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32(エドワール)
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自室で寛いでいるとメイドのルイゾンが昼食を運んできた。
「起きていらっしゃったんですか?」
「ああ、ルイゾン。もうそんな時間か。ありがとう」
窓際で空を眺めていた僕は車椅子の滑車に手をかけテーブルの方へ回り込もうすとる。
「あ!そのままで!お待ちください、すぐルイゾンが参りますので」
「……悪いね。お言葉に甘えるよ」
配膳用のワゴンを戸口で停めルイゾンが駆け寄って来る。そして笑顔で背後に回ると、慣れた手つきで車椅子を押してくれる。
「空を見てらっしゃったんですか?今日はいいお天気ですからね。御気分は如何ですか?」
「いいよ。足がまともなら散歩に出たいくらい」
「それでは、男手を集めてお庭に出してもらいましょうか。私が御供します」
「いや、男は嫌いだ。何をされるかわからない」
僕は車椅子の上で上半身を捻り、背後のルイゾンを見上げる。
「男に触られるくらいなら、君と部屋にいた方がずっとましだ」
「そうですか」
少し悲しそうな笑顔で応じるルイゾンは僕より二つか三つ年上で、僕の看病をしていた為に婚期を逃した。
もう6年になる。
親友だと思っていたルイスが無慈悲な顔で僕を見下ろしていた。場所は思い出せないが夜で、月灯りがぼんやりと奴の顔を照らしていた。
何度も頭を打ち付けられたせいで、記憶を失っている。
かろうじて思い出せたのは、組み伏せられて胸倉を掴まれ、何度も頭を振り下ろされていた瞬間の恐怖と激痛。
僕は朝方、裏庭の階段付近で発見されたらしい。
父は最初、僕が泥酔して階段から落ちた事故だと嘆いたそうだ。そう言われてしまえば、そうなのかと思うしかなかった。なにしろ目が覚めた当初は自分が誰かさえ忘れてしまっていたのだから。
だが唐突に思い出したのだ。
断片的だが衝撃的で、確実な記憶。感情の伴う記憶を。
ランス……
僕を裏切り、痛めつけ、僕が目を覚ました後も平穏に暮らしていたという偽善者め。
ノアム侯爵である父の訴えにもかかわらず国王は裁きを延期している。僕がこれほどの目に遇っているというのに猶予を与えるなど、耄碌しているとしか思えない。この国は終わりだ。
「お可哀相に……美しくてお優しい、天使のようなエドワール様が……自由にお散歩も叶わないなんて」
ルイゾンが悔しそうに声を洩らす。
僕は笑って後方に手を延ばし、ルイゾンの手を親しみを込めて叩く。
「ありがとう」
「そんなエドワール様を置いていくなんて、本当に心苦しいのですが……」
「え?」
なんだって?
「ルイゾン?」
「……」
僕が乗る車椅子をテーブルの前につけて配膳用のワゴンを取りに戸口へ戻るルイゾンの背中には、嫌な空気が纏わりついている。
ワゴンを押す為にこちらを向いたルイゾンの顔も、辛気臭い嫌な表情が浮かんでいた。
何事だ?
「どういう意味だい?」
「……実は」
ルイゾンはいつもより緩慢な手つきで食器を並べ始める。
「……」
なんだ、この態度。
真面目にやれよ。
「故郷の母が病に倒れ、もう長くないと報せが……」
僕専用の奴隷のくせに、他の奴の話を僕に聞かせる気か?
母親?
平民の婆がどうなろうと知った事じゃない。
「私、明日、故郷へ帰ります」
「暇乞いってこと?」
丁度配膳が終わりルイゾンが脇に立った。
いつも通りの変わらない食事。何かあればルイゾンが世話を焼いてくれる日常。それを、僕の断りもなく終わらせようとしている。
「はい。御主人様には御許しを貰い、既に、お見舞いまで頂いて……本当になんとお礼を申し上げたらいいかわからないくらい良くして頂きました」
「父は関係ないだろ」
「……申し訳ありません。エドワール様に、言い出せなくて……」
白々しく意気消沈したふりでルイゾンが俯いている。
僕は頭にきてテーブルの上の料理を剥ぎ払った。
「ふざけるなよ!」
「!」
パン、肉料理、スープが散らばる。
掃除が大変だろうルイゾン。しばらくは部屋を出られないぞ。
「エドワール様……っ」
「僕を誰だと思ってるんだ!?ノアム侯爵令息だぞ!?僕より故郷の母親が心配なのか!?」
「!?」
まるで信じられないものを見るような目で僕を見るルイゾンに苛立ちが爆発する。
「ほっといたって死ぬ婆の為に僕を放り出すって言うのかよ!」
「もっ、申し訳ありません……!」
「拾え!」
命令すると、ルイゾンは狼狽えながらも迅速に床に散らばったフォークやナイフ、パンをテーブルに戻し始めた。尋常じゃない程に蒼褪めて、全身で震えながら意味不明な行動を続ける。
床に落ちたものを僕に食べさせる気なのか?
母親のことで頭がおかしくなった?
「僕を見棄てるのか?」
「ちっ、違います……!私はただ、母に……っ」
「僕より母親か?」
「もっ、申し訳……ありません……っ」
埒が明かない。
だがはっきりしたことが一つある。
ルイゾンは裏切り者だ。僕に仕えさせてやったのに、その恩も忘れてこれから死ぬ婆の為に僕を放り出すと言っている。
「脱げよ」
「……え?」
お仕置きが必要だ。
「故郷に帰りたいんだろ?だったら脱いで、最後に特別な奉仕をしろよ」
「……エドワール様……?」
「お前は僕のものなんだぞ!命令に従え!!」
「……」
ルイゾンの顔色が変わる。
そこには、在るべき敬意や愛情の代わりに拒絶が張り付いている。
僕はルイゾンの腕を掴んだ。
ルイゾンが逃げようとする。馬鹿め、放すものか。
「母親に会いたいんだろ?早く脱いで跨れよ。死んじゃうぞ?」
「……失礼いたします……!」
「!」
尚も逃げようとしたルイゾンを僕は許さなかった。
車椅子から立ち力尽くでルイゾンを汚れたテーブルに組み敷く。ルイゾンは驚いたように目を瞠り息を止めた。
婚期を逃したとはいえルイゾンは美人だ。だから傍に置いてやった。
僕を捨てるならそれ相応の置き土産を貰わなくては。
「エドワール様……足……」
「ん?僕の世話を焼きたかったんだろ?お前の為だよ?」
「……!」
簡単な命令にも従えない程に落ちぶれたルイゾンにも僕は寛大に接する。
理由は単純。
「自分で脱ぐのが難しいなら僕がしてやろう。ルイゾン、最後にたっぷり可愛がってやる」
「やっ、やめ……!」
これは楽しい。
「起きていらっしゃったんですか?」
「ああ、ルイゾン。もうそんな時間か。ありがとう」
窓際で空を眺めていた僕は車椅子の滑車に手をかけテーブルの方へ回り込もうすとる。
「あ!そのままで!お待ちください、すぐルイゾンが参りますので」
「……悪いね。お言葉に甘えるよ」
配膳用のワゴンを戸口で停めルイゾンが駆け寄って来る。そして笑顔で背後に回ると、慣れた手つきで車椅子を押してくれる。
「空を見てらっしゃったんですか?今日はいいお天気ですからね。御気分は如何ですか?」
「いいよ。足がまともなら散歩に出たいくらい」
「それでは、男手を集めてお庭に出してもらいましょうか。私が御供します」
「いや、男は嫌いだ。何をされるかわからない」
僕は車椅子の上で上半身を捻り、背後のルイゾンを見上げる。
「男に触られるくらいなら、君と部屋にいた方がずっとましだ」
「そうですか」
少し悲しそうな笑顔で応じるルイゾンは僕より二つか三つ年上で、僕の看病をしていた為に婚期を逃した。
もう6年になる。
親友だと思っていたルイスが無慈悲な顔で僕を見下ろしていた。場所は思い出せないが夜で、月灯りがぼんやりと奴の顔を照らしていた。
何度も頭を打ち付けられたせいで、記憶を失っている。
かろうじて思い出せたのは、組み伏せられて胸倉を掴まれ、何度も頭を振り下ろされていた瞬間の恐怖と激痛。
僕は朝方、裏庭の階段付近で発見されたらしい。
父は最初、僕が泥酔して階段から落ちた事故だと嘆いたそうだ。そう言われてしまえば、そうなのかと思うしかなかった。なにしろ目が覚めた当初は自分が誰かさえ忘れてしまっていたのだから。
だが唐突に思い出したのだ。
断片的だが衝撃的で、確実な記憶。感情の伴う記憶を。
ランス……
僕を裏切り、痛めつけ、僕が目を覚ました後も平穏に暮らしていたという偽善者め。
ノアム侯爵である父の訴えにもかかわらず国王は裁きを延期している。僕がこれほどの目に遇っているというのに猶予を与えるなど、耄碌しているとしか思えない。この国は終わりだ。
「お可哀相に……美しくてお優しい、天使のようなエドワール様が……自由にお散歩も叶わないなんて」
ルイゾンが悔しそうに声を洩らす。
僕は笑って後方に手を延ばし、ルイゾンの手を親しみを込めて叩く。
「ありがとう」
「そんなエドワール様を置いていくなんて、本当に心苦しいのですが……」
「え?」
なんだって?
