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過ぎいく夏
まだ十分もたっていないのに、海終了のお知らせが来た。
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夏休み最後の日曜日。待ち合わせていた梅木町駅で夏川先輩はいつものように待っていて、手を上げて存在を知らせる。
相変わらず、本人は周りの熱い視線や騒がしい話し声にも無頓着だ。
そして私は相変わらず、周囲からの殺意すら感じる視線となんであんな子がと貶される声にここから逃げ出したくて仕方がない。なんで、私に攻撃的になるんじゃなくて、夏川先輩本人に逆ナンでもして当たって砕けたら、10%ぐらいは成功するかもしれないから。
って、当たって砕けたら、逆ナンが成功することがないか。
夏川先輩は二股かけない人だし、別の子に乗り換えてくれるだけで私はいいんだけど、そうなったらこの場でお別れしてそのまま付き合いもお別れするんだろうか?
そんなことを考えていたら、夏川先輩が改札のほうに目を遣る。
「実花ちゃん、ちょっと出かけよう」
出かける? この格好で?
私はご近所に出かける手を抜いた格好で、夏川先輩は相変わらず雑誌から出てきたような服装だ。どうせ、夏川先輩の家に行くだけだからと気を抜きすぎたこの格好で、出かける?
完全に意表を突かれた。
「次じゃ、駄目ですか?」
「今日がいいんだ。今日は夏休み最後の日曜だろう?」
日曜日は確かに夏川先輩が好きに決めていい日だけど、出かけるなら出かけるで前もって教えておいて欲しい。
梅木町の港側に行くか、山側に行くかで服装は変えないといけないし、こんな近所に行くような気の抜けた服で場違いな都心なんかに行きたくない。そんな繊細な乙女心がわかる夏川先輩じゃないから、仕方ないと諦めるしかない。
「ええ。そうですけど・・・」
「なら、僕が決めてもいい日だよね」
ニッコリ笑われるけど、それは強制だった。
「ハイ、ソウデス」
なんのかんの言いながら、自分のしたいようにしている夏川先輩に何を言っても無駄なので、そのまま流されておくことにする。下手なことを言って、前みたいに脅されたくない。
私の心はチキンハートなのだ。脅しの言葉は極力聞きたくない。黒い笑顔で充分だ。
「チャージしてある?」
交通系ICカードには昨日チャージしたばかりだから、都内でもギリギリ行ける。
「あ。大丈夫です」
「そう。じゃあ、付いて来て」
「はい」
夏川先輩は改札に向かって行く。
言われて付いていって電車に乗って、前に冬野さんと遭遇した流れるプールを横目に、電車を乗り換えながら一時間弱。
「えーと。ここは・・・」
電車から降りた瞬間、海風の強かった。梅木町も海沿いだけど、ここは浜風を遮るものがほとんどない。
まだ夏で17時前ということもあって夕日にもなっていないから、強い日差しがあっても強風で心地良い。隣りにいる夏川先輩も風に髪を弄ばれている。
駅の周りにところどころ海が見えている。右手には小学生の頃によく来た海水浴場の砂浜が見える。泳ぐには時間も遅くても、まだ夜になっていないので海水浴客の姿がある。
「海。一緒に来てなかっただろう?」
風で髪が乱れた夏川先輩はいつものきっちりした髪型と違って、色気があって心臓に悪い。
「え?! でも・・・」
水着も持って来ていないから今日は海水浴ができないけど、一緒に海に来ようと思ってくれたことが何故か嬉しい。
会話だけなら恋人同士みたいだが、私たちはそんな綺麗な関係じゃないのに。
「僕たち、付き合っているのに恋人らしいこと何もしてないでしょ」
「恋人じゃないし」
「どっちでもいいじゃない。夏祭りも花火大会もプールも行けなかったんだし、海ぐらいは一緒に行かなきゃ」
