さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ

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二章

11(ユーリア)

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「あれは、どう見ても口説いているよね」

私たちが無神経な言動で傷つけてしまったせいで、可愛い人間の女の子が泣いてしまった。
ラルフと永遠の愛で結ばれた喜びは確かなものだけれど、あの女の子のことが気掛りだった。

血を洗い流したラルフは、さっぱりした様子で顔を拭きながら窓辺に佇み、前庭に停めた馬車の近くで言い合う二人の様子を注視している。

私の血を与えたから暫くは陽の光も恐れる必要はないけれど、完全体になる為には修行が必要だ。

これから、私たちの時間は永遠に続いていく。
だから急ぐ理由はない。

「あの小さかったドグラスが、本当に女の子を口説くようになるなんて……」

感激。

でも、大人になったということは、老いているということ。
あの子も先に死んでしまう。

「二人が結ばれたらいいのに」
「そうなるよ。マルムフォーシュ伯爵はカタリーナの尻に敷かれたがっている」

ラルフのお口は、少し辛辣。
そんな刺激的なところも愛しい。

自傷行為を繰り返し、墓地や死体や人骨に執着している令息がいるという噂を聞きつけた時、私は何か力になれるかもしれないという予感を抱いた。
人として生きるには、忌み嫌われ、迫害され、隠匿され、非難され、悪ければ罰せられ、もっと悪ければ粛清されかねない精神を持ち生まれてしまった、可哀相な子。

力になれたら……

迷子を助けるくらいの気持ちで始めたというのに、一目で恋に落ちた。
ラルフは孤独で、人を避け、諦観していた。だから辛辣なのかと思ったけれど、じきに只の性格だとわかった。ラルフは冷静であり冷酷だった。自らを観察し支配する為に培った精神力がそうさせたのだろう。だから他者に対して辛辣ではあるけれど、乱暴ではない。意地悪もしない。
そんな正直で不器用な優しさが、可愛かった。

絡め取られた蝶のふりをして、身を捧げた。
狡い私を、ラルフは身を捧げて愛してくれた。

私たちは永遠に辿り着いた。

この幸せが奇跡だと、私は、知っている。

「愛しているわ、ラルフ」

愛している。
これから永遠を生きるあなたが、いつか私を憎む日が訪れるかもしれない。そうならなければいい。ならないでほしい。でも、たとえ、そうなってしまっても、私はラルフを愛し続ける。

あなたを不幸にはしない。
あなたへの愛を、惜しみはしない。

私の声にラルフはすぐ応えてくれる。
顔を拭いていた手を止めて、カーテンを閉じて、真っ直ぐに私のもとへ来て抱きしめてくれる。

「愛してる。ユーリア、ずっと一緒だよ」

甘いキス。
彼は血のキスだけではなく、優しい愛撫のキスもしてくれる。私は揺蕩い、酔い痴れ、身を委ねていく。

「あの温くて甘い君の味が好きだった。でも、今は、凍てついた唇が、前よりもっと愛しくなった。愛してるよ、ユーリア」
「ラルフ……」
「ごめんね。傷ついたよね。どうか、やり直させて。もう一度、誓わせて。今度こそ、永遠だから。もう一度、婚約して、ちゃんと……結婚して……」
「ええ……」
「君の傍で、君の中で、君と一つになって、君の一部になって、僕は、もう他の何もいらない、世界はいらない、昼も夜も、空も、海も要らない。君と血溜まりに溺れたい。君の目が欲しい。君の見る景色が見たい。君の指が欲しい。君の触れる物全て欲しい。欲しい。君の全てが欲しい。傍にいて」
「ええ、ラルフ。私は此処よ」
「僕を食べて、ユーリア」
「ええ。愛しあいましょう。夜はもう、永遠に私たちのものなのだから」


     *


初夏の嵐が過ぎた頃。
黄昏時の結婚式。

フォーシュバリ城の礼拝堂で、私とラルフは夫婦になった。
内心、慣習とは違った結婚式に不平不満を持つ貴族たちはいただろうけれど、私たちの一族にとってはこちらが正式なしきたり。

王族とフォーシュバリ侯爵家の全員が一堂に会する、数少ない機会だった。私たちは滅多に表舞台に顔を出さない。

秘密の恋の、永遠の約束の、これはその、エピローグ。

だから、私とラルフが永遠に繋ぎ止められた愛は、奇跡。

「永遠の愛を、誓います」

黄昏時に、鐘が鳴る。
鈍く歪む低い音色が、千年に一度の奇跡を彩った。

婚礼を祝う宴は宵闇に火を灯して始まった。
一族の愛する旋律を絶えず奏でてきた楽団は、その熟練の腕で招待客の期待にも応えていた。夜が更けるにつれて、酔いも回って来たのだろう。

誰も私たちの正体など気にも留めず浮かれ始めた頃。

私は自室にカタリーナを招いた。

「これを持っていて」
「え……」

私が手渡したペンダントを、カタリーナは戸惑いの表情で見つめた。

「お祝いをお伝えしなければならない立場なのに……」
「いいのよ。私こそ、あなたに感謝を示したいの」
「そんな……」
「お守りよ。どんな時でも、呼んでくれたら必ず行くわ」
「え?」

怪訝そうな表情の奥に、緊張と恐怖が走る。

「心配しないで。監視する為の物じゃないから。勿論、そういう使い方の物がないとは言わないけれど、それは違う」
「ユーリア様……」
「フォーシュバリの名が悪霊や夢魔、悪い妖精からあなたを守るの。それに、私と繋がっているから、気持ちを込めて呼んでくれたら聞こえるのよ」
「繋がっている……?」
「ええ。あなたを傷つけさせはしない。必ず、助けに行くわ」
「……ありがとう、ございます……」

腑に落ちない様子だったけれど、それでもいい。

可愛い子たちからドグラスが産まれ、成長を見守ってきた。
あの子が大切に想うカタリーナは、私とラルフにも優しかった。態度ではなく、真心が嬉しかった。

だから、その短い人生の中から、出来る限り、悲劇を取り除いてあげたい。悲しみの涙に暮れるには、人の人生はあまりにも短い。
ドグラスを愛して、二人で幸せになってくれたら、それ以上、素晴らしいことはない。

大切な人生の邪魔なんてしないから。

可愛い、可愛い、人の子のカタリーナ。
あなたも、どうか幸せに。
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