さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ

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六章

71(ドグラス)

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ユーリアの作り出した空間の中で、カタリーナの細い吐息が辛うじて続いている。
俺はカタリーナを抱きしめて、ひたすら熱を分けていた。俺の命に代えてもいい。どうか、カタリーナだけは生き延びて欲しい。

ずっと願い続けた。

凍てつく風が揺らいだ。
ラルフ卿が戻って来たのだ。だが、消えた時とは随分と様子が違っていた。ヴァンパイアの本性が剥き出しになっているのはいいとして、死体を腕に吊るしていた。さすがに驚き、俺は息を飲んだ。

カタリーナの親族をヴァンパイアに変えて連れて来るという話だったはずだ。だが、ラルフ卿の腕に腹を突き破られた状態で干し肉のようにぶら下がっているのは、ロヴネル伯爵。かつてカタリーナが愛したあの幼馴染ステファンだった。

「さあ、ステファン。君の血を分けてやれ」
「!?」

死体かと思っていた男がむくりと顔をあげる。口から下は全身血塗れだ。唇を鋭い牙が押し上げている。更に、碧かったはずの瞳が白い。

ラルフ卿が腕を引き抜いた。

「……カタリーナァ……」

名を呼ぶ声に導かれるようにして、男の体から流れた血が無数の紅い霧となり、カタリーナの体に吸い込まれていく。

「……どういうことだ……?だって、この男は……」
「兄妹なのよ」

ユーリアが衝撃の事実を告げる。

「最近わかったの。ドグラス、知らないふりをしてあげて。カタリーナは、きっと傷つくと思うから」
「ああ。知らないほうがいい事もある」

ラルフ卿が血の霧散していく腕を眺めながら同意している。

、彼女には生涯、秘密にしておくべきだね。何と言っても一度は男として愛してしまったんだから。気持ち悪いだろう。カタリーナの想いは綺麗なままでいい。あなたもそう思うでしょう、マルムフォーシュ伯爵」

ユーリアの出産経験について、納得できない気持ちが湧き上がるのは仕方がないことだ。初めて知った様子だった。それでも今こうしてカタリーナの為に尽力してくれた。感謝しかない。

「ありがとう。ラルフ卿」
「どういたしまして」

カタリーナの眉が微かに動いた。

「カタリーナ!」
「カタリーナ……」

俺の声に反応したのか、低くその名を口ずさみ、死体のような男が緩慢な動作で近寄ってくる。その肉体から生み出された血の霧はまだカタリーナに吸収され続けていた。俺はカタリーナを守る為に抱きしめた。たとえこの男の血がカタリーナの命を繋いだのだとしても、渡すわけにはいかない。

「こらこら、何やってるの」

ラルフ卿が笑った。その物珍しさに一瞬、呆気に取られる。

男にしては小柄なラルフ卿は、自分より体格の大きな男の髪を背後から鷲掴みにすると、首の骨が折れるのではないかと慄くほど乱暴にその頭部をぐるぐる回しながら言った。

「お前は、僕のたった一人の友達がその尊い生涯を終えるまで、お薬として厳重に保管されるんだから。お薬はお薬らしくしなさい。二度と、その腐った口で彼女の名を呼ぶな。変態が」
「舌と歯を抜いてしまえばいいのよ」
「いい考えだね。そうしよう」

すっかりヴァンパイアの一族に順応しているラルフ卿の変化は、圧巻の一言である。

ともあれ、カタリーナは九死に一生を得た。更に言えば、ここから先は今までより少し基礎体力が底上げされた肉体になっているだろう。寿命も延びた可能性がある。
顔色が戻ったかどうかは、ユーリアの作り出してくれた閉鎖空間が全体的に紅い為に判断がつかない。それでも唇の色がましになったように見える。

やがて、血の霧の吸引も完全に止んだ。

「さて、僕はお薬をしまってくるよ。ユーリア、あとは任せていい?」
「……ええ」
「大丈夫。怒ってないよ」

ラルフ卿が満面の笑みで言ってから、実はカタリーナと血縁関係にあった例の幼馴染を伴い、消える。
ユーリアも術を解いた。それから俺の腕で深い寝息を立てるカタリーナの頬を優しく撫でた。

「ドグラス。もし、万が一この件がカタリーナに知られて喧嘩になった時は、全て私のせいにしなさい」
「……んー」
「あなたたちは、ずっと仲良しでいてね。お願い」

ラルフ卿との関係を悲観しているのか。
ユーリアには最近、辛い出来事が続いた。だが俺は悲観していなかった。

ラルフ卿は、驚いてはいたものの、ユーリアに対して怒ってはいなかった。初めて明かされた過去に困惑しただけだ。今は只、もっと深く伴侶について知りたいと思っているだろう。同じ男としてそれがわかる分、安心しているし楽観していた。

同じ男として許せないのは、血の繋がりを自覚していながら長年カタリーナとの中途半端な蜜月を続けてきて、今も尚未練たらたらの、あの屑だ。今回、その存在に助けられはしたが、あの男の方がカタリーナより遥かに頑丈で長く生き続けることを思えば気が抜けない。
ラルフ卿を信頼していようと、この警戒心と嫌悪感は拭えないだろう。一生。

「行きましょう。ドグラス、抱っこして」

無論、カタリーナをという意味だ。
俺は愛するカタリーナを丁寧に抱き上げ、ユーリアに並んだ。ユーリアがペンダントをカタリーナの首にかけ微笑む。
愛情深い母親のような表情は、いつでも俺を安堵させた。

「ラルフ卿は気にしてないって」
「今その話やめて」

気が立ったせいだろうか。
ユーリアは俺とカタリーナを連れて空間を渡ることはせず、極秘通路の果てまで歩きその出口を粉々に破壊した。外にマーガレットの姿は無かった。

「ん……」

また、その轟音でカタリーナが目を覚ましたのは、言うまでもないことだろう。
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