FULLMOON

藤野 朔夜

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第九章

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「やっぱりお前は疫病神だよ!!出てお行き、早くっ。二度と家に来るんじゃないよ!」
  あぁ、母の言葉をこんなに鮮明に思い出せるなんて。
  あれから数日は平穏無事だったはずなのに。
  僕のいた離れは炎に飲み込まれていた。
  母は声をかぎりに僕を罵倒している。声が頭に響く。
  イタイ、ツライ、クルシイ……。
「母さん聞いて、違うんだ」
  僕は懸命に母へと話しをしようとする。
  この先はわかってる。見たくないのに、映像は流れ続ける。
  ワカッテル、ワカッテルカラ、イワナイデ……。
「何が違うと言うの?ここまで育ててやった恩を忘れて、家に火をつけるなんて!お前がやったんじゃないとしても、お前と同じような人じゃないモノがやったんだろうさ。早くどこかへお行き。二度とお前なんて見たくない!」
「母さん……」
  僕の言葉は、僕を人外と言った母にはもう一切届かない。
  あぁ、ボクハマタ、ステラレタ……。
  どうして、どうして……。
  出火原因が、人外のモノによってではないことを僕は知っていた。人外のモノたちが何かをしようとしていたなら、僕は未然にふせげたはずだから。
  僕の不注意じゃない。離れで火を使うことなんてほとんどなかった。それに、僕はまた追い出されて、さっきまで外にいたんだ。ついさっき、出火しているのが僕がいた離れだと気付いて慌てて戻ってきたのに。
  僕は母の言葉が突き刺さって、もう何も言えなかった。
  母は僕に背を向けていて、もう二度と母には近付けない。もう二度と母と話しはできない。
  ボクヲミテハモラエナイ。
  燃え盛る炎を睨みつけ「消えろ」と呟く。妖の炎ではないから、抵抗なく消えて行った。
  たった数分の出来事で、僕は前以上に深い絶望を味わっていた。自分の心はどんどん乾いて行く。
  涙さえ、流れない。
  離れを燃やしていた炎が消え去るのを見届け、僕はゆっくりとその場を離れた。
  ニドトココニハ、モドレナイ……。
  誰がどういう目的で放った火なのかわからない。けれど、その火は確実に僕から帰る家を奪った。たった一人の大切な母親と、少しでも一緒にいられる場所を、僕は永遠に失った。
  あの時の、彼との会話の成果なんて何一つ出ていなかった。信頼関係なんて存在してない。
  僕の望みは、たった数分で燃えて崩れ去った離れのように、消えてなくなってしまった。
「バカね、お前は」
「姉さん……?」
  ふいに僕の前に現れた姉は、たったひとつだけ僕に言葉を残して、僕の横を通り過ぎ家へと去って行った。
  もう、なにも考えたくはなかった。
  姉の言った言葉の意味がわからなくても、もう関係なかった。
  僕は家から遠い通りの壁にもたれて座り込む。ここで静かに死が近付いてくるのを待てば良い。
  寒さに凍えた身体は、すべての感覚も失くしていった。
  アァ、ボクハココデオワルハズダッタ……。
「ザーク……」
  優しい声を耳に拾いながら、夢の中の僕は深い眠りについた。
  見ていただけの僕も真っ白に覆われて、何も見えない、わからない。


  あたたかい……?
  夢の中の僕と同じように、僕の周りも景色を映し出す。
  僕は柔らかい布地に包まれて目を覚ましていた。
「ここ……」
  夢の中の僕には見慣れない天井。いつもと感覚の違うベッド。
  ゆっくりと起き上がった僕は、周りを見渡している。あの出来事は、いつ起こったこと?それすらわからない。
「どうして……」
  僕はこの見慣れない部屋で、生きて動いているのだろう?
  あぁ、ユメノナカノボクトイシキガコンダクスル……。
  ふいにカチャリと鳴ったドアノブが、向こう側へと持って行かれる。
「ザーク、目が覚めたか」
  ホッとしたように言ったのは、彼だった。
  僕が眠りにつく前に聞いた彼の声は、聞き間違いではなかったらしい。
「どうして……」
  理不尽な怒りが彼に対してわいてくる。あのままにしておいてほしかった……と。
  ベッドに座っていた僕は、力強い腕に抱きしめられた。
「ごめん。俺にはお前がいなくなるって事が、耐えられなかった」
  小さく呟かれた彼の言葉と、強く暖かい腕に、失くしたはずの涙があふれた。
「どうして……」
  かすれた声のまま、僕は同じ言葉を繰り返す。
  どうして、火事が起きたのか。
  どうして、僕は生きているのか。
  どうして、彼はここにいるのか。
  どうして、彼は僕に優しいのか。
  どうして、僕は、産まれたのか。
  彼は何も言わず、同じ言葉を繰り返す僕を、ずっと抱きしめてくれていた。
  オヤニサエミステラレタ、ジンガイトイワレタボクノソバニ……。
「かえりたい……」
  ひとしきり泣いた後に、ポツリと呟いた僕。彼は抱きしめる腕の力を強くした。
「もう、無理だ」
「だけど……!」
「わかるだろう?もう無理なんだ」
  断言する彼の言葉。そう、わかってる。僕はもう人の世界にはモドレナイ。
「言っただろ。俺はお前がいなくなることに耐えられなかったんだ……」
  僕から少し離れて、僕の目を見て話す彼の金色の輝きが、ツライ思いを表すように揺らめいていた。
  それでも僕は……。
「こうする以外、お前を助けられなかったんだ。お前に怨まれても。それでも俺はお前を手放せなかった。……もう少し休め。ここは誰もいないから」
  静かな彼の声。僕は彼から目を逸らして頷くことで答えた。
  彼が静かに部屋を出て行く音がした。
  多分、彼自身の最終的な決断。こうする以前は看取ってくれる気でいたのかもしれない。さっきの揺れ動いた金色の彼の瞳。僕はそうなんじゃないかと、何故か確信を持っていた。
  ……愛されている、ということ?
  助けられたことに、憤りを感じたはずなのに。どうしてだか、嬉しい感情の方が上回る。
  ボクハイキルバショヲアタエラレタ……。
  初めて出会った時すでに、彼に囚われていたのかもしれない。
  元々有った僕の力と、彼が与えてくれた力が混ざり合って、得体の知れない何かが僕の中に生まれたような恐怖。この力を見極めるには、彼の言うようにもう少し休んで、体力を回復させないといけない。
  もう二度と戻れない、人間の世界。でも、いつまでもそれに固執してても始まらない。
  僕は一度死んだのだ。
  そして、彼の為に生を得た。それで良い。
  僕が願っても、もう自分でこの生を終わりにすることはできないから。
  彼の為に、生きれば良い。
  僕は、何時間か前に絶望で閉じた瞳を、彼と共に生きる為という希望をもってもう一度閉じた。
  もう一度、生を歩く為に。


「ザーク、ザーク……」
  夢の中から覚めないまま、ぼんやりと目を開く。
  あれ、ここは僕の今の家だ。
  薄い膜が張ったようにかすんで見えるのは、涙があふれて流れているから。
「大丈夫か?」
  夢で聞いていた声と同じ。優しい声。あたたかい温もり。
「リ、グ……?」
  優しい指先が、僕の目から流れる涙をぬぐってくれる。
「ん。嫌な夢でも見たか?」
  あたたかい方へとすり寄ると、しっかりと抱きしめてくれる腕。
  そうだ、夢を見ていた。
「リグと出会った頃の夢、見てた」
  まるであの頃の小さな自分に戻ってしまったような感覚だ。
「そっか。もう少し寝てて大丈夫だぞ」
  優しく頭を撫でられる。
  多分、もう朝で、太陽は昇っているのだろうけれど。このあたたかい腕の中から出たくなかった。
  そういえば……体も綺麗だし、シーツも変わっている。またリグにすべて任せてしまった。
「ふふ」
「なんだ?」
  ふいに笑った僕に、リグが問いかける。
「夢の中でも、リグにもう少し休めって言われたから」
  あの時は、リグは離れて行ってしまったけれど。今は傍にいて抱きしめてくれている。
「そうか。ゆっくり休め」
  優しいリグの声を聞きながら、僕はまた目を閉じた。
  今度見る夢は、優しい夢が良い……。


  太陽が昇り、月は姿を隠すようにぼんやりと白くうかんでいる。
  冬の日差しは柔らかく降り注いで、地上を明るく照らしていた……。
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