61 / 74
過ぎいく夏
私、保護者。夏川先輩、子ども。
しおりを挟む
夏川先輩は気になった水槽の前で立ち止まるとじっとそれを見る。一緒に来たはずなのに、私の存在なんか忘れてしまっているようだ。
そして、見終わると次の水槽へと移動して行く。
私はまるで保護者のような気がしてきた。
「夏川先輩は何が好きなんですか?」
「ペンギンかな」
水槽を見ている夏川先輩に話しかけてみたら、まともに返事が返ってきた。どうやら、声が聞こえる程度の集中しかしていないらしい。
それにしても、ペンギン。
夏川先輩ぽくない。
夏川先輩が好きそうな生物はと言われても、思い付かないけど、ペンギンは意外だった。ちょこちょこと可愛らしく歩くところとか、子煩悩なところとか、全然夏川先輩のイメージと合わない。
それにしても、ペンギンならここまで来なくても、最寄り駅から行ける動物園にもいる。ここまで来る必要なんてないのだ。
「ペンギンって、動物園にもいるじゃないですか」
「でも、動物園だと上から見るだろう? 水中のペンギンって面白いんだよ。まるでテニスをしているみたいに見えるし」
動物園は水中のペンギンが見られなかったっけ?
ここ数年、行ってないので思い出せない。
動物園なんて中学に上がったら、行く場所じゃないし。デートでも水族館とか遊園地でしょ。あいつとは遊園地くらいしか行ってないけど。
テニス繋がりでペンギンが好きなのか。
好きな理由がわかって、すごく納得がいった。
動物までテニスと関連するかどうかで選ぶなんて・・・テニス馬鹿は伊達じゃない。
「またテニスですか。スケートはやるけど、テニスなんかしてないって、ペンギンから苦情来ますよ」
「ペンギンの羽――フリッパーの一撃はすごいんだよ? 人間の骨も砕けるそれで叩かれたボールは何キロ出るかずっと気になってるんだ。きっと強烈なサーブを打てるのに、スケートしかしないなんて宝の持ち腐れだよ」
一撃がすごいからって、そんな理屈を突き付けられても、ペンギンだって困るでしょ。
そんなにペンギンがテニスをしないことに不満があるなら、からかってやろうと思った。
「そんなことはペンギンに言って下さい。もしかしたら、ペンギンはテニスが嫌いかもしれませんよ」
「そんなはずない。あの一撃が出せるのにテニス嫌いなんて」
夏川先輩は筋金入りだった。
どうして、そんなことにこだわるのかわからないけど、羽?(腕?)を振る威力があるからテニス好きだと思われているなんて、ペンギンたちも不憫な・・・。
その理屈は夏川先輩の胸にしまって、ペンギンたちは自由に暮らさせてあげて。
無理矢理、テニスなんかさせようとしないであげて。
「実はバトミントン派かもしれません」
まぜっかえしてあげると、夏川先輩は楽しそうに目を細めた。それは胡散臭い笑みじゃなく、自然な笑顔だった。
「バトミントン派か。それならわかる」
嘘?!
夏川先輩が納得した?!
「納得しちゃうんだ」
開いた口がふさがらない。
「納得できるからね。卓球派でも」
「いいんだ。テニス以外でも」
てっきり、テニス以外は認めないと思った。
「まあね。サッカー派だっていうのは納得できないけど、ホッケー派でも納得するよ」
好きだと言うだけあって、ペンギンの水槽の前で夏川先輩は目をキラキラさせて見ていた。あいつと浮気した夏川先輩の彼女に呼び出し食らった苦情を部活中に言いに行った時と同じような表情だった。
テニス馬鹿発動時と同じ顔を見て、本当にペンギンが好きなんだと思った。
水槽の中ではペンギンたちが水面でぷかぷか浮いていたり、水中をミサイルのような速さで泳いでいる。こんな大きさの水槽だと狭いんじゃないかと思うくらい、スピードを出している。互いにぶつかったりしないのか、見ているこちらが心配になってくる。それに水槽にぶつかって死にそうで怖い。
他の客がどんどん流れて行く中、夏川先輩だけは魅入られたようにペンギンの水槽の前から動かない。
こうして見ていると、夏川先輩もごく普通のイケメンに見える。 宇宙人のような発想と人の話を聞かない性格で、外堀を埋めまくった挙句、私を脅してセフレという名の彼女にしたゲスで鬼畜なところがあることなんか嘘のようだ。
柔らかな髪質の爽やかな王子さまがペンギンの水槽に見入っているなど、写真に残したくなるような光景だ。その登場人物と一緒に水族館に来ていると過去にされたことを忘れて、自分が本当の彼女のような気分になってしまうのがつらい。
ここに来た時だって、梅木町駅で無理矢理ついて来させられたし、絶対に彼女なんかじゃないのに。
