FULLMOON

藤野 朔夜

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第十一章

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「ザーク、一人で行くなんて言うな」
  どこか懇願ともとれるリグの声。
  けれど、ザークは首を縦には振らなかった。駄目だというように、横に振って。
「一人で行きます。リグがいたら、僕はきっと甘えてしまうから」
  甘えて良いと、リグは言うだろう。
  でも、それじゃあ駄目なのだ。決心が鈍れば、自分の身が危ういことを、ザークはしっかりとわかっていた。
  リグは、自分を守ろうとしてくれるだろう。自分のせいで、リグが傷つくのを見るのは、嫌だった。
「ザーク、じゃあ、約束してくれ。必ずここに帰ってくると」
  ザークの決心は揺るがないのだと、リグは感じ取ったから。だから、約束をした。
「必ず、戻ります」
  冷たい印象、固い口調。
  自分を律しようとする時の、ザークの癖。
「わかった、ここで待ってる」
  リグは頷くと、ザークの部屋のリビングにいることにする。
  これ以上言っても、ザークは折れない。
  リグが一緒に行くことを、絶対に許そうとしないだろう。
  なら、自分はここで、きっと疲れて帰ってくるザークを待つ。待って、ねぎらってやれば良いのだ。
  ザークが安心して落ち着けるように、ここにいれば良い。
  パタンと玄関の扉が閉まる音がした。
  見送りはしなかった。ついて行きたくなる自分をきっと抑えられないだろうから。


  カーテンの隙間から、丸い満月が下界を見下ろしているのが見えた。


「あら、ザーク来てくれたのね」
  嬉しそうに姉は言った。
  わかっているのに、自分が来た理由を。
  姉自身が言ったではないか……。
  なのに、何故、嬉しそうに迎え入れるのか。
「丁度、満月ね」
  フフフと、姉は上機嫌だ。
  大丈夫なんじゃないかと、錯覚させるほどに。
  それでも、入ったこの部屋は、姉が残虐に一人の少年の命を奪った場所で。
  血の臭いと、汚れはそのまま残っていた。
「あぁ、ココは駄目。ふさわしくないわ。私の部屋のほうが良いかしら。いいえ、そうね……屋上、かしら?」
  姉は一人で呟いて、ついてきてとまた部屋を後にする。
「姉さん……」
  静かに姉を呼んだ僕へと振り返り、姉は上機嫌な笑みをさらに深めた。
「久しぶりにそう呼んでくれるのね、ザーク」
  僕は言うべき言葉があったはずなのに、何も言葉が出てこなくなってしまって。
  どうしてですか?なんて今更な質問をしをうになって。
  そう、今更過ぎるのだ。気付かないで、今まで甘えて……。
  ガチャリ
  姉が開け放ったのは、屋上へと続く扉。
「ねぇ、ココはとっても綺麗じゃない?満月が、とてもキレイに見えるのよ」
  先に屋上へと出て行った姉が、僕を呼ぶ。
  ここへ来て、と。
  静かに僕は、屋上へと足を踏み出した。
  姉の瞳は金色に染まっていて。以前は僕と同じ薄茶色だったのに。
  何故気付かなかったのだろう。姉の変化に。こんなに顕著に表れていたのに。
「満月は、あなたみたいね」
  なんて、とても楽しそうに。
  僕は言うべきはずの言葉をどこかに置き去りにしたまま、姉へと歩み寄っていく。
「とても綺麗に輝いているのに、自分自身では輝けない。月は、自分が輝いているのを知っているのかしら?」
  姉の独り言ともいえる言葉は続く。
「あなたと同じ。あなたは自分が、光輝いていることを知らないもの。あなたの太陽は、きっとリグね。あら、嫌だ。リグは闇に属しているのに。まぁ、良いわ。そんなこと。ねぇ、ザーク。種明かししてあげたかったんだけれど、私自身の欲望に従って、種明かしはしないことにしたの。いつかわかる時がくるかもしれないし、こないかもしれない。でも、あなたに忘れられたくないのは私だけで、他のことはささいなことなの」
  何も、教える気はないのだと、姉は言う。
「一つだけ、教えてください」
  本当は、たくさん話しをしたかった。
  すれ違った分、話しをして、話しを聞いて、埋めたかった。
「そうね、私が教える気分の質問だったら、答えてあげるわ」
  姉は、きっと何一つ教えてなんかくれる気はないのだと、気付かされる。
  聞きたいことは、なんだった?
  あの少年のこと?
  アジスタのこと?
  違う、そうじゃない。結局僕も、自分のことばかりなんだ。
「僕が、産まれたこと、嬉しかったですか?」
  姉の瞳が見開かれた。
  きっと、今回の事件のことや、アジスタのことを聞かれるのだと思ってたんだろう。
  でも、僕にとったって、そんなことはどうだって良いんだ。
  姉に、アイリスにまで、僕は疎まれて生きていたなら、それほど辛いことはない。
「そうね、あなたが産まれて私はとても嬉しかったわよ。あなたの傍にずっといてあげられなくてごめんなさい。あなたの傍にいたいと願って、私は狂ったのね。ごめんなさい」
  静かな声は今までと比べられないほどに、力を失くしていて。
  僕は、姉に一歩一歩、近付く。
「良かった」
  安堵した。姉は、僕が産まれたことを嬉しいと、思ってくれていたんだ。
  静かに近付いた僕は、姉を抱きしめた。
  こんな風になるまで、今まで一度だって、姉を抱きしめたことなんてなかった。
  今更、今更なことばっかりだ。
「本当に、愛していたのよ」
  最初で最後のキスだ。ただ、触れるだけのもの。
  姉は僕から唇を離して、静かに呟いた。
  だんだんと力を失くしていく身体。
「時が経つほどに歪んで、どうしようもなくなってしまったけれどね……これだけは、確実よ。今もあなたをあいしているの」
  力なく笑いながら、姉はすがるように僕の腕を掴む力を強くする。
「ザーク、今までありがとう。そして、さよなら……」
  今までやってきたことは、私の中で悪いことではないから。そう思ってしまっているから。だから、今まで付き合ってくれてありがとう。謝ることはしない。例えこれが最期でも。
「姉さん……」
  長く生きすぎた身体は、生命を失い、朽ち果て、灰になり、風の中に溶けて消えていってしまう。
  何一つ、残らなかった。
「僕は……あなたに甘え過ぎていましたか?」
  聞けなかった問い。もう答えは返らないけれど。
  いつもそこにアイリスはいるのだと、振り向こうともしなかった。
  謝るべきは自分。
  自分のことしか考えなくて、アイリスの生命さえ奪った。
  もう二度と、姉の笑顔を見ることはできない。
「さよなら、姉さん」
  アイリスの最期に答えるように、言葉を紡いだ。
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