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過ぎいく夏
「でも、欲しい」
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自分の心臓の音すらわかりそうな静寂の中で背中から伝わってくる夏川先輩の心臓の鼓動。規則正しいそれとエアコンの作動音、窓の外から聞こえてくる中高生ぐらいの男の子たちがふざけている声。
普通の土曜日の夕方。
普通じゃないのは彼氏でもないのに私を抱き締めている夏川先輩と抱き締められている私。
抱き締めさせてくれとは言われたけど、この沈黙をどうしたらいいのかわからない。恥ずかしくて、気を紛らわせたくて部屋中に目を泳がせる。
身動きをするせいで、ホールドしている夏川先輩の腕をひどく意識してしまう。熱が頬に溜まる。
落ち着かない。
落ち着きようがない。
あいつとだってしたことのなかったことを夏川先輩なんかとしているんだ。付き合ってもいない、それどころか興味本位か復讐心でヤりたいと言って、身体の相性が良いからと付き合いたいって言うような夏川先輩なんかと。
あいつと一緒にいた時は隣にいるくらいだった。
こんなふうに密着しているのはセックスの時くらい。クスクスと笑い合ってしまうような時間と気持ち良さと充実感、それに何かが終わってしまった寂しさを感じるのも、こういう時だった。
変なことを考えたせいで身体の奥が溶けてくるのがわかった。
あいつじゃないのにどうして?
触られて気持ち良いと思っていないのに何故?
夏川先輩はあいつより顔も良いよ?
でも、テニス馬鹿だし、私をNTりたいとか言い出すし、付き合いたくないって言ってんのに付きまとって外堀埋めるような性格で難ありだし、・・・話が通じないのに変な気遣いはしてくれるけど。付き合う彼女運も悪くて、テニス馬鹿な夏川先輩本人を見てくれなくて浮気されて別れてもすぐに同じようなタイプにばかり告られて初代浮気した彼女を避けようと付き合ってしまって、エンドレス。
可哀想と言えば、可哀想。
付き合う彼女も夏川先輩本人も互いに相手のことを見ていないから、どっちが悪いとは言いきれない。
容姿も良いし、セックスだってとっても気持ち良かったし・・・。
駄目駄目。
違うことを考えて、気を紛らわせなきゃ。
夏川先輩のことを考えちゃ駄目。
可哀想だなんて思ったら、いけない。ほだされたら、なし崩しに付き合うことになってしまう。
彼女という名のセフレにされたくなかったら、付き合わないようにすることを忘れちゃ駄目。
それにしても、夏川先輩の気がすむのはいつだろう。
恥ずかしさとよくわからない気持ちで熱くなった頬のまま、エアコンの作動音だけを聞いている。ふざけていた男の子たちは通り過ぎて行ったのか、その声はもう聞こえてこない。
部活の終わった後に使ったほのかな制汗剤と夕方でもまだ残っていた熱気でかいた汗が混じり合った匂いと夏川先輩の匂い。
いつの間にか、身体から力が抜けていた。
エアコンのかかった部屋の中で薄い夏服越しに感じる夏川先輩の体温が心地良く頃には、抱き締められていることが当たり前のようになっていた。
「実花ちゃん」
「っ!」
ようやく気がすんだのか、夏川先輩が声をかけてきた。急に名前を呼ばれて驚いた私は身体が震えた。脚の間がきゅんと疼く。
何コレ?
自分の身体の反応に驚く。
「利用していいから」
「は?! 利用? 何を?!」
「俺(・)を利用していいから」
は?
何、言ってんの、この人?!
「夏川先輩を利用? 何に利用するんですか?」
「欲しいよね?」
何を言われているのかわかって、頭がカッとした。
セックスしたくなったのがわからなかったわけじゃない。
「いいです!」
「帰れるの?」
唇をゆるゆると親指で撫でられていて、何を言われているのか一瞬、理解できなかった。
だから、抱き締められていた腕が片方ないことにも気付いていなかった。
少し待ったら治まるし、大丈夫。
「帰れます!」
言いきった私の頬を唇を弄んでいた手が滑る。タコのある硬い手に撫でられる感触と共に視界に夏川先輩の顔が入る。
次の瞬間にはキスをされていた。親指が触れていた部分は甘く疼いていて、そこを今度は濡れた柔らかい舌がなぞるように動き、親指が押し下げた下唇の隙間から入り込んでくる。
舌に撫でられただけで気持ち良い。どこもかしこもそれだけでうっとりしてしまう。
更に身体から力が抜け、呼吸するのも忘れてキスに応える。夏川先輩の唇が離れるたびにそれを追ってしまい、キスが終わった時には夏川先輩の膝の上で横抱きにされていた。
いつの間に?!
