幸せ

藤野 朔夜

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「何でこんなオッサンが良いとか、言うかなぁ」
 ぼんやりとしているのは、ビールを飲んでいるからだけではない。
 立川たつかわ雅哉まさやはソファに座って、観てもいないテレビを付けたまま、ただぼんやりと呟いた。
「まーた言ってる。付き合い始めて一年、一緒に暮らす様になって五週になるのに、まだそんなこと言ってんですか?」
 後ろからかかった声は、若い男の物だった。
 雅哉は四十過ぎた。が、彼、大下おおした五紀いつきは、まだ二十代だ。
「ん?風呂出たのか。なら俺も入って来るか」
 五紀の言葉には特に返答せず、雅哉はソファを立った。
 雅哉が年齢を気にする度、五紀が返す言葉はいつも同じだからだ。
 俺は気にしてなんかいない、と。
「あーあー。まーたこんなに飲んで」
 ローテ―ブルには空き缶が何本か。五紀は片付けながら、嘆息した。
 あの人の給料、使われてない分のが多かったけど。使い道は酒だったんじゃないのか。と思ってしまう。
「まぁ、酒に強いのは知ってるし、次の日仕事の時は飲まないのも知ってるけど。……まぁ、こんな風に酒飲んで無いと、ヤらしてくんないから、良いけど」
 ブツブツ呟いてしまうのは、社会人になってから一人暮らしをし始めた五紀の癖になってしまっている。
 最近やっと、二人暮らしに許可が出たのだ。
 それまでは、毎週雅哉の家に、五紀が押しかけていた。
「営業部のエースが、飲み会の誘い断って、なんでオッサンの家に来るかな」
 とか、その頃の雅哉によく言われたものだ。
 だがまぁ、雅哉の行かない飲み会に参加する必要性を、五紀は感じていない。
 雅哉が居るなら出る気は有るが。居ないのなら、雅哉と共に居たいと五紀は思うのだ。
 やっと二人で暮らせるようになったものの、ベッドが別々だ。というか、部屋が個別だ。これじゃあ、意味ないじゃん!と文句を言ったものの、自分一人の時間というのも、必要だろう。と雅哉に言われて諦めた。
 実際雅哉はよく仕事の持ち帰りが有る。
 雅哉は部長で、五紀は入社一年と半年。仕事量が違うのだ。
 切れ者の雅哉が、残業をすることはほぼ無いが。休日出勤もほぼ無いが。
 週末以外は、触らせてもくれない。
 職場も一緒。帰る場所も一緒。なのに同伴出勤だとか、そんなことはしたことも無い。
 雅哉は車でサッと出て行く。五紀は電車通勤だ。一度だって、仕事の時には五紀を車に乗せてくれたことはない。
 区別の付け方が、いっそ見事で。五紀はそれに対して文句を言えない。
 いや、言わせてもらえる隙が無い。
「今日はやけに不機嫌だな」
 やっとの週末で、やっと雅哉が五紀の腕の中に居てくれる時間で。
 なのにムッツリと黙っている五紀に、雅哉が困惑して声をかける。
「先週あんたが、出張だったせい」
 ボソリと五紀は返しながら、雅哉のパジャマに手をかける。
 どうせ脱がされるとわかっているのに、律義にパジャマを着て来る雅哉。
 いっそ風呂に入っている時に、タオル以外を無くしといてやろうか、と五紀は思う。
「だから、不機嫌なんじゃ無くて、抑えてないとヤバイってだけ」
 我慢してるんだと、五紀は雅哉に言う。
 出張は前々から決まってたし、聞いてたから文句は言えない。急だったわけじゃないんだから。
 それでも、雅哉と肌を合わせられる週末に出張が入ったのは、五紀にとってはとてつもない忍耐を強いられた。
「俺があんたのこと好きなんだって、いい加減自覚持ってよ。好きで好きで、どうしようもないんだから」
 一つ一つ丁寧にボタンを外す。
 二週間触れられ無かった雅哉の肌が、あらわになるにつれて、五紀は気が逸って来る。
「オッサンなのに?」
「歳なんて関係無いって、何回言わせたら、あんたは気が済むの?」
 報われない恋だと、自覚した当初の五紀は思っていた。
 それでも、こうして今が有るのは、雅哉が五紀を受け入れたからだと思ったのだけれど。
