運命の悪戯

藤野 朔夜

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第一章 運命の悪戯

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 なんとか無事にまだ生きてる。
 はぁ、と木の上で大きくため息をはいた。
 この木の上は、まだ大丈夫。安全だと、本能がわかった。
 ただ、この本能、過信し過ぎちゃいけない。
 俺は騎士団に入ったけど、野営とかなんて無縁だった。そんな所はやっぱり貴族の子どもなんだろう。
 だからこの先、どのくらいこの森で過ごすかわからないけれど、どうにか体力の温存が出来る所が確保出来たのは、上出来だと自分を褒めてみる。
 ザルドの街の騎士団は、助けになんか来てはくれない。馬鹿な俺でもわかる。
 この状態は、ザルドの街の騎士団が作ったんだから。
 突然発狂したように森に入って行った騎士。あれは魔術だったんだろう。目の前でその姿が消えるまで気付かないとか、俺は本当に馬鹿だと思う。
 そうだ、あの騎士を放っておけない、と思ったから、森に入ったんだ。
 あの時の魔獣退治には、ザルドの街の騎士団しかいなかった。だから、犯人は俺でもわかる。
 なら、アザッドの騎士団はどうなんだろう。
 普段全く交流の無い、表に出ない隣の街の団長なんて、アザッドの騎士団も俺のことは放置かもしれない。
 こんなとこで、俺の名前だけ団長が仇になるとは。考えてもいなかった。
 いや、こんなことになることも、考えてなかったんだから、それはそうか。
 俺一人で、どうにかしなきゃいけないことらしい。
 さっきは勢いを付ける為に、生きて帰る!なんて思ってはみたけれど。
 ここがどの辺に位置してるかなんて、全くわからないから、ちょっと弱気になっても仕方ないとか思ってみる。
 未開の森には、入り込む人間なんて居なかった。
 そういえば、アザッドの騎士団の団長が、少しだけ中に入って調査してたとは聞いたけど。
 あぁ、度々来てた、団長として会うべき場所への招待、一切断ることなんかせずに、少しは話しておくべきだったのかもしれない。
 俺より後に来たあの人は、きっと俺よりこの森について知っていたはずだ。
 何度か見かけた。
 周りに団長として支持されていた、強いアルファ。
 どうして能力の高そうなあの人が、こんな辺境に来なきゃいけなかったのかは、知らないけど。だって、あんなに能力の高そうで、強いアルファなら、国の中枢で働く人材だろう。
 俺とは違う。
 確実に居なくてはいけない人。
 何度か目にして、俺はその人から目線が外せないことが多いと気付いた。
 強いアルファだからかな。周りを惹きつけるのかな。
 だから皆に慕われてたのかな。
 俺とは違う。そう、オメガの俺は、誰にも必要じゃないから。だから、俺の周りには誰も居ない。
 そういえば、彼はなんという名前だったっけ?
 そう考えて、サッと青ざめた。
 共同戦線を張っている、隣国の、隣の街の騎士団の団長の名前さえ知らないなんて。
 これだからオメガは……。
 お前は本当に馬鹿だな。役立たずが。
「あー、嫌だな」
 ふいに零れた独り言。
 かつて俺を罵った兄の声が聞こえたようで。幻聴だとわかっているけれど。
 同じように、彼に嫌われたら、俺は本当に嫌だと思った。
 兄に嫌われても、こんな風には思わなかったのに。
 彼の傍になんて居られるはずもないのに。彼に嫌われたくないだなどと。
 団長同士の話し合いにさえ、参加しないでおいて、今更か。とも思うけれど。
 役立たずは役立たずなりに、波風立たないように頑張ってきたつもりだったけれど。結果がコレだ。
 弱気になってくるなー。ダメだなぁ。
 俺はもっとこう、馬鹿なりに明るい性格だったはずなんだけど。
 この森のせいかもしれない。
