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テオフィルス殿下から取り急ぎの手紙が届いた。
僕の好きなワインと干しイチジクが添えられていた。気持ちは有難かったがとても喉を通らない……と思ったが、走り書きではなく丁寧に書き綴られた短い文面に目を走らせ僕は内心歓喜した。
「……殿下……!」
伯爵令嬢殺害未遂の罪でフェルスター伯爵及び令息が処刑。
それだけでも報われるというのに、処刑というのは表向きで、実際はヴィンクラー伯爵の監督下で治療法の研究に役立てるらしい。
「生きたまま沼に沈めた……のは表向きではなく、事実か……!」
温厚で明るい性格のテオフィルス殿下だが、やる時はとことんやる方だ。
フェルスター伯爵令息ダーフィトが狂人化したらどれほど厄介だろうかと思いはするが、ヴィンクラー伯領はあらゆる意味で優秀な民揃いだから問題ないだろう。
オリヴィアと同じ苦しみを味わうだけでなく、治療法の礎となる。
僕は残忍な復讐心を恥じる程善人ではないが、刺激が強すぎるからオリヴィアと義母には表向きの方だけ伝えよう。
義父に報せると拳を握りしめ歓喜していた。
「だが刺激が強すぎるから妻と娘には内緒に……」
「勿論です」
考えていることは同じだ。
現在の薬の効果は期待以上のものだった。もし命を削られていないのであれば手放しに喜べる程、オリヴィアの生活は以前とほぼ同じだ。
一日一回、一回三錠。
効果の切れ目にじわじわと根拠のない不安が押し寄せるらしいが、それが後遺症のせいだと理解できるだけの理性は残されている段階で服用する。
そこから二時間程度ぼんやりとしている。
この凡そ三時間を除けば、オリヴィアは以前と変わりない穏やかで優しいあたたかなオリヴィアだ。頭部を圧迫されるような激しい頭痛もないらしい。
僕はデルマを思い出さずにはいられない。
危険な状況でオリヴィアに寄り添い続けてくれたあの人にも、真の意味で穏やかな余生を過ごしてもらいたい。
フェルスター伯爵家の二人に対する表向きの処分を伝えると、オリヴィアは微笑みを潜め物悲しそうに宙を見つめた。
「そうなの……」
だが次の瞬間には微笑んだ。
「可笑しな考えかもしれないけれど、事実を受け止めてそれで終わりにするわ。あなたのことだけを考えていたいの」
「うん。わかった。だけど可笑しくないよ」
僕は微笑みを返し励ますように手を握る。
そして笑顔を交わすと、僕たちはまるで悲しい出来事など何もなかったかのような夫婦になる。
だが本当は泣き叫びたいくらい後悔している。
オリヴィアの人生にこんな苦しみや悲しみは要らなかった。
僕が勇気を出して愛を伝えていれば、仮に笑われたとしても傍を離れなければ、オリヴィアは悪辣な男に利用されることはなかったのだ。
僕はオリヴィアを抱きしめた。
「日々を大切にして。君の好きなように……」
「ええ」
オリヴィアの返事は穏やかだった。
しかし唐突に僕は胸を押し返され一瞬だけ肝を冷やした。
オリヴィアは驚いたように目を見開き僕を見上げていた。
「フェルスター伯爵夫人や領民はどうなるの?」
憎むことは放棄しても心配する気持ちは持ち続けるオリヴィアの優しさに僕は胸打たれる。わかっていたはずなのに、オリヴィアは本当に優しい。
それについては続報が届いていた。
「どうやら夫人の弟という人が優秀らしくて、彼が新しいフェルスター伯爵になるみたいだよ」
「そうなの」
「君は会ったことある?」
「いいえ」
表向き沼に沈んだ義兄を相当嫌っていたらしく、親族として自分たちの名誉挽回の為に誠心誠意取り組む意気込みとのことだ。
「もう考えないことにするわ」
オリヴィアが呟いた。
「あの方は何も悪くないけれど、別々の人生だもの」
もっと貪欲になって欲しい。
そんな願いとオリヴィアを抱きしめる。
再び僕の胸に頬を摺り寄せながらオリヴィアが物思いに耽ったが、物静かなオリヴィアがその優しさの為に余計な心配をしていないか気になってしまう。
「そうだ」
僕は明るく呼び掛けた。
「殿下からのお見舞いがまた届いたんだ」
オリヴィアがくすりと笑う。
「私まで干しイチジクが好きだと思われているわね」
「単純な方だからね」
「でもとても美味しい」
「ワイン煮や鴨のローストにも合うし」
「あなたの好物」
「サラダもいいよね」
「私は甘い方が好き」
「厨房でパイを焼いてくれているはずだよ。そろそろお茶の時間だ」
他愛ない会話で微笑みを交わす。
日常の小さな幸せの尊さが切なくて泣きたくなるが、僕らは微笑んで愛を伝える方を選んだ。
僕らにはこの一瞬一瞬が幸せで、出来る限り沢山の時間を重ねていかなければならない。そうしたい。
たとえどんな未来が待ち受けていようと。
僕の好きなワインと干しイチジクが添えられていた。気持ちは有難かったがとても喉を通らない……と思ったが、走り書きではなく丁寧に書き綴られた短い文面に目を走らせ僕は内心歓喜した。
「……殿下……!」
伯爵令嬢殺害未遂の罪でフェルスター伯爵及び令息が処刑。
それだけでも報われるというのに、処刑というのは表向きで、実際はヴィンクラー伯爵の監督下で治療法の研究に役立てるらしい。
「生きたまま沼に沈めた……のは表向きではなく、事実か……!」
温厚で明るい性格のテオフィルス殿下だが、やる時はとことんやる方だ。
フェルスター伯爵令息ダーフィトが狂人化したらどれほど厄介だろうかと思いはするが、ヴィンクラー伯領はあらゆる意味で優秀な民揃いだから問題ないだろう。
オリヴィアと同じ苦しみを味わうだけでなく、治療法の礎となる。
僕は残忍な復讐心を恥じる程善人ではないが、刺激が強すぎるからオリヴィアと義母には表向きの方だけ伝えよう。
義父に報せると拳を握りしめ歓喜していた。
「だが刺激が強すぎるから妻と娘には内緒に……」
「勿論です」
考えていることは同じだ。
現在の薬の効果は期待以上のものだった。もし命を削られていないのであれば手放しに喜べる程、オリヴィアの生活は以前とほぼ同じだ。
一日一回、一回三錠。
効果の切れ目にじわじわと根拠のない不安が押し寄せるらしいが、それが後遺症のせいだと理解できるだけの理性は残されている段階で服用する。
そこから二時間程度ぼんやりとしている。
この凡そ三時間を除けば、オリヴィアは以前と変わりない穏やかで優しいあたたかなオリヴィアだ。頭部を圧迫されるような激しい頭痛もないらしい。
僕はデルマを思い出さずにはいられない。
危険な状況でオリヴィアに寄り添い続けてくれたあの人にも、真の意味で穏やかな余生を過ごしてもらいたい。
フェルスター伯爵家の二人に対する表向きの処分を伝えると、オリヴィアは微笑みを潜め物悲しそうに宙を見つめた。
「そうなの……」
だが次の瞬間には微笑んだ。
「可笑しな考えかもしれないけれど、事実を受け止めてそれで終わりにするわ。あなたのことだけを考えていたいの」
「うん。わかった。だけど可笑しくないよ」
僕は微笑みを返し励ますように手を握る。
そして笑顔を交わすと、僕たちはまるで悲しい出来事など何もなかったかのような夫婦になる。
だが本当は泣き叫びたいくらい後悔している。
オリヴィアの人生にこんな苦しみや悲しみは要らなかった。
僕が勇気を出して愛を伝えていれば、仮に笑われたとしても傍を離れなければ、オリヴィアは悪辣な男に利用されることはなかったのだ。
僕はオリヴィアを抱きしめた。
「日々を大切にして。君の好きなように……」
「ええ」
オリヴィアの返事は穏やかだった。
しかし唐突に僕は胸を押し返され一瞬だけ肝を冷やした。
オリヴィアは驚いたように目を見開き僕を見上げていた。
「フェルスター伯爵夫人や領民はどうなるの?」
憎むことは放棄しても心配する気持ちは持ち続けるオリヴィアの優しさに僕は胸打たれる。わかっていたはずなのに、オリヴィアは本当に優しい。
それについては続報が届いていた。
「どうやら夫人の弟という人が優秀らしくて、彼が新しいフェルスター伯爵になるみたいだよ」
「そうなの」
「君は会ったことある?」
「いいえ」
表向き沼に沈んだ義兄を相当嫌っていたらしく、親族として自分たちの名誉挽回の為に誠心誠意取り組む意気込みとのことだ。
「もう考えないことにするわ」
オリヴィアが呟いた。
「あの方は何も悪くないけれど、別々の人生だもの」
もっと貪欲になって欲しい。
そんな願いとオリヴィアを抱きしめる。
再び僕の胸に頬を摺り寄せながらオリヴィアが物思いに耽ったが、物静かなオリヴィアがその優しさの為に余計な心配をしていないか気になってしまう。
「そうだ」
僕は明るく呼び掛けた。
「殿下からのお見舞いがまた届いたんだ」
オリヴィアがくすりと笑う。
「私まで干しイチジクが好きだと思われているわね」
「単純な方だからね」
「でもとても美味しい」
「ワイン煮や鴨のローストにも合うし」
「あなたの好物」
「サラダもいいよね」
「私は甘い方が好き」
「厨房でパイを焼いてくれているはずだよ。そろそろお茶の時間だ」
他愛ない会話で微笑みを交わす。
日常の小さな幸せの尊さが切なくて泣きたくなるが、僕らは微笑んで愛を伝える方を選んだ。
僕らにはこの一瞬一瞬が幸せで、出来る限り沢山の時間を重ねていかなければならない。そうしたい。
たとえどんな未来が待ち受けていようと。
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