家族連れがやって来て、小学校低学年くらいの男の子がペンギンの水槽の前に立つ。食い入るように見ているので、まるで小さな夏川先輩のようだ。
お母さんはまだ幼稚園児くらいの子どもの手を引いていて、その子の横にしゃがんで「ほら、みーちゃん。ペンギンさんだよ」と言っている。
子どもが「ぺんぎんさん、とんでる」と舌足らずに言う。
「飛ぶんじゃなくて、泳いでいるんだよ」とお父さんが言って、ペンギンがよく見えるように子どもを抱き上げる。ペンギンは子どもの頭のほうを通過していたから、そうするとよく見えるようになったのか、子どもが「ぺんぎんさん、はーい」とはしゃいだ。
家族連れを見ていると、うだうだ考えていたことがどうでもよくなった。
現実の関係がどうであれ、今の私と夏川先輩はこの家族と大差ない。
私、保護者。夏川先輩、子ども。
それ以上は考えないようにした。
薄暗くて、夏川先輩しか知り合いのいない場所にいると、いつもと違って意識してしまう。意識してしまうから、恋人同士のような気になってしまうし、そうじゃないことに落ち込むんだ。
これだからイケメンは厄介だ。あいつと一緒に出かけた時は話したり笑って、恋人と一緒にいるのがとても楽しかったのに、ほとんど話していなくても夏川先輩だったら、恋人と一緒にいる気分にさせられてしまう。
できるだけ意識しないように、保護者気分でペンギンの水槽を眺める。
ペンギンたちは私の苦悩など知らないように(実際、知らないけど)遊んでいるかのようにヒュンヒュンと水の中を飛び回っている。家族連れのお父さんが泳いでいると言ったけど、ちょっと羽ばたくぐらいしか動いていないから、泳いでいるようには見えない。
夏川先輩と同じように見惚れていた男の子が飽きて家族と移動していった頃、ようやく夏川先輩も動いた。
そして、見終わると次の水槽へと移動して行く。
私はまるで保護者のような気がしてきた。
「夏川先輩は何が好きなんですか?」
「ペンギンかな」
水槽を見ている夏川先輩に話しかけてみたら、まともに返事が返ってきた。どうやら、声が聞こえる程度の集中しかしていないらしい。
それにしても、ペンギン。
夏川先輩ぽくない。
夏川先輩が好きそうな生物はと言われても、思い付かないけど、ペンギンは意外だった。ちょこちょこと可愛らしく歩くところとか、子煩悩なところとか、全然夏川先輩のイメージと合わない。
それにしても、ペンギンならここまで来なくても、最寄り駅から行ける動物園にもいる。ここまで来る必要なんてないのだ。
「ペンギンって、動物園にもいるじゃないですか」
「でも、動物園だと上から見るだろう? 水中のペンギンって面白いんだよ。まるでテニスをしているみたいに見えるし」
動物園は水中のペンギンが見られなかったっけ?
ここ数年、行ってないので思い出せない。
動物園なんて中学に上がったら、行く場所じゃないし。デートでも水族館とか遊園地でしょ。あいつとは遊園地くらいしか行ってないけど。
テニス繋がりでペンギンが好きなのか。
好きな理由がわかって、すごく納得がいった。
動物までテニスと関連するかどうかで選ぶなんて・・・テニス馬鹿は伊達じゃない。
「またテニスですか。スケートはやるけど、テニスなんかしてないって、ペンギンから苦情来ますよ」
「ペンギンの羽――フリッパーの一撃はすごいんだよ? 人間の骨も砕けるそれで叩かれたボールは何キロ出るかずっと気になってるんだ。きっと強烈なサーブを打てるのに、スケートしかしないなんて宝の持ち腐れだよ」
一撃がすごいからって、そんな理屈を突き付けられても、ペンギンだって困るでしょ。
そんなにペンギンがテニスをしないことに不満があるなら、からかってやろうと思った。
「そんなことはペンギンに言って下さい。もしかしたら、ペンギンはテニスが嫌いかもしれませんよ」
「そんなはずない。あの一撃が出せるのにテニス嫌いなんて」
夏川先輩は筋金入りだった。
どうして、そんなことにこだわるのかわからないけど、羽?(腕?)を振る威力があるからテニス好きだと思われているなんて、ペンギンたちも不憫な・・・。
その理屈は夏川先輩の胸にしまって、ペンギンたちは自由に暮らさせてあげて。
無理矢理、テニスなんかさせようとしないであげて。
「実はバトミントン派かもしれません」
まぜっかえしてあげると、夏川先輩は楽しそうに目を細めた。それは胡散臭い笑みじゃなく、自然な笑顔だった。
「バトミントン派か。それならわかる」
嘘?!
