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婚約者編

謝罪

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 アマリリスは、薬を受け取ろうとする。
「迷わないんだな。冗談だ」
 第二王子は、苦笑する。アマリリスが、きょとんとしていると、

「だから、妻になれっていうのは冗談だって言ってるんだ。ちょっと意地悪した。ほら、早く薬を飲ませてやれ」
 第二王子は、アマリリスに薬を押し付ける。アマリリスは、頭を下げ、受け取る。どうも第二王子の態度が信じられず、訝しむ。
(今は、レオの命が大事よ。すぐ薬を飲ませないと……)
 アマリリスは、急ぎ、レオナードの頭を起こし、薬を飲ませ、飲み込んだのを確認し、元に戻す。ほっとする。

「私はどうしたんだろうな。昔の私なら、冗談なんて言わない。君が彼の婚約者であろうが、妻にしただろう。こんなチャンス、逃すはずない。ははは……、心が穏やかになったようだな。王宮にある牢の中にいた時、時々、聴こえてきたんだ。ホープの音色が……。心地いい音色で、落ち着くんだ。優しい気持ちになれるんだ。不思議だな。心が癒されるんだ」

 第二王子は、照れながら言う。
(あっ、それは、もしかしたら、王妃主催で度々行われたホープの演奏会かしら)
 アマリリスが社交界デビューした夜会でホープの演奏を聞いた王妃と貴族の御夫人達は、ホープの演奏を大変気に入ってくれた。アマリリスは、王妃から頼まれ、王妃と王妃の招待客に度々、ホープの演奏会を王宮の中庭で、開催していた。

 すると、レオナードが目を覚まし、上半身を起こした。アマリリスは、レオナードを抱きしめる。
「良かった」
 アマリリスは、顔をレオナードの胸に埋め、レオナードの心臓の音、体温の温かさを感じ、安堵した。嬉し涙が零れた。レオナードは、きょとんとしている。

「私は、助かったのか?」
「ええ、そうよ。ここにいるエビスシア国の第二王子達が助けてくれたのよ」
 アマリリスは涙を拭い、レオナードに微笑む。
「エビスシア国……。そうか。助けてくれてありがとう」
 レオナードは、第二王子と一緒にいる従者に頭を下げた。アマリリスも一緒に頭を下げ、思う。
(私たち二人を助けてくれて本当にありがとう……)

「いや、いい。気にしないでくれ。私たちは、君達に謝りたかったんだ。謝る機会を探していた。そしたら、君たちが海に落ちたんだ。君達は、泳げないようだったから、助けた。それだけだ。
 ……すまない。毒蛇の住む森に火を放ったのは、わが国の者だ。この国には、わが国の者が私たち以外にも潜入していた。この国を領地にしようとしていたからな。私たちが、毒蛇や動物達に負け、牢に入ることになったことを聞いて、火を放ったらしい。すまなかった。自分の気持ちを押し付けて、君を攫ったこと、わが国の者が、森に火を放ったこと、許してほしい」

 今度は、第二王子と一緒にいる従者が頭を下げた。そして、第二王子は、頭を上げ、続けた。

「この国は、大きな力で守られているようだな。わが国が、この国を領土にしようと、攻めようとすると、道が、土砂崩れ、そして、次は、地震による崖崩れに地割れ、最後は雷が落ち、大陸が分裂。わが国の騎士たちは、結局、一歩もこの国に入れなかった。その上、この大陸から離されてしまった。争い事はするなと言うように。ははは……。でも、いいのか。父上の野望であるこの大陸を制覇するは、一応、叶ったわけだからな。父上自身のいる大陸は、わが国だけになったわけだから、制覇したことになるはずだ。もう、父上もわかっただろう。この国を領土にしようとは思わないはずだ。もし、まだ、領土にしようと言ったら、私が全力で止める。もう、わが国は、君たちの国を領土にしようなんて思わない。しないから安心してほしい。すまなかった」
 第二王子は、また頭を下げた。

 第二王子は、アマリリスを攫った時とは、だいぶ雰囲気が変わったように感じる。穏やかな感じ。それに、なんとなく聡明さも感じる。
(そう言えば、私を攫った時も『手荒な真似をしてすまなかった』と謝ってたわ。そして、海に沈んでいく私たちを助けてくれた。ホープの演奏の効果だけでなく、本当は、いい人なんじゃないかしら)

「謝る必要はない。実際、君たちの国の騎士は、この国に一歩も入らず、何もしてないじゃないか。この国の騎士も民も何も被害を受けてない。リリーを攫ったことは、もう牢で償っただろう。森の火は、すぐ消え動物たちは、無事だ」
 レオナードは、真剣な眼差しを向けた。アマリリスも、同意だという気持ちで、レオナードを見て、頷いた。レオナードは、アマリリスを引き寄せ微笑んだ。

「ところで、エビスシア国の第二王子」
「コーリキュラ・エビスシアだ。コーリーと呼んでくれ」
「わかった。コーリ―、私は、レオナード・サンパチェンスだ。レオと呼んでくれ」
 皆で自己紹介をする。

「私は、アマリリス・メルローズです。リリーと呼」
「だめだ」
 レオナードが口を挟む。
「リリーをリリーと愛称で呼び捨てできる男は、私と公爵だけだ」
 レオナードがアマリリスの顔を見て言う。
(怒ってる?)
 アマリリスは、困惑し、苦笑する。
「そうよね。では、……何て呼んでもらいましょうか」

「では、リリー嬢と呼ばせてもらっていいか?」
 コーリキュラは、アマリリスではなく、レオナードを見て確認を取る。
「まぁ、それならいいだろう」
 レオナードは頷き、話を続ける。
「この国には海がなかった。この国の者は、泳ぎ方を知らない。泳ぎ方を教えてもらえないだろうか?」
 レオナードは、懇願する。エビスシア国は、海がある国だ。コーリキュラの表情は明るくなり、笑顔になる。
「あぁ、いいぞ。教えよう」
 レオナードは礼を言い、コーリキュラと微笑みあう。

 (うふふ、この二人、気が合いそうだわ。良かったわ)
 アマリリスは、レオナードが、他国の王子と仲良くなれそうで、嬉しくなる。これがこの国の発展に繋がるのではないかという希望ももつ。

 その後、アマリリスとレオナードは、イベリス侯爵の屋敷に戻った。服が濡れてるアマリリスたちを見て、皆が驚いた。そして、事情を聞いたアレルとイベリス侯爵は、顔を真っ青にし、アマリリスとレオナードだけでの外出を禁止した。

 (それは、そうよね……)
 アマリリスとレオナードは、頷いた。自分たちの立場も考えず、二人だけで外出し、溺れたことを反省した。

 (でも、もし、アレルや侯爵が側に居たとしても、二人とも泳げないのよ。助けられなかったわ。本当、コーリー達がいてくれて良かったわ)
 アマリリスは、コーリキュラがいてくれた偶然に感謝した。

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