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風紀委員

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 あの後、慶介は風呂場で眠り込んでしまい、夜中に目が覚めた時、部屋からは、あの恐ろしい誘引フェロモンとその服がなぜか無くなっていた。

 その次から届けられた服はいつもの永井のフェロモンだけで、理性が溶けていつもより性欲に素直になってしまっただけで、誘引フェロモンのときのような暴力的な情欲の波に飲まれるなんてことはなく、慶介の腹痛は4日後には治った。

 慶介は「おつかれ」と言って迎えに来た酒田の顔が見れなくて、フイっと目を逸した。なんだか、涙が滲んできて「早く、家に帰りたい」とだけ言って無言を貫いた。
 なぜだろう?酷く、背中が冷たい気がする。


 ヒート後、慶介は信隆、景明、水瀬から威圧フェロモンをぶつけられながら怒られた。
 医師から提示された2つの選択肢「永井の服」と「病院」のことを景明たちに相談する、という事を失念していたために、相談なく決めたことを、特に金を心配して「病院」の選択肢を消したことがダメだったらしい。慶介にとって20万は大金だが、景明たち、とくに信隆にとっては、はした金と呼んでしまう金額だったからだ。
 次のヒートで同じことが起こったら、迷わず病院を選ぶことになった。・・・次のヒートは病院かも?


 大人3人からのマジ説教でヘコんでいる慶介に、ちょっと気分が高揚しちゃってる永井からさらなる追い打ちを受ける。

「ピルを飲んでるのにヒートがずれるなんて普通はありえない。やっぱ、俺たち運命の番は特殊なんだよ。慶介の過剰反応も、ただのフェロモン過剰反応じゃなくて、運命の番だからこんなに強く反応するんだ。なあ、俺のこと少しは好きになってくれた?俺は好きだよ、慶介。慶介、好きだ。番になろ?せめて次のヒートは俺を呼べよ。」

 永井の勢いに圧倒されて何も言えずにいたが、好きという単語に慶介の頭は真っ白になる。ヒート中に永井の名前を呼びながら、好きだと言いながら抜いた事を鮮明に思い出し、また、そのときのフェロモンに支配されていた感覚が恐怖となって慶介の体を硬直させ、心は激しく動揺した。
 そんな慶介に気づかず、永井は、好きだ。番になろ。俺のオメガ。運命なんだ。と口説く。

 酒田は、抱擁一歩手前状態だった慶介を永井から奪い取り、隠すようにかばった。

「止めろッ!」

 酒田が大きな声を出すところを慶介は初めて見た。鋭く攻撃的な声だったが、慶介は頼もしさを感じて安心感を覚えた。だが、邪魔をされた永井は怒りを見せ、威圧を出した。酒田も対抗するために威圧を出す。
 教室の中に緊張感が走る。
 慶介は驚いた。酒田が威圧を出すのも初めてだ。ただ、ちょっと・・・全然、怖くない。なんというか、まるで「もぉー、怒っちゃうよ!?いいの?!」と言われているような気分なのだ。むしろ和んでしまうかも。慶介の頬がピクピクする。笑いを堪えなければ・・・

 まぁ、当然、威圧勝負は酒田の圧倒的敗北。
 永井が更に出した威圧で酒田の体がガチッと固まったのが目に見えてわかる。
 それでも酒田は動かぬ体の代わりに口で応戦する。

「運命の番を語るくらいなんだから、自信はあるだろう。鷹揚に構えてろよ。」
「はぁ?アプローチは基本だろ。」
「オメガに選んでもらうまで待てないのか?」
「そのために押すんだろ。」
「オメガが自ら進んで、自分の腕の中に落ちてくるなんてのも良いものだろう。」
「俺は『勝ちは取りに行く派』なんだよ。」

 酒田と永井の言い合いと威圧に巻き込まれた外野、クラスメイトたちが不満を言い始めた。

「威圧まで出して喧嘩しないで!」
「運命の番を求めるのはアルファの本能でしょ。」
「そうよ、アルファの求愛の邪魔するなんて。」
「永井の行動を止める権利はお前にはない。」
「どうせ、自分のオメガが取られるとか思ってんだろ、警護のくせに。」
「本多くんもさ、もっと素直になりなよ。」
「そうだよ、戸惑う気持ちもわからなくないけど、運命の番だよ?」
「知り合う時間よりもフェロモンの相性の方が絶対、大事だって。」
「まずは付き合ってから考えたら?」
「そうよ。きっと、悩んでたのがバカバカしくなるよ。なんてったって運命の番なんだから。」



**

 酒田への批判から慶介に矛先が向かう事に酒田は内心焦っていた。もっと、自分に矛先を集中させなければ・・・。と考えを巡らせていたら、背中の服を掴んでいた慶介がクイクイと小さく引っ張った。
 耳打ちしたそうに手を口に添えているので、体を捻って近づけると、慶介は小声で問うてきた。

「なぁ、運命の番って、恋愛関係の比喩表現とかじゃねぇの?」
「・・・・・・は?」

 比喩表現?何の話?運命の番は運命の番ですけど?いや、今、それどころじゃなくて。そもそも、何で慶介はこの威圧の空気の中で平然としているんだ??
 と、酒田の頭は思考が迷走した。

 深く深呼吸をして、次々浮かぶ疑問を追い払う。慶介の言葉を曲解せずにそのまま受け止めるとするならば「貴方を愛しています」が「月が綺麗ですね」と言うように、何かの言葉か表現として「君は運命の番」と言われている。と、思っていた。ということか??
 ヤバい。これは、ちょっと、精査が必要だし、勘違いなら今すぐにでも解消しなければこじれてしまう。

「永井!タイム!ちょっとタンマ!」

 場違いに手でT字を作って一時休戦を一方的に宣言し、慶介を引っ張り、壁際で皆に背を向け、2人でヤンキー座りでおでこ突き合わせて答え合わせをした。

「何だと思ってたんだ?」
「あの、君チャーミングだね的な意味だと・・・フェロモンが魅力的な時に使うんだと思ってたんだけど、何かみんなの雰囲気からちょっと違うっぽい?って。」

 確かに、フェロモンの相性が良いから運命の番と呼ぶので、微妙には、合ってる。

「えっと、そもそも、アルファとオメガにはフェロモンの相性というものがあって、相性がいい相手の匂いは総じて甘く感じるらしい。そのフェロモン相性が唯一無二とも言える相手を運命の番と呼ぶんだ。」
「番はフェロモンの相性で決めるものなのか?」
「バース性でフェロモン相性がとても重要視されているのは間違いない。」
「じゃあ、俺と永井は番にならなきゃダメなのか?フェロモンで既に決められたことなのか?」
「い、いや、そ、そういうわけじゃない。フェロモンは簡単に数値化出来るものではないし・・・」

 痺れを切らした永井が威圧を強め、それに煽られた誰かが「おい!まだか?!」と吠えた。
 酒田はこの状況を打開するすべが思いつかない。慶介には説明が足りないし、この場から立ち去ることも許されなさそうだ。時間が全然足りない。出来れば、この喧嘩は後日に持ち越し仕切り直し、にしてほしい。
 助けが欲しくて周りを見回して、木戸と目があった。
 そうだ、木戸に助けを借りよう。


 木戸は酒田のヘルプ要請を読み取り、応えた。

「風紀委員権限で介入します。」

 教室の興奮した空気が一気に冷めていく。皆が木戸に注目し言葉を待つ。永井の威圧が十分に薄れたところで、木戸は発言した。

「永井、君の行動は運命の番を免罪符にした行き過ぎた行動と判断する。ーー本多、君はヒート明けでもあるし、心身ともに休息が必要だ。また、運命の番に対してとても戸惑っている様に見受けられるので、学校のカンセリングを受けるように。ーー酒田、君の行動は警護として正当と判断する。警護というものは警護対象の意志を尊重し、あらゆるものから守るのが役目だからだ。」

 酒田により過ぎた木戸の判断は、クラスメイトの納得を得られていない。露骨に「木戸は酒田の味方か?」という批判的空気を感じる。

 それに対して、木戸はまだ続ける。


「しかし、今後も永井と警護の酒田が、威圧を出して喧嘩を繰り返すのは目に見えているし、この場の警告だけでは収まらないだろう。僕が立ち会うのでこの続きは会議室で思う存分させてやる。」










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