30 / 35
第十章
②
しおりを挟む
アキラ・トウジョウの遺体が発見された。最悪な方法で。
発見したのは同じ大学に通う学生。ロイ・ルガスタ。
自分の携帯にロイ本人がかけてきて、それを知った。彼の涙声が、頭にこびりついてしまったように離れない。
何も、声をかけてあげられなかった。ただただ、茫然としていた。
今もまだ、切れた携帯を手に、ソファで呆けている。
わからない。わからないよ、アイリス。何が、したいの?
「いつでもいらっしゃい。歓迎するから。その代わり、私を殺す覚悟ができた時に、ね」
アイリスの言葉がよみがえる。
殺す?僕がアイリスを?たった一人の肉親を?
親に疎まれていた僕を、たまにだけど救ってくれていた姉を、僕が殺すの?
「ザーク」
優しい声と共に、ソファが揺れる。
香ばしいコーヒーの香り。
そういえば、電話が来たときから彼は傍から離れていた。
「電話、なんだった?」
携帯のかわりに、温かいカップを持たされる。
隣の温もりが、嬉しい。
「アキラ君の遺体が見付かったそうです。発見者はロイ君」
茫然としたまま、リグへと返す。
知らず知らずに固い口調が出るのは、冷静になろうと努力しているせいか。
「……そうか」
僕は何もしてあげられなかった。助けてあげられなかった。
悔いて嘆いて、泣き喚いたところでどうしようもないのはわかっているのに。
あの状況で、どうやって救えた?なんて逃げ道を探したりして。
「ザーク、先に謝っておく。ごめん」
突然リグは話し始めた。
「え?なに?」
何故、リグが謝るの?
リグに対して自分は幼い子供のままだ。わからないことが多すぎで不安になってリグを凝視してしまう。
リグはしっかりと僕の目を見ていた。
「今回のことは、俺は全く知らない。それは信じてくれ。ただ、謝るべきことがある」
真っ直ぐ僕を見たまま、紡がれるリグの言葉は、いつになく固くて。どこか緊張をはらんでいて。
これ以上何かが起こるのはもう嫌だったけれど、それでもリグの話しを聞かない選択肢は浮かばなかった。
むしろ、この混沌とした状況を、打開できるのではないかと、そう思った。
「アイリスが、闇にのまれて狂ったのは、俺のせいだ」
静かにリグが告げる。
「アイリスを吸血鬼にしたのは俺じゃない。シアンでもないって、あいつは言ってた。でもいつの間にか俺たちと共にいたから、多分だけどアジスタだ。でも、吸血鬼になっただけなら、闇にのまれることはない。狂うこともない。俺が、アイリスの光を奪った。お前を、俺が、アイリスから奪ったから、アイリスは狂った」
リグの言葉一つ一つが、ゆっくりと脳内に入ってくる。
「リグといるのを選んだのは、僕自身だから、リグが謝るのはおかしいよ」
我ながら、小さな呟きだったと思う。
そう、選んだのはまぎれもなく僕自身で。だから、リグが謝る必要なんてないのに。
「シアンに言われて気付いた。アイリスは、どうやって正気を保っているんだ?ってな」
あの時、シアンに連れて行かれたリグも、衝撃的なことを言われていたんだ、とボンヤリする頭で考える。
僕は、ずっとリグにすがって生きてて、アイリスはかわらずそこにいてくれるんだって信じてた。何の根拠もないのに。
アイリスが、どうやって正気を保っていたか?
「わからない……」
静かに答える僕の声。
わからないのだ。本当に。闇にのまれるとはどういうこと?
「俺たちの種族は完全に闇じゃない。光の中でも生きていられるのがその証拠だ」
たしかに、リグは太陽光の下でも平気な顔をしている。普通の人間とかわらず歩いている。
リグに力をもらった僕だって、太陽の光はなんともない。
「闇にのまれるってのは、光の中で生きられなくなること。完全に闇の住人となる」
闇の住人に、なる。
僕は、リグに力をもらった時すでに、闇の住人になったと思っていた。でも、それは少し違ってたんだ。
「僕が特殊だから、じゃない?」
僕自身の力故にそうなのだと、勝手に思ってた。
考えたらわかるのに。リグやシアンだって、太陽光の下を平気で歩いてたじゃないか。
あれ?でも、アイリスは?
アジスタとはあまり交流がないからわからないけれど。多分平気なんだろう。
「アイリスも、光の下、普通に歩いてた」
思い出すように紡ぐ僕の声。
そう、アイリスだって、普通にしていたじゃないか。
「んー、ザークはちょっとだけ特殊。ザーク自身が光だから、闇の住人にはならない」
考えるように、リグは言葉を綴っていく。
「でも、俺たちは、闇に限りなく近いから、狂えばすぐに闇の住人になって、光の中では生きられなくなる。俺にはザークがいたから、俺は狂わない。シアンにも光があるって言ってたな。アジスタは知らないとも言ってたけど」
僕自身が光だから、僕は闇の住人にはならない……。
リグには僕がいるから、闇の住人にはならない……。
シアンも、光がある……。
アジスタのことを知らないのは、兄弟も同じらしい。
「じゃあ、アイリスはどうなんだ?ってシアンに言われて気付いた。遅すぎるけどな。アイリスの光はザーク、お前だった。でも、その光を、お前を、俺はアイリスから奪った」
あ……。
納得した。心が、震えた。
「アイリスは……」
僕はいつから、姉のことを名前で呼ぶようになったのだろうか?
いつから、アイリスと呼んで、距離を取ってた?
僕が離れたから、狂って闇の住人になった……?
「アイリスについては、吸血鬼になった時点で狂いがあったと思う。それでも、お前がいたから、今まで生きれてた。吸血鬼になった時既にアイリスは闇の住人だったんだ。思い出してくれ。アイリスは、光の中を平然と歩いていたわけじゃない。なるべく光が、太陽が落ちてから、出歩いていた」
はっとする。
たしかに、そうだった。昼間に会っても、それは僕の家の中とかで、なるべく光から離れた遠い場所にいた。
「だから、お前が傍にい続けてたとしても、かわらない。かわらなかった。もう、アイリスを救うのは、死だけだ」
静かに、リグが残酷な通知をする。
僕は本当に、何もわかっていなかった。わかろうとしなかった。
本当の死を受け入れずに、僕のそばにいると言って吸血鬼になった姉に、僕は何もしなかった。
ただ、姉が、アイリスが、そこにい続けるんだと、勝手に思い込んで。
「僕が全ての元凶……」
「違う!」
強い声で否定された。
「お前がいなきゃ、俺は生きられない。俺まで狂うことになる」
「それは嫌だ!」
次に声を張ったのは僕だった。リグが狂う?いなくなる?
耐えられるはずがない。
「お前を見付けたから、俺は狂わなかった。本当は、あの頃狂いそうなほどの闇を抱えてた」
発見したのは同じ大学に通う学生。ロイ・ルガスタ。
自分の携帯にロイ本人がかけてきて、それを知った。彼の涙声が、頭にこびりついてしまったように離れない。
何も、声をかけてあげられなかった。ただただ、茫然としていた。
今もまだ、切れた携帯を手に、ソファで呆けている。
わからない。わからないよ、アイリス。何が、したいの?
「いつでもいらっしゃい。歓迎するから。その代わり、私を殺す覚悟ができた時に、ね」
アイリスの言葉がよみがえる。
殺す?僕がアイリスを?たった一人の肉親を?
親に疎まれていた僕を、たまにだけど救ってくれていた姉を、僕が殺すの?
「ザーク」
優しい声と共に、ソファが揺れる。
香ばしいコーヒーの香り。
そういえば、電話が来たときから彼は傍から離れていた。
「電話、なんだった?」
携帯のかわりに、温かいカップを持たされる。
隣の温もりが、嬉しい。
「アキラ君の遺体が見付かったそうです。発見者はロイ君」
茫然としたまま、リグへと返す。
知らず知らずに固い口調が出るのは、冷静になろうと努力しているせいか。
「……そうか」
僕は何もしてあげられなかった。助けてあげられなかった。
悔いて嘆いて、泣き喚いたところでどうしようもないのはわかっているのに。
あの状況で、どうやって救えた?なんて逃げ道を探したりして。
「ザーク、先に謝っておく。ごめん」
突然リグは話し始めた。
「え?なに?」
何故、リグが謝るの?
リグに対して自分は幼い子供のままだ。わからないことが多すぎで不安になってリグを凝視してしまう。
リグはしっかりと僕の目を見ていた。
「今回のことは、俺は全く知らない。それは信じてくれ。ただ、謝るべきことがある」
真っ直ぐ僕を見たまま、紡がれるリグの言葉は、いつになく固くて。どこか緊張をはらんでいて。
これ以上何かが起こるのはもう嫌だったけれど、それでもリグの話しを聞かない選択肢は浮かばなかった。
むしろ、この混沌とした状況を、打開できるのではないかと、そう思った。
「アイリスが、闇にのまれて狂ったのは、俺のせいだ」
静かにリグが告げる。
「アイリスを吸血鬼にしたのは俺じゃない。シアンでもないって、あいつは言ってた。でもいつの間にか俺たちと共にいたから、多分だけどアジスタだ。でも、吸血鬼になっただけなら、闇にのまれることはない。狂うこともない。俺が、アイリスの光を奪った。お前を、俺が、アイリスから奪ったから、アイリスは狂った」
リグの言葉一つ一つが、ゆっくりと脳内に入ってくる。
「リグといるのを選んだのは、僕自身だから、リグが謝るのはおかしいよ」
我ながら、小さな呟きだったと思う。
そう、選んだのはまぎれもなく僕自身で。だから、リグが謝る必要なんてないのに。
「シアンに言われて気付いた。アイリスは、どうやって正気を保っているんだ?ってな」
あの時、シアンに連れて行かれたリグも、衝撃的なことを言われていたんだ、とボンヤリする頭で考える。
僕は、ずっとリグにすがって生きてて、アイリスはかわらずそこにいてくれるんだって信じてた。何の根拠もないのに。
アイリスが、どうやって正気を保っていたか?
「わからない……」
静かに答える僕の声。
わからないのだ。本当に。闇にのまれるとはどういうこと?
「俺たちの種族は完全に闇じゃない。光の中でも生きていられるのがその証拠だ」
たしかに、リグは太陽光の下でも平気な顔をしている。普通の人間とかわらず歩いている。
リグに力をもらった僕だって、太陽の光はなんともない。
「闇にのまれるってのは、光の中で生きられなくなること。完全に闇の住人となる」
闇の住人に、なる。
僕は、リグに力をもらった時すでに、闇の住人になったと思っていた。でも、それは少し違ってたんだ。
「僕が特殊だから、じゃない?」
僕自身の力故にそうなのだと、勝手に思ってた。
考えたらわかるのに。リグやシアンだって、太陽光の下を平気で歩いてたじゃないか。
あれ?でも、アイリスは?
アジスタとはあまり交流がないからわからないけれど。多分平気なんだろう。
「アイリスも、光の下、普通に歩いてた」
思い出すように紡ぐ僕の声。
そう、アイリスだって、普通にしていたじゃないか。
「んー、ザークはちょっとだけ特殊。ザーク自身が光だから、闇の住人にはならない」
考えるように、リグは言葉を綴っていく。
「でも、俺たちは、闇に限りなく近いから、狂えばすぐに闇の住人になって、光の中では生きられなくなる。俺にはザークがいたから、俺は狂わない。シアンにも光があるって言ってたな。アジスタは知らないとも言ってたけど」
僕自身が光だから、僕は闇の住人にはならない……。
リグには僕がいるから、闇の住人にはならない……。
シアンも、光がある……。
アジスタのことを知らないのは、兄弟も同じらしい。
「じゃあ、アイリスはどうなんだ?ってシアンに言われて気付いた。遅すぎるけどな。アイリスの光はザーク、お前だった。でも、その光を、お前を、俺はアイリスから奪った」
あ……。
納得した。心が、震えた。
「アイリスは……」
僕はいつから、姉のことを名前で呼ぶようになったのだろうか?
いつから、アイリスと呼んで、距離を取ってた?
僕が離れたから、狂って闇の住人になった……?
「アイリスについては、吸血鬼になった時点で狂いがあったと思う。それでも、お前がいたから、今まで生きれてた。吸血鬼になった時既にアイリスは闇の住人だったんだ。思い出してくれ。アイリスは、光の中を平然と歩いていたわけじゃない。なるべく光が、太陽が落ちてから、出歩いていた」
はっとする。
たしかに、そうだった。昼間に会っても、それは僕の家の中とかで、なるべく光から離れた遠い場所にいた。
「だから、お前が傍にい続けてたとしても、かわらない。かわらなかった。もう、アイリスを救うのは、死だけだ」
静かに、リグが残酷な通知をする。
僕は本当に、何もわかっていなかった。わかろうとしなかった。
本当の死を受け入れずに、僕のそばにいると言って吸血鬼になった姉に、僕は何もしなかった。
ただ、姉が、アイリスが、そこにい続けるんだと、勝手に思い込んで。
「僕が全ての元凶……」
「違う!」
強い声で否定された。
「お前がいなきゃ、俺は生きられない。俺まで狂うことになる」
「それは嫌だ!」
次に声を張ったのは僕だった。リグが狂う?いなくなる?
耐えられるはずがない。
「お前を見付けたから、俺は狂わなかった。本当は、あの頃狂いそうなほどの闇を抱えてた」
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる