恐ろしい仮面の王妃様 ~妹に婚約者を奪われた私が国王陛下に愛されています~

希猫 ゆうみ

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「え?な、なんですって?」

私の口から鼻をひっくり返したような変な声が飛び出した。
シャーロットは泣き喚いている。私を動揺させているのは号泣そのものではなく、シャーロットが凶悪なキャタモールへの恐怖ではなく寂しさで泣き喚いているという事だった。

「会いたいんです……っ、外国なんか行きたくありません……!」
「そ、そうね」
「帰りたいです。お願いします!先生!王子様にはあなたがいます!私を帰してください!!」

悲鳴だった。
引き裂かれる心の痛みの全てが私にぶつけられ、なぜか私は気が楽になった。

シャーロットは内気で可愛らしい一人の村娘。
彼女には彼女の人生があり、キャタモールさえいなければあたたかな幸せが確かにそこに在ったのだ。

「…………に、帰りたい…………」

帰そう。
泣きながら私の足元に崩れ落ちたシャーロットを見下ろして、瞬間的に決意していた。

「立って」

声を掛ける。

「ほら、立って。シャーロット」
「?……先生?」

泣き顔で私を仰ぐシャーロットの腕を強く掴んで持ち上げるように力を掛けると、彼女も私に負担を掛けないよう急いで立ち上がる。

多くの言葉は必要ない。
時間がないからだ。

私はシャーロットをベッドの足元へと導いた。戸惑うシャーロットをそこへ置いて衣装箪笥を開く。

旅行鞄、それに旅行用のドレス。
多少の旅程には充分な金貨もある。

「これに着替えて行ってください」
「……」
「人の出入りが多い今なら紛れ込むのも簡単です」
「……いいんですか……?」

シャーロットは泣きながら呆然としていた。
不満というより、私が罠に嵌めようとしているのではないかと恐れている。私の目にはそう写った。

ベッドに旅行用ドレスを広げ、私はシャーロットの頬を掌で包んだ。親指で涙を拭い、教育係の仮面の下から微笑みを注ぐ。

「いいのよ、シャーロット。全部わかってるから」
「……」
「後は任せて」

シャーロットの瞳に決意が漲る。

無言で着替えているシャーロットの脇で私は荷物をまとめる。
万が一の場合に備え、私は日記の最後の頁を破りある人物への短い手紙を書いて荷物に忍ばせた。それが済むとちょうどシャーロットの着替えが終わり、今度は彼女の背後に立ち髪から煌びやかな髪飾りを外し、ほぐしてから梳き、みすぼらしくないように編み直す。

姫様でも村娘でもなく私を装った旅支度を整えてやると、シャーロットは少し大人びて見えた。

「行ける?」
「はい、先生」

短く言葉を交わし、私たちは迅速に動き出す。
互いに城内を歩き回っていたのが功を奏した。抜け道とは言えないまでも、祝宴の最中で活発に利用される通路とそうでない通路の区別はついている。

シャーロットは体力をつけた。
馬にも乗れる。

私が貴族の振る舞いを教えたのだから、切り抜けられる。

やがて裏の通用門の手前まで辿り着くと、時間がないにも関わらず私たちは無言で見つめあった。ただでさえ膨大な荷物の出入りする場所で、盛大な祝祭の最中とあれば昼夜問わずごった返している。

月灯りさえも避けながら、私はシャーロットの無垢な瞳に光を見た。

「元気でね」

抱きしめる。
シャーロットは鞄を持ったままの手で不器用に私の背中に腕を回した。そして私の耳元で消えそうな声を絞り出す。

「ありがとうございます。……イデア様」

私はシャーロットを連れてわざと見張りの目に留まるよう月灯りの下に出ると、荷車や荷馬車や樽や木箱を指差しながら最後のレッスンを始める。

「自力で故郷に辿り着くのが難しければ教会に助けてもらいなさい。そこでグレンフェル伯領の女子修道院にシスター・グレイス宛の手紙を書いて、誰か派遣してもらって。私の荷物を見せればあなたを信用してくれる。わかった?」
「はい」

祝宴に相応しいドレスを着た貴族の女が、侍女に御遣いを命じている。
その印象を与えれば充分だ。

「行って」

シャーロットの背中を押した。
歩き出してすぐ、シャーロットは肩越しに振り向いて私を見た。不安そうなシャーロットに私は励ますための微笑みを送る。

頷きもせず、無理に笑顔を浮かべもせずに、シャーロットは走り出した。それでいい。

彼女が通用門の人混みに紛れると私も踵を返した。
広間に戻ったら今度は私の闘いだ。王太子が二人。もし片方の命綱が首に回るとしても、もう片方に私を絞め殺す理由はないのだから上手く立ち回れば勝機はこちらにあるも同然。

まずは時間を稼ぐ事。
もし城塞から抜け出せず捕まったとしてもシャーロットの脱走はすぐ私たちの耳に入るはずだ。そうしたらまた守ってやれる。

私には王子様がいる。
宮廷医師になど負けはしない。
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