慌てる理性を置き去りに身体は夏川先輩の与える快楽に酔いしれていた。
「愛あるセックスじゃなくても、大事にしてあげる。愛していると錯覚するくらい大切に扱ってあげるから、いいよね?」
夏川先輩の囁きは甘い毒だった。
あいつとは愛あるセックスだった。
でも、ここまで蕩けた時には服なんか着ていなかった。
夏川先輩とは愛なんかないのに、ただキスをしただけなのに欲しくてたまらない。
夏川先輩は好きな相手としかしたくないという私の考えをわかっている。わかっているのに、欲しくてどうしようもない状態にして聞いてくる。
「最低」
「うん。最低だよ」
「卑怯者」
「うん。卑怯だね」
「でも、欲しい」
「僕のことは実花ちゃんが楽しめるように使っていいから」
背中に回されていた夏川先輩の手に背筋を撫でられるだけで身体の中を快感が走る。
「ひゃんっ」
思わず声が変な出てしまう。そしたら、またペロリと唇を舐められた。
今度は背筋がゾクゾクとする。
夏川先輩はキスしながら服越しに身体を撫で始めた。寒くもないのに身体が震え、下腹部が疼く。服を着ているのも熱くて、脱ぎ捨てたくなる。
脱いだら負けだ、脱いだら負けだと思うのに、熱いし、身体の奥は溶けだしてくるし、欲しくて堪らない。
服の上を這う手と、口の中に忍びこんだ夏川先輩の舌が私を狂気へと駆り立てる。
まともな言葉が思いつかない。私の口から漏れるのはキスに応える音と恋人にしか聞かせたくない甘い声。
まともに立てない私を夏川先輩は横抱きにしたまま、自分の部屋へと運ぶ。
ベッドの上に降ろされ、促されるように服を引っ張られて脱いでいく。
いつの間に脱いでいたのか、夏川先輩の温かい肌が火照った私の肌にあたる。
身体から強張りがなくなっていたのか、ちょっと触られただけで簡単に夏川先輩を受け入れていた。
間違っているはずなのに何も間違っているとは思えなかった。
こんなことをしていることが正しいことのように思えて、受け入れただけでも軽くイってしまって。
夏川先輩はほとんど動かないのに気持ち良さも持続して。
少し揺すられるだけでイってしまって。
気付いたら、20時過ぎで――
「家の夕食の時間すぎてる!」
普通の土曜日の夕方。
普通じゃないのは彼氏でもないのに私を抱き締めている夏川先輩と抱き締められている私。
抱き締めさせてくれとは言われたけど、この沈黙をどうしたらいいのかわからない。恥ずかしくて、気を紛らわせたくて部屋中に目を泳がせる。
身動きをするせいで、ホールドしている夏川先輩の腕をひどく意識してしまう。熱が頬に溜まる。
落ち着かない。
落ち着きようがない。
あいつとだってしたことのなかったことを夏川先輩なんかとしているんだ。付き合ってもいない、それどころか興味本位か復讐心でヤりたいと言って、身体の相性が良いからと付き合いたいって言うような夏川先輩なんかと。
あいつと一緒にいた時は隣にいるくらいだった。
こんなふうに密着しているのはセックスの時くらい。クスクスと笑い合ってしまうような時間と気持ち良さと充実感、それに何かが終わってしまった寂しさを感じるのも、こういう時だった。
変なことを考えたせいで身体の奥が溶けてくるのがわかった。
あいつじゃないのにどうして?
触られて気持ち良いと思っていないのに何故?
夏川先輩はあいつより顔も良いよ?
でも、テニス馬鹿だし、私をNTりたいとか言い出すし、付き合いたくないって言ってんのに付きまとって外堀埋めるような性格で難ありだし、・・・話が通じないのに変な気遣いはしてくれるけど。付き合う彼女運も悪くて、テニス馬鹿な夏川先輩本人を見てくれなくて浮気されて別れてもすぐに同じようなタイプにばかり告られて初代浮気した彼女を避けようと付き合ってしまって、エンドレス。
可哀想と言えば、可哀想。
付き合う彼女も夏川先輩本人も互いに相手のことを見ていないから、どっちが悪いとは言いきれない。
容姿も良いし、セックスだってとっても気持ち良かったし・・・。
駄目駄目。
違うことを考えて、気を紛らわせなきゃ。
夏川先輩のことを考えちゃ駄目。
可哀想だなんて思ったら、いけない。ほだされたら、なし崩しに付き合うことになってしまう。
彼女という名のセフレにされたくなかったら、付き合わないようにすることを忘れちゃ駄目。
それにしても、夏川先輩の気がすむのはいつだろう。
恥ずかしさとよくわからない気持ちで熱くなった頬のまま、エアコンの作動音だけを聞いている。ふざけていた男の子たちは通り過ぎて行ったのか、その声はもう聞こえてこない。
部活の終わった後に使ったほのかな制汗剤と夕方でもまだ残っていた熱気でかいた汗が混じり合った匂いと夏川先輩の匂い。
いつの間にか、身体から力が抜けていた。
エアコンのかかった部屋の中で薄い夏服越しに感じる夏川先輩の体温が心地良く頃には、抱き締められていることが当たり前のようになっていた。
「実花ちゃん」
「っ!」
ようやく気がすんだのか、夏川先輩が声をかけてきた。急に名前を呼ばれて驚いた私は身体が震えた。脚の間がきゅんと疼く。
何コレ?
