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クリスの提案により庭で仕切り直すことになった。
お茶の用意が整う間、騎士のパーシヴァルがウィンダム伯領の気候や特産物などを快活に質問してくれたおかげで場がもち、クリスも気さくに応じるようになっていた。
「美しい土地ですね」
雰囲気が整ったところでマクミラン司祭が口を開いた。それまでずっと黙っていたのだけれど、目を疑うほど美形なので黙っていた方がむしろ自然に見えてこちらも安心していた。
どうぞ眺めてくださいと教皇庁から派遣されて来たわけではない事実に向き合わなければならない。それでも四人でお茶と焼き菓子を囲めるのだから、ありがたいと思い直す。
「平和なところです。だから私のような者でも父の代わりが務まります」
「エスターはよくやっていますよ。僕が後見人ではありますが、たまに相談されたり、こちらから助言する程度です」
「では御父上の後継者はあなたで、爵位はあなたの婿が継ぐと最初から決まっていたのですか?」
誰よりも現実感が乏しい夢のようなマクミラン司祭が、誰よりも現実に基づいている。
「はい」
答えた瞬間に次の質問がわかった。
「従兄殿では不足なのでしょうか」
「いいえ。ただ私たちは、母親同士が双子の姉妹なので」
ああなるほど、という顔でパーシヴァルが頷く。
「伯母が亡くなってから母は長く立ち直れずにいたんです。その分も僕がエスターを守ろうと決めた。健気でしょう?」
クリスはもう冗談を言えるくらい打ち解けようとしている。
マクミラン司祭がカップを置いた。この期に及んでも尚、私はマクミラン司祭がお茶を飲んだ事に多少ながら驚いてしまった。人間なのだ……
「あなた方が善人で互いに大切に思っているのはわかりました。他に誰がいます?」
しかも抜け目ない。
「え?」
クリスは純粋なだけで、抜けてはいない。
「彼女は〝彼ら〟と言い、あなたは〝僕たち〟と言った。他に誰がエスターをルシアンから守っていたのか気になって」
神の芸術としか言いようのない美しさを湛えるマクミラン司祭が砕けた口調で言ったのは驚いたけれど、彼の名の方に気を取られ私は狼狽えた。その隙にクリスが答える。
「ミシェル。僕の婚約者です」
「令嬢?」
「ええ、フィギス伯爵令嬢。彼女が一番強い」
「強い?」
「猛獣ですよ……」
クリスがミシェルを思い浮かべ、参りましたという風に首を振った。その様子に少し和んだ私はミシェルの為に言っておかなければならないある重大な事実を口にする。
「とても小柄で可愛いんです」
「つまり猫みたい?」
パーシヴァルが応じた。
「いえ、猫というより……アライグマの赤ちゃんみたい。でもとびきり美しい子です」
「……へえ」
パーシヴァルは目を点にしてミシェルを想像しているようだけれど、きっと本人を見たらあまりに可愛くて驚くだろう。
「あなたのような立場でアライグマに喩えるのは少し不思議ですね。ルシアンが教えた?」
「ええ」
クリスがマクミラン司祭に答える。
私は口を噤んだ。
「あいつは僕らの幼馴染でした。エスターの愛だけでなく僕との友情も裏切った。仰る通り、あいつは悪人です」
「クリス。ルシアンはあなた方にいろいろ教えてくれたのでしょう。新鮮で、わくわくするような事を。ルシアンは貴族ではありませんね?」
それには私が答えた。
「ええ。使用人の息子でした。私と結婚する事になって遠縁のメイウェザー伯爵の養子に……爵位を継がせるならせめて貴族にと父が……」
思い出すのは辛い。
あの頃、私たちは愛と優しさに満ち、幸せだった。
全て壊れてしまった。
あの幸せは嘘だったのだ。
お茶の用意が整う間、騎士のパーシヴァルがウィンダム伯領の気候や特産物などを快活に質問してくれたおかげで場がもち、クリスも気さくに応じるようになっていた。
「美しい土地ですね」
雰囲気が整ったところでマクミラン司祭が口を開いた。それまでずっと黙っていたのだけれど、目を疑うほど美形なので黙っていた方がむしろ自然に見えてこちらも安心していた。
どうぞ眺めてくださいと教皇庁から派遣されて来たわけではない事実に向き合わなければならない。それでも四人でお茶と焼き菓子を囲めるのだから、ありがたいと思い直す。
「平和なところです。だから私のような者でも父の代わりが務まります」
「エスターはよくやっていますよ。僕が後見人ではありますが、たまに相談されたり、こちらから助言する程度です」
「では御父上の後継者はあなたで、爵位はあなたの婿が継ぐと最初から決まっていたのですか?」
誰よりも現実感が乏しい夢のようなマクミラン司祭が、誰よりも現実に基づいている。
「はい」
答えた瞬間に次の質問がわかった。
「従兄殿では不足なのでしょうか」
「いいえ。ただ私たちは、母親同士が双子の姉妹なので」
ああなるほど、という顔でパーシヴァルが頷く。
「伯母が亡くなってから母は長く立ち直れずにいたんです。その分も僕がエスターを守ろうと決めた。健気でしょう?」
クリスはもう冗談を言えるくらい打ち解けようとしている。
マクミラン司祭がカップを置いた。この期に及んでも尚、私はマクミラン司祭がお茶を飲んだ事に多少ながら驚いてしまった。人間なのだ……
「あなた方が善人で互いに大切に思っているのはわかりました。他に誰がいます?」
しかも抜け目ない。
「え?」
クリスは純粋なだけで、抜けてはいない。
「彼女は〝彼ら〟と言い、あなたは〝僕たち〟と言った。他に誰がエスターをルシアンから守っていたのか気になって」
神の芸術としか言いようのない美しさを湛えるマクミラン司祭が砕けた口調で言ったのは驚いたけれど、彼の名の方に気を取られ私は狼狽えた。その隙にクリスが答える。
「ミシェル。僕の婚約者です」
「令嬢?」
「ええ、フィギス伯爵令嬢。彼女が一番強い」
「強い?」
「猛獣ですよ……」
クリスがミシェルを思い浮かべ、参りましたという風に首を振った。その様子に少し和んだ私はミシェルの為に言っておかなければならないある重大な事実を口にする。
「とても小柄で可愛いんです」
「つまり猫みたい?」
パーシヴァルが応じた。
「いえ、猫というより……アライグマの赤ちゃんみたい。でもとびきり美しい子です」
「……へえ」
パーシヴァルは目を点にしてミシェルを想像しているようだけれど、きっと本人を見たらあまりに可愛くて驚くだろう。
「あなたのような立場でアライグマに喩えるのは少し不思議ですね。ルシアンが教えた?」
「ええ」
クリスがマクミラン司祭に答える。
私は口を噤んだ。
「あいつは僕らの幼馴染でした。エスターの愛だけでなく僕との友情も裏切った。仰る通り、あいつは悪人です」
「クリス。ルシアンはあなた方にいろいろ教えてくれたのでしょう。新鮮で、わくわくするような事を。ルシアンは貴族ではありませんね?」
それには私が答えた。
「ええ。使用人の息子でした。私と結婚する事になって遠縁のメイウェザー伯爵の養子に……爵位を継がせるならせめて貴族にと父が……」
思い出すのは辛い。
あの頃、私たちは愛と優しさに満ち、幸せだった。
全て壊れてしまった。
あの幸せは嘘だったのだ。
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