・グレー・クレイ

くれいん

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第4話 トップ

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 謎の襲撃者であった魔術師を退け、魔物を退治するという本来の目的も遂げた僕とテスさんは、倒した魔術師を拘束し、後にやって来た『祓除院ばつじょいん』という魔導組織のエージェントに引き渡した。
 その最中、エージェントの方による簡単な取り調べを受け、『明星』へ通信を入れる等していたため、解放された時には夕暮れとなっていた。
「さ、帰って報告しようか」
 テスさんのその言葉に頷き、テスさんと連れ立ってシャッター街の外へ出ることにした。

 夕焼けの光がシャッター街の向こう側、ぽっかりと空いたような入口から射しこんでくる。橙色に照らされる閉ざされたままのシャッター。もう誰も行き交う者がいない道。放置された店の看板と、半世紀は昔のものと思われる貼られたままのチラシ。
 記憶が無く、今は過去も無いような僕ではあるが、その光景は何ともノスタルジックに感じた。覚えが無いのに懐かしい。それは、知識だけが残っている故の、記憶のバグのように感じられた。
 そんな奇妙な侘しさの中、僕はテスさんと一緒に出口に向けて歩く。

「ここに来た時みたいに、瞬間移動のように帰れないんですか」
 意外に思ってテスさんに聞いてみると、
「場所が重要なんだ。ゆっくり、話しながら行こう」
 と、少し疲れた様子で返してきた。
 その感じからしてあまり話しかけない方がよかったのかもしれないが、わざわざ「話しながら」と言ってくれたので、少し気になることなどを質問したりしながら一緒に歩くことにした。

「祓除院……名前だけはシノさんの講義で教わってたんですよね。確か、警察みたいな立ち位置の組織でしたっけ」
「そう。『明星うち』はどっちかというと、自治組織というか、民間の治安維持組織みたいなもんだからね。でも、あっちはあっちで内部の派閥争いだとかで腰が重いので、なんだかんだでこちらにもお鉢が回ってくる」
「トップってどんな人です?」
「うーん……見境の無い人、かな。良くも悪くもね」
「あの男の武器って、何か特別だったんですよね? 掌も耳も、もう大分治ってきましたけど」
「『不死殺しの銀』……の割には、傷が治るの速いし、どうなんだろうね。俺も詳しくは知らないから、詳細はシノに聞くといい」
「……えと、好きな食べ物ってあります?」
「鶏のハツかな」
「……えーと、その……す、好きな天気とか……」
「……話しながらって言ったけど、無理に話題を探さなくてもいいんだよ。ちなみに、俺の好きな天気は晴れ。特に季節の変わり目で、風が少しある日が好きだね」
「…………」
「…………」
 しばらく、沈黙が続く。とぼとぼ、コツコツ、二人分の足音が響く夕焼けの中で、心地よくも気まずくもない、曖昧な沈黙が続く。互いに何かを話したいというよりかは、親睦のために、あるいは学習のために話題を探すが、見つけられない沈黙が続いている。
 帰る瞬間までこうだろうか。そう考えた折、テスさんが僕に、

「…………答えたくないならいいんだが…………記憶をなくすって、どんな感じだ………?」
「………そうですね………」
 思わず答えを探す。相手の質問の意図を探す。何故、その質問をしてきたのか?その答えを考える。考える。考えて……放棄した。別に聞かれて嫌なものでもなかった。ただ、テスさんがそういった質問をしてくるとは思っていなかったので、思考が数秒フリーズしたのだ。
 それに、「答えたくないなら」と前置きをしてまで聞いてきているのだから、その答えを得るのは彼にとって何か重要な意味があるのだろう。ならば答えなくてはならない。

「……例えば、オレンジジュースという飲み物がありますよね。あれの見た目とか意味合いとかは頭に浮かぶんですけど、それを自分が飲んでいる光景というか、感じる味というかがスッポリ抜け出ている……そんな感じですね」
「…………なるほど。ありがとう」
 テスさんはそう言って、それ以降は何も話さなくなった。その瞳はどこか遠く……場所的にも、時間的にも、関係的にも遠いような、そんな何かを見つめているようだった。憂いのある表情、と言えるのかもしれない。あくまで知識上の表現であって、それを見るのは記憶的な面で言うと初めてだが──……。

(取り乱して説教してくれたり、罪悪感に囚われたり、どこか遠くを見つめ出したり……やっぱり繊細で、優しくて、思った以上に感情豊かな人だな)

 そう思った。そのため、

 何故、『明星』に入ったんですか?
 何故、魔術師になったんですか?
 
 その質問をするのは、今ではないし、僕でもない気がした。
 
「……ついたね。さぁ、帰ろう」
 その声に顔を上げると、目の前にはシャッター街の入口もとい出口があった。通りに人はおらず、道路を走る車は無い。このシャッター街がすべて閉じたのと同じように、この街全体からも人はいなくなったのだ。
 テスさんは僕のすぐ横から二、三歩前に出て、
「少し目を閉じてて。俺が『いいよ』って言ったら三歩前に出て」
 僕はテスさんの指示に従い、目を固く閉じ、テスさんの許可を待って、三歩ほど歩みを進めた。


 目を開けてみると、そこは既に夕日が指す街の一角ではなく、白を基調とした『明星』の建物、その廊下に立っていた。背後にあるのは、シャッター街へ向かった時に潜ったものと同じ扉。こうして見ると、この場所は外と比べて色が少なく、自然光が入る窓も無いから全体的に色味が「かたい」ように感じた。
(ここで教練を受けた三日間でそんなことを感じたことは無かったのに)
 やはり、明確に「外」という比較対象を目にしたからそう感じるのだろうか。
 そんなことを考えていると、廊下の奥からこちら側に向かって走ってくる人影が見えた。

 初雪のような銀髪、星を思わせる薄紫の瞳。間違いない、ハトさんだ。やはりその服装がお気に入りなのか、白のブラウスと黒のロングスカートのスタイルは崩さない。ただ、今日は花柄の刺繍をスカートに縫い付けていたり、いつもは後ろに流す髪を縛ってポニーテールのようにしていたりと、少しオシャレ気味だ。

「帰ってきたね、クレイン君! テス君! 今日はお疲れ様! 話はさっき聞いたよ!」
 彼女はそう言うと、僕の腕を引いてテスさんから引き剥がす。どうしたのだろう。そう思い、困惑した目で彼女を見ると、少しばかり眉が下がり、口角もいつもよりかは少し下がり気味だ。
「さ、まずはシノに手と耳を見てもらお! ……いや、その前に体を洗ったほうがいいのかな?」
 その言葉に、僕は自身の体と服が砂ぼこりやら滴った血やらで汚れていることに初めて気が付いた。……いや、それは確かに汚れは落とさないといけないわけだし、ここまで体が汚かったことに気づかなかったのは驚きだが、それ以上に驚きなのは、
「ハトさん、もしかして。……僕の傷を心配して?」
「そりゃ心配するよ! 君が怪我したなんて、信じられないもの! 私とどれだけ打ち合っても傷一つつかなかった君がだよ!」
 ハトさんはそう言って有無を言わせぬ勢いで、僕を大浴場の前へと連行する。
「テス君! ちょっと報告とか先やっておいてくれる!?」
「ああ。じゃあ、クレイン君のことについては任せる」
 その二人の会話を聞きながら、僕はハトさんと一緒に浴場の扉を潜った。

 ……これは、まさか、いやそんな、流石の彼女でもそんなことは……。

「あの……ハト、さん?」
「手の皮が剥がれたとか、一人で体洗えないでしょ! 洗うの手伝ってあげるから!」
 てつだって、あげる
 その言葉を聞いた瞬間、脳内では あらぬ光景が稲妻のように駆け、それを理性が凄まじい速度で消して回った。正直、負傷をして傷がついたことよりも、テスさんに本気で怒られたことよりも、単純な衝撃力で言えば間違いなくトップだった。
「いや、そのですね……ほ、ほら! 手! もう治りかけなんですよ!」
「でも痛いでしょ! それに、大丈夫!」
 彼女はトドメの一撃を放つ。

「君が三日間寝ていた時、身体を拭いたり、オシッコの処理してたの私とシノだもの!」


 その後、完全に放心状態となり、思考がろくにできなくなったクレインは、ハトに言われるがまま手と言わず足と言わず全身を洗われ、シノによる診断を受けた後、休憩のために自室で二時間ほど眠った。
 そして目を覚まし、ハトに体を洗ってもらった上に、自分の「しも」の処理を女性陣がやっていたことを思い出すと、枕に頭を埋め、呻いた。


「アハハハハハハハハハハハ! なんだ、泣いていたのかお前! 恥ずかしくって泣いちゃったのかぁ!」
「泣いてません」
「目が赤いが?」
「泣いてません」
「アハハハ! は、鼻水、出てるぞ……!」
「ティッシュください」
 
