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修学旅行

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 答えを選べないまま、悩んでいる内に修学旅行のスキーに行くことになった。

 大運動会や大文化祭のみたいに合同じゃないんだなぁ。と思ったら違うらしい。昔は、合同の修学旅行で行き先は海外の貸し切りビーチ、4泊5日のスケジュールだったとか。ところが、ある年、生徒のオメガが誘拐されて、救出されたのは1ヶ月後で、あわや項を噛まれて取り返しのつかないことになる所だった。という事件があってから修学旅行は国内になったのだそうだ。


 大阪校の修学旅行はスキー。しかし、初心者は慶介だけ。小学校、中学校の課外学習でほぼ毎年スキーに行っていたらしく、皆、実力に見合ったレベルに合わせて好きに滑っている。

 慶介は初めてのスキーに苦戦していた。自分の意図しない動きで勝手に滑っていく板とそれに固定された足が、無理やり動かされている感覚がしてイライラする。雪は冷たいのに顔から汗が吹き出るほどに暑い。だからって脱げば寒すぎて着込まざるを得ない。正直、全然楽しいと思えない。

 酒田は熱心に教えてくれるが、あと2日もこれが続くのか。と思うと、げんなりする。

 またもや意図しない方向に足が取られて、軌道修正が出来ないまま尻もちを付いた。颯爽と滑り降りてくる酒田がもはや腹立たしい。
 ふと、視界の端に、雪だるまを作る永井が見えた。

「永井は・・・、何やってんだ?スキーが出来ない、わけないよな?」
「あれか?大会にむけて、自制してるんだ。永井は、なんでも1番になりたがる性格だから、こういう遊びの場でもつい本気を出してしまう。そういう時こそ怪我につながるって。」
「じゃあ、大運動会の競技、棄権してたのも?」
「そう、本気出してムキになるような、競い合うようなことは一切遠ざけて、我慢してるんだ。」

 練習用の緩やかな坂を登りなおすためにスキー板からブーツをはずし、重い板を抱えた。

「今も、春の大会に向けて調整してる。追い込みなんてかけなくても高校生で永井に敵うやつなんていないのにな。もう、俺では練習台にもならない。」

 手の怪我が治ってから、酒田は永井の練習にしつこくつきあわされて、板倉から聞いた「わざと負ければキレられて、そのくせ勝つまでやらされて、サンドバックにされていた」の状態になっている。
 最近の永井の練習は更に熱が入って、一回一回に全身全霊の本気で挑まなければならない酒田はお疲れらしい。

 でも、永井の重ねた努力も慶介が与えた、いづれ死に至る選ばされた選択肢のせいで頓挫しかけている。

(本当に、全部が全部、俺のせいで・・・。)



 やる気の上がらない慶介のために、酒田は少し早いが、昼飯にしてくれた。
 暇している永井も誘って一緒に食べる。

「永井はスキーはどんくらい出来んの?」
「人並み以上は、まあ、余裕で。」

 自意識過剰な発言だが、事実そのとおりなんだろうなぁ。注文した丼ものを酒田がお盆に2つ乗せ運んでくる姿がみえた。

「でも、スノボは酒田の方が上手いぜ。」
「え?酒田が?」
「あいつの下の兄貴がスノボが好きで、学校サボってまでスノボするような人なんだ。小4から小6まで冬は毎年スノボに誘われて行ってたよ。あの兄さん、今ごろは長野かな?」

 酒田に聞いてみると、楽しんでやるスポーツの中ではスノボが一番好き。と言った。


 昼飯を食べ終わり、慶介は言った。

「酒田、俺はスキーが好きになれる気がしない。永井といるから、酒田は好きに滑ってこい。」
「え”?!」

 警護を離れるなんて出来ない。と、好きに滑ってきて良いんですか?の両者で酒田は激しく揺れた。
 長考の末、酒田は永井に警護を頼んで、ボードを持って滑りに行った。

 そうしろと言ったのは自分だったが、本当にそっちを選ぶとは思わなかった。本当にスノボが好きなんだな。と見送った。

 慶介はダルかったスノーウェアを脱いで暖かいラウンジでダラけることにした。ラウンジはいかにもインドアです、という人たちがたむろしていた。ゲーム機で遊んでいる人を見つけて「俺も持ってきたら良かった」と悔しくなった。でも、ラウンジには、トランプやチェス、将棋、そのほか色々なボードゲームが揃っていたので、それらで時間を潰した。