 何かにつけて歳を気にする雅哉に、五紀はいつもいつも、同じことを返す。
「何回、だろうなぁ。俺が自分に自信を持てないうちは、何度だって言うだろうな。面倒か?」
「面倒だったら、一緒に住みたいとか言わない」
 もう黙れ、と思いを込めて。久しぶりの雅哉とのキスを味わう五紀。
 我慢も限界だ。自信が無いなら、自信が付くまで俺が雅哉に好きだと言い続けたら良いのだろう、そう五紀は思う。
「ん、はっ……」
 唇の隙間から漏れる雅哉の吐息と。五紀が触れる度に、敏感になってしまった雅哉の身体は、ビクリと反応を返して来る。
「久々だから?反応良いね」
 にやりと五紀が笑う。
「がっつくな。若くねぇんだから、それなりの配慮はしてくれ」
 配慮ねぇ、と呟きながら、五紀は一気に雅哉の下に履いている物を脱がす。
「お、い……ん」
 抗議めいた声は、五紀が一気にローションを下半身にかけたから、消え去った。
「冷たかった?ごめんね。俺は若いからさぁ。大丈夫、ちゃんと配慮はするけど。抑えは効かないかもね」
 枯れては無いけど、一度イくと回復は遅いとは、五紀もわかっている。
 わかってはいても、触れたくも触れられ無かった日々が、五紀の理性を無くしている。
「ん、くぅ……いい、けどな。俺だって、嫌だったら、こんなこと、二度とさせてない」
 グチュリと、指が入って来る。
 風呂場で久々だからと、雅哉は自分でも少しは解した。
 それ以前に、洗浄も必要では有ったし。
「あんたもヤる気満々?解してくれてたんだ?」
 だから長風呂だったのかと、五紀は笑う。
 すんなり入った一本の指。ソコはそれだけじゃ足りないとでも言いたげに、ひく付いている。
「ん、わかってんだろ。わざわざ、言うな」
 毎週末に触れて来た身体だ。ドコが良いのかは、もう五紀は熟知している。
「嬉しくて?だってさ、雅哉さん自身、こういうのシて良いって思ってくれてるくらいには、俺のこと好きってことでしょ」
 滅多に呼ばせてくれない名前。
 こういう時でもなきゃ、呼べ無いから。
「じゃなきゃ、一緒に住むまでになるか」
 誰がこんなオヤジを欲しいと言ったんだ。と雅哉は思う。
 好きだと言われ、共に居たいからと懇願され。
 それでも社会に出てからずっと一人だった雅哉。自身の領域は欲しくて、個々の部屋を持てるように、2LDKで妥協した。
「俺が毎日でも触れたいとか言ったから、別々の部屋になったのかと、思ってた」
「五紀、あのなぁ。俺の歳考えてくれ。毎日されたんじゃ、身が持たん。あと別の部屋にしたのは、単に自分自身の場所が欲しかっただけだ」
 普段は呼ばれない五紀の名前。
 こんな時でもないと、呼んでもらえない名前だから。ただ名前呼びされただけで、五紀の鼓動は跳ね上がる。
「雅哉さん、俺本当に、雅哉さんのこと、好きだ」
「知ってる」
 笑い声。
 自分に自信が無いとか言いながら、それでも五紀の心は否定しない雅哉。
 だからこそ、だ。
 だから五紀は雅哉に惹かれて止まれない。
「で?ローションぶっかけといて、放置か?」
「そんなわけないっしょ。ね、ちゃんと配慮はするから。だから……」
 一回で、終われそうにないから。
 ちゃんと先に確認をしておかなければ。次が無くなるのは嫌だ。
「くくく。そんな気にすんなって。あぁ、気にしてたのは俺の方か。すまん」
 軽い口調。
 酒のせいだけじゃない。こうして雅哉が軽口を叩いてくれるのは、五紀相手だけだ。
「明日も明後日も休みだし、イイよね」
 言質はもらったし、と五紀の指がまた動き出す。
「ふ、ん……限度、は、考え、ろ、よ」
 甘い吐息を吐き出し始めた雅哉。
 それでも、言葉には牽制が入っていて。
「二週間我慢した俺に、少しでもご褒美くれても良いでしょ」
 呟きながら、雅哉を傷付けない様にと、五紀は指を増やした。
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