夏川先輩が納得した?!
「納得しちゃうんだ」
開いた口がふさがらない。
「納得できるからね。卓球派でも」
「いいんだ。テニス以外でも」
てっきり、テニス以外は認めないと思った。
「まあね。サッカー派だっていうのは納得できないけど、ホッケー派でも納得するよ」
好きだと言うだけあって、ペンギンの水槽の前で夏川先輩は目をキラキラさせて見ていた。あいつと浮気した夏川先輩の彼女に呼び出し食らった苦情を部活中に言いに行った時と同じような表情だった。
テニス馬鹿発動時と同じ顔を見て、本当にペンギンが好きなんだと思った。
水槽の中ではペンギンたちが水面でぷかぷか浮いていたり、水中をミサイルのような速さで泳いでいる。こんな大きさの水槽だと狭いんじゃないかと思うくらい、スピードを出している。互いにぶつかったりしないのか、見ているこちらが心配になってくる。それに水槽にぶつかって死にそうで怖い。
他の客がどんどん流れて行く中、夏川先輩だけは魅入られたようにペンギンの水槽の前から動かない。
こうして見ていると、夏川先輩もごく普通のイケメンに見える。 宇宙人のような発想と人の話を聞かない性格で、外堀を埋めまくった挙句、私を脅してセフレという名の彼女にしたゲスで鬼畜なところがあることなんか嘘のようだ。
柔らかな髪質の爽やかな王子さまがペンギンの水槽に見入っているなど、写真に残したくなるような光景だ。その登場人物と一緒に水族館に来ていると過去にされたことを忘れて、自分が本当の彼女のような気分になってしまうのがつらい。
ここに来た時だって、梅木町駅で無理矢理ついて来させられたし、絶対に彼女なんかじゃないのに。
家族連れがやって来て、小学校低学年くらいの男の子がペンギンの水槽の前に立つ。食い入るように見ているので、まるで小さな夏川先輩のようだ。
お母さんはまだ幼稚園児くらいの子どもの手を引いていて、その子の横にしゃがんで「ほら、みーちゃん。ペンギンさんだよ」と言っている。
子どもが「ぺんぎんさん、とんでる」と舌足らずに言う。
「飛ぶんじゃなくて、泳いでいるんだよ」とお父さんが言って、ペンギンがよく見えるように子どもを抱き上げる。ペンギンは子どもの頭のほうを通過していたから、そうするとよく見えるようになったのか、子どもが「ぺんぎんさん、はーい」とはしゃいだ。
家族連れを見ていると、うだうだ考えていたことがどうでもよくなった。
現実の関係がどうであれ、今の私と夏川先輩はこの家族と大差ない。
私、保護者。夏川先輩、子ども。
それ以上は考えないようにした。
薄暗くて、夏川先輩しか知り合いのいない場所にいると、いつもと違って意識してしまう。意識してしまうから、恋人同士のような気になってしまうし、そうじゃないことに落ち込むんだ。
これだからイケメンは厄介だ。あいつと一緒に出かけた時は話したり笑って、恋人と一緒にいるのがとても楽しかったのに、ほとんど話していなくても夏川先輩だったら、恋人と一緒にいる気分にさせられてしまう。
できるだけ意識しないように、保護者気分でペンギンの水槽を眺める。
ペンギンたちは私の苦悩など知らないように(実際、知らないけど)遊んでいるかのようにヒュンヒュンと水の中を飛び回っている。家族連れのお父さんが泳いでいると言ったけど、ちょっと羽ばたくぐらいしか動いていないから、泳いでいるようには見えない。
夏川先輩と同じように見惚れていた男の子が飽きて家族と移動していった頃、ようやく夏川先輩も動いた。
0
あなたにおすすめの小説
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる