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その日、広場には噴水を設計し数世代に渡って今も管理している水力技師の一族ヴェゼンティーニ家の男たちが集まり、各自が持ち場の点検を行っていた。
昇降椅子の開発にも携わったウォルトン・ヴェゼンティーニは、セイントメラン城に招き入れられた瞬間から昇降椅子の点検で頭がいっぱいになっているようだった。
水を使わないだけで、歯車やその他複雑な仕組みそのものは理解しているらしい。
職人の才能や精神には尊敬と称賛が相応しいと私は思う。
彼は昇降椅子だけでなく、井戸や浴槽等も簡単な点検と必要に応じた修繕をしてくれた。
「どうもありがとう」
「いえいえ。水遊びをご所望でしたらいつでも御呼出しください」
達成感で満ち足りた笑顔を浮かべながら、ウォルトンがウォリロウ侯爵夫人から謝礼を受け取る。
この人物が私の命を救う事になるとは、この時、想像もしていなかった。
珍しく噴水の水が完全に停止し、単なる巨大な甕の群となっている状態を、グレース妃がノエル王子に見せてあげたくなっても不思議はなかった。
ノエル王子が噴水とか、噴水が止まっているとか理解できるとは思わないけれど、和やかで微笑ましい光景になることは間違いなかった。
私はノエル王子を抱いたグレース妃に伴い、広場に出た。
教皇宮殿を臨む広場には通行人の他、止まった噴水を物珍しそうに眺める人々や、見えない位置で点検中の水力技師たちがいた。
それで、私は油断していた。
何と言ってもこの場所で一番の脅威といえる噴水は止まっている。
グレース妃がうっかり躓いてノエル王子を水へ投げ入れない限り、危険はひとつもないはずだった。
「ノエル~。あちらにパパと教皇様がいらっしゃるわ~。禿げてもお髭は伸びるのよぉ~。不思議ねぇ~」
「ん、ば」
人に聞かせられない母子の対話を微笑ましく眺めた視界の端に、恐らくは持ち場へ向かうと思われるウォルトンが映り、私は無意識にその姿を追った。
鳥や雲でも同じことだった。
つまり、私は目を逸らしたのだ。
私が目を逸らした瞬間、ふいに現れた痩せた女がグレース妃の腕からノエル王子をさらった。
「!?」
あり得ない出来事に遭遇し、誰もが、一瞬、時を止める。
何日も着替えていないであろうほつれて汚れたドレスに、乱れた髪、荒れた肌。
一目見て彼女が正気ではないこと、もしかすると病気を抱えているかもしれないことは見て取れた。
辺りは風の音と緊迫感で包まれ、グレース妃も無言で立ち尽くしている。
慎重さが求められた。
不幸中の幸いと言えるのは、突如現れた人物が、正気ではないながら女の本能に従ってノエル王子をしっかり抱き抱えていることである。
「グレース様」
「大丈夫よ」
出産を経たグレース妃は強さに磨きをかけていた。
落ち着いた声で私に囁くと、真剣な眼差しでゆっくりと女との距離を詰めていく。
その時、女が叫んだ。
「助けて!レイチェルが王子様を殺そうとしているわ!」
…………は?
まるで言葉を忘れてしまったかのように、私は自分の耳を疑い、夢でも見ているのかと思ってしまった。
でも、それにしては血の気は引くし、汗は拭き出すし、吐気はするし、居た堪れない。
女が迫真の叫びをあげる。
「みんなあの女に騙されているのよ!レイチェルは王弟殿下の御妃様に取入ってその座を奪うつもりだわ!だから王子様を消したがっているの!私知ってるのよ!だから私がお救いするの!!」
「……あの人……」
まさか。
「誰か来てぇっ!!私を御妃様のところへつれて行って!レイチェルから助けたの!私は──」
あの人。
「私はブロードベント伯爵令嬢ハリエットよ!」
「!」
やっぱり!
ああ、なんてこと!!
「御妃様に伝えて!私がお救いしたの!王子様は無事よ!!」
眩暈がした。
けれど、私は自分を律して狂ったハリエットからノエル王子を救い出さなくてはならない。
併し、更に厄介な人物が現れた。
「君、何をしているんだ!?」
「!?」
マシューだ。
これ以上の混乱は御免被りたかった。今はどうでもいい謝罪の手紙など受け取っている場合ではない。
ところがこれは思わぬチャンスにつながった。
マシューに気を取られたハリエットの腕から、グレース妃がすっとノエル王子を取り返したのだ。
「なにするの!?」
ハリエットがグレース妃を怒鳴りつける。
ハリエットは、グレース妃をグレースと認識できていないようだった。
それはとても恐いことだ。
そんなハリエットをグレース妃は全く相手にしなかった。
まるで何事もなかったかのようにノエル王子をあやしながら、ゆったりとした足取りでセイントメラン城の方へと引き返す。
私は理性を保とうと努めながらもあたふたとグレース妃の傍へと駆け寄った。
「申し訳ありません、私……っ」
「いいのよ、レイチェル。あなたは狂人には勝てない。まともだもの」
不甲斐なかった。
いったい、何の為にお傍にお仕えしてきたのか。
罪悪感に苛まれ震える私に、それまでノエル王子をあやしていたグレース妃が視線を向けた。そこに責める色はなく、喩えるなら真剣そのもの。
「早く中へ。あなた殺されるわよ」
「え?」
私?
まるで頭がついていかない。
今、危険なのはノエル王子であったはずだ。
守られるべきはノエル王子とグレース妃であったはずだ。
いくらハリエットが狂っているとはいえ、私は簡単には負けないし──
「君は自分が何をしているかわかっているのかい!?」
「何よ!マシューのせいでしょう!?」
「僕が何をしたって言うんだ!」
「私よりレイチェルなんかを愛しているじゃない!!」
「レイチェルは素晴らしい女性だよ!」
「王子様を殺そうとしたのよ!?」
「やめてくれ!そんなこと、作り話でしたと言っても許されないんだよ!?」
「本当よ!!」
「君はどうかしてる!」
「私を信じて!!」
マシューとハリエットが言い争っている。
セイントメラン城と教皇宮殿の間で。
前代未聞。
「いいわ!レイチェルのせいよ!私があなたの目を覚ましてあげる!!」
「えっ、ハリエット!?」
呆然としていた私には、その光景はとてつもなく緩慢に見えた。時間が歪んでいた。
非現実的なスローモーションの中で、ハリエットが、いつの間にか手に光る刃物を持ってこちらに向かって走って来ていた。
ノエル王子を抱いているグレース妃が、水力技師の一人によって庇われ、遠ざけられる。
足が動かない。
マシューが私の名を叫び、走ってくる。
ハリエットが悍ましい表情で刃物を振り上げた。
「!」
振り下ろされた瞬間。
マシューが眼前に立ちはだかり、身を呈して私を守った。
昇降椅子の開発にも携わったウォルトン・ヴェゼンティーニは、セイントメラン城に招き入れられた瞬間から昇降椅子の点検で頭がいっぱいになっているようだった。
水を使わないだけで、歯車やその他複雑な仕組みそのものは理解しているらしい。
職人の才能や精神には尊敬と称賛が相応しいと私は思う。
彼は昇降椅子だけでなく、井戸や浴槽等も簡単な点検と必要に応じた修繕をしてくれた。
「どうもありがとう」
「いえいえ。水遊びをご所望でしたらいつでも御呼出しください」
達成感で満ち足りた笑顔を浮かべながら、ウォルトンがウォリロウ侯爵夫人から謝礼を受け取る。
この人物が私の命を救う事になるとは、この時、想像もしていなかった。
珍しく噴水の水が完全に停止し、単なる巨大な甕の群となっている状態を、グレース妃がノエル王子に見せてあげたくなっても不思議はなかった。
ノエル王子が噴水とか、噴水が止まっているとか理解できるとは思わないけれど、和やかで微笑ましい光景になることは間違いなかった。
私はノエル王子を抱いたグレース妃に伴い、広場に出た。
教皇宮殿を臨む広場には通行人の他、止まった噴水を物珍しそうに眺める人々や、見えない位置で点検中の水力技師たちがいた。
それで、私は油断していた。
何と言ってもこの場所で一番の脅威といえる噴水は止まっている。
グレース妃がうっかり躓いてノエル王子を水へ投げ入れない限り、危険はひとつもないはずだった。
「ノエル~。あちらにパパと教皇様がいらっしゃるわ~。禿げてもお髭は伸びるのよぉ~。不思議ねぇ~」
「ん、ば」
人に聞かせられない母子の対話を微笑ましく眺めた視界の端に、恐らくは持ち場へ向かうと思われるウォルトンが映り、私は無意識にその姿を追った。
鳥や雲でも同じことだった。
つまり、私は目を逸らしたのだ。
私が目を逸らした瞬間、ふいに現れた痩せた女がグレース妃の腕からノエル王子をさらった。
「!?」
あり得ない出来事に遭遇し、誰もが、一瞬、時を止める。
何日も着替えていないであろうほつれて汚れたドレスに、乱れた髪、荒れた肌。
一目見て彼女が正気ではないこと、もしかすると病気を抱えているかもしれないことは見て取れた。
辺りは風の音と緊迫感で包まれ、グレース妃も無言で立ち尽くしている。
慎重さが求められた。
不幸中の幸いと言えるのは、突如現れた人物が、正気ではないながら女の本能に従ってノエル王子をしっかり抱き抱えていることである。
「グレース様」
「大丈夫よ」
出産を経たグレース妃は強さに磨きをかけていた。
落ち着いた声で私に囁くと、真剣な眼差しでゆっくりと女との距離を詰めていく。
その時、女が叫んだ。
「助けて!レイチェルが王子様を殺そうとしているわ!」
…………は?
まるで言葉を忘れてしまったかのように、私は自分の耳を疑い、夢でも見ているのかと思ってしまった。
でも、それにしては血の気は引くし、汗は拭き出すし、吐気はするし、居た堪れない。
女が迫真の叫びをあげる。
「みんなあの女に騙されているのよ!レイチェルは王弟殿下の御妃様に取入ってその座を奪うつもりだわ!だから王子様を消したがっているの!私知ってるのよ!だから私がお救いするの!!」
「……あの人……」
まさか。
「誰か来てぇっ!!私を御妃様のところへつれて行って!レイチェルから助けたの!私は──」
あの人。
「私はブロードベント伯爵令嬢ハリエットよ!」
「!」
やっぱり!
ああ、なんてこと!!
「御妃様に伝えて!私がお救いしたの!王子様は無事よ!!」
眩暈がした。
けれど、私は自分を律して狂ったハリエットからノエル王子を救い出さなくてはならない。
併し、更に厄介な人物が現れた。
「君、何をしているんだ!?」
「!?」
マシューだ。
これ以上の混乱は御免被りたかった。今はどうでもいい謝罪の手紙など受け取っている場合ではない。
ところがこれは思わぬチャンスにつながった。
マシューに気を取られたハリエットの腕から、グレース妃がすっとノエル王子を取り返したのだ。
「なにするの!?」
ハリエットがグレース妃を怒鳴りつける。
ハリエットは、グレース妃をグレースと認識できていないようだった。
それはとても恐いことだ。
そんなハリエットをグレース妃は全く相手にしなかった。
まるで何事もなかったかのようにノエル王子をあやしながら、ゆったりとした足取りでセイントメラン城の方へと引き返す。
私は理性を保とうと努めながらもあたふたとグレース妃の傍へと駆け寄った。
「申し訳ありません、私……っ」
「いいのよ、レイチェル。あなたは狂人には勝てない。まともだもの」
不甲斐なかった。
いったい、何の為にお傍にお仕えしてきたのか。
罪悪感に苛まれ震える私に、それまでノエル王子をあやしていたグレース妃が視線を向けた。そこに責める色はなく、喩えるなら真剣そのもの。
「早く中へ。あなた殺されるわよ」
「え?」
私?
まるで頭がついていかない。
今、危険なのはノエル王子であったはずだ。
守られるべきはノエル王子とグレース妃であったはずだ。
いくらハリエットが狂っているとはいえ、私は簡単には負けないし──
「君は自分が何をしているかわかっているのかい!?」
「何よ!マシューのせいでしょう!?」
「僕が何をしたって言うんだ!」
「私よりレイチェルなんかを愛しているじゃない!!」
「レイチェルは素晴らしい女性だよ!」
「王子様を殺そうとしたのよ!?」
「やめてくれ!そんなこと、作り話でしたと言っても許されないんだよ!?」
「本当よ!!」
「君はどうかしてる!」
「私を信じて!!」
マシューとハリエットが言い争っている。
セイントメラン城と教皇宮殿の間で。
前代未聞。
「いいわ!レイチェルのせいよ!私があなたの目を覚ましてあげる!!」
「えっ、ハリエット!?」
呆然としていた私には、その光景はとてつもなく緩慢に見えた。時間が歪んでいた。
非現実的なスローモーションの中で、ハリエットが、いつの間にか手に光る刃物を持ってこちらに向かって走って来ていた。
ノエル王子を抱いているグレース妃が、水力技師の一人によって庇われ、遠ざけられる。
足が動かない。
マシューが私の名を叫び、走ってくる。
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