスは自分を実験台に研究を重ね、ゴースト系魔物の最終形態リッチロードへと至った。それ自体はすごい成果だ。普通、リッチロードと言えば、厄災級の魔物なのだから。
ところが、シグムンドのように最下級のゴーストから進化し続けてリッチロードに至ったのではなく、独自の術式を編み出し、魔族からリッチロードへと無理矢理変化したせいなのか、その力は元の魔族だった頃から多少強くなった程度だった。もともとルバスは、戦闘方面はからっきしだったこともあり、結局シャウトに馬鹿にされるような残念な結果となった。
そのことにルバスはしばらく落ち込んだものの、寿命から解き放たれたのだからよしとしようと切り替え、今も模索を続けていた。
「いや、まだ諦めるのは早い。何か方法はあるはずじゃ」
「俺はもう草原地帯に近付くのは嫌だからな。俺に敵意がなかったからたまたま見逃してくれたんだと思うが、敵意を向けた瞬間終わるぞ。俺は神が創りし黄金竜よりも強大な存在となんて、関わりたくないからな」
「シャウト、そこを何とかならんか?」
「なるか!」
ルバスが望んだのは、さらなる力。レベルアップを繰り返し進化を重ねたシグムンドとは、別方向のアプローチで力を求めていた。
そう。ルバスは力を得るために黄金竜の素材を欲していた。
魔物であるリッチロードとなったルバスだが、その性質や性格は魔族だった頃と変わらない。高位の魔物の中でも人間と変わらぬ理性と知性を持つリッチロードだが、それでも普通は人間に対して攻撃的になるなど、異常な様子をみせるものだ。
それが魔物となった今も魔族の時と変わらないルバスは、魔族だった頃から筋金入りの変人だったとも言えるだろう。
黄金竜の素材でさらなる力を得られるかもしれない。ルバスがそう考えたのであれば、もう諦めるのは難しい。
「なあ、血をちょっとだけでもいいんじゃ。ドラゴンじゃぞ。それも黄金竜じゃ。お伽話の中の存在が草原地帯にいるんじゃ。諦められるわけがないじゃろう」
「だから無理だって言ってるだろ! 何度も言うが、あそこには、黄金竜なんかよりもっとヤベエのがいるんだよ!」
「むぅ……」
シャウトが言うヤベエのとは、もちろんシグムンドのことだ。
光を克服するどころか、その光属性の魔法を使いこなす特殊なバンパイヤロード。堕ちた神を葬る超越者。少しでも知能がある者であれば、ちょっかいなんて出そうと思わない。
魔族の中でも、直接的な戦闘力よりも諜報能力に長けた種族であるシャウトは、ルバスの望む様々なモノを手に入れるため、魔王国はもとより大陸中を飛び回り活動していた。
当然、黄金竜が草原地帯に飛来した情報はすぐに手に入れたし、それを聞いたルバスがその素材を欲し、調査に向かわされることになったのは必然だっただろう。
だが、そこでシャウトはシグムンドに察知されてしまった。それも当然だ。シグムンドの察知範囲は、深淵の森と草原地帯全域にわたる。異物を察知するのは容易い。
シャウトに敵対する意思がなかったため見逃されたが、もし邪なことを考えれば、一瞬で消されていただろう。
「言っとくけど、あの黄金竜様を傷つけるなんて無理だからな。アレは本物の神使だ。それであのバケモノはそのはるか上なんだ。頼むから俺を巻き込むな」
「むぅ、シャウト、お前とは長い付き合いじゃろう。そう冷たいことを言わんでくれ」
「俺はまだ死にたくないんだよ!」
シャウトは視界に入れた存在の力量を測るユニークスキルを持っていた。遠目からだがその力で黄金竜とシグムンドを見てしまい、半ばトラウマになっていたのだ。
シャウトの対応に不貞腐れるルバスだが、この男の辞書に諦めるという文字はなかった。
