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10月12日
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[10月12日、水曜日]
とは言え、目覚めて自分を纏うのは、得体の知れない不快感だ。しかし、何時もの物よりは随分と軽い。
恐らく昨日、あまり見えなかった譲葉の表情を、はっきり見る事が出来たからだろう。
扉が殆ど音を立てず開き、月裏は顔を上げる。視線の先、窺うように入ってきた譲葉の、何時もの顔が見えた。
「おはよう、譲葉君」
「おはよう、月裏さん」
「絵、いつから描いてるの?」
笑顔で投げ掛けると、譲葉は少し照れ臭そうに視線を落とした。
「…昔から描いていた」
「そっか、上手な筈だね」
「……上手くない…」
月裏は、譲葉の絵に魅了されていた。
元々綺麗な物が好きだが、譲葉の描く物は特に色彩と繊細さが素晴らしい。
故に、興味津々で尋ねてしまったのだが、譲葉は技術に自信を持っていないらしい。
「上手だよ」
もっと、自信を持てばいいのに。
思いながら月裏は、耳についた甲高い音に反応し席を立った。
当初よりは少しだけ、居心地が良くなった気がする。
住み始めた時は暗鬱とした未来を描いてしまっていたが、今の調子で行けば、想像した未来から脱却出来るのではないか、と希望を描いてしまう。
その中に容赦なく入り込む、不安と無力さに苛まれそうになりながらも、月裏は久しぶりに感じる幸福感を、手放さないようそっと抱いた。
だが、それは容易に消える。職場に入った瞬間に気持ちは切り替わり、絶望を謳いだす。
心持ちが些細な切欠で一変してしまうのは、性格上仕方ないと客観視しつつも、染まってゆく心に呑まれるのを阻止するまでは叶わず、月裏は泣きそうになりながらも業務を開始した。
それでも、帰宅すれば幾らか和らぐ事に、月裏自身気付いていた。まだ気を張っている部分は多くあるが、職場よりも自宅の方が気持ちは楽だ。
譲葉が居ても、自宅に居た方が断然良いと思える。
「ただいま」
「おかえり」
今日は、画材は既に片付けられた状態で、腕の中にあった。立ち上がり、月裏を見る。
「お疲れ様」
「あ、うん、ありがとう」
敢えての言葉に、月裏は少し困惑する。
「…じゃあ寝る、おやすみ」
しかし用件がそれだけだったのか、譲葉は背を向け、奥の部屋へと静かな足音を鳴らした。
「おやすみ」
月裏も深くは考えず、疲れた体を癒す為、直ぐに着替えのある部屋へと向かった。
風呂場の横の洗濯籠に服を置きに行くと同時に、丁寧に入れられた譲葉の服が目に留まる。
買った3着と着てきた1着しかないのに、一週間に一度しか洗濯しないため、入っているのは当初貸した大きめの服だ。
最近は、朝晩の冷えも本格化してきた。洗濯物が乾き辛い日も増えてきた。
早く服を買わないといけないな、と月裏は改めて焦りを覚えだした。
何時もより少し遅く、譲葉の居る寝室に行くと、珍しい光景に直ぐに目を奪われてしまった。
風景自体に変化は無く、変わっているのも一部分だけだったが、その変化は月裏に大きな喜びを与えた。
何時も背を向けていた譲葉が、顔をこちら側に向けて眠っていたのだ。鼻元までシーツに埋まっていたが、それでも寝顔には変わりない。
一切の音を制御し近くに寄ると、か細い寝息も聞こえて来た。
自分でも良く分からないまま込み上げる嬉しさに涙しかけたが、起こしてしまうのを恐れ呼吸ごと飲み込んだ。
譲葉も少しは心を許してくれたのかもしれないと、よく分かる進展に小さく幸福感を感じた。
とは言え、目覚めて自分を纏うのは、得体の知れない不快感だ。しかし、何時もの物よりは随分と軽い。
恐らく昨日、あまり見えなかった譲葉の表情を、はっきり見る事が出来たからだろう。
扉が殆ど音を立てず開き、月裏は顔を上げる。視線の先、窺うように入ってきた譲葉の、何時もの顔が見えた。
「おはよう、譲葉君」
「おはよう、月裏さん」
「絵、いつから描いてるの?」
笑顔で投げ掛けると、譲葉は少し照れ臭そうに視線を落とした。
「…昔から描いていた」
「そっか、上手な筈だね」
「……上手くない…」
月裏は、譲葉の絵に魅了されていた。
元々綺麗な物が好きだが、譲葉の描く物は特に色彩と繊細さが素晴らしい。
故に、興味津々で尋ねてしまったのだが、譲葉は技術に自信を持っていないらしい。
「上手だよ」
もっと、自信を持てばいいのに。
思いながら月裏は、耳についた甲高い音に反応し席を立った。
当初よりは少しだけ、居心地が良くなった気がする。
住み始めた時は暗鬱とした未来を描いてしまっていたが、今の調子で行けば、想像した未来から脱却出来るのではないか、と希望を描いてしまう。
その中に容赦なく入り込む、不安と無力さに苛まれそうになりながらも、月裏は久しぶりに感じる幸福感を、手放さないようそっと抱いた。
だが、それは容易に消える。職場に入った瞬間に気持ちは切り替わり、絶望を謳いだす。
心持ちが些細な切欠で一変してしまうのは、性格上仕方ないと客観視しつつも、染まってゆく心に呑まれるのを阻止するまでは叶わず、月裏は泣きそうになりながらも業務を開始した。
それでも、帰宅すれば幾らか和らぐ事に、月裏自身気付いていた。まだ気を張っている部分は多くあるが、職場よりも自宅の方が気持ちは楽だ。
譲葉が居ても、自宅に居た方が断然良いと思える。
「ただいま」
「おかえり」
今日は、画材は既に片付けられた状態で、腕の中にあった。立ち上がり、月裏を見る。
「お疲れ様」
「あ、うん、ありがとう」
敢えての言葉に、月裏は少し困惑する。
「…じゃあ寝る、おやすみ」
しかし用件がそれだけだったのか、譲葉は背を向け、奥の部屋へと静かな足音を鳴らした。
「おやすみ」
月裏も深くは考えず、疲れた体を癒す為、直ぐに着替えのある部屋へと向かった。
風呂場の横の洗濯籠に服を置きに行くと同時に、丁寧に入れられた譲葉の服が目に留まる。
買った3着と着てきた1着しかないのに、一週間に一度しか洗濯しないため、入っているのは当初貸した大きめの服だ。
最近は、朝晩の冷えも本格化してきた。洗濯物が乾き辛い日も増えてきた。
早く服を買わないといけないな、と月裏は改めて焦りを覚えだした。
何時もより少し遅く、譲葉の居る寝室に行くと、珍しい光景に直ぐに目を奪われてしまった。
風景自体に変化は無く、変わっているのも一部分だけだったが、その変化は月裏に大きな喜びを与えた。
何時も背を向けていた譲葉が、顔をこちら側に向けて眠っていたのだ。鼻元までシーツに埋まっていたが、それでも寝顔には変わりない。
一切の音を制御し近くに寄ると、か細い寝息も聞こえて来た。
自分でも良く分からないまま込み上げる嬉しさに涙しかけたが、起こしてしまうのを恐れ呼吸ごと飲み込んだ。
譲葉も少しは心を許してくれたのかもしれないと、よく分かる進展に小さく幸福感を感じた。
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