上 下
38 / 91
3章 初恋と失恋 ~オム玉丼~

4

しおりを挟む
 特製のオム玉丼か……黒島は「美味しそうですね」と口にして、そのメニューを受け入れた。オムライスではなくて、オム玉丼というネーミングに変化したことに興味が湧いたから。

「んーと、何使おうかな」

 機嫌良さげに、サオが冷蔵庫から食材を取り出そうとする。「鶏肉と豚肉どっちが好き?」と聞かれたので、黒島は素直に豚肉と答えた。

「じゃあ、いいのがあるわ」

 サオは冷蔵庫から、ビニールの中で醤油色の液体に漬けられている何かを取り出した。中をよく見てみると、ゴツゴツしたブロック肉のようなものが入っている。

「これは……チャーシューですか?」

 黒島は頭に浮かんだ疑問をすぐに口にした。きっとチャーシューだと、僅か十九年生きただけの知識でも予測はつく。

 サオは「ピンポーン」と嬉しそうに微笑み、目視でタレの染み込み加減を確認する。「大丈夫そうね」と言って中から取り出した。

「今日は焼き豚を使っていくわよ」
「オムライスに、チャーシューですか?」
「オムライスじゃなくて、オム玉丼よ。ちょっと和風っぽくしてみるわ」

 切れ味抜群のセラミック製包丁で、スルスルとチャーシューを一枚ずつ切っていく。断面は白とピンクの狭間のような色をしており、味は十分に染み込んでそうだ。

 そこそこ厚切りのチャーシューを三枚ほど重ねて、それを今度は微塵切りで細かく切っていく。切り終わったらもう使わないチャーシューを冷蔵庫に戻した。

 そのまま玉ねぎや長ネギ、ニンニクも微塵切りにしていく。早いテンポで包丁が上下し、あっという間に切られた。

「マッシュルームは好き?」
「あ、はい」
「オッケー、じゃあそれも入れちゃお」

 今度は缶詰めに入ったマッシュルームを取り出した。急に缶詰が出てきたので、黒島は「このお店にも缶詰とかあるんですね」と笑った。

「どういう意味ー? 私が美味しいと思ったものは使うわよ。この業務用のマッシュルームは味が確かだから、缶詰タイプでも仕入れてるの」
「そ、そうなんですか。てっきり食材は生のものを使うと思っていました」
「ああ、これも新鮮な素材缶よ」

 全くの偏見をぶつけたことを反省する黒島。サオは気にせずに缶詰の水を切る。そのまま今回のオム玉丼で使うであろう量を掬い、別皿によけた。

「よし、下ごしらえは完了かなー。ごめんね、米がまだ炊けてなくて。炊飯器のボタン押すの忘れててさ」
「そうなんですか。大丈夫ですよ、時間は気にしていないので」

 もうすっかり、サオのタメ口に慣れてしまった。しっかり者のお姉さんのような印象なのに、意外とおっちょこちょいなところがあるんだなと、心で笑う。

 余裕を見せた黒島に、サオは「助かるわ」と言った後、キッチン内の隅の方にある椅子に座った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ホリデイ・ヒーローズ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

私の推しは勇者さま!?〜アラサー異世界奮闘記〜

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

私を忘れないで〜アンソロジー〜

m
恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:47

環《リンク》シリーズ設定集

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:87

[完結]悪役令嬢に転生しました。冤罪からの断罪エンド?喜んで

恋愛 / 完結 24h.ポイント:333pt お気に入り:199

神に愛されたちびっ子賢者はモフモフと共に魔法学院へ通うようです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:160

この結婚、ケリつけさせて頂きます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:979pt お気に入り:2,872

お飾りの侯爵夫人

恋愛 / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:2,443

処理中です...