言われて、恋人でもないし、付き合ってもいないのに、プールで冬野さんに水着姿を見られたことが気になった。そりゃあ、あいつや冬野さんとはプールの授業で水着姿を見られたけど、それはスクール水着だった。夏川先輩とは水着どころかそれを着ていない姿だって見られたことがあるのに、スクール水着(同じ時間帯にプールの授業がなかった)どころか今年買った水着も見せたことはない。
本当に変な関係だ。
夏川先輩に水着姿を見せたかったかどうかと聞かれたら、見せたいなんて思わない。
でも、何故か心がモヤモヤする。
ここに連れて来られたのだって、ニッコリ笑ってごり押し(脅し一歩手前)をされたから、夏川先輩の一言で今までだって来れたはずだ。
「誘ってくれたら行きましたよ」
「行くの面倒だし」
眩しいほどの笑顔で言われた。
「面倒って・・・。付き合っているんでしょ?」
強引に付き合わせといて、面倒(それ)ですか。
相変わらず、夏川先輩は自分勝手だ。今日みたいに連れて来ることができるのに、一緒に行くのが面倒で行かないなんて・・・。部活が忙しいのはわかるけど、本当に彼女扱いが悪い。
花火大会の日みたいにバイトが終わるのを待っていたり、その後、家に帰るのを見守ってくれたり、そっちのほうが大変で面倒だっていうのに、一緒に遊びに行くことを面倒臭がるなんて・・・この人は恋愛に向かな過ぎ。
「虫(・)除けにね。基本的に最低限の付き合いでいいよ」
「最低限がアレですか?」
双方にとって虫除けなのはわかるけど、アレが最低限の付き合い。
アレが・・・。
南極と北極ほど違う認識の違いに胡乱な目になるのも仕方ない。相手は霊長類ヒト科ヒト目でも、キャトルミューティレーションされたか、宇宙産だ。
「最低限でしょ、アレは」
そんな自信満々で言われても・・・。
「あんなのなくても大丈夫ですよ。充分、付き合ってるって、見えますって」
学校中、昼休みの件やら保健室の件で付き合っていると見なしてくれたし。
「アレがないと、実花ちゃんじゃ誤魔化せないでしょ?」
「誤魔化す?」
何を誤魔化すのか、さっぱりわからない。
誤魔化すとしたら、チョロくならないように自分の気持ちを?
「恋人のふりなんか、できないでしょ? 僕としても付き合っている相手に欲求不満でピリピリさせているなんて思われたくないし」
浮気されたのはいいのか。浮気されたのは。
(肉体的に)欲求不満にしたと思われたくなくても、浮気されることには言及しない夏川先輩が理解できない。
欲求不満だから、浮気するもんだよね?
充分、(精神的に)欲求不満にさせてるから。
「なんですか、それは」
呆れた私に返って来たのは的外れな答えだった。
「喧嘩する仲でも、付き合っている間は幸せな雰囲気を作ってしまうからね。少しでも近付ける為に満足させてあげないと駄目ってことだよ」
「そんな満足、いらなかったです」
「必要なんだって。海。いい?」
一緒に来てなかったと言いながら、海はもうお終いらしい。
早っ! まだ十分もたっていないのに、海終了のお知らせが来た。
「海(これ)の為に来たんですか?」
「いいや。本命はこっち」
そう言って、夏川先輩は左手にある遊園地のほうに歩いて行く。
海水浴場のある浜辺と違って、こっちには遊園地以外にも飲食店街やイルカとのふれあい広場、水族館にピクニックできる広場、そして何故かホテルまである。さっきの海水浴場で泳ぐも良し、こっちの遊園地と水族館で遊ぶも良し、疲れたら泊って良し、というコンセプトで作られているようだ。
入園は無料だから小学校の遠足から家族連れ、中高生の遊び場にまで広く使える上に、カップルでも楽しめるようになっている。
水族館に遊園地、ピクニックまでとジャンルを問わないデートスポットに使えるのがウリなんだろう。
飲食店もホットスナックやフードコーナー、和洋中のレストランまでなんでも揃っている。
「遊園地ですか?」
「ハズレ。その先」
「その先って、水族館?」
