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59(カール)
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夜更け前に祝宴は一旦幕を閉じた。シャーロットは戻って来ず、賓客であるリムマーク大公国の二人の王子も休息を求めたていたからだ。
その後、イデアを部屋へと送り届ける口実でこうして並んで歩いていても、私の心は晴れなかった。彼女が突然、壁を作った。アンセルム王子の誘いを受けた時は私の心の問題だと理解していたが、今は違う。
イデアは私に硬い作り笑いを向け、目を逸らす。
怒っているか、拒絶している。
「イデア」
呼びかけても返事はない。
「今日はお疲れ様。シャーロットがここまで来れたのは本当に君のおかげだ。ありがとう」
「……」
やはり返事はない。
皮肉と思われてしまったのだろうか。アンセルム王子はシャーロットに目もくれなかった。イデアだけを見つめていた。
後悔がチクリと胸を刺し、その痛みで私は目を閉じる。
誰の目にも触れさせないようイデアを隠してしまいたい。私だけの太陽でいてほしい。
突如として胸を占める大それた願いは、悪魔の囁きだ。もし私が愛を免罪符にイデアを支配してしまえば、それは己の手で愛しい太陽を握り潰すのと同義であり、望みこそすれ忌まわしい行為でしかない。イデアを傷つける。決してするべきではない。
だがイデアはアンセルム王子と踊った。
私に許可を得る必要はない。断れば不敬と見做される状況だった。
いくら正当な理由を心の内で我が身に言い聞かせようと、私以外の男と踊る美しいイデアの姿は私を燃やした。
今も胸が張り裂けてしまいそうで、早く一人になりたかった。一人きりでこの醜い嫉妬を飼い慣らす術を模索しなくてはならない。早急に。
辛くてどうにかなってしまいそうだ。
イデアが私の人生から去ってしまうなら、私はこの世を去りたい。だがそれは許されない。私はアレテイト王国の王太子であり、次期国王。この人生には責任が伴うのだ。放棄できない。
「イデア」
情けない声が口から洩れた。
その瞬間、頭の隅で理解した。
私は己の心を止められない。
イデアを失いたくはない。
「待ってくれ、イデア」
イデアの手を握り立ち止まる。
イデアは頑なに前だけを見つめている。
シャーロットと同じように、私も過去になってしまうのか。
嫌だ。
「話をしよう、イデア。少し変だ。君も、私も。そうだろう?」
「……」
溜息というよりは苦悩そのものを吐き出すような吐息を洩らし、イデアが躊躇いがちにこちらを向いた。強張った表情から緊張が窺え、それをさせているのは私だから私は己を呪う。
だが私はイデアの人生から消えたくはない。
「殿下……」
イデアらしくない歯切れの悪さに、こちらも不安が募る。
「なんだい?」
なるべくイデアの負担が軽くなるように、優しく問うた。
イデアは視線を彷徨わせた後、深刻な、どこか怯えたような眼差しで私を見つめた。
大丈夫。
私は味方だと、言外に伝える。
やがてイデアが口を開いた。
「アンセルム殿下が姫様をお選びにならなかったら、陛下は、私をどうされるのでしょう」
「……え?」
「私は罰せられますか?」
しばらく見つめ合い、私が先に安堵の息を洩らした。私は改めてイデアの手を両手で包んだ。年相応の令嬢を勇気付け安心させたい一心でした事であり、他意はない。
「そんな事を心配していたのか。大丈夫だよ。君に非はない。陛下だって無茶のある計画だとは理解してるさ。君は完璧にやり遂げた。文句をつけてくる前に私が掛け合うよ」
「でも……」
でも。
たったそれだけの短い言葉だが、イデアから敬語が外れた。たまらなく可愛い。次は〝だって〟と言ってほしい。
どのような奇跡が起きればイデアは私に甘えてくれるのだろうか。
燦然と輝く美しい太陽が、私に……
「実際、これは番狂わせです。姫様も塞ぎ込んでしまって」
責任感の強さから苦悩している教育係イデアだとしても、等しく愛しい。
「そっとしておこう。シャーロットにも非はないから」
「明日は誰とも会いたがらないかもしれません」
「疲れが出たと言えばいい」
「殿下にも、合わす顔がないと……」
大切な二人がそれほどまでに心を痛めているのだと知り、私は我が身を恥じた。嫉妬に悶々としている場合ではない。動揺しているシャーロットとイデアを支えてやれるのは私だけだ。