「そうじゃ。そう言えば黄金竜以外にも古竜がいると言っておったな。それならどうにか都合できんか?」
「馬鹿かジジイ! 古竜様だぞ! 魔王国にいる竜人族とは別もんだ! 俺やジジイなんざ瞬殺されておしまいだ!!」
黄金竜が無理だと言われたルバスは、それなら他の古竜をと言い始める。無茶を言うなとシャウトが怒鳴ったのも仕方ないだろう。
「はぁ、シャウトは頼りにならんのぅ」
「ふざけんなぁ! 魔族をやめてリッチロードになったくせに、文官のアバドン様にも勝てないマヌケに言われなくないわ!」
「ワシは頭脳労働専門じゃからええんじゃ!」
「よかないわっ!」
ルバスが最も欲しているのは黄金竜の血だが、それが無理ならせめてと目をつけたのが他の古竜なのだが……それだってとてもじゃないが、シャウトの手には負えない。正直にそう訴えるシャウトを、自分のことを棚に上げて頼りなく思うルバス。シャウトがイラつくのも当然だ。
「だいたいリッチロードのくせに、なんでそんなに弱いんだよ。だいたいお前が強ければ、黄金竜様や他の古竜様の血も必要なかったんじゃねえか」
「仕方なかろう。これでも強くなった方なんじゃ」
そもそも優れた魔法使いが未練を残して死に、その魂が澱んだ濃い魔力に晒されて発生するのがレイスやリッチだ。
レイスやリッチになった時点で、生ある者に対して攻撃的になる。そして長い月日、討伐されることなく生者を葬り続けた個体が、リッチロードに至る。
そうしてリッチロードに至った個体は非常に強力だ。
だがルバスは、レイスからスタートするわけにはいかなかった。
レイスになった時点で、魔族だった頃と変わらぬ理性や思考、知識はなくなる。ゆえに、独自に禁術を編み出したのだ。
凸凹コンビの言い合いは続く。
五話 チラチラ
草原地帯の城塞都市内に合同買取所を建てるという計画は、俺――シグムンドたちがびっくりするくらいスピーディーに進められている。
商業ギルドとは少しゴタゴタがあったわけだが、冒険者ギルドや薬師ギルド、錬金術師ギルドが協力的で、しかも鍛冶師などが加入している職人ギルドまでがぜひ協力させて欲しいと言ってきたらしい。
それで早くも物資の搬入が始まっている。
「場所はあそこでよかったのか? もっといい場所もまだ空いてるぞ」
「魔物素材を扱いますので、中心部から少し離れた場所に広い敷地がある方がいいのです。あとは門が近い場所をと考えました」
合同買取所の建設予定地は、城塞都市の中でも少し端の方になる。それでセブールに聞いてみたんだけど、ちゃんとした理由があったようだ。
「それもそうか。まあ、セブールに任せたんだから、俺としては文句はないよ。あとは適当に頼む」
「お任せください。旦那様」
「ああ」
各ギルドから魔王国以外の人間も大勢来るだろうから、俺が前面に出ない方がいいだろう。怖がらせても悪いしな。
ところで、一番遠いはずの魔王国から、早くも草原地帯へと駆けつけた者たちがいる。
一人はダーヴィッド君。一応、魔王国側の責任者として来ている。
ダーヴィッド君はこの城塞都市には一番通っているし、セブールとも知り合いだし、何よりいろいろと世話になっている。今度、何か贈りものでもした方がいいかな。
それで、その魔王国から来たメンバーのうち、護衛の兵士以外で人数が多いのが竜人族たちだ。
一応、高い身体能力を買われて、作業員として来ているはずなんだが……
「……あれ、仕事になるのか?」
「一応、ちゃんとしているようですが……」
俺の問いにリーファが煮え切らない答えを返す。
セブールが、作業員やギルド関係者の宿泊場所や食事などに関してダーヴィッド君と話し合っているので、俺はリーファをお供に作業の様子を見て回っていたのだった。