 さっきから、行きたい方向へと行かせてもらえない。そんな感じに魔獣に襲われているとは、鈍い俺でも気付いてる。
 なんか有るのかな。森特有のなんか、そういうのが。
 俺は剣ばっかで、魔術なんてしっかり使えるようになってないから、わかんねーや。
 魔力は有るのに使わないのは、もったいないですよ。
 そう言ったのは、祖父さんの執事で。そんで俺の家庭教師。
 あれ、そう言えば、祖父さんに古くから仕えてる人なのに、俺がオメガだって知らなかったんだよね。俺は知ってると思って、そんでまぁ、俺がポロっと言っちゃったことがあって。たしかそれって、魔術を教わってた時だったと思ったんだけど。
 魔力を使うには、あんまりにも考えることが多くて、元々考えることが苦手な俺は、オメガってことを免罪符に使ったんだ。馬鹿だよなぁ。
 で、執事には、簡単に自分がオメガだと言ってはいけません。とか言われちゃって。
 その後だ。祖父さんに、人には表の顔と裏の顔が有るんだって言われたのが。たとえ気の置けない執事にも、俺の性を話さなかったのは、彼を信用してないとかじゃなくて、知る人間が多くなることでの危険性を考えた末とかって……。
 えーっと、だからよくわかんないんだよ。考えて考えて考えたけど。
 でも執事が俺の性がオメガだと簡単に言うものじゃない、って言った理由くらいはわかってる……多分。
 オメガは迫害されているから。
 貴族だから、守られてるから、大丈夫なだけで。そうじゃなかったら、俺は多分人生をあきらめてる。
 で、執事にはゆっくりと俺がわかりやすいように、って魔術を教えてはもらったけど。実用できるまでには至っていない。
 反射神経で動ける剣士である方が、俺には向いてるんだ。そう思ってたんだけど。
 魔術を実用出来るように、もっと頑張るべきだった。なんて後の祭りだ。
 自分を守る防御結界すら、まともに使えない。
 これじゃ、すぐに体力無くなって、魔獣の餌食だ。
 うちの執事すげぇな、とか思ったりした。
 オメガの俺を、迫害なんて一切しなかったし、どちらかと言えば、ずっと守ってくれてたんだと思う。
 あー、もし今の俺を助けるように動いてくれてる人が居るとしたら、祖父さんと執事だけなんだろうなぁ。
 執事は魔術は仕えるけど、戦える人じゃない。
 祖父さんだって、剣は使えるけど、戦える人じゃない。
 そんな二人には、この森には入って欲しくはない。
 だけど、もし……。
 誰も助けにならないとわかったら、あの二人はこの森に入ってしまう気がする。
 あぁ、どうしよう。
 俺の大切な人が、俺のせいで死んでしまったら。
「ないないない」
 否定するように頭を振る。
 大切な人と考えた時、アザッドの騎士団の団長の顔が浮かんだ。
 祖父さんと執事はわかる。でも、彼は違う。話もしていない人間なんだ。
 俺のさっきの否定は、何に対しての否定だったのかさえ、あやふやになった。
 祖父さんと執事がこの森に入ってしまうことに対して?
 アザッドの騎士団の団長が、脳裏に浮かんだことに対して?
 考えれば考えるだけ、俺の脳の許容量が少ないんだと自覚する。
 そんな自覚はとっくの昔から有ったけど。
「っ、……抑制剤、飲まなきゃ」
 発情期の近い今、何が有るかわからないからと、抑制剤を持ち歩いていて良かった。
 そして今、身体が熱くなった瞬間が、魔獣に襲われている時でなくて良かった。
 獲物をしとめられる瞬間を、魔獣は逃さない。
 休んで木の上に居た時に、抑制剤が切れた身体の熱さが出て、良かったと思う。
 うん。俺は幸運に恵まれてる。
 考えを巡らせて、弱気になっている場合じゃない。
 帰る方向は、絶対に合ってる。だから魔獣が襲ってくるのだ。
 迂回させられようが、なんだろうが、方向さえ見失わないでいられるならば、俺は帰り着ける。
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