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3章 初恋と失恋 ~オム玉丼~

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「ここか……確かに暖簾がかかってるな」

 迷い人食堂と書かれた暖簾が冷たい風によって煽られている。右手で掴まえて捲り、左手で引き戸を開ける。見た目とは裏腹に、ドアの建付けは悪くない。店内はぼんやりとオレンジ色の灯りが広がっていた。

 煮物のような匂いがいきなり鼻に飛び込んできて、懐かしさを覚える。こんな木造建ての古い飲食店なんて、家族とも来たことがない。

 出迎えてくれた女性店員は、イメージと違って全然若そうだ。さっきからお姉さんばかりと絡むなぁと、心の中で思う。

「いらっしゃいませ。迷い人食堂へようこそ。店主のサオです」
「サオさん……ですね」

 いきなり名乗られて、言葉が詰まった。一見クールそうに見えるけど、口角を上げたその表情からは、キツさが感じられない。少し笑うだけで印象がガラッと変わるタイプなのだろう。

 サオがカウンターの真ん中の席に誘導してくる。黒島は素直に従った。

 黒島が椅子に座ると、サオは一度エプロンの紐を締め直した。背中に手を回して、気合を入れるかのように強く結び直す。

 そして、黒島が質問する前に、サオが説明してくれる。

「このお店にはメニューがありません。あなたに合った、たった一杯の丼ご飯を提供します」
「丼ご飯?」
「そう。丼ご飯は、あなたの抱えているモヤモヤを吹き飛ばしてくれるのです」
「へ、へぇー……」

 丼ご飯が、このぶつけようのない鬱屈とした気持ちを取っ払ってくれるというのか。そんなことはないと、懐疑的な目でサオを見る。

 迷い人食堂っていうくらいだから、何かコンセプトのある食堂だと思っていたけど、何だか面白みに欠ける。丼だけで迷い人を助けられたら、人生苦労しない。

 黒島は学生ながらに、あんまり信用ならない食堂だなと感じてしまった。

「まあ、食べてみたらわかると思うわ。じゃあまず、好きな食べ物を教えてもらおうかしら」

 サオは淡々と、黒島から好きな食べ物を引き出そうとする。黒島がそこまで信用していないのも、把握しているようだった。

 黒島は反射的に答えた。「オムライスです」と。すぐに思いついた料理を口にしてしまう。好きな食べ物だというのは本当だったけど、もっと考えればいくらでも候補は上がる。

「オムライスかー、わかるわかる。美味しいよね」

 サオは何回か頷いた後に、後ろの冷蔵庫から食材を取り出した。

 ん? オムライスを作るのか? それって丼なのか……その疑問を黒島が声に出して聞こうとした時、サオは手を動かしながら答えてくれた。

「じゃあ今日は、私特製のオム玉丼にしちゃおうかな」
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