「では、君から伝えてくれ。気にするなと」
「殿下……」
「今回が破談でも私がいい相手を見つけるさ。見つからなければ、一生、ここにいればいい」
「破談以前の問題では」
尤もな指摘に笑いが洩れる。
イデアは確実に普段の覇気はないものの、微笑を浮かべた。だが顔を伏せた。長い睫毛が揺れている。まさか泣き出してしまうのかと焦りと謎の期待が膨らんだ瞬間、頭が冷えた。
「君は?」
小さく尋ねる。
「え……?」
小さくイデアも疑問を返す。
駄目だ。
言うな。
そう理性が叫んでいるとしても私の口は止まらない。
「咎められるくらいならアンセルム王子の手を取ってリムマーク大公国へ行ってしまおうと思った?」
その後、イデアを部屋へと送り届ける口実でこうして並んで歩いていても、私の心は晴れなかった。彼女が突然、壁を作った。アンセルム王子の誘いを受けた時は私の心の問題だと理解していたが、今は違う。
イデアは私に硬い作り笑いを向け、目を逸らす。
怒っているか、拒絶している。
「イデア」
呼びかけても返事はない。
「今日はお疲れ様。シャーロットがここまで来れたのは本当に君のおかげだ。ありがとう」
「……」
やはり返事はない。
皮肉と思われてしまったのだろうか。アンセルム王子はシャーロットに目もくれなかった。イデアだけを見つめていた。
後悔がチクリと胸を刺し、その痛みで私は目を閉じる。
誰の目にも触れさせないようイデアを隠してしまいたい。私だけの太陽でいてほしい。
突如として胸を占める大それた願いは、悪魔の囁きだ。もし私が愛を免罪符にイデアを支配してしまえば、それは己の手で愛しい太陽を握り潰すのと同義であり、望みこそすれ忌まわしい行為でしかない。イデアを傷つける。決してするべきではない。
だがイデアはアンセルム王子と踊った。
私に許可を得る必要はない。断れば不敬と見做される状況だった。
いくら正当な理由を心の内で我が身に言い聞かせようと、私以外の男と踊る美しいイデアの姿は私を燃やした。
今も胸が張り裂けてしまいそうで、早く一人になりたかった。一人きりでこの醜い嫉妬を飼い慣らす術を模索しなくてはならない。早急に。
辛くてどうにかなってしまいそうだ。
イデアが私の人生から去ってしまうなら、私はこの世を去りたい。だがそれは許されない。私はアレテイト王国の王太子であり、次期国王。この人生には責任が伴うのだ。放棄できない。
「イデア」
情けない声が口から洩れた。
その瞬間、頭の隅で理解した。
私は己の心を止められない。
イデアを失いたくはない。
「待ってくれ、イデア」
イデアの手を握り立ち止まる。
イデアは頑なに前だけを見つめている。
シャーロットと同じように、私も過去になってしまうのか。
嫌だ。
「話をしよう、イデア。少し変だ。君も、私も。そうだろう?」
「……」
溜息というよりは苦悩そのものを吐き出すような吐息を洩らし、イデアが躊躇いがちにこちらを向いた。強張った表情から緊張が窺え、それをさせているのは私だから私は己を呪う。
だが私はイデアの人生から消えたくはない。
「殿下……」
イデアらしくない歯切れの悪さに、こちらも不安が募る。
「なんだい?」
なるべくイデアの負担が軽くなるように、優しく問うた。
イデアは視線を彷徨わせた後、深刻な、どこか怯えたような眼差しで私を見つめた。
大丈夫。
私は味方だと、言外に伝える。
やがてイデアが口を開いた。
「アンセルム殿下が姫様をお選びにならなかったら、陛下は、私をどうされるのでしょう」
「……え?」
「私は罰せられますか?」
しばらく見つめ合い、私が先に安堵の息を洩らした。私は改めてイデアの手を両手で包んだ。年相応の令嬢を勇気付け安心させたい一心でした事であり、他意はない。
「そんな事を心配していたのか。大丈夫だよ。君に非はない。陛下だって無茶のある計画だとは理解してるさ。君は完璧にやり遂げた。文句をつけてくる前に私が掛け合うよ」
「でも……」
でも。
たったそれだけの短い言葉だが、イデアから敬語が外れた。たまらなく可愛い。次は〝だって〟と言ってほしい。
どのような奇跡が起きればイデアは私に甘えてくれるのだろうか。
燦然と輝く美しい太陽が、私に……
「実際、これは番狂わせです。姫様も塞ぎ込んでしまって」
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