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きょとんとした私を見下ろしクラウディオ殿下が眉尻を下げて笑った。

「ああ、気にするな。私にユーモアのセンスはない」
「……」
「好きに反応してくれて構わない」
「……」

見た目より、恐い人ではなさそうだ。

「不埒な妹に手を焼いているようだな。私も兄上の手を煩わせはするが、最低限の愛情は持っている。兄弟とはそういうものだ。だが、君のビヨネッタは妹に見えなかった。君は見下されている」
「……」

気を利かせて話題を変えてくれたのかもしれない。
そう思わなければやりきれない。

「優しいから、気の強い我儘な妹に根負けし通しか」
「……そういう、わけでは……」

訊いてくれるのはクラウディオ殿下なりの気遣いかもしれないけれど、答えるのも辛い。

「何か事情があるのか?」
「……」
「話してみろ」
「……」

今まで私に本当のことを訊いてくれる人はいなかった。
いつも私が悪者で、妹が可哀相で、私が疎まれ憎まれて、妹が愛され尊ばれてきた。

クラウディオ殿下はまるで別世界から来た人のように、私の傍に居続けて、私の話を聞いてくれる。

少し恐いけれど、励ましてくれる。
負けるなと言ってくれる。

そもそも妹の行いに対していい印象を持っていないという時点で、今までにない視点だった。

私は少しずつ打ち明けた。

妹がかつて生死を彷徨う病に罹ったこと。
その為に両親に溺愛され、私が忘れ去られたということ。

そして健康に育った妹の趣味が、病弱なふりで周囲の愛情を独占し、私を貶めるのが快感であるらしいということ。
両親は妹を信じ、私が妹を僻んで意地悪をするような人間だと思い込んでいて、事実無根のあらゆる叱責を浴びているということ。

「奇跡には違いありませんが……私は……」
「頭がおかしいんじゃないか?」
「え?」

体の芯から凍りつく。

やはり、私に寄り添ってくれる人など存在しないのだ。
期待した私が馬鹿だった。優しくされて、調子に乗ってしまった。

涙も枯れ果て絶望の底に沈みそうだった私に対し、クラウディオ殿下が素早く首を振った。

「君じゃなく、君の家族がだ」
「……え?」
「可哀相に。随分と虐められて育ったな。君が生まれてくれた奇跡を忘れるなど、私には考えられない」
「……え……!?」

暗闇に亀裂が入り、鋭く避けて、眩い光が差し込んでくる。
そんな感覚だった。

クラウディオ殿下は私にとって光そのものだ。

「よし。私が直談判してやろう」
「は!?」

光の強さに驚いて、私は相手が誰かも忘れ声をあげてしまう。

「御父上は何処だ?案内しろ」
「え?あ、あの……」

歩き出してしまったクラウディオ殿下を慌てて追いかける。
するとクラウディオ殿下が少し笑った。

「そ、その……殿下に御迷惑では……」
「否」
「で、でも、私が怒られます……!」
「否。最悪、帰らなければいい」
「……はい?」

戸惑う私に向かい、ついにクラウディオ殿下が柔らかく微笑んだ。

「!」

あまりに優しい微笑みに、私の胸が不躾にも高鳴ってしまう。
クラウディオ殿下が足を止めた。

「妹に盗られ過ぎて機会がなかったか。私が偶然現れたと思っているな」
「え……?」
「君が素敵だから声を掛けようと追いかけてきた」
「……」

それが、もし、本当の話なら。
とても嬉しい。

でも……

そんなこと……そんな、都合のいい話、私には……

「マチルダ」

クラウディオ殿下の微笑みが更に煌めいた。

「君がもう少し理解した頃、正式に申し込もう」
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