その水族館は夏休み期間中の土日は花火が上がることで有名だったりする。
今日は8月最後の日曜日だから、時間が合ったら花火が見られるだろう。
「そう。小学校の遠足以降、来たことがないから、急に来たくなったんだ」
「だからって、いきなりここまで連れて来られても。もう17時だし、もう水族館も閉まる時間じゃないんですか?」
あと三時間ぐらいで花火だ。それが終わったら飲食店街も閉まって閉園だろうけど、水族館はもうそろそろ閉まる時間かもしれない。
「大丈夫、大丈夫。webで確認して来たから」
「ええ?! 確認済み?!」
「おごってあげるから、行こう」
「おごってくれても、ですね。ちょっと!」
スタスタと歩いて行く夏川先輩に追いつこうとするだけで大変だった。ようやく足を止めてくれたのは、10分弱歩いたところにある水族館の入口。それも入場券を渡す為だった。
「はい、実花ちゃん」
「あ、ありがとうございます」
よく見たら、入場券には3000円近い金額が書いてある。
「こんな高いの、もらえませんよ。出します」
「連れて来たのは俺(・)だし、おごるよ」
「おごるにしたって、この金額は――」
「いいって、いいって。連れて来られた迷惑料だと思って。ここまでの交通費払わせたんだし、気にしないで」
そう言われたら、ここに来る途中で交通系ICカードの残金が少なくなっていることを思い出した。
チャージしないと帰れない。一応、財布の中には1000円は入っているから、チャージできるけど・・・。
同じ市内でもここまで来るのに都内に出るのと、交通費があまり変わらない。
そんなことを考えたら、3000円近い入場券はいきなりここに連れて来られた迷惑料にしてもいいか、と納得してしまう。
でも、チャージしないと改札を通れそうにない。
「帰りにチャージしないと」
「ごめんね」
「本当にどういうことなんですか? いきなりこんなところに来たいって」
小学校の遠足以降、来たことがないから来たくなったと言われても、わからない。
誰か翻訳して。
その誰かが夏川先輩本人しかいないから、直接聞くしかない。
「もう部長じゃなくなるから」
意外な答えだった。
ただし、その意味がさっぱりわからない。
宇宙人との会話は察する能力でカバーできない。
ここで連想ゲーム!
無理だ。連想ゲームしようにも連想できることが思い浮かばない。
小学校の遠足以降、来たことがないから来たくなった→「もう部長じゃなくなるから」
=部長やってるから来れない?
部長やってるのは、一年だけだよね?
小学校の遠足以外はなんで来られなかったのか、説明になっていない。
「?」
「8月31日で三年は引退なんだ」
「それで?」
部長を辞めるのが、三年が引退するからなんだろうけど、それと小学校以来、水族館に来られない理由が繋がらない。
「三年は受験や就職が待っているから、もう部活なんてしていられないんだよ。とうとう終わったんだ、最後の夏が」
「最後って、受験が終わったらまたできるじゃないですか」
夏川先輩は緩く首を振る。
「就職してしまうとあとは趣味でやるしかないし、進学してもほぼ同じだよ。本当にすべてを捧げているなら、高校の時から日本にはいられない。わかっていたんだけどね。それでも、わりきれないよ」
打ちひしがれたような表情に何を言っていいのかわからない。
「夏川先輩・・・」
最後の夏はテニスに打ち込んでいていい時代の最後の夏ってことだった。テニス馬鹿な夏川先輩にとって重要な時期が終わったということ。
テレビで日本でトップのフィギアスケートは現役高校生でも一年に三カ月くらいしか学校に通えないってやっていた。それ以外はトレーニングしている国にいるそうだ。
テニス馬鹿な夏川先輩だけど、彼は普通に日本の学校に通っていた。両親が共働きで、お父さんは単身赴任で。
仕事をしているお母さんと一緒にいる為に日本を出るのをやめたんだろうか?
それとも、実力の問題?
部活でレギュラー取っていても、それで海外留学できる実力があるかどうか、テニスに疎い私にはわからない。
わかっていることは、夏川先輩はこれ以上、テニスに打ち込めないと思っている。
それがどうしてなのか、私にはわからない。
だって、高校だってインターハイがあるように、大学にも全国大会があるはずだし、ここまで悲観する理由がわからない。
「だから、今まで諦めていたものを取り戻そうと思うんだ。まずは水族館から」
何が理由でテニスをやめようとしているのかわからないけど、そう言って笑う夏川先輩はどこか寂しそうで、私は何も言えなかった。
相変わらず、本人は周りの熱い視線や騒がしい話し声にも無頓着だ。
そして私は相変わらず、周囲からの殺意すら感じる視線となんであんな子がと貶される声にここから逃げ出したくて仕方がない。なんで、私に攻撃的になるんじゃなくて、夏川先輩本人に逆ナンでもして当たって砕けたら、10%ぐらいは成功するかもしれないから。
って、当たって砕けたら、逆ナンが成功することがないか。
夏川先輩は二股かけない人だし、別の子に乗り換えてくれるだけで私はいいんだけど、そうなったらこの場でお別れしてそのまま付き合いもお別れするんだろうか?
そんなことを考えていたら、夏川先輩が改札のほうに目を遣る。
「実花ちゃん、ちょっと出かけよう」
出かける? この格好で?
私はご近所に出かける手を抜いた格好で、夏川先輩は相変わらず雑誌から出てきたような服装だ。どうせ、夏川先輩の家に行くだけだからと気を抜きすぎたこの格好で、出かける?
完全に意表を突かれた。
「次じゃ、駄目ですか?」
「今日がいいんだ。今日は夏休み最後の日曜だろう?」
日曜日は確かに夏川先輩が好きに決めていい日だけど、出かけるなら出かけるで前もって教えておいて欲しい。
梅木町の港側に行くか、山側に行くかで服装は変えないといけないし、こんな近所に行くような気の抜けた服で場違いな都心なんかに行きたくない。そんな繊細な乙女心がわかる夏川先輩じゃないから、仕方ないと諦めるしかない。
「ええ。そうですけど・・・」
「なら、僕が決めてもいい日だよね」
ニッコリ笑われるけど、それは強制だった。
「ハイ、ソウデス」
なんのかんの言いながら、自分のしたいようにしている夏川先輩に何を言っても無駄なので、そのまま流されておくことにする。下手なことを言って、前みたいに脅されたくない。
私の心はチキンハートなのだ。脅しの言葉は極力聞きたくない。黒い笑顔で充分だ。
「チャージしてある?」
交通系ICカードには昨日チャージしたばかりだから、都内でもギリギリ行ける。
「あ。大丈夫です」
「そう。じゃあ、付いて来て」
「はい」
夏川先輩は改札に向かって行く。
言われて付いていって電車に乗って、前に冬野さんと遭遇した流れるプールを横目に、電車を乗り換えながら一時間弱。
「えーと。ここは・・・」
電車から降りた瞬間、海風の強かった。梅木町も海沿いだけど、ここは浜風を遮るものがほとんどない。
まだ夏で17時前ということもあって夕日にもなっていないから、強い日差しがあっても強風で心地良い。隣りにいる夏川先輩も風に髪を弄ばれている。
駅の周りにところどころ海が見えている。右手には小学生の頃によく来た海水浴場の砂浜が見える。泳ぐには時間も遅くても、まだ夜になっていないので海水浴客の姿がある。
「海。一緒に来てなかっただろう?」
風で髪が乱れた夏川先輩はいつものきっちりした髪型と違って、色気があって心臓に悪い。
「え?! でも・・・」
水着も持って来ていないから今日は海水浴ができないけど、一緒に海に来ようと思ってくれたことが何故か嬉しい。
会話だけなら恋人同士みたいだが、私たちはそんな綺麗な関係じゃないのに。
「僕たち、付き合っているのに恋人らしいこと何もしてないでしょ」
「恋人じゃないし」
「どっちでもいいじゃない。夏祭りも花火大会もプールも行けなかったんだし、海ぐらいは一緒に行かなきゃ」
言われて、恋人でもないし、付き合ってもいないのに、プールで冬野さんに水着姿を見られたことが気になった。そりゃあ、あいつや冬野さんとはプールの授業で水着姿を見られたけど、それはスクール水着だった。夏川先輩とは水着どころかそれを着ていない姿だって見られたことがあるのに、スクール水着(同じ時間帯にプールの授業がなかった)どころか今年買った水着も見せたことはない。
本当に変な関係だ。
夏川先輩に水着姿を見せたかったかどうかと聞かれたら、見せたいなんて思わない。
でも、何故か心がモヤモヤする。
ここに連れて来られたのだって、ニッコリ笑ってごり押し(脅し一歩手前)をされたから、夏川先輩の一言で今までだって来れたはずだ。
「誘ってくれたら行きましたよ」
「行くの面倒だし」
眩しいほどの笑顔で言われた。
「面倒って・・・。付き合っているんでしょ?」
強引に付き合わせといて、面倒(それ)ですか。
相変わらず、夏川先輩は自分勝手だ。今日みたいに連れて来ることができるのに、一緒に行くのが面倒で行かないなんて・・・。部活が忙しいのはわかるけど、本当に彼女扱いが悪い。
花火大会の日みたいにバイトが終わるのを待っていたり、その後、家に帰るのを見守ってくれたり、そっちのほうが大変で面倒だっていうのに、一緒に遊びに行くことを面倒臭がるなんて・・・この人は恋愛に向かな過ぎ。
「虫(・)除けにね。基本的に最低限の付き合いでいいよ」
「最低限がアレですか?」
双方にとって虫除けなのはわかるけど、アレが最低限の付き合い。
アレが・・・。
南極と北極ほど違う認識の違いに胡乱な目になるのも仕方ない。相手は霊長類ヒト科ヒト目でも、キャトルミューティレーションされたか、宇宙産だ。
「最低限でしょ、アレは」
そんな自信満々で言われても・・・。
「あんなのなくても大丈夫ですよ。充分、付き合ってるって、見えますって」
学校中、昼休みの件やら保健室の件で付き合っていると見なしてくれたし。
「アレがないと、実花ちゃんじゃ誤魔化せないでしょ?」
「誤魔化す?」
何を誤魔化すのか、さっぱりわからない。
誤魔化すとしたら、チョロくならないように自分の気持ちを?
「恋人のふりなんか、できないでしょ? 僕としても付き合っている相手に欲求不満でピリピリさせているなんて思われたくないし」
浮気されたのはいいのか。浮気されたのは。
(肉体的に)欲求不満にしたと思われたくなくても、浮気されることには言及しない夏川先輩が理解できない。
欲求不満だから、浮気するもんだよね?
充分、(精神的に)欲求不満にさせてるから。
「なんですか、それは」
呆れた私に返って来たのは的外れな答えだった。
「喧嘩する仲でも、付き合っている間は幸せな雰囲気を作ってしまうからね。少しでも近付ける為に満足させてあげないと駄目ってことだよ」
「そんな満足、いらなかったです」
「必要なんだって。海。いい?」
一緒に来てなかったと言いながら、海はもうお終いらしい。
早っ! まだ十分もたっていないのに、海終了のお知らせが来た。
「海(これ)の為に来たんですか?」
「いいや。本命はこっち」
そう言って、夏川先輩は左手にある遊園地のほうに歩いて行く。
海水浴場のある浜辺と違って、こっちには遊園地以外にも飲食店街やイルカとのふれあい広場、水族館にピクニックできる広場、そして何故かホテルまである。さっきの海水浴場で泳ぐも良し、こっちの遊園地と水族館で遊ぶも良し、疲れたら泊って良し、というコンセプトで作られているようだ。
入園は無料だから小学校の遠足から家族連れ、中高生の遊び場にまで広く使える上に、カップルでも楽しめるようになっている。
水族館に遊園地、ピクニックまでとジャンルを問わないデートスポットに使えるのがウリなんだろう。
飲食店もホットスナックやフードコーナー、和洋中のレストランまでなんでも揃っている。
「遊園地ですか?」
「ハズレ。その先」
「その先って、水族館?」
その水族館は夏休み期間中の土日は花火が上がることで有名だったりする。
今日は8月最後の日曜日だから、時間が合ったら花火が見られるだろう。
「そう。小学校の遠足以降、来たことがないから、急に来たくなったんだ」
「だからって、いきなりここまで連れて来られても。もう17時だし、もう水族館も閉まる時間じゃないんですか?」
あと三時間ぐらいで花火だ。それが終わったら飲食店街も閉まって閉園だろうけど、水族館はもうそろそろ閉まる時間かもしれない。
「大丈夫、大丈夫。webで確認して来たから」
「ええ?! 確認済み?!」
「おごってあげるから、行こう」
「おごってくれても、ですね。ちょっと!」
スタスタと歩いて行く夏川先輩に追いつこうとするだけで大変だった。ようやく足を止めてくれたのは、10分弱歩いたところにある水族館の入口。それも入場券を渡す為だった。
「はい、実花ちゃん」
「あ、ありがとうございます」
よく見たら、入場券には3000円近い金額が書いてある。
「こんな高いの、もらえませんよ。出します」
「連れて来たのは俺(・)だし、おごるよ」
「おごるにしたって、この金額は――」
「いいって、いいって。連れて来られた迷惑料だと思って。ここまでの交通費払わせたんだし、気にしないで」
そう言われたら、ここに来る途中で交通系ICカードの残金が少なくなっていることを思い出した。
チャージしないと帰れない。一応、財布の中には1000円は入っているから、チャージできるけど・・・。
同じ市内でもここまで来るのに都内に出るのと、交通費があまり変わらない。
そんなことを考えたら、3000円近い入場券はいきなりここに連れて来られた迷惑料にしてもいいか、と納得してしまう。
でも、チャージしないと改札を通れそうにない。
「帰りにチャージしないと」
「ごめんね」
「本当にどういうことなんですか? いきなりこんなところに来たいって」
小学校の遠足以降、来たことがないから来たくなったと言われても、わからない。
誰か翻訳して。
その誰かが夏川先輩本人しかいないから、直接聞くしかない。
「もう部長じゃなくなるから」
意外な答えだった。
ただし、その意味がさっぱりわからない。
宇宙人との会話は察する能力でカバーできない。
ここで連想ゲーム!
無理だ。連想ゲームしようにも連想できることが思い浮かばない。
小学校の遠足以降、来たことがないから来たくなった→「もう部長じゃなくなるから」
=部長やってるから来れない?
部長やってるのは、一年だけだよね?
小学校の遠足以外はなんで来られなかったのか、説明になっていない。
「?」
「8月31日で三年は引退なんだ」
「それで?」
部長を辞めるのが、三年が引退するからなんだろうけど、それと小学校以来、水族館に来られない理由が繋がらない。
「三年は受験や就職が待っているから、もう部活なんてしていられないんだよ。とうとう終わったんだ、最後の夏が」
「最後って、受験が終わったらまたできるじゃないですか」
夏川先輩は緩く首を振る。
「就職してしまうとあとは趣味でやるしかないし、進学してもほぼ同じだよ。本当にすべてを捧げているなら、高校の時から日本にはいられない。わかっていたんだけどね。それでも、わりきれないよ」
打ちひしがれたような表情に何を言っていいのかわからない。
「夏川先輩・・・」
最後の夏はテニスに打ち込んでいていい時代の最後の夏ってことだった。テニス馬鹿な夏川先輩にとって重要な時期が終わったということ。
テレビで日本でトップのフィギアスケートは現役高校生でも一年に三カ月くらいしか学校に通えないってやっていた。それ以外はトレーニングしている国にいるそうだ。
テニス馬鹿な夏川先輩だけど、彼は普通に日本の学校に通っていた。両親が共働きで、お父さんは単身赴任で。
仕事をしているお母さんと一緒にいる為に日本を出るのをやめたんだろうか?
それとも、実力の問題?
部活でレギュラー取っていても、それで海外留学できる実力があるかどうか、テニスに疎い私にはわからない。
わかっていることは、夏川先輩はこれ以上、テニスに打ち込めないと思っている。
それがどうしてなのか、私にはわからない。
だって、高校だってインターハイがあるように、大学にも全国大会があるはずだし、ここまで悲観する理由がわからない。
「だから、今まで諦めていたものを取り戻そうと思うんだ。まずは水族館から」
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