 時が経ち、食事も済ませた僕達は、椅子とテーブルが並べられた「食堂」に集まって用意されたケーキを食べていた。どうやら、僕が無事に初めての任務を終わらせられたことを祝して用意してくれたものらしく、滑らかなクリームの甘さと 、噛むとと口内に広がるイチゴの酸味が混ざって広がり、今日一日で受けた様々な疲労・衝撃を和らげてくれた。

 シノさんは大口を開け、苦しい苦しいと咳き込みながら笑っている。それを見て、隣に座るハトさんが、僕に「ごめんね」と再び謝った。テスさんは我関せずといった感じで、マグカップ内のコーヒーを啜っている。気にするほどのことではない、という無言のメッセージだろうか。

「いい加減、笑うのやめてくださいよ。あまりいい気はしません……」
「いや、すまんなぁ! まさか、あそこまでショックを受けるとは思わなかったんで、つい嗜虐芯が刺激されてな! まったく、カワイイやつだお前は。私はお前のことが好きだぞ」
「僕はシノさんのこと、キライになりそうです」
 そう言うと、シノさんは再び口を開けて大きく笑った。身体を逸らし、オレンジの髪が揺れる。白衣は椅子の背にかけているのもあって、今の服装や言動だけを切り取ると、やはりただの子供に見える。その様子を見て、沈黙を守っていたテスさんが「椅子ごとひっくり返るぞ」と注意をした。

(……そういえば、ここの人達はどういう経緯で『明星』に入ったのだろうか)
 例えば、シノさん。
 彼女の見た目は完全に子供だ。髪色や目の色こそ特殊かもしれないが、年だけ見れば小学校に通っていたとしてもおかしくない。もしかしたら、生まれた時から魔術師で、最初から『明星』に入ることが決められていた人なのか。
 ……いや、子どもの見た目云々で考えるのは違う気がする。彼女が何かしらの魔術を振るったところは見ていないが、『明星』に身を置いている以上は彼女も魔術師のハズだ。その見た目も、魔術によって変えているものなのかもしれないのだから。

 ……そうして色々と考えを巡らせてみたが、やめた。
 昼間のテスさんのこともある。あまり聞かれたくないこと、触れられたら困ることがあるのかもしれない。ただ、記憶を失くした一人間としては、様々な体験や経験を聞き出して、記憶復活のきっかけとしたいという思いはあった。その上で、やめた。
 記憶が戻るのはなるべく早い方がいいが、今すぐにでもということでもない。
 僕はカップに注がれたコーヒーを飲み、その渋さに舌が痺れる感じがしたが、そのままグイと飲み込んだ。

 
「いいね、コーヒー。ボクは甘いの苦手だからケーキはいいけど、コーヒーは飲みたいな」
「っ……!?」


 その声に、思わず口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。

 突如として背後から聞こえてきた、甘く、冷たい、。一切の気配もなく、何の前触れも音も無しに現れた「その男」は、僕の肩に手を置いた。
「君がクレイン君だね?」
 男の指先が僕の首筋に触れる。爪を立てるように、肌の裏を走る血管を撫でる。

 瞬間、ハトさんとの実戦訓練で培われた「反応/反射/反撃」が意思とは関係なく背後の男に向かう。声の位置、気配、熱、様々な要素を無意識的に処理した僕の肉体は、迷いなく男の胸部に向けて貫手を放った。

 しかし、その攻撃は空を切った。
 誤って攻撃を放ってしまった/さっきまでいたはずの存在がいなくなった。 
 心配とも恐れとも言えない複雑な感情を抱きつつ、席を立って背後を振り返る。

 そこには、確かに男がいた。
 しかし、僕の放った攻撃は当たってはいなかった。男の胸に空いた『』に指先が呑まれ、男の体にまでっ攻撃が届いていなかったのだ。それを視認した瞬間、すぐさま腕を引き、男から離れる。

 ベージュのロングコートに、ブラウンのセーターと黒のスーツ。ズボンはアウトドア用と思われる生地が厚いベージュのもので、靴はさながら軍靴のようなブーツ。
 ふわりとした茶色の髪。アルカイックな笑みと、細められた目。一見すれば何かしらの俳優と思えるような出で立ちと顔立ち。
 まるで慈愛に満ちたような表情をしているが、僕の奥底にある「何か」がこの男に対して強い警鐘を発していた。

「トップ! またそんな……! それに、いつの間に!」
「いつ? 最初からいたよ。教えなくてごめん。いやー、シノの言うとおりカワイイ子だと思ってね。いたずらしたくなっちゃった」
 テスさんの言葉に目を見開く。
 トップ。『明星』の中で一番「偉いひと」。
 シノさん曰く、『明星』で最も強いひと。
 テスさん曰く、良くも悪くも見境の無いひと。

「あなたが……」
「そう、ボクが『明星』の表向きのトップ。名を『シフ』という。クレイン、君に会いたかった」
 男は……シフは、僕に手を差し出した。握手、なのだろう。
 だが、僕はそれを掴むことはできなかった。手を出すことも。目上の人間の握手を拒むことが失礼である、という考えはあったが、そういった社会的な礼節以上に、脳の奥底で早鐘を慣らす本能が、理性を上回った。

「うーむ……嫌われてしまった」
 シフは意図が掴めない曖昧な笑みを浮かべ、差し出したその手を降ろす。
「また冗談がうまくいかなかった。難しいね、初対面で仲良くなるのは」
 シフは残念だという風に肩を落として見せるが、些か大げさで、まるで舞台に立っているかのような大仰さだった。

「うむ、何だか空気を悪くしてしまったな……。でも大丈夫。すぐに皆がワクワクできるニュースをボク、持ってきたからね」

 そう言うと、懐から一枚の紙を取り出し、と僕達に見せた。
 幾つもの文字と写真。それは新聞のようだったが、『異界』や魔物等の文字が躍っているところを見ると、現世ではなく魔術師にとっての新聞なのだろう。

 そこには、つい最近聞いたばかりの……。
 ……僕の手と耳に傷を与えたものの名が載っていた。

 「 廉価版・不死殺しの銀 大量密輸。その対価は──」 

「『不死殺しの銀』……!」
 そう呟く僕を見て、彼は笑う。
「どうやら厄介なことになってるようでね。これから忙しくなるだろう。……どうだい? 何だか、ワクワクしてくるだろう?」
 


 『不死殺しの銀』。
 古くは、驚異的な再生能力を持つ魔物を殺すために編み出された道具の一つであり、治癒・再生の力に反応し、魔力の流れを阻害することによって 再生能力を封じる効果を持つ。
 その特性上、基本的に不死の魔物や、同じような再生能力を持つ魔術師以外の標的に使う者は少ない。通常の武器・弾丸として扱うにしても、素材が比較的高価な「銀」であり、現物が少なく修理・補給が難しいためだ。

 ……しかし、この数日間で、それは変わった。

 『祓除院ばつじょいん』に所属するエージェントの潜入調査により、大陸から舟で直接、この国の裏港に運び込まれた荷物があったということが判明した。
 その荷物が「誰」の手によって持ち込まれたのか。その荷物の対価が「何」であったのか。その特定は未だに済んでいないが、持ち込まれた物が何であるのかの調べはついた。

 それは、『不死殺しの銀』であった。
 ただし、魔術世界の市場に乗る様な正規品ではなく、誰がどう見ても分かるほどに粗雑な造りをした廉価品。効果も正規品の半分以下であり、再生能力を持った者が触れ続けると銀が魔力に焼かれ、勝手に朽ちるような質の悪さ。明らかに、確かな製造法を知らない贋作師が見よう見まねで作ったようなものだった。

 だが、再生阻害の力は確かにあり、その粗悪品が「不死を殺し得る武器」となる素材であることには変わらなかった。

 それが、一部の犯罪組織と「殺し」を生業とする魔術師を中心として多く出回り、杭やナイフ、弾頭等の武器に加工され……さながら試し撃ちと言わんばかりに、様々な暗殺依頼で使用されているのが現在まで確認されている。

 『祓除院』は早急に廉価銀の接収に取り掛かり、他の魔導組織にも銀の回収及び提出、あるいは通報を呼びかけたが、『祓除院』と共同関係にある自治組織以外の反応は悪く、報酬額を上げても協力に応える魔術師は少なかった。
 
 そんな中、『明星』に所属する二人の魔術師の手によって廉価銀の使用者である魔術師と、その男が所有していた銀の杭が『祓除院』に連行・提出された。
 
 それは、『明星』が始まって以来、三度目の大仕事。
 後に「廉価銀事件」と呼ばれる、ある魔導組織と『明星』との戦い。
 その始まりであった。
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