「ルイゾン?」
「……」
僕が乗る車椅子をテーブルの前につけて配膳用のワゴンを取りに戸口へ戻るルイゾンの背中には、嫌な空気が纏わりついている。
ワゴンを押す為にこちらを向いたルイゾンの顔も、辛気臭い嫌な表情が浮かんでいた。
何事だ?
「どういう意味だい?」
「……実は」
ルイゾンはいつもより緩慢な手つきで食器を並べ始める。
「……」
なんだ、この態度。
真面目にやれよ。
「故郷の母が病に倒れ、もう長くないと報せが……」
僕専用の奴隷のくせに、他の奴の話を僕に聞かせる気か?
母親?
平民の婆がどうなろうと知った事じゃない。
「私、明日、故郷へ帰ります」
「暇乞いってこと?」
丁度配膳が終わりルイゾンが脇に立った。
いつも通りの変わらない食事。何かあればルイゾンが世話を焼いてくれる日常。それを、僕の断りもなく終わらせようとしている。
「はい。御主人様には御許しを貰い、既に、お見舞いまで頂いて……本当になんとお礼を申し上げたらいいかわからないくらい良くして頂きました」
「父は関係ないだろ」
「……申し訳ありません。エドワール様に、言い出せなくて……」
白々しく意気消沈したふりでルイゾンが俯いている。
僕は頭にきてテーブルの上の料理を剥ぎ払った。
「ふざけるなよ!」
「!」
パン、肉料理、スープが散らばる。
掃除が大変だろうルイゾン。しばらくは部屋を出られないぞ。
「エドワール様……っ」
「僕を誰だと思ってるんだ!?ノアム侯爵令息だぞ!?僕より故郷の母親が心配なのか!?」
「!?」
まるで信じられないものを見るような目で僕を見るルイゾンに苛立ちが爆発する。
「ほっといたって死ぬ婆の為に僕を放り出すって言うのかよ!」
「もっ、申し訳ありません……!」
「拾え!」
命令すると、ルイゾンは狼狽えながらも迅速に床に散らばったフォークやナイフ、パンをテーブルに戻し始めた。尋常じゃない程に蒼褪めて、全身で震えながら意味不明な行動を続ける。
床に落ちたものを僕に食べさせる気なのか?
母親のことで頭がおかしくなった?
「僕を見棄てるのか?」
「ちっ、違います……!私はただ、母に……っ」
「僕より母親か?」
「もっ、申し訳……ありません……っ」
埒が明かない。
だがはっきりしたことが一つある。
ルイゾンは裏切り者だ。僕に仕えさせてやったのに、その恩も忘れてこれから死ぬ婆の為に僕を放り出すと言っている。
「脱げよ」
「……え?」
お仕置きが必要だ。
「故郷に帰りたいんだろ?だったら脱いで、最後に特別な奉仕をしろよ」
「……エドワール様……?」
「お前は僕のものなんだぞ!命令に従え!!」
「……」
ルイゾンの顔色が変わる。
そこには、在るべき敬意や愛情の代わりに拒絶が張り付いている。
僕はルイゾンの腕を掴んだ。
ルイゾンが逃げようとする。馬鹿め、放すものか。
「母親に会いたいんだろ?早く脱いで跨れよ。死んじゃうぞ?」
「……失礼いたします……!」
「!」
尚も逃げようとしたルイゾンを僕は許さなかった。
車椅子から立ち力尽くでルイゾンを汚れたテーブルに組み敷く。ルイゾンは驚いたように目を瞠り息を止めた。
婚期を逃したとはいえルイゾンは美人だ。だから傍に置いてやった。
僕を捨てるならそれ相応の置き土産を貰わなくては。
「エドワール様……足……」
「ん?僕の世話を焼きたかったんだろ?お前の為だよ?」
「……!」
簡単な命令にも従えない程に落ちぶれたルイゾンにも僕は寛大に接する。
理由は単純。
「自分で脱ぐのが難しいなら僕がしてやろう。ルイゾン、最後にたっぷり可愛がってやる」
「やっ、やめ……!」
これは楽しい。
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