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《17》月とミドリガメ(1)

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 月曜日。いつもと同じ電車に乗り、いつもと同じ経路を辿って会社へと向かう。

(先週は大和が目覚める前に勝手に帰ってしまったから、少し会うのが気まずい……。怒られちゃうかなぁ。どんな顔して会えば良いんだろう……)

 はぁと溜め息をつきながら、入館証をかざしてエレベーターに乗り込む。

「おはよう」
「……おはようございます」

 エレベーターが閉まる直前に大和が乗り込んできて、意図せず二人きりとなってしまった。
 大和は詰首のノーカラーシャツにトレンチコートというシンプルな服装で、長身なスタイルが生かされている。

(タイミング最悪……)

 何か話そうとしても何を言えばよいのかわからなくて、手に持っているカフェラテの成分表示を意味なく見続けた。

「瑛美」
「はっ、はい」

 怒られると身構えたものの、大和の表情は険しくなかった。
 一瞬目が合って、ふいっと視線を逸らされた。

「朝起きたら瑛美がいなくて……寂しかった。今度は勝手に帰るなよ」

 呟いた低くて小さな声は、瑛美の心にぐさりと突き刺さった。
 企画部のある七階へ着くと、大和は先に降りてさっさと行ってしまう。

(怒ってなかった……えっ、というより、拗ねて、た……?)

 時間差でぽぽ、と熱がこみ上げてくる。

 大和と一線を越えて体を繋げて、ぬくもりに包まれて。心が温かいもので満ち満ちた気持ちになったものの、どうしたらよいかわからなくて、照れくさくて恥ずかしくて。

 こんな感情を抱いたのは初めてだ。
 だってこんな特別綺麗でも可愛くもない自分が、優秀で眉目秀麗な大和の恋人だなんて。とてもじゃないが実感も沸かないし、なんだか申し訳ない気持ちになる。

(ほんの少しだけ、大和の彼女だって、思いあがっても良いのかな……。とはいえ、金曜日の夜だけの限定彼女だけど)

 瑛美はくすぐったいような不思議な感覚を抱きながら、ここは会社だということを思い起こして姿勢を正す。
 企画部の方へと足を向けた。
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