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第十一章
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ポツリと浮かぶ月を、じっと見ていた。
帰らなきゃ、リグが待ってる。
そう思うのに、ザークの足は動かなかった。
約束を、したのに……。
「ザークさん、でしたか」
聞き覚えのある、優しいテノール。
「……タチナ?」
静かに、屋上へと上がってきた人物は、ザークを見てホッと息を吐いた。
多分、強い力の波動を感じてここまで来たのだろう。
この場所は、光の中にいる彼にはふさわしくない。
「怪我をしてはいないようで、安心しました。さきの強い力は、ザークさんのものだったんですね」
ふうわりと、彼は微笑む。
前のように、ザークの心を癒すかのように。
怪我を、心配されてしまった。
確かに以前、怪我をしていたところを見られてはいたけれど。
まさか、心配をするなんて、僕は人外のモノなのに……。否、タチナはそれでも治癒をしてくれるほど、優しい人間なのだ。
誰のことであろうと、怪我をしていれば心配するのだろう。
「僕は、自分のことばっかりで、与えられることが当たり前で……なにも、なにもしてあげられなかった……」
タチナには、訳のわからない話しだろう。
それでも、僕の口から飛び出した言葉を、なかったことにする術なんてなくて。
「誰だって、自分のことを第一に考えます。僕は、あなたが誰になにもしてあげられなかったと言ったのかはわかりませんが。その方が、あなたの近しい方で、あなたの傍にいられた方なら、なにもしなくても良い、傍にだけいて欲しいと、願っていたのではないかと思うのですよ。あなた傍は、心地が良い」
ストンと、彼の言葉は胸に落ちてくる。
前のように、反発しない。
「そうであって欲しい」
願望が、口をついて出ていた。
タチナは僕の傍は心地良いと言ってくれたけれど、タチナの傍が、僕には心地良かった。
リグとは違う。けれど、同じくらい優しい暖かさ。
「与えられた分、返さなきゃいけないなんてことは、ないんですよ。全部を同じだけ返そうなんてしていたら、とても大変です」
静かにタチナは言う。
けれど、僕に与えてくれていた人なんて、たった二人しかいなかったのに。
返せなかった。僕はたった二人のうちの、一人を選んでしまったから。
「ねぇ、ザークさん。自分はたった一人しかいないんです。もしも、だれか一人を愛してしまったら、その人にしか与えられなくなると、思いませんか?」
驚くほどに、その言葉は僕の中にすんなりと溶けていった。
あぁ、そうか、と。
「なんてまた、事情も知らないのにでしゃばりましたね。すみません」
タチナは律儀に頭まで下げて謝ってくるけど。謝ることなんてないんだ。
僕は、とても納得できたのだから。
また、歩き出せる気がしてきた。タチナには助けられてばかりだ。
「いいえ。あなたも誰かを愛してるんですね」
首を振って否定する。謝るなと。
「ええ。かけがえのない人がいます」
タチナは静かに肯定した。
そうか、と思う。この人がとても優しいのは、そのかけがえのない人がいるからなんだろう、と。
「僕にも、僕にもかけがえのない人がいる。あ、人じゃないけど」
自然と、固い口調なんて忘れ去って。そんな言葉を発していた。
僕も、リグも人ではないのだけど。
でも、かけがえのない、というのは同じで。リグがいなきゃ僕はなにもできない子供だ。
否、リグがいても子供なんだけど。年月ばかりが経ちすぎて、長い時間を生きてたけど、子供のままで。
でも、このままじゃ、きっとこの優しい人にも、何もできないで終わってしまう。
「良かった」
そっと吐き出された安堵の息に、僕は不思議に思ってタチナを見返す。
綺麗な瞳はくもり一つない。
「笑ってくれたから」
そっと言われた言葉に、既視感を覚える。
あぁ、そう言えば、前にも僕が笑ったことで彼は安堵していた。
「心配ばかりかけてるね、僕は」
こんな僕にもこんなにも優しいなんて。最初は八つ当たりまでしたのに。
「タチナは優しすぎる」
人として、生きていくのに苦労するんじゃないか、と思ってしまうほど。
タチナは笑った。綺麗な優しい笑顔を見せてくれた。
「僕はただ単に、自分勝手に動いているだけですよ。なにも事情を知らないのに、あなたの方が生きているのに、知ったような口をきいている」
そんなことはないと思う。少なくとも、僕は救われてる。
「僕はまた、与えられるだけになりたくないから、タチナ、あなたに恩返しがしたい」
やんわりと笑っていた彼は、少し驚いたように目を見開いて、それから困ったような顔をした。
困らせて、しまったのか。
長く生きていても、人の心なんて全くわからないんだ。
わかろうと、してこなかったから。
「お言葉だけで。僕明日、日本に帰るんです」
あぁ、と溜め息がもれてしまった。
これだけしてもらったのに、救ってもらったのに、僕はまたなにも返せないのか?
帰らなきゃ、リグが待ってる。
そう思うのに、ザークの足は動かなかった。
約束を、したのに……。
「ザークさん、でしたか」
聞き覚えのある、優しいテノール。
「……タチナ?」
静かに、屋上へと上がってきた人物は、ザークを見てホッと息を吐いた。
多分、強い力の波動を感じてここまで来たのだろう。
この場所は、光の中にいる彼にはふさわしくない。
「怪我をしてはいないようで、安心しました。さきの強い力は、ザークさんのものだったんですね」
ふうわりと、彼は微笑む。
前のように、ザークの心を癒すかのように。
怪我を、心配されてしまった。
確かに以前、怪我をしていたところを見られてはいたけれど。
まさか、心配をするなんて、僕は人外のモノなのに……。否、タチナはそれでも治癒をしてくれるほど、優しい人間なのだ。
誰のことであろうと、怪我をしていれば心配するのだろう。
「僕は、自分のことばっかりで、与えられることが当たり前で……なにも、なにもしてあげられなかった……」
タチナには、訳のわからない話しだろう。
それでも、僕の口から飛び出した言葉を、なかったことにする術なんてなくて。
「誰だって、自分のことを第一に考えます。僕は、あなたが誰になにもしてあげられなかったと言ったのかはわかりませんが。その方が、あなたの近しい方で、あなたの傍にいられた方なら、なにもしなくても良い、傍にだけいて欲しいと、願っていたのではないかと思うのですよ。あなた傍は、心地が良い」
ストンと、彼の言葉は胸に落ちてくる。
前のように、反発しない。
「そうであって欲しい」
願望が、口をついて出ていた。
タチナは僕の傍は心地良いと言ってくれたけれど、タチナの傍が、僕には心地良かった。
リグとは違う。けれど、同じくらい優しい暖かさ。
「与えられた分、返さなきゃいけないなんてことは、ないんですよ。全部を同じだけ返そうなんてしていたら、とても大変です」
静かにタチナは言う。
けれど、僕に与えてくれていた人なんて、たった二人しかいなかったのに。
返せなかった。僕はたった二人のうちの、一人を選んでしまったから。
「ねぇ、ザークさん。自分はたった一人しかいないんです。もしも、だれか一人を愛してしまったら、その人にしか与えられなくなると、思いませんか?」
驚くほどに、その言葉は僕の中にすんなりと溶けていった。
あぁ、そうか、と。
「なんてまた、事情も知らないのにでしゃばりましたね。すみません」
タチナは律儀に頭まで下げて謝ってくるけど。謝ることなんてないんだ。
僕は、とても納得できたのだから。
また、歩き出せる気がしてきた。タチナには助けられてばかりだ。
「いいえ。あなたも誰かを愛してるんですね」
首を振って否定する。謝るなと。
「ええ。かけがえのない人がいます」
タチナは静かに肯定した。
そうか、と思う。この人がとても優しいのは、そのかけがえのない人がいるからなんだろう、と。
「僕にも、僕にもかけがえのない人がいる。あ、人じゃないけど」
自然と、固い口調なんて忘れ去って。そんな言葉を発していた。
僕も、リグも人ではないのだけど。
でも、かけがえのない、というのは同じで。リグがいなきゃ僕はなにもできない子供だ。
否、リグがいても子供なんだけど。年月ばかりが経ちすぎて、長い時間を生きてたけど、子供のままで。
でも、このままじゃ、きっとこの優しい人にも、何もできないで終わってしまう。
「良かった」
そっと吐き出された安堵の息に、僕は不思議に思ってタチナを見返す。
綺麗な瞳はくもり一つない。
「笑ってくれたから」
そっと言われた言葉に、既視感を覚える。
あぁ、そう言えば、前にも僕が笑ったことで彼は安堵していた。
「心配ばかりかけてるね、僕は」
こんな僕にもこんなにも優しいなんて。最初は八つ当たりまでしたのに。
「タチナは優しすぎる」
人として、生きていくのに苦労するんじゃないか、と思ってしまうほど。
タチナは笑った。綺麗な優しい笑顔を見せてくれた。
「僕はただ単に、自分勝手に動いているだけですよ。なにも事情を知らないのに、あなたの方が生きているのに、知ったような口をきいている」
そんなことはないと思う。少なくとも、僕は救われてる。
「僕はまた、与えられるだけになりたくないから、タチナ、あなたに恩返しがしたい」
やんわりと笑っていた彼は、少し驚いたように目を見開いて、それから困ったような顔をした。
困らせて、しまったのか。
長く生きていても、人の心なんて全くわからないんだ。
わかろうと、してこなかったから。
「お言葉だけで。僕明日、日本に帰るんです」
あぁ、と溜め息がもれてしまった。
これだけしてもらったのに、救ってもらったのに、僕はまたなにも返せないのか?
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