FULLMOON

藤野 朔夜

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第九章

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  これは夢だ。
  ふと、ザークは思う。
  自分がまだ幼くて、何もできなかった頃の……。
  どうやって生きていたら良いのか、わからなくて苦しくて、もがいていた頃……。


  あの頃、彼と出会ったことが自分の運命を変えた。
  あの時、出会わなかったら、自分は生きていない。生きてなんかいけなかった。


「またお前は、出てお行き、早く!!」
  母親は、たった一人で姉と僕の二人を育てなければならない人だった。一人だけの親の関心が、どちらか片方に向いてしまうのは、仕方のないことだったのだろうか。僕は、他人には見えないモノが見えてしまう子供だったから、疎まれてしまったのか……。
  あの頃の母の金切声。未だに覚えているなんて。
  冬の寒い空気……そうか、あの時も冬だった。よく、家から追い出されていた。
  疎まれていた僕は独りで離れに住んでいたのだから、出たふりをして、離れの片隅に隠れていたら良かったのに……なんて今だから思う。でも、そうしていたら、彼には逢わなかった。
  母を一度だけ、力を使って助けたことがある。その時にだけ、母は僕を見てくれた。だから、期待したのだ。また見てくれるのではないかと。
  たとえ金儲けに使われようと、それで良かった。少しでも、自分を見てくれるなら、それで。
  コントロールがまだうまくいかないから、暴走しないようにだけ僕が気を付ければ良いのだ。だから、また僕を見て欲しいなんて欲を持ってしまったから。
「ザーク」
  変わらない声。そうあの安心できる声。
「リグさん……」
  あの頃の僕は、しまったという顔をする。
  そうか……彼と出会ったのは夏の頃で、僕はずっと会わないように避けていたんだっけ。


  場面が夏の夜に切り替わる。
  思い出を遡るように。
  そう、あの時も家を追い出されて、町を当てもなく彷徨ってた。今みたいにネオンなんてなくて、ガス灯の明かりが少しだけ道を照らしていた。
  それでも人は歩いていて。多分、仕事帰りの大人たち。
  彼は道の端に、何をするでもなくただ立っていた。
  目を惹かれたのは、彼の独特なオーラのせい。目の前を歩く人に彼はなんの関心も抱いていないように、ただ立っていた。
「人に害をなすつもりでないのならば、私はあなたを見付けたことを無視しましょう」
  虚勢を張った僕の固い言葉。
  彼は僕を見て、驚いたように目を見開いたんだ。
  僕は優しい人外のモノがいることを知っていた。優しい彼らは、僕に力の使い方を教えてくれたし、独りでいる僕を見守ってくれてもいたんだ。時々彼らと話しているのを母に見付かって、こうやって家を追い出されてたんだった。
  人に害意があるモノたちも、生きる為にそうしているのだと知っていた。けれど僕は、人の中にいたかったから、人に害をなすモノには容赦しないことにしていた。
  困るのは、彼のような存在。
  人の中にあって、異質なモノであるはずなのに、違和感なく溶け込んでしまうモノたち。
  彼らは時々人に親切で、時々人に残虐になる。
  人に害意を向けていれば、容赦なく排除対象にしていた。
  たとえいつか害をなすとしても、出会った時に害意がないのならば、できれば何もなく共存できたら一番良い。そんな風に思ってた。
  人に害意を向けることが、永遠にないかもしれないモノたちだって、いるはずなのだから。
「もし俺が、人間を殺すためにここにいる、と答えたら?」
  どこか面白そうに、僕を試すかのように彼はそう言った。
「ならば、私はここであなたを殺さなければならない」
  人の世の秩序を背負うなんて大それたことは思っていなかったけれど。人の中にいたい、という思いがあの頃の僕の原動力だったんだ。
  彼を、人に似た人外のモノを、排除したくないって僕は思ってた。そう思いながら、言葉を紡いでた。
  無関心に人を眺めていた金色を瞳が僕をとらえて、強い輝きを放ったのだ。僕だけを見る目が、何故か嬉しいって思った。あの頃の感情が、見ているだけの今の僕に流れ込んでくる。
「そんな歳で、そんな冷たい表情を見せるもんじゃない。ガキは笑ってる方がいいだろう?」
  笑う彼は、僕が臨戦体勢に入っているのに、無防備のままだった。
  戦う意思のない彼を見て、僕はどうしたら良いのかわからなくなって……こんな相手初めてで。
「名前は?」
「え?」
  彼はそんな僕に頓着なく、まったく関係ない質問をしたんだ。
「名前、呼ぶとき困るだろう?俺はリグだ。んで、お前は?」
「……は?え?」
  一気に体の力が抜けた。こんなことを聞いてくるモノは初めて出会ったから。困惑が僕を襲った。
「なーまーえ」
  僕の方に近付いて、上から覗き込むように聞いてくる。
  金色に煌めく瞳は、やっぱり綺麗だった。なんて関係ないこと考えてた。
「……ザークです」
「ふーん。ザークね。お前なんでこんな時間にこんなトコロにいるんだ?」
  僕は略称を答えていた。彼自身、リグというのは略称かもしれないし。
  そしてまた、人外にしては素っ頓狂なことを聞いてくる。人間のサイクルなんて、気にするようなモノにも、初めて出会った。
「否、僕は……」
「へぇ、うん。その方が固くなくて良いな。気ぃなんて張らなくて良いだろ。んで、なんだって?」
  聞かれた内容に面食らってしまったから、ついつい普段の言葉使いが出てしまって、口を閉じる。一人で慌てる僕を見ながら、彼は何故か納得して言葉の続きを聞いてくる。
  彼が言うように、僕は気を張っていた。気を張って、常に冷たい印象を相手に与えられるようにしていたんだ。でなければ、僕みたいな子供は侮られるだけだから。
  僕は、彼らとの共存を望んでいた。本心はいつも、できれば排除したくないだった。
  それでも彼らを排除対象にするのは、彼らが人間を殺す存在だからであり、僕は人間だから……人間でありたかったから。僕のエゴだ。そんなエゴで殺されてしまうモノたちへ、僕はいつも冷徹なままで、これが当たり前でいなければならないと思っていた。死を悼むのは、彼らに対しての侮辱だと思っているから。
  目の前の彼は、どうして僕の予測のつかないことばかり問うてくるのか、心底不思議だった。
  ここを歩いている人々だって、僕みたいな子供が出歩いていても無関心なのに。
「あなたには関係のないことです」
  僕は彼にそう冷たく言い放つので精一杯だった。彼の金色の瞳に飲み込まれて、すべてぶちまけてしまいそうな、そんな衝動が恐かった。
  構われることに慣れていない僕は、彼があれこれと聞いてくることが恐かったんだ。彼と関わってはいけない、そう思ってしまった。
  彼が僕の反応を見る為に、人を殺すと言っただけなのはわかったから、そのまま彼の前から立ち去った。
  彼は僕を追っては来なかった。
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