19 / 24
19 南の国の本
しおりを挟む休憩中、荷運びの監督に呼ばれた俺は、約束だった大商人に顔を売るタイミングを与えられた。
大商人は白いシャツと黒いベストのシンプルな服装を、わざと着崩した少し変った人だった。
気さくさをアピールしたいのかもしれないが、服に施された刺繍の豪華さがすでに人を寄せ付けない凄みを持っているし、黒の光沢が眩しい革靴と真っ白な靴下が場にそぐわない。
この人は間違いなく、馬車で移動するタイプの人間だ。
彼は、一言「どうだった?」と、聞いてきた。
こういう、何が聞きたいのか分からない質問は苦手だ。しかめっ面になりそうな表情筋を引きつらせながら笑顔を保ち、簡潔に答えた。
「まず、船の形に驚きました。帆船で航海をするのではなく、シーサーペントに引っ張ってもらうという方法は想像していませんでしたので。半魚人との協力がなければ成し得ない方法ですね。それから、荷運びの効率の良さに感動しました。とても良く考え抜かれていることが感じられました。」
面白くない回答を聞いた、と言う顔をされた。
どんな答えがお望みだったのか。
「ふむ、名前は何だったかな?」
「はっ、アイザックと申します。」
「元、貴族、だとか。何ができるのかね?」
斜に構えた雰囲気から、元貴族という肩書が気に入らなかった様子がうかがえる。
元貴族と身分を偽って詐欺を働く話は聞いたことがある。それを疑われているのなら、家柄よりも能力の説明をするべきか。
「算術であれば、因数分解や二次関数は理解しています。父から領地経営を学んでいたので帳簿も読めます。原価計算をするタイプの帳簿は経験があまりないので、今すぐは出来ませんが理解は出来ます。──外国語は、西の国と北の国の言葉なら公的文書も対応出来ます。東の国は庶民の会話レベルであれば読み書きと会話が可能です。一応、・・・南の国の文字も少し読めます。」
眉を上げ、開いた目が俺をキチンと見た。
明らかに『南の国』という言葉に興味を持った様子だ。
「ほう、南の文字を読めるのか?」
「はい。子ころの頃、隣接した国の言葉は全部覚えると決めて、南の国の書物を求めたことがあります。たった2冊の本を手に入れるのに、えらく手間がかかったと父に嫌味を言われました。」
「そうだろうね。この国で南の文字を読もうとする人間はまずいない。よって、南の書物もほとんど流通していない。」
当時、8歳だった俺は、海が魔物だらけの魔境だと知らなかった。
東西南北の言葉を覚えたいと言った俺を、父は勉強熱心だと感心してくれたが「南の本は、西と北の言葉を覚えたら、ご褒美に用意してあげよう。」と言われた。
今思えば、子どもの要求をやり過ごす大人の業だったのだろうが、俺は西と北の法律の本すら読めるようになってしまった。子どもの努力を喜びたいけど喜べない父が頭を抱えたのを覚えている。
「たまたま、父の知り合いに南方出身の人がいて、その人から・・・もらったというか、賭け勝負の商品として出させたそうです。30本勝負で28敗もしたディディエ子爵はそれ以降勝負を挑まなくなったので『ぎりぎり労力に見合った』と父が言っていました。」
「ディディエ子爵?」
「はい、北の第8黒騎士団の副団長をされている方です。」
俺がディディエ子爵に会ったのは本を受け取った時の一回きり。南の文字が漢字っぽい象形文字だったのを見て、飛び跳ねて喜んだ俺に「将来は文官かね。父君とローラン殿の武はここで潰えるか。惜しいですなぁ。」と嫌味を言われた。
ディディエ子爵はローランを部下にしたいと言って度々、父に勝負を挑んで来るような困った人だった。
父は決して勝負には乗らなかったが、南の本を手に入れるためにローランが賭けを受けてしまった。3本勝負が10本勝負、10本が15本、20、30に達して、ディディエ子爵が勝てたのはその内の2回だけ。あまりにしつこいので『今後、二度と勝負を挑まない』という証書付きの決闘をして、それにも破れて、ついに諦めた。ということがあった。
「書物は、『詩集・海の貝』と『聖人と見習い騎士』だね?」
「・・・そうですが・・・。何故、それを・・・?」
俺はキョトンとした。本のタイトルをピンポイントで言い当てるなんて「よほど一般的な本だったのだろうか?」と俺は首をかしげる。
すると、大商人は吹き出し、大いに笑い始めた。
「はは、はははははっ! 『何故、知っているか?』って? それはな・・・ディディエ子爵が、私に領主の仕事を押し付けて、黒騎士団に入ると言って家出した兄だからさぁ!!」
両手を広げて、声高らかに、演技めいた言い方で言った言葉の中に、聞き逃してはならない単語を聞いた。
「兄・・・領主・・・、まさか、貴方は領主様・・・?」
俺は慌てて、片膝を折って胸に手を当て平伏する。
「ああ、よいよい。顔をあげよ。それよりも・・・そうか、元貴族とはバロア男爵の・・・」
「はい・・・、父をご存知で?」
「存じておるとも。兄が家出をしたのはそなたの父を真似たからだ。・・・私は、もともと、南の国へ行って学者になりたかった。」
領主様は語る。
当時19歳だった領主は、兄に帰ってきてくれと、何度も手紙を出した。しかし返事はなく、8年たったある日、唐突に『南の本を送ってくれ』と手紙がきた。しかも、解読と意味、注釈を付けろと注文までして。領主は、兄が家に戻って来るかもしれないと期待して、丁寧に注釈を書いて送った。ところが『本は北の王子様に譲った。大変お喜びだった。感謝する。』という手紙が返ってきて、領主はひどく落胆したそうだ。
「あの手紙がきっかけで、私は次期領主が決定してしまったのだ。・・・今は領主であることに満足しているが。一時期は、兄とバロア男爵を恨んだものだ。」
「それは、申し訳ございません・・・」
父の家出が悪しき前例になったのだろうが、入った先は同じ第8黒騎士団だ。たぶん、受け入れてしまった北の領主も同じくらい責任がある。と、俺は思うんだ。
領主が着崩していた服装を正し、秘書から上着を受け取り、襟元のクラバットを綺麗に整えると、どこからどう見ても貴族である。
「・・・バロア男爵は、残念であった。辺境伯が謀反を計画していたとしても、バロア家は無関係であったろう。」
俺にしか聞こえないような、小さな声だった。
王都の貴族がどうかは分からないが、地方貴族が辺境伯の処刑に対してどのように捉えているのかが、その言葉だけで理解できた。
おそらく、俺の予測は大きく外れてはいないのだろう。
「お気持ちはありがたいですが、どうかそれ以上は。・・・口になさらない方がよろしいかと。」
「うむ・・・。して、平民のアイザックよ。南の文字が読める者が荷運びなど役不足。我が屋敷で執務事務員として採用してやろう。」
「・・・は? ・・・あっ! あ、ありがとうございます!!」
***
533
あなたにおすすめの小説
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる