FULLMOON

藤野 朔夜

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第十章

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  そうだ。あの時俺はザークに出逢ったから、狂わないですんだ。
  ザークに救われたのは、俺。
  狂いだしそうな凶暴な心内を抱えて、俺は人の中に立っていた。
  別に誰を狙おうとか、思ってたわけじゃないし、このまま闇にのまれてたまるか、という思いもあった。
  でも、俺をさいなむ凶暴性が、簡単に消えるわけでもなく。
  このまま狂ってしまおうか、なんて考えてもいた。
「人に害をなすつもりでないならば、私はあなたを見付けたことを無視しましょう」
  凛と通る幼い声。
  目を見開いてみた相手は、本当に幼くて。それでも内に秘めた力の強さの波動と、声と同じ凛とした光輝くオーラに目を惹かれた。
  こいつだ。直感で確信した。
  俺は、コイツを待っていたんだ、と。
  ここにいたのは、コイツと俺が出逢うため。
  不思議と今まで抱えていた凶悪な心は霧散していた。


「お前に逢わなかったら、俺は狂って、闇に堕ちて、もうこの世界にはいなかった」
  あの時を忘れたことなんて、なかった。
  ザークと初めて出逢った時、簡単に霧散した俺の凶暴性。
  ザークといることで、俺は闇にのまれず、狂わず、生きられた。
「だから、自分が全ての元凶だなんて言うな」
  頼むから、俺のそばからいなくなるな。
  お前がいなければ、この身は簡単に闇に堕ちて、凶悪で凶暴な本性をさらけ出して、今アイリスが起こしたことよりも凄惨に、この世を混沌に突き落す。
  あの時、そうなっていたならば、シアンなりアジスタなりが、止めに来て俺はこの世からいなくなってただろう。
「僕だって、リグがいなくなるのは嫌だ」
  小さな声だったけれど、たしかにザークは自分の心を主張した。
  自分が生きる為に、自分を犠牲にして生きていた子供は、自分を主張できない子供だった。
  けれど、今たしかに、自分の主張として、俺といたいと望んでくれている。
「ありがとう」
  ザークが、アイリスをどうするかは、まだわからない。
  多分ザークは、悩んでる。迷っている。
  ザークが死をアイリスに与えられないならば、俺はアジスタに頭を下げに行かなければならない。
  けれど、ザークの心を考えれば、家へと帰って行ったあの長兄に、頭を下げるなんてことはどんだけでもしてやる覚悟だ。
  今すぐにでも、引きずり出して、自分が引き起こしたのだろう?と詰め寄って……頭下げてないじゃないか、俺。
「アジスタに、頼むか」
  ポツリと俺は呟いた。
  ザークはきっと、なんのことかわかったはずだ。主語はなかったけど。
  俺はお前を守るためならなんでもできる。
  だからもう、アイリスのことで悩むな。
  アジスタに会いに行くかと、立ち上がりかけた俺をザークが制した。
「僕が、……僕が、アイリスを……終わりにします」
  はっきりと、きっぱりと。静かにザークは言いきった。
「無理するな。無理することじゃない」
  ザークの瞳の薄茶色の中の金が揺らめく。
「無理じゃない。僕を救ってくれていた姉を、僕はちゃんと救いたい」
  静かな声が、ザークの決意を表していて。
  止めても無駄なんだと、気付いた。
  アイリスを救うのはもう死しかない。そう言ったのは俺だけど。それはたしかなことで。
  ザークも感じ取ったから、だから姉を救うという表現をしたのだろう。
  本来訪れるべきだった死を、アイリスは受けずに、闇の住人として長い年月を生きてきた。
  狂う心を、必死につなぎ止めていたのだろう。
  だから今、爆発している。
  アイリスを、解放してやることが、救いになる。解放してやらなければ、アイリスはずっと暗い中を、狂いながら生き続けることになるのだ。
  狂気にのまれる、闇の住人になるとは、そういうこと。
  闇の世界にいるだけなら、問題はないんだ。狂気にのまれたことが、大きな問題。
「アイリスを、解放してやってくれ。俺が言うのは間違っているのかもしれないが。一歩間違えれば、俺も同じだったから」
  ザークをそっと抱きしめる。
  この子がいたから、俺は生きていられるんだと、痛感して。
  アイリスに、ごめんと心の中で呟いた。
  それでも、この子を手放せやしないから、ごめん。
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