もう愛は冷めているのですが?

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
9 / 40

しおりを挟む
クリスの提案により庭で仕切り直すことになった。
お茶の用意が整う間、騎士のパーシヴァルがウィンダム伯領の気候や特産物などを快活に質問してくれたおかげで場がもち、クリスも気さくに応じるようになっていた。

「美しい土地ですね」

雰囲気が整ったところでマクミラン司祭が口を開いた。それまでずっと黙っていたのだけれど、目を疑うほど美形なので黙っていた方がむしろ自然に見えてこちらも安心していた。

どうぞ眺めてくださいと教皇庁から派遣されて来たわけではない事実に向き合わなければならない。それでも四人でお茶と焼き菓子を囲めるのだから、ありがたいと思い直す。

「平和なところです。だから私のような者でも父の代わりが務まります」
「エスターはよくやっていますよ。僕が後見人ではありますが、たまに相談されたり、こちらから助言する程度です」
「では御父上の後継者はあなたで、爵位はあなたの婿が継ぐと最初から決まっていたのですか?」

誰よりも現実感が乏しい夢のようなマクミラン司祭が、誰よりも現実に基づいている。

「はい」

答えた瞬間に次の質問がわかった。

「従兄殿では不足なのでしょうか」
「いいえ。ただ私たちは、母親同士が双子の姉妹なので」

ああなるほど、という顔でパーシヴァルが頷く。

「伯母が亡くなってから母は長く立ち直れずにいたんです。その分も僕がエスターを守ろうと決めた。健気でしょう?」

クリスはもう冗談を言えるくらい打ち解けようとしている。
マクミラン司祭がカップを置いた。この期に及んでも尚、私はマクミラン司祭がお茶を飲んだ事に多少ながら驚いてしまった。人間なのだ……

「あなた方が善人で互いに大切に思っているのはわかりました。他に誰がいます?」

しかも抜け目ない。

「え?」

クリスは純粋なだけで、抜けてはいない。

「彼女は〝彼ら〟と言い、あなたは〝僕たち〟と言った。他に誰がエスターをルシアンから守っていたのか気になって」

神の芸術としか言いようのない美しさを湛えるマクミラン司祭が砕けた口調で言ったのは驚いたけれど、彼の名の方に気を取られ私は狼狽えた。その隙にクリスが答える。

「ミシェル。僕の婚約者です」
「令嬢?」
「ええ、フィギス伯爵令嬢。彼女が一番強い」
「強い?」
「猛獣ですよ……」

クリスがミシェルを思い浮かべ、参りましたという風に首を振った。その様子に少し和んだ私はミシェルの為に言っておかなければならないある重大な事実を口にする。

「とても小柄で可愛いんです」
「つまり猫みたい?」

パーシヴァルが応じた。

「いえ、猫というより……アライグマの赤ちゃんみたい。でもとびきり美しい子です」
「……へえ」

パーシヴァルは目を点にしてミシェルを想像しているようだけれど、きっと本人を見たらあまりに可愛くて驚くだろう。

「あなたのような立場でアライグマに喩えるのは少し不思議ですね。ルシアンが教えた?」
「ええ」

クリスがマクミラン司祭に答える。
私は口を噤んだ。

「あいつは僕らの幼馴染でした。エスターの愛だけでなく僕との友情も裏切った。仰る通り、あいつは悪人です」
「クリス。ルシアンはあなた方にいろいろ教えてくれたのでしょう。新鮮で、わくわくするような事を。ルシアンは貴族ではありませんね?」

それには私が答えた。

「ええ。使用人の息子でした。私と結婚する事になって遠縁のメイウェザー伯爵の養子に……爵位を継がせるならせめて貴族にと父が……」

思い出すのは辛い。
あの頃、私たちは愛と優しさに満ち、幸せだった。

全て壊れてしまった。
あの幸せは嘘だったのだ。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路

八代奏多
恋愛
 公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。  王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……  ……そんなこと、絶対にさせませんわよ?

悪役令嬢が残した破滅の種

八代奏多
恋愛
 妹を虐げていると噂されていた公爵令嬢のクラウディア。  そんな彼女が婚約破棄され国外追放になった。  その事実に彼女を疎ましく思っていた周囲の人々は喜んだ。  しかし、その日を境に色々なことが上手く回らなくなる。  断罪した者は次々にこう口にした。 「どうか戻ってきてください」  しかし、クラウディアは既に隣国に心地よい居場所を得ていて、戻る気は全く無かった。  何も知らずに私欲のまま断罪した者達が、破滅へと向かうお話し。 ※小説家になろう様でも連載中です。  9/27 HOTランキング1位、日間小説ランキング3位に掲載されました。ありがとうございます。

婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~

岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。 「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」 開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

妹に幼馴染の彼をとられて父に家を追放された「この家の真の当主は私です!」

佐藤 美奈
恋愛
母の温もりを失った冬の日、アリシア・フォン・ルクセンブルクは、まだ幼い心に深い悲しみを刻み付けていた。公爵家の嫡女として何不自由なく育ってきた彼女の日常は、母の死を境に音を立てて崩れ始めた。 父は、まるで悲しみを振り払うかのように、すぐに新しい妻を迎え入れた。その女性とその娘ローラが、ルクセンブルク公爵邸に足を踏み入れた日から、アリシアの運命は暗転する。 再婚相手とその娘ローラが公爵邸に住むようになり、父は実の娘であるアリシアに対して冷淡になった。継母とその娘ローラは、アリシアに対して日常的にそっけない態度をとっていた。さらに、ローラの策略によって、アリシアは婚約者である幼馴染のオリバーに婚約破棄されてしまう。 そして最終的に、父からも怒られ家を追い出されてしまうという非常に辛い状況に置かれてしまった。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

処理中です...