転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス

文字の大きさ
13 / 24

13 ステファン

しおりを挟む


 次の日も、トラブルなく商隊は宿泊する村に着いた。この村は牧歌的というか、いかにもな田舎の村って感じだ。


「この村は肉狩ってくるだけで宿代と飯代がタダになるんだ。」
「それに、何と言っても、寝床がフワフワなんだ!」

 と、言った護衛の冒険者たちは気合い入れてフォレストブルという牛っぽい魔物を4匹も狩った。

 村人たちはおおらかで親切で人情味に溢れていた。俺たちが追放された子どもだと聞けば「それは大変だったでしょう。ここにいる間だけでも羽を休めて行くと良いわ。」と村の女性は赤子の世話もするし母乳も分けてあげる。と言って連れていき、カトリーヌとダミアンも同じ年頃の子たちと遊んでいる。
 他の冒険者はちょっとした用事を頼まれてやっているし、俺も牛の魔物を捌くのを手伝ったけど「男手が必要なところは終わった。」と女衆に追い出され、俺は手持ち無沙汰になった。

 ちょうどいい機会なので、俺はステファンの心のケアをすることにした。


 この村の特産品、ビッグシープの放牧をしている囲いに背を預け2人で並ぶ。

「ステファン、まずはこれを、読んでみてくれ。」

 俺は古紙回収業者のゴミ山から見つけた7日分の新聞をステファンに見せた。小難しい単語もあるが8歳のステファンなら読めるはずだ。

 俺は、ステファンが3枚目の新聞を見て、狼狽えた様子を見せたことに予想外の反応だと驚いた。ステファンの家族の処刑が書かれた記事は5枚目だったから、その心づもりはしていたけど、3枚目の何を見て動揺しているのか予想がつかなかった。
 ステファンが目に涙を浮かべて、震える手が握る3枚目の新聞は『辺境伯の家族、子供に至るまで処刑した。』という記事だったはず。

「アレックス様は、本当に処刑されてしまったのでしょうか?」
「アレックス? 辺境伯の孫だったか? そうだな、ここに2歳の子供まで処刑した。と、書いてあるから、恐らくは・・・」
「あぁ、僕のせいだ。僕がちゃんと出来なかったからッ・・・!」

 ステファンはうずくまって地面に爪を立てて泣いた。
 俺は、爪が割れるからやめなさい。と起こして額についた砂を払う。「話してくれないか?」と促すとステファンはしゃくりあげながら語り始めた。

「僕が身代わりにならなくちゃいけなかったんです。」


 ステファンは辺境伯の孫であるアレックス様と同じ年齢で、何かに付けてケルブセント辺境伯の家に呼ばれ、アレックスと寝食をともにして、同じ教育を受け、まるで双子のように育った。
 そして、6歳の時、そのように育った理由を聞かされた。
 ステファンは、有事の際にはアレックスの身代わりをさせるために育てられていた。つまりは『影武者』だ。
 ステファンはアレックス身代わりになることをを受け入れた。変身魔法を覚え、アレックスと入れ替わり、家族や使用人を化かす遊びもした。

 あの反逆罪で連行された時も身代わりは成功し、ステファンはアレックスとして、アレックスはステファンとなって拘束、監禁された。
 ステファンが自身の処刑を宣告されたのは連行されてから1ヶ月後だった。自分が辺境伯の一家と共に処刑されると聞いてもアレックスを演じ続けた。
 しかし、2ヶ月もの間、奴らをダマせていたのに、処刑が始まる直前に、何故か身代わりがバレてしまったのだという。


「きっと、僕がミスをしたんです。だから、バレてしまって、アレックス様が・・・ッ!」

 俺は慰めようとステファンの肩を抱き寄せたが、その腕は振り払われて、距離まで取られてしまった。
 ステファンは背を丸め、肩をすぼめて、握った拳を歯にあてて噛み締めて、怯えているような顔をする。

(こんな時、なんて言葉をかければいいんだ・・・)

 ここで掛ける言葉を間違えれば、取り返しのつかないことになる。そんな予感があった。

 ステファンがこんな重いものを背負っていたなんて思いもしなかった。俺はただ『良い子』という外面だけを見て、何だったら聞き分けの良い便利な子くらいに思っていた。
 でも、ディランは外に連れ出したあの一日だけでステファンの異常さに気が付いた。ディランは、何故、気づけたのだろう?
 俺は、ふと、「ディランも俺をこんな風に見ていたのかな?」と思った。差し伸べられる手を拒絶して、自分の中だけで完結させようと意固地になっている。

 ステファンが自分の手を噛み千切りそうなくらいに噛む姿を見れば、俺がディランにしてもらったように、今度は俺がステファンをすくい上げるのだと気合を入れ直す。

「ステファン、お前、本当は処刑が怖かったんだろう?」

 ステファンが驚愕の目でこっちをみた。

「死ぬのが怖くなって、それで、バレるような事をしたんじゃないのか?」

 俺は責めるような言葉を畳み掛け、ステファンの顔色はどんどん蒼白に青ざめていく。あまりにショックなのだろう。言葉がでない、音も出ない口がパクパクと動いた。

「アレックス様の代わりに死ぬなんてまっぴらだ、と。心の何処かで思ってたんじゃないか? 自分が生きるために、アレックス様が死ねばいいと思ったんだろう? ──いいじゃないか、お前を罰する辺境伯様はいないんだから、正直に言えよ。」

 俺の侮辱の言葉にステファンは声を荒げて反論する。

「そんなっ、そんなこと、アレックス様に死んでほしいなんて思った事なんかないッ!! アレックス様の身代わりになることは僕にしか出来ない名誉だ! 僕はアレックス様の一番の側近で、一番の友達だっ、僕は、アレックスのためならっ・・・アレクの、ためなら・・・なんだってした。だから・・・僕が死ななくちゃいけなかったのに・・・」

 ステファンの忠誠心は高い。8歳の子どもが主君と友のために死を覚悟するなんて普通できることじゃない。
 だからこそ、ステファンの罪の意識はそこだと思った。死を覚悟することと、死に怯えることは別だ。覚悟してたって怖いものは怖い。ステファンはアレックス様に忠誠を誓っているのに、死を名誉と思えなかった自分を、死を怖がった自分を責めている気がした。死なずに助かった事に安堵した自分を罰している気がした。

「ステファン、死ぬのが怖いと思う気持ちは罪なんかじゃない。」

 俺はステファンにゆっくりと近づき、片膝をついて、まだまだ小さい手を、一回り大きい俺の手で包む。

「処刑されると聞けば、大人だって怯える。なのに、処刑されるとわかっても変身魔法を解かなかったステファンは立派だ。まさに忠臣だよ。」
「でも・・・僕・・・」
「ステファン、変身魔法を解かなかったのは何故だ? 辺境伯様に命令されてたからか? 変身魔法を解く方法を知らなかったわけじゃないだろ? ──アレックス様を、守りたかったからだろう?」
「・・・・・・うん・・・でも、アレク・・・し、処刑され・・・っ」
「アレックス様が処刑されたのはステファンのせいじゃない。相手は絶対権力の王家だぞ? きっと、変身魔法を見抜く魔法とかがあったんだよ。・・・だから・・・守れなかったのは、ステファンのせいじゃない。」

 包んでいた小さな手から力が抜けて、俺の手をすり抜けた両手が目を覆い、ステファンはひんひんと声にならない声を上げて泣いた。

 処刑を宣告され、明日は処刑されるかもしれないという恐怖に耐えた2ヶ月。きっと、その支えは主であり友であるアレックスを守るという忠誠心だったのだろう。しかし、その覚悟は達成されず、守るべき人はすでに死んでいた。
 ステファンはある意味、俺と同じだ。目標を奪われ生きる気力を失い、心の奥で死を求めている。
 俺は唐突に、ステファンを助けて良かったと思った。死ななければならなかった、と自分を罰するこの子が奴隷にでもされていたら、それこそが自分が受けるべき罰なのだと死を与えられるまでどんな非道も受け入れつづけていたことだろう。
 一つの悲惨な末路を避けられた事に、自分の些細な同情心と仲間意識には意味があったと思えば、俺の中にあった迷いが消え、そして、手を出したからには、ステファンが次の目標を見つけるまで責任を持って支えなければ、と決意を新たにした。

 ステファンの罪の意識から開放され許された涙は、次第に友の喪失と二度と会えぬ悲しみの涙に代わり、俺が差し出した布を受け取ったステファンはローランを失った父と同じ目をしていた。









***

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!

木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。 この話は小説家になろうにも投稿しています。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

ギャルゲー主人公に狙われてます

一寸光陰
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。 自分の役割は主人公の親友ポジ ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、

劣等生の俺を、未来から来た学院一の優等生が「婚約者だ」と宣言し溺愛してくる

水凪しおん
BL
魔力制御ができず、常に暴発させては「劣等生」と蔑まれるアキト。彼の唯一の取り柄は、自分でも気づいていない規格外の魔力量だけだった。孤独と無力感に苛まれる日々のなか、彼の前に一人の男が現れる。学院一の秀才にして、全生徒の憧れの的であるカイだ。カイは衆目の前でアキトを「婚約者」だと宣言し、強引な同居生活を始める。 「君のすべては、俺が管理する」 戸惑いながらも、カイによる徹底的な管理生活の中で、アキトは自身の力が正しく使われる喜びと、誰かに必要とされる温かさを知っていく。しかし、なぜカイは自分にそこまで尽くすのか。彼の過保護な愛情の裏には、未来の世界の崩壊と、アキトを救えなかったという、痛切な後悔が隠されていた。 これは、絶望の運命に抗うため、未来から来た青年と、彼に愛されることで真の力に目覚める少年の、時を超えた愛と再生の物語。

処理中です...