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第2章 主要人物として
第63話 「花の都フロッセ」
しおりを挟む『花の都』と呼ばれるほど、都市フロッセは花に包まれていた。
歩けども歩けども花、どこを見ても花。
花の鉢を大事そうに抱き抱える集団もいた。
それはかなり奇妙な光景で、何かの宗教集団のようにも見えてしまう。
一週間後、この町にある大きな劇場でソーニャの所属している劇団『大輪の蓮花《れんげ》』が公演をする予定だ。
劇団とは、大衆が観ている舞台の上で演劇をする人たちのことだ。
脚本家が作ったストーリー通りに踊り、歌い、物語を紡ぐ。
その舞台にソーニャも出ることになっているのだが、始まる前に劇団と合流しなければ歌姫不在では公演は行えない。
中止になる恐れもあるのだ。
自分のせいで劇団の評価を下げたくないソーニャは一刻も早く、皆の所に行かなければと俺達に協力を懇願した。
ラケル師匠と慎重に相談をしてから、彼女を仲間達の元に届ける方針を立てた。
都合の良いことに、向かっている方角は一緒だ。
この町を超えてさらに先を進むと、ラケル師匠の故郷に辿りつけるらしい。
それに彼女は有名な歌姫なのだから、一人にすることの危うさだって分かっているつもりだ。
多くの人を悲しませる結果だけは避けたい。
町の中、身元がバレないよう三人でフードを被りながら劇団のメンバーたちを探す。
ソーニャを真ん中に挟みながら、俺とラケル師匠は周囲を警戒する。
『大輪の蓮花』の演劇を観るためだろうか、町は遥々他の国からやってきた観光客で溢れかえっていた。
しかし、この中に女神の刺客がいる可能性だってある。
遭遇した場合のプランは一つだけ、逃げの一択だ。
人が大勢いる町中での戦闘は、かえって目立ってしまうからだ。
それにこの状態で戦いが勃発してしまったら、死傷者が出てもおかしくない。
刺客がなんの罪もない人を巻き込めるようなサディストではないことを祈るばかりだ。
「ふーん、ふんふんふーん」
何度も同じメロディーの鼻歌を歌うソーニャは、やはり歌姫なだけあって上手かった。
それがなんの曲なのかは多分隠れファンのラケル師匠でも分からない様子だった。
試しに何の曲なのかを聞いてみると、
「ふふ、内緒っスよぉ」
と悪戯に笑いながら、はぐらかされる。
教えたっていいじゃないかと不満顔になるが、どうやら演劇終盤に歌う、最も重要な曲だから詳しいことは言えないらしい。
ファン達を蔑ろにして勝手なネタバレをしないのが演劇のみならず、創作者にとっては基本中の基本だ。
「それに団長にゲンコツされそうなので教えたくても教えられないんスよね……」
「大輪の蓮花の劇団団長ダインさんだよね。演劇の脚本も手掛けている人だから自分のネタを勝手に公開されるのは流石に嫌だろうね」
「おお、詳しいッスねラケルさん」
「全員の年齢、身長、体重も把握してるから」
さも当然のように言ってみせるラケル師匠が怖いです。ソーニャも苦笑いしております。
「どうした、デリカシーには人一倍の自信があるのだから公然の場では口にしたりはしないぞ?」
俺とソーニャの視線にラケル師匠はとっさに弁明をするも、そういう問題ではない。
そこまで知られていることにソーニャは驚いているのだ。
「つか腹減らないッスか、なんか食べましょうよ」
腹に手をあてながら訴えるソーニャに俺は時間を確認する。町の広場にある時計が昼時を知らせる音色を奏でていた。
ゴーンゴーンと鐘を叩く音が、町を包み込むように鳴り響いていた。
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