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「これはあなたの傷にはならない。あの男が罪を犯した。それだけなの」
「……」
「毅然として」

私は可哀相ではない。
たとえ結婚式当日に花婿に捨てられたとしても、惨めな傷物令嬢にはならない。

叔母はそう伝えてくれている。
私は再び涙を飲み、頷いた。叔母が私を抱きしめた。

「もっとあなたの傍にいればよかった。ごめんなさい」
「……っ」

私が叔母の背に手を回すと、叔母は更に私を強く抱きしめてくれた。けれど扉の外に親族を待たせている事も忘れてはいなかった。
抱擁を解くと叔母はまた真剣な眼差しで私を射抜く。

「あの男を見つけたら罰せる?」
「……」

答えられなかった。それが答えだった。叔母にはそれで充分だった。叔母は頷き、短く命じた。

「忘れなさい」

それは無理だ。
けれど私が忘れたふりをしなければこの場は収まらない。叔母はそれをわからせてくれた。泣いていてもどうにもならないのだ。私は深く傷ついて塞ぎ込み泣き続けることもできるだろう。けれど、それはあまり美しくない。

私はこの先も、愛する人々と生きていかなくてはいけないのだから。
醜い思い出も、悲しい思い出も、これ以上は重ねたくない。

「クリス!見つからなかったなんて言葉を待ってた人は一人もいないのよ!わかってるの!?」

すぐそこではないけれど、ミシェルの怒鳴り声がした。
クリスはルシアンを見つけられず、ルシアンは本当にいなくなってしまったのだ。

「あの子に言ってやって。私の言う事はまるで聞かないから」

ミシェルと義理の親子になる叔母は困り果てたように笑いを洩らす。私もミシェルを想えば笑みの一つや二つは簡単に浮かんでしまう。

頷いて扉に手を掛けた。

「エスター」
「?」

叔母に呼び止められ、一旦留まる。
再び見つめ合うと叔母は私の背に手を添えて言った。

「大丈夫よ」

私は再び頷いて扉を開けた。

案の定、扉の前の狭い廊下に親族がひしめき合い、その向こうで小柄なミシェルがクリスに噛みついている。その向こうには大柄のフィギス伯爵が激怒に顔を赤らめ震えている。見ていると大柄のフィギス伯爵の後ろから小柄なフィギス伯爵夫人が顔を出し、やはり激怒していた。

クリス一人に任せておくのは可哀相だ。

「エスター」
「待ってください。ミシェルが先」

父を振り切り、わずかな親族も振り切った。
ミシェルが私に気づく。

「エスター!」

小柄な彼女が掛けてくると理屈抜きに可愛い。怒っているから尚可愛い。

「あいつ見つからなかったわ。でも必ず草の根分けても探し出して思い知らせてやる──」

ミシェルを抱きとめ唇を人差し指で封じる。

「駄目よ。ミシェル、あなたはそんな事を言っちゃ駄目」
「なぜ笑ってるの?」

ミシェルが怪訝そうに眉を顰めた。
だから私は、今度もまた嘘偽りない笑みを返す。

「怒ってくれてありがとう。あなたがいて幸せよ。だから私は大丈夫」
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