 今は、ルドーという『すごろく』をしている。すごろくなので完全に運ゲーなはずなのにすでに0勝2敗で全然勝てない。永井が何事も負けず嫌いというのを体感している。

「永井、頭、痛かったりする?」
「んー、まぁな。なんで?」
「なんか、今、ふと、そんな気・・・そういう、匂い?がしたような気がして。」
「おぉ、慶介もフェロモンが解るようになってきたかな。痛み止めが飲めないから、ちょっと、頭が痛い。」


 命を縮めるあの薬が危険なのは副作用に「将来的に脳にダメージがあること」なのだが、その他にも副作用がいくつかある。主な副作用は頭痛と吐き気、眠気と注意力の低下だ。
 慶介は少し頭痛と眠気が出るだけだが、永井は副作用が強く出るらしく、常に頭痛と吐き気があり、それらを緩和するため痛み止めなどの薬を飲んでいた。
 だが、その痛み止めにも副作用がある。そのせいで胃が荒れて、永井は今、胃潰瘍寸前なのだそうだ。
 医者からは胃の粘膜が回復するまで、そもそもの原因である命を縮める薬を止める事を勧められたが、それはどうしても手放せないということで、胃の粘膜を治す薬を飲み、痛み止めを止めたらしい。


「春の大会は大丈夫そうか?出れるか?」
「意地でも出る。絶対、優勝する。」
「高校生じゃ敵なしだもんな。酒田が言ってた。」
「日本でも敵なしだ、って訂正しとけ。」

 傲慢不遜の見下すような微笑みは実に永井って感じだ。

「大会に出てないのに、その自信はどこから。」
「大会の情報なら見てる。どれもアイツが1位2位にいる。俺はアイツよりも強い。だから俺は戦えば絶対に日本で一番になれる。」

 アイツ、永井が膝を潰された事件の真犯人かもしれない男。永井が東京校を追い出され、柔道を諦める原因になった男。

「俺、実はよく分かってねぇんだけど、なんで例の男がいると大会に出られないんだ?」
「え?すげー、今更だな。俺が大会に出られないのは、アイツを前にして威圧を抑えられないからだよ。さっきも言ったけど、アイツは現状1位を取るくらいには強い。当然、俺とアイツは必ずどこかで対戦することになる。その時、負けるのは、威圧を抑えられない俺だ。」

 柔道に限らず、スポーツ競技では「威圧フェロモンの使用禁止」というルールがあるそうだ。威圧を使ってしまえば実力と違う所で勝敗が分かれてしまうから、選手がアルファの場合は審判もアルファがすることになり、ある一定の威圧を感知した時点で反則負けになるのだそうだ。
 永井はこのルールのせいで大会に出てもどうせ負けることになるので、大会には出られないのだ。と。

「出るだけ出て、2位でも良いからとればいいのに。あ、そうだ、柔道は体重別の階級があるんだろ?それ変えてみるとかは?」
「それで、アイツと仲良く肩並べろってか?」
「あ・・・、いや、そのー、」
「アイツはぶちのめす。または、ぶち殺す。それ以外は認めない。」
「ぐぅ・・・仰るとおりです。すんません。」

 永井を怒らせてしまった俺は、その後のボードゲームでことごとく負かされて不貞腐れた。

 スノボから戻ってきた酒田が満面の笑みで一緒に滑った仲間と楽しそうに語らっているのを見たら、慶介は「もう一度スキーに挑戦してみようかな?」という気持ちになった。
 まぁ、正直、永井にゲームで負かされるのが嫌になったのもある。

 残りの2日間は永井にスキーを教えてもらい、なんとか形にはなった。
 まだ、楽しいと思えるほど上手くもないし、酒田と一緒に滑るのもできなさそうだけど、面白くない!は脱した。











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