魔王と勇者の珍道中

藤野 朔夜

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魔王様は考える

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 寝入ったワタルの姿を見続ける。
 出会った当初は、ただの子どもだと、思っていた。
 自分と同じ黒い髪。瞳まで黒い彼は、とても幼い人族の子どもだと思った。
『イシュバールよ、どうするつもりかえ?』
「どうするって、普通に同盟国に連れて行く、つもりだったんだけれどねぇ」
 何度も来る勇者と名乗る若者たち。ワタルと同じ世界の人間も居たのだろうか。
 彼らはこの世界には関係無く、勝手に連れて来られただけの人間。そんな者たちに、俺は特に何も思わなかった。ただ、殺すのさえ、面倒だっただけだ。
 だから、同盟国に転送で送り付けて、そこで生活出来る様にだけは采配した。その方が、よほど面倒が無かったというだけ。
 死体が出れば、その処理が面倒だと思っただけ。
 肩入れしたことも、彼らに対して同情したことも、一切なかった。
 ただ、ワタルに会いに行ったのは、精霊が騒いだことと、黒髪黒目の勇者だと、聞いたから。
 自分よりも黒の配色の多い人間を、俺は見たことが無かった。だから、ただの好奇心だった。
 一般的に、黒が濃いと魔力が高い。だから魔族には黒が多い。
 ただそれだけで、人間と大した差は無い。あぁ、寿命も違うか。
 魔族より、魔族の王と成った自分より、黒の多い人間。興味が有っただけ。
 魔族は世襲制じゃない。魔力がその時一番高く、強い者が王と成る。だから俺が王と成った。面倒だったから、ほとんど国に居やしないが。
 王と成る前に、冒険者に成っていたのは良かったと思う。
 前王は健在だし、王の周りの人材も豊富だ。わざわざ国に帰る必要性は、無いかなぁ。
 けれど、ワタルをどうしようか。
 当初はただ、見るだけの予定だった。
 それで、その場で同盟国に転送しようと思っていたのだ。けれど……。
 一緒に来るかと、気付けば問いかけていた。
 この綺麗な黒を手放したくないなどと、その時俺は思ったのだ。
 今では、愛おしくて仕方がない。
 素直に表現される表情や、言葉。すべてが。
 同盟国に連れて行き、そこでサヨナラが出来るのかと、己に問う。
 無理だろう。今でさえ、面倒は嫌いな己が、世話を焼いているのだ。同じ魔族の、王の傍仕えたちが見たら、今の俺をどう思うだろうか。
 情がわくなど、有り得ないと、思っていた。
 己は何者にも心を動かされることなど、無いのだろうとも。
 転移魔法の術式の解明など、されていない。だから、今まで来た勇者たちも、誰一人として元の世界には戻っていないはずだ。
 扉が開くのは、一方通行なのだとも言われている。
 どういう選定で、勇者を選んでいるのかすらわからない。
 だが、ワタルは帰りたいと望んでいた。今も、帰りたい心を持っているのだろう。
 同盟国に連れて行ったところで、転移魔法は出来ないだろう。
 この厄介な国だけなのだ。異世界との扉を開いているのは。
 魔力量は最多と言われる俺でも、転移魔法については、全くわかっていない。扉を開いたことも無い。やろうとしなかったから。
 だが、扉が開けたとして、ワタルの本来の世界に繋がるかと問われたら、否だ。
 苦々しく思う。魔族の中でも魔力が多く、強いと王に成ったにもかかわらず、ワタル一人の望みも叶えられない。
 だが、しかし。ワタルを元の世界に戻したく無いと思う気持ちも存在しているのだ。
 愛おしいと思ってしまったから。
 このまま俺の傍に居てはくれないだろうか、などと。
「ワタルはただ、身勝手な王に振り回されただけなのにねぇ。これじゃあ、俺も変わらないな」
 自嘲する。
 身勝手な王とは、己のことではないかと。
 勝手な己の想いで、ワタルに傍に居て欲しいなどと。
 ワタルの望みを叶えられないから、だから己の傍に居ろとでも言うつもりか。
 魔族の領地を欲しがった王は、全く関係のない異世界の人間を勇者として仕立て上げた。異世界に来て、勇者として持ち上げられ、丁寧に扱われれば人間は簡単にその国の王を信じるものだ。身勝手な王は、自国に損失を出さず、他国へと進出する術を得た。
 今まで、帰郷を願った勇者は居なかったのだろうか。
 前代の王は、わざわざ同盟国に転送せず、この国へと勇者を戻していたはずだ。
 彼らはどうなった?
 勝手気ままに冒険者として生きていたことを、悔やむ時が来るとは、思いもしなかった。
 もしかしたら、一方通行では無い可能性も、有るではないか。
『イシュバール、異世界の扉は、一方通行であっておるよ。今までこの国に戻った勇者だった者は、殺されておるわ。ワタルをこの国から出すことは、間違いでは無いえ』
「俺の思考を読まないで欲しいね。全く。一番の古株だから、俺も気を抜いてるんだろうけれど。そうか……」
 一瞬だけ、精霊に目を向けたけれど。
 精霊は見慣れているから、見続ける必要なんて一切無い。俺が見たいのはワタルであって、精霊じゃないのだ。
 歴代勇者は、殺されていたか。難儀なことだな。
「わざわざ同盟国に転送しろと、お前たちが言っていたのは、それが理由か」
 精霊は、死ぬとわかっているこの国に、送り返すことを厭うたのだろう。前王は気にも止めなかった命だ。俺も気にはしていなかった。ここ最近だったと思うが、勇者という人間が現れだしたのは。だがまぁ、面倒以外の何者でもなかった。
 ただお前たちが召喚した者だから、お前たちでどうにかしろと、送り返したに過ぎない。だが、帰れば死が待っていたらしい。それは精霊が嫌がるだろう。全く関係の無い世界から、勝手に連れて来られ、勝手に殺されてしまう者たち。少しは考えてやるべきだっただろうか。
 ワタルに出会わなければ、思わなかっただろう気持ち。
 というか、精霊たちの情報は、本当に馬鹿に出来ない。風はどこにでも吹くし、水は彼方まで流れる。大地は繋がり、炎はおこしてさえいれば良い。
 唯一ワタルのことを話した人間のギルドマスター。アレには風の精霊を付けているから、アレが持つ情報は全部流れてくる。俺を出し抜くのは不可能と知っているから、アレは俺を騙そうなどしてこない。
 つい最近までは、一緒にパーティを組んでいたくらいだ。
 いや、俺の感覚でつい最近なだけで、アレからしたら、何年も前の話になるのか。
 そろそろアレの後継も必要だが。まぁ、アレは人間にしては強いし、頭も悪くは無い。勝手に自分で後継を連れて来るだろう。放っておいても、問題は無い。
 だが、ワタルに関しては、放ってなどおけないのだ。
 そう、パーティを組んでいた相手が、老いて行こうがどうだろうが、全く興味も無いのだ。なのに、ワタルは違う。
 まず傍に居て欲しいと、己が願うことから、違っているのだ。
 あの男には、頼み込まれて何度となく断った記憶が有る。結局折れたのだったが。まぁ、あの街のギルドマスターに成り、情報を得るには丁度良くなったので、俺としてはそれだけで良かった。パーティを組んでいると言いながら、あの男を俺は助けたことなど、無かった様に思う。
 依頼途中で死んでいたなら、それまでの男だったと、捨て置いただろう。まぁ、あの男は付いて来たが。
 んん?俺はあの男の名前すら、記憶していないな。聞いたのだろうが、どうでも良いから忘れたのだろう。
 本来俺は、他者を必要としない。そう、だったはずだ。なのに……。
 何故ワタルには、固執するのか。己より、濃い黒を持つからか。
 それは違うだろう。
 わかってる。
 ワタルのことが大切なのだと、守りたいのだと考えているのだ。
「人間に、心動かされるとはね」
 ワタルの笑顔が見たいのだ。
 一番初めに出会った時の、感情を無くした表情は、もう見たくない。泣き濡れる顔を、もう見たくはない。
 精霊を認識した時の笑顔。魔力を知った時の笑顔。結界が張れた時の笑顔。
 出来ればあの笑顔を、ずっと見ていたいのだ。
 俺が、ワタルが笑顔でいられる様にしたい。俺の為に、笑っていて欲しい。
 笑うしかない。俺を倒すべき存在として召喚された、勇者であるワタルに、魔王の俺が心奪われた。
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