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過ぎいく夏
「ペンギンの顔がわかるんですか?」
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夏川先輩はお土産コーナーでペンギンが水槽の中を空を飛ぶように泳いでいる写真のポストカードを自分用のお土産に買っていた。写真のような月夜の晩に泳ぐペンギンの幻想的なポストカードもあったのに、何故かこちらを買った。
「こっちの絵のほうが綺麗じゃないですか」
私がそう言うと、夏川先輩は困ったように笑う。
「うん。そうだね。でも、こっちのさっき見た水槽で泳いでいたほうがいいと思うんだ。せっかく、ここに来たんだから、ここのペンギンじゃないと、ここで買った意味ないんじゃない?」
疑問形だったけど、それに強い意志を感じた。
だとしても、ここにいるペンギンと世界のどこかで撮影されたペンギンの違いなんて、背景以外はまったくわからない。
入れ替えたら、わからないよね?
夏川先輩はペンギンが好きだからペンギンの判別もできるんだろうか?
「ペンギンの顔がわかるんですか?」
よっぽどおかしなことを聞かれたと思ったのか、夏川先輩が苦笑する。
「顔まではわからないけど、ここに来て別のペンギンの写真や絵を買って帰ったら、ここのペンギンがかわいそうだろう? 南極にいるペンギンの写真や生息地の海で泳ぐペンギンもいいと思うよ。でも、それを買って帰ったら、ここにいるペンギンはなんだろうって思わない?」
「それは確かに」
言われてみたらそうだ。
ここにいるペンギンを見たのに、別のペンギンのポストカードを買って帰るなんておかしい。まるで、店頭の試供品を見たり触って、ネットで似た商品を買うみたいだ。
「泳ぐ姿を間近で見る為だけ? お散歩している可愛い姿を見せる為だけ? 違うよね。ここにいるペンギンだって、南極や自然の海にいるペンギンと同じなんだよ。ここにいるから写真に価値がないんじゃない。ここで泳いで、生きている姿を見せてくれているペンギンが自然界だとこんなふうに生きているっていうのを教えてくれるのが、野生動物のポストカードの意味だと思う。図鑑とか買っても、他の動物の紹介もあるし、こういうポストカードは手軽に好きな動物の写真を手に入れる手段だと思う。ネットで探して印刷する手間もかからないし、これはこれでいい。ただ、俺はここにいるペンギンの写真が欲しいんだ。どんなにうまく撮ろうとしても、撮れなかったからね」
「そうですね」
夏川先輩がここのペンギンの写真を欲しがる理由がなんとなくだがわかった。
ここのペンギンを見たことを残したかったんだ。
見たのはここのペンギンであって、ペンギンが好きだからって、ペンギンのものを集めたいわけじゃない。
自分の見たものだから、それを残そうと水槽の前で写真を撮る人がいた。残そうとする理由は様々だし、水族館側もそれを禁止はしていない。ただ、フラッシュを焚いての撮影だけはどこも禁止だった。
いたるところにフラッシュは止めてくださいと書かれたパネルやマークがあった。ここに来て、ここのペンギンを見た。その記憶を残したい。そう思う人に水族館側も配慮しているということだ。
夏川先輩もそう思うから、ここのペンギンのポストカードを買った。
学校の遠足以降初めての水族館の思い出。
それがセフレにすぎない私と一緒というのはかなりおかしいけど、それでも夏川先輩にとっては好きなものを見に来て楽しかったんだろう。
大切なことなので、もう一度言う。
同行者のチョイスがおかしい。
入場料おごってまで、セフレと一緒に来る意味あるの?
今日はついつい、自分の立場というか、関係を間違えそうになるけど、私は夏川先輩の本当の意味での彼女じゃない。
なし崩し的に付き合っているだけだから。
親も学校も公認なんて、逃げ道塞がれて、嫌々付き合っているだけだから。
付き合わなかったら、ひどいことをされただろう。
私は忘れていない。
バイトをはじめたばかりの頃に、忙しいのを理由にフェードアウトしようとして散々な目に遭ったことを。
好きでもない相手にあんなことされて、すごくみじめで嫌だった。自分の反応すら嫌になった。
自分の立場を思い出してブルーになっていると、夏川先輩が話している間に会計をすませた買い物袋の中から何かを取り出す。手のひらサイズのイルカのぬいぐるみだ。
「はい、実花ちゃんの分」
それは私の土産だったようだ。
「イルカと触れ合える時間は過ぎてたから、その代わり」
「でも、ショーは見れたし」
「いいから、いいから」
夏川先輩の彼女なんかじゃないのに、お土産までもらってしまった。入場券にこのお土産まで入れたら、5000円近くすると思う。
「そんな。入場券だっておごってもらったのに」
夏川先輩はいつもの嘘くさい爽やか笑顔を浮かべた。
「付き合わせちゃったんだから、気にしないで」
色々、振り回されていても、5000円もおごってもらうのは気が引ける。
「でも」
「その代わり、これからは金曜だけでいいよ」
「どういうことですか?」
いきなり話が飛んで、交換条件が理解できなかった。
「土曜も日曜も勉強で忙しくなるから、俺に付き合ってくれるのは金曜だけでいいってこと。金曜に一緒に帰ったら、春原も俺たちが付き合っていると思うから」
「え?」
驚きのあまり、声が漏れた。
金曜日に一緒に帰っているだけで、あいつに付き合っているって思いこませられたの?!
だったら、セックスする意味なかったじゃん!
驚いた私が何か言う前に夏川先輩が説明を続ける。
「部活やってたから付き合っているのを装うのに土日も会ってたけど、部活やめたら金曜だけでなんとかなるよ」
「でも、帰るだけでいいなら、今までだってそうしていたらいいじゃないですか」
「帰るだけじゃないよ。俺の家に来て数時間過ごしてから帰るんだよ」
数時間というのが気になった。今まで夏川先輩の家に行って過ごした時間のほとんどが、セックスしている時間だった。
金曜日だけでいいと言われても、そこが気になる。
ま、夏川先輩だし。別の彼女ができるか、夏川先輩が卒業するまでこうなんだろうなと、溜め息吐きそうだ。
「家に行くことは変わらないんですね。夏川先輩の家に行くのが金曜日だけになるってことですか?」
「そう」
セックスは回避できないらしい。
回避できないなら、何も変わらないと言ってもいい。
バイトだって、これを回避する為にはじめて、回避できないことを思い知らされただけだった。
「あまり変わらないような」
溜め息混じりに言うと、夏川先輩になだめられた。
「まあまあ」
こうして、よくわからないまま、夏川先輩との夏休みは終わった。
「こっちの絵のほうが綺麗じゃないですか」
私がそう言うと、夏川先輩は困ったように笑う。
「うん。そうだね。でも、こっちのさっき見た水槽で泳いでいたほうがいいと思うんだ。せっかく、ここに来たんだから、ここのペンギンじゃないと、ここで買った意味ないんじゃない?」
疑問形だったけど、それに強い意志を感じた。
だとしても、ここにいるペンギンと世界のどこかで撮影されたペンギンの違いなんて、背景以外はまったくわからない。
入れ替えたら、わからないよね?
夏川先輩はペンギンが好きだからペンギンの判別もできるんだろうか?
「ペンギンの顔がわかるんですか?」
よっぽどおかしなことを聞かれたと思ったのか、夏川先輩が苦笑する。
「顔まではわからないけど、ここに来て別のペンギンの写真や絵を買って帰ったら、ここのペンギンがかわいそうだろう? 南極にいるペンギンの写真や生息地の海で泳ぐペンギンもいいと思うよ。でも、それを買って帰ったら、ここにいるペンギンはなんだろうって思わない?」
「それは確かに」
言われてみたらそうだ。
ここにいるペンギンを見たのに、別のペンギンのポストカードを買って帰るなんておかしい。まるで、店頭の試供品を見たり触って、ネットで似た商品を買うみたいだ。
「泳ぐ姿を間近で見る為だけ? お散歩している可愛い姿を見せる為だけ? 違うよね。ここにいるペンギンだって、南極や自然の海にいるペンギンと同じなんだよ。ここにいるから写真に価値がないんじゃない。ここで泳いで、生きている姿を見せてくれているペンギンが自然界だとこんなふうに生きているっていうのを教えてくれるのが、野生動物のポストカードの意味だと思う。図鑑とか買っても、他の動物の紹介もあるし、こういうポストカードは手軽に好きな動物の写真を手に入れる手段だと思う。ネットで探して印刷する手間もかからないし、これはこれでいい。ただ、俺はここにいるペンギンの写真が欲しいんだ。どんなにうまく撮ろうとしても、撮れなかったからね」
「そうですね」
夏川先輩がここのペンギンの写真を欲しがる理由がなんとなくだがわかった。
ここのペンギンを見たことを残したかったんだ。
見たのはここのペンギンであって、ペンギンが好きだからって、ペンギンのものを集めたいわけじゃない。
自分の見たものだから、それを残そうと水槽の前で写真を撮る人がいた。残そうとする理由は様々だし、水族館側もそれを禁止はしていない。ただ、フラッシュを焚いての撮影だけはどこも禁止だった。
いたるところにフラッシュは止めてくださいと書かれたパネルやマークがあった。ここに来て、ここのペンギンを見た。その記憶を残したい。そう思う人に水族館側も配慮しているということだ。
夏川先輩もそう思うから、ここのペンギンのポストカードを買った。
学校の遠足以降初めての水族館の思い出。
それがセフレにすぎない私と一緒というのはかなりおかしいけど、それでも夏川先輩にとっては好きなものを見に来て楽しかったんだろう。
大切なことなので、もう一度言う。
同行者のチョイスがおかしい。
入場料おごってまで、セフレと一緒に来る意味あるの?
今日はついつい、自分の立場というか、関係を間違えそうになるけど、私は夏川先輩の本当の意味での彼女じゃない。
なし崩し的に付き合っているだけだから。
親も学校も公認なんて、逃げ道塞がれて、嫌々付き合っているだけだから。
付き合わなかったら、ひどいことをされただろう。
私は忘れていない。
バイトをはじめたばかりの頃に、忙しいのを理由にフェードアウトしようとして散々な目に遭ったことを。
好きでもない相手にあんなことされて、すごくみじめで嫌だった。自分の反応すら嫌になった。
自分の立場を思い出してブルーになっていると、夏川先輩が話している間に会計をすませた買い物袋の中から何かを取り出す。手のひらサイズのイルカのぬいぐるみだ。
「はい、実花ちゃんの分」
それは私の土産だったようだ。
「イルカと触れ合える時間は過ぎてたから、その代わり」
「でも、ショーは見れたし」
「いいから、いいから」
夏川先輩の彼女なんかじゃないのに、お土産までもらってしまった。入場券にこのお土産まで入れたら、5000円近くすると思う。
「そんな。入場券だっておごってもらったのに」
夏川先輩はいつもの嘘くさい爽やか笑顔を浮かべた。
「付き合わせちゃったんだから、気にしないで」
色々、振り回されていても、5000円もおごってもらうのは気が引ける。
「でも」
「その代わり、これからは金曜だけでいいよ」
「どういうことですか?」
いきなり話が飛んで、交換条件が理解できなかった。
「土曜も日曜も勉強で忙しくなるから、俺に付き合ってくれるのは金曜だけでいいってこと。金曜に一緒に帰ったら、春原も俺たちが付き合っていると思うから」
「え?」
驚きのあまり、声が漏れた。
金曜日に一緒に帰っているだけで、あいつに付き合っているって思いこませられたの?!
だったら、セックスする意味なかったじゃん!
驚いた私が何か言う前に夏川先輩が説明を続ける。
「部活やってたから付き合っているのを装うのに土日も会ってたけど、部活やめたら金曜だけでなんとかなるよ」
「でも、帰るだけでいいなら、今までだってそうしていたらいいじゃないですか」
「帰るだけじゃないよ。俺の家に来て数時間過ごしてから帰るんだよ」
数時間というのが気になった。今まで夏川先輩の家に行って過ごした時間のほとんどが、セックスしている時間だった。
金曜日だけでいいと言われても、そこが気になる。
ま、夏川先輩だし。別の彼女ができるか、夏川先輩が卒業するまでこうなんだろうなと、溜め息吐きそうだ。
「家に行くことは変わらないんですね。夏川先輩の家に行くのが金曜日だけになるってことですか?」
「そう」
セックスは回避できないらしい。
回避できないなら、何も変わらないと言ってもいい。
バイトだって、これを回避する為にはじめて、回避できないことを思い知らされただけだった。
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