自分の身体の反応に驚く。
「利用していいから」
「は?! 利用? 何を?!」
「俺(・)を利用していいから」
は?
何、言ってんの、この人?!
「夏川先輩を利用? 何に利用するんですか?」
「欲しいよね?」
何を言われているのかわかって、頭がカッとした。
セックスしたくなったのがわからなかったわけじゃない。
「いいです!」
「帰れるの?」
唇をゆるゆると親指で撫でられていて、何を言われているのか一瞬、理解できなかった。
だから、抱き締められていた腕が片方ないことにも気付いていなかった。
少し待ったら治まるし、大丈夫。
「帰れます!」
言いきった私の頬を唇を弄んでいた手が滑る。タコのある硬い手に撫でられる感触と共に視界に夏川先輩の顔が入る。
次の瞬間にはキスをされていた。親指が触れていた部分は甘く疼いていて、そこを今度は濡れた柔らかい舌がなぞるように動き、親指が押し下げた下唇の隙間から入り込んでくる。
舌に撫でられただけで気持ち良い。どこもかしこもそれだけでうっとりしてしまう。
更に身体から力が抜け、呼吸するのも忘れてキスに応える。夏川先輩の唇が離れるたびにそれを追ってしまい、キスが終わった時には夏川先輩の膝の上で横抱きにされていた。
いつの間に?!
慌てる理性を置き去りに身体は夏川先輩の与える快楽に酔いしれていた。
「愛あるセックスじゃなくても、大事にしてあげる。愛していると錯覚するくらい大切に扱ってあげるから、いいよね?」
夏川先輩の囁きは甘い毒だった。
あいつとは愛あるセックスだった。
でも、ここまで蕩けた時には服なんか着ていなかった。
夏川先輩とは愛なんかないのに、ただキスをしただけなのに欲しくてたまらない。
夏川先輩は好きな相手としかしたくないという私の考えをわかっている。わかっているのに、欲しくてどうしようもない状態にして聞いてくる。
「最低」
「うん。最低だよ」
「卑怯者」
「うん。卑怯だね」
「でも、欲しい」
「僕のことは実花ちゃんが楽しめるように使っていいから」
背中に回されていた夏川先輩の手に背筋を撫でられるだけで身体の中を快感が走る。
「ひゃんっ」
思わず声が変な出てしまう。そしたら、またペロリと唇を舐められた。
今度は背筋がゾクゾクとする。
夏川先輩はキスしながら服越しに身体を撫で始めた。寒くもないのに身体が震え、下腹部が疼く。服を着ているのも熱くて、脱ぎ捨てたくなる。
脱いだら負けだ、脱いだら負けだと思うのに、熱いし、身体の奥は溶けだしてくるし、欲しくて堪らない。
服の上を這う手と、口の中に忍びこんだ夏川先輩の舌が私を狂気へと駆り立てる。
まともな言葉が思いつかない。私の口から漏れるのはキスに応える音と恋人にしか聞かせたくない甘い声。
まともに立てない私を夏川先輩は横抱きにしたまま、自分の部屋へと運ぶ。
ベッドの上に降ろされ、促されるように服を引っ張られて脱いでいく。
いつの間に脱いでいたのか、夏川先輩の温かい肌が火照った私の肌にあたる。
身体から強張りがなくなっていたのか、ちょっと触られただけで簡単に夏川先輩を受け入れていた。
間違っているはずなのに何も間違っているとは思えなかった。
こんなことをしていることが正しいことのように思えて、受け入れただけでも軽くイってしまって。
夏川先輩はほとんど動かないのに気持ち良さも持続して。
少し揺すられるだけでイってしまって。
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「家の夕食の時間すぎてる!」
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