FULLMOON

藤野 朔夜

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第十章

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「あの子は、私を殺さなくちゃいけなくなって、どのくらい苦しんでくれるかしら」
  とても楽しそうな言葉を聞く者はすでにこの部屋には誰一人としていない。
  ただ、首のない死体だけが、静かにその場に座り続けていた。
「あぁ、本当、どのくらい私のことを考えてくれているかを思うだけでとても幸せだわ。あなたには感謝しなくちゃね。こんな良い提案をしてくれたのだもの」
  彼女は囁きながら、死体に近寄る。
「あぁ、そうね。あなたの目的、忘れてないわ。自分がいなくなることで、彼に自分の存在をわからせたかったのよね。でも、死ぬ気はなかったのかしら?もう遅いけど。だってあの子に私を殺させるようにするには、あの子の目の前での殺人が必要だったのだもの。あら、気付いていたのかしら?それで何も言わない人形になったの?フフフ。あなたも人間にしてみたら、狂った愛情を持ってしまったのよね」
  行き場がないから私になんか捕まって。とささやきながら、静かな死体の首の部分を胴体とともに空間移動させる。同じ場所に、見付かりやすいあまり暗すぎない場所へ。
「あなたの望みは叶ったかしら?」
  ただそこには、血の臭いと汚れが残っただけだった。
  血の臭いも汚れもさして彼女は気にしていないようだ。元々この部屋にはあまり長くいなかったし、もちろんソファに座る習慣もなかったから。
  男の死体はすぐに見付かるだろう。そうしたら、男の望みは叶ったといえると、彼女は考える。探して捜していた男が死体となって発見される。嫌でも彼は男のことを忘れられなくなるだろう。
  忘れられたくないから、彼の一生に残りたいから。そう言った男。本当は、その忘れて欲しくない人の前で殺してあげられたら良かったけれど、そこは私の目的を優先させてもらったわよ。だって、私の目的のための道具になっても良いと言ったのはあの男の方。
「私の起こしたこの一連の騒ぎが、すべて人間の男が提案したものだと知ったら、あの子はどんな顔を見せてくれるのかしら。人間だって狂うのよ。人間の方が狂ってるわ」
  呟きながら、部屋を後にする。
  あの子はいつ、また来てくれるのかしら?
「あぁ、もうすぐ満月ね」
  ふと今日見た月を思い出す。
  少しだけ欠けた月。
「間に合って良かったわ。私は最高なあの子の最大の力で殺される」
  満月の日に来て頂戴。せっかく間に合ったのだから。
  それまで我慢してあげる。
  それまでアイツといようが、我慢してあげるから。しっかり殺しに来て頂戴。
  私が狂っているのはもうわかっているでしょう?
  人間に害にしかならない存在よ。
  あら、でももうあの子も人間ではないから、人間を守ろうとはしないのかしら?
  いいえ、そんなことはないわね。あの男を殺した時、確かにあの子は怒っていたわ。
  昔も今も、あの子は他人を守ろうとする。
  あの子が持った力がそうさせるのかしら?
  自分のことよりも他人を守ろうとして、あの子は自分を犠牲に生きすぎたのよ。
  だから、私が終わらせてあげる。わざわざ人間なんて、守ってやる必要ないのだと、教えてあげる。
「そう、人間なんて守る価値もないわ」
  あの子を利用するだけ利用して、捨てた母親と同じ。
  人間なんて簡単に他人を犠牲にして、自分だけを守ろうとする。とっても汚い生き物なのに。
  あの子は必死に守ろうとして。利用されるがままでいて。
  だから、解放してあげたのに。
  アイツがいたから、あの子は生きてた。
  だからね、私も生きたのよ。
  狂うとわかってて、闇に堕ちたの。光は失われていたのだから、私が狂うなんて当然のこと。
  あぁ、アジスタには感謝しないといけないのかしら?
  私の望みの一つ、生きることをさせてくれたのはアジスタなのだから。
  それから、母親を殺してくれたのもアジスタ。
  あの子やアイツは知らないでしょうけれど。
「謎解きを、してあげるべきかしら?」
  あの子はきっと悩んでいる。アイツのことなんて知った事ではないけど。シアンのことも知った事じゃない。
  あぁ、もしかしたら、シアンはどこかで気付いているのかもしれないわね。いつもいつも、どこからか情報を入手していた。
  知らないふりをしてくれていたのは、シアンなりの気遣いかしら?
  どうだって良いわ。
  私はもうすぐ、最大の望みが叶えられるのだから。
  あの子が謎解きをしてほしいと言うなら、すべて話してあげる。
  聞いたらきっと、今以上に苦しむかもしれないわね。それが願いでもあるのだけれど……願いのはずなのに、知らないままであの子が幸せでいられたら、なんて矛盾してる考え。
  これ以上苦しめたくない?
  あぁ、そうかもしれないわ。
  私のことだけで、苦しんで欲しいのよ。
  他のヤツのことで苦しむなんて許せないわ。許されないの。
  あの子が望んでも、望みどおりに答えてはあげられそうにないわね。
  フフフ。他人の入る隙間なんてあげない。母親のことさえ、忘れてしまいなさい。
  私だけを、私のことだけを思って苦しんで。
  だってそうでしょう?こんなに私は愛しているのだから。愛が返ってこないなら、このくらいの望みは叶えて欲しいわ。


  あの子が産まれた時、私はとても嬉しかったの。純粋に、弟ができたことを喜んでいた。
  でも、母と父の不和はあの子が成長するにしたがって大きな溝になって。あの子は何も悪くないのに。ただ、普通と少し違っていただけ。
  それなのに、父はあの子を捨てようとしてた。
  だから、私があの子を守るために、父を殺してもらったの。アジスタに。
  知らなかったでしょう?
  あの子がアイツに出会うよりもっと前から、私とアジスタは交流があった、なんて。
  知らなくて当然なのだけど。
  あの子のために、私は力を知りたくて。偶然だったけれど、私も殺されるのかもしれないと思いつつ、気付いたらアジスタに声をかけてた。
「女、名前は何と言う?」
  声をかけた私に、アジスタはこう聞いてきた。
  多分ただの興味から。人を殺す場面を見て、声をかけてきた人間への、興味なだけ。
「アイリスと言うの。あなたが持っている力みたいなのを知りたいのよ」
  私は自分の欲望に忠実だったから、だからアジスタに声をかけてそんなことを言えたのよ。
  アジスタは退屈しのぎに丁度良い、なんて言って、私の家族を見てくれた。
  だから、あの子はどんなことがあろうと光なのだと知ったのよ。
  だから、あの子がアイツに出逢ったことも知っていた。
  アジスタが家へ戻ると言ったのは、きっともう興味を失くしたから。
  私が死んで終わりだと、わかったから。
  またきっとアジスタは言うのよ。「退屈だ」と。
  まぁでも、長い間、アジスタの退屈しのぎはしてあげられたとは思うから、それで許して頂戴。
  私は最初の時から変わらず、自分の欲望に忠実なのよ。
  あぁ、きっとそれがわかっていたから、これで終わりだと、アジスタは終止符を打ったのね。
  感謝は、これでもしているつもりなのよ。
  ただ、アジスタのこともどうでもよくて。
  私には、あの子がいてくれたらそれで良かったから。
  これから先、アイツに渡してしまうことになるんだけれど。
  それでも、あの子は自分の手で殺した私をきっと忘れやしないから。それで良いの。
「私を殺す時、あの子は私だけのものになるのよ」
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