「ああ、一応仕事はしているみたいだな。まあ、作業は遅れていないようだし、いいんだけどな」
「そこは、身体能力の高い竜人族ですね……真面目に作業に集中すれば、もっと捗るのでしょうが」
竜人族たちがさぼっているってわけじゃない。作業の合間に、ある場所をチラチラと見ているだけだ。
まあ、ある場所ってのは人化したオオ爺サマが暮らす家なんだけどな。
「気持ちは分かるけどな」
「ですね。竜人族にとって信仰の対象であるオオ爺サマや他の古竜様たち、自分たちの始祖と同じ竜人であるギータたちが近くにいるのですから」
オオ爺サマ以外の四体の古竜(ヴァイス、ロッソ、ブラウ、ジョーヌ)は、いつも全員いるわけじゃないが、それでも古竜がそこにいるのは竜人族なら分かるだろう。
古竜たちはみんな、周りへの影響を配慮して魔力や気配を抑えてくれているけど、それでもなおその存在感は隠しきれないんだよな。
それに加えて、ギータやグラース、ゲイル、メールというオオ爺サマが生み出した眷属の竜人がいる。
ギータたちは古竜のお世話係ではあるが、ちょくちょく家から出てくる。
料理は屋敷の料理人であるシプルの仕事だけど、その食材の調達なんかはギータたちも手伝うんだ。特に魔物肉を狩ってくるなんてシプルには難しいからな。
「そういえば一竜に一人の眷属がつくって言ってたけど、四人じゃ一人足りないな」
「オオ爺サマ以外の古竜様たちが全員揃うことはほとんどありませんから」
「それもそうか。なら問題ないか」
ちょうどギータがオオ爺サマの家から出てきて、それに竜人族たちが反応してガン見しているのを眺めながら、リーファと無駄話する。
「ギータたちと接触したいんだろうな」
「魔王陛下から止められているから抑えているようですが。まあ、ダーヴィッド殿下が一度くらい機会を設けると思います」
「その方がいいか。ゲイル辺りは女の竜人族と積極的にコミュニケーションとりそうだしな」
「……間違いなくそうなりますね」
俺がゲイルの名を出すと、リーファが眉間に皺を寄せて頷いた。
風竜のドラゴンオーブから生まれたゲイルだが、他の竜人と違いとても軽い。いや、チャライと言ってもいいだろう。同じ竜人のギータやグラース、メールが真面目な感じだから、余計にそう思うのかもしれないがな。
「まあ、女の竜人族にとってはいいことじゃないか。カタブツのギータとグラースじゃ、竜人族の男どもには難しいだろうがな」
「そうですね。しかし、男の竜人でもメール殿は真面目過ぎるくらいなのに、どうしてああなったのでしょうか」
「まぁ、賑やかでいいじゃないか。うちの眷属にもヤタっていう賑やかな奴がいるしな」
「そうですね。でもヤタは普段西方諸国にいることが多いので、ゲイル殿のように四六時中一緒、というのとは違いますけどね」
「……ヤタと四六時中一緒か、それは大変かもな」
四人の竜人はゲイル以外はすごく真面目な性格なんだよな。自分たちからすれば神と等しい古竜に仕えるために生み出されたんだから、自然とそうなるのかもしれない。
しかし、ゲイルならワンチャン色恋沙汰がありそうだな。男女間のトラブルが起きないよう注意しておくべきかな。一度、オオ爺サマと話しておくか。
六話 衝撃
大陸の北端。魔王国でも竜人族しか暮らさないその土地に衝撃が走った。
「何だとぉ!? ギータ様以外にも始祖様がいるじゃとぉ!!」
「しかも、黄金竜様や他の古竜様が人化して城塞都市内で過ごしているじゃとぉ!?」
城塞都市から届けられた驚愕の報せに、竜人族の長老たちと主だった者たちが叫ぶ。
自分たちの始祖と同じ竜人であるギータ。その存在を知ってから、竜人族の男連中は目の色を変え、草原地帯へ行くことを望んだ。
そこに新たに三人の始祖が現れたというのだ。しかも、ギータは女性だったので騒いだのは竜人族の男連中だけだったが、今回は男性の始祖もいると言う。この報せに、年老いた者や幼い子供を除き、竜人族全体がざわついた。
しかも竜人族にとって神に等しい黄金竜や他の古竜が、人化して城塞都市内で暮らしているという。
「合同買取所建設の手伝いに派遣する人員を増やすか」
「それを口実にしても送れる人数は限られておる。誰が行くかでもめるのは避けられん」
「しかも、今回は男性の始祖様もおられるという。全集落の若い女が黙っておらんぞ」
「ああ、パートナーのいない未婚の若い者は、男女問わず行きたがるじゃろうな」
草原地帯に行く機会を増やすために茶葉の交易を考えたのだが、それだけでは若い衆は納得しないだろう。
ギータという女性の竜人の存在が知れ渡り、竜人族の若い男たちが目の色を変えた。それが、今回は男性の竜人もいると分かって、集落の若い女たちが騒ぐのを止められなくなりそうだ。
「ギータ様にコテンパンにやられたと話しても諦めんからの」
「ああ、前回やられた奴まで、もう一度と草原地帯行きを申し出てくる始末じゃ」
「理由もなく送れんしのう」
「ああ、あ奴ら、何はなくともまずは黄金竜様じゃろうに」
長老たちの溜息が止まらない。竜人族にとって、神に等しい存在である古竜を詣でるのが第一のはずなのに、若い竜人族は自分たちの始祖であるギータたちが目当てになってしまっている。そのことを嘆かずにはいられなかった。
「ワシらとて古竜様方に詣でたいというに……」
「そうじゃ。黄金竜様以外の古竜様方にもお会いできるかもしれんというに……」
長老たちの愚痴はしばらく止まらなかった。
◇
暗い地下の部屋で、二人の男が言い合っていた。
「なあシャウト。やはりもう一度、草原地帯に行ってくれんかのぅ?」
「ふざけんなルバスのジジイ! 何度も言うが、あんなおっかねえ場所に行けるかぁ!」
ルバスがやれやれと首を横に振る。
「古竜様の血が欲しけりゃ、ジジイ、手前で獲ってくりゃいいじゃねぇか! 俺に言うな!」
「聖なる古竜など、ワシの天敵じゃぞ。無理に決まっておる」
「威張って言えることじゃねぇだろがっ!」
シャウトは魔族なだけあり、古竜に対して特別な思いがある。他の魔族と同じく信仰の対象だった。それを元とはいえ、魔族だったルバスが古竜を相手に不敬なことを企む方がおかしい。
「なぁ、何とかならんか? 古竜の血があれば、ワシも魔王くらいには勝てそうな気がするんじゃ」
「勝てそうな気がするってだけで、俺を死地に向かわせるなっ! だいたい魔物にまでなった癖に、なんでジジイはそんなに弱いんだよっ!」
ルバスの魔王に勝てそうな気がするという、曖昧な願望混じりの発言にシャウトがキレる。
「仕方ないじゃろう。ワシは研究が専門で、野蛮な戦闘なんぞは苦手なんじゃ」
「それでも元魔族かよ」
「そもそもなんでも力で決めたがる魔族の方がおかしいんじゃ。じゃから先代魔王のような乱暴な者が王になる」
「こいつ、本当に元魔族か疑わしくなってきたな」
力こそ全ての人間が多い魔族において、ルバスは変人中の変人だ。魔法は得意だが、攻撃魔法に興味はなく、ルバスが関心があるのは研究に使える魔法だけ。
人族や魔族の犯罪者をシャウトに攫わせ、人体改造などという倫理観の欠片もない非道を平気で行う。そこに罪悪感はなさそうだ。
本来、リッチロードは魔王国でも討伐に苦慮するレベルの魔物だが、もともと大して強くないルバスが、禁術により至った存在だからなのか、レイスに毛が生えた程度の実力しかない。
シャウトが呆れてバカにするのも分かる。
まあ、ルバスは「これで寿命から解き放たれたから良しとしよう」とものすごくポジティブ思考だ。それが余計にシャウトをイラつかせているのだが……
その後、余りにしつこいルバスに折れる形で、シャウトは仕方なく草原地帯へ行くことになった。
「情報収集だけだからな!」
「分かった。分かった。ワンチャンありそうなら頼むぞ」
「あるか! そんなもん!」
とことんあきらめの悪いルバスだった。
七話 コソコソ
俺――シグムンドは以前にも感じた覚えがある魔力を察知した。
敵意がないので基本的には放置だけど、それが人族や獣人族じゃなく、魔族なのが少し気にかかる。
「ご主人様。どうかされました?」
「いや、たいしたことじゃないんだがな」
「ああ、この魔力は、私の顔見知りの使いの者ですな」
首をかしげていると、今日も影のように俺の側に付き従うリーファから何かあったか聞かれたが、遅れて同じく察知したセブールが割って入ってくる。どうやら俺が見つけた人物に心当たりがあるようだ。
「旦那様、始末致しますか?」
「イヤイヤ、まだ何もしていないのに、流石に可哀想だろう。それに魔族だろ?」
セブールがなんでもないように物騒なセリフを口にする。魔王国と友好な関係を結んでいる手前、何も悪いことをしていない魔族を始末なんてするつもりはないぞ。
「アレは、私の顔見知りの相棒みたいなものです。その顔見知りがろくでもない者でして……」
「何? 犯罪者か何か?」
「ギリギリ魔王国から手配されるようなことはしていないと思います」
セブールによると、その知り合いの相棒の魔族は、多分草原地帯を探りに来ているのだろうということだ。
その顔見知りの話を聞くに、相当変わり者の魔族らしい。
少々……いや、だいぶ倫理観を投げ捨てたマッドな研究をしていたそうだ。
「かなりの実力者なのか?」
「いえ、魔族基準でもたいしたことはないかと」
「あれ?」
「戦闘ではなく研究に極振りしていますから」
「ああ、なるほど」
いわゆるマッドサイエンティストって奴か。非道な実験もしているらしいが、極悪人の犯罪奴隷を買って被験者にしているので、魔王国も見逃しているそうだ。
「どうせろくでもないことを企んでいるのでしょう。やはり実害がでる前に始末致しますか?」
「いや、情報収集だけなら問題ないよ。それに探ってるのは一人だろう。余計に馬鹿なことはしないと思うぞ」
セブールが厄介ごとを起こす前に始末する提案をしてきたけど、流石にそれはやめておく。情報収集だけならそんなに気にすることもないだろう。
「旦那様がそうおっしゃるのなら監視にとどめましょう」
「それか、いっそ直接話を聞くかだな。まあ、正直に話すかは分からないが」
「それもありですな。それに旦那様なら、容易く精神を読み取れるでしょうし」
「いや、やらないよ。あきらかな犯罪行為に走ったなら別だけど、コソコソ探るくらいで、闇魔法を使ってまで情報を吸い取るなんてしないぞ」
セブールの言うことがいちいち怖い。確かに闇魔法を使えば、情報を頭から直接抜き取ることも簡単だけどな。
「では、しばらくコソコソしているようなら、直接話を聞くことにしましょう」
「そうだな。害はないとはいえ、コソコソ探られるのは気持ちいいことじゃない」
その魔族は、敵意や害意を外に出さないよう細心の注意を払っているみたいだから、問題にはならないだろうけど。
とりあえず様子を見て、一度話を聞くか。
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