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第二章 サムジャともふもふ編

第21話 サムジャ、そして子犬

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 人気の少ない路地裏に男女の死体が転がっていた。男は背中から心臓を一突きされ即死だった。

 そして男から少し離れた位置には女の死体。ショールは腰から下までずり落ちていた。上半身はナイフでずたずたに切り裂かれており男よりも損傷は激しい。顎のあたりには目立つ痣が出来ていた。地面に広がる大量の血潮はぼぼ女の死体から流れ出したものであり、目から溢れた涙と血が混ざり合っていた。

 死体を見下ろす人物がいた。黒っぽい外套を纏い目深にフードを被っている。右手には血に濡れた鋭いナイフが握られ、不気味な光を放っていた。

 二人を殺したのはこの人物なのは間違いがなかった。男女はいわゆる娼婦とその客という関係だった。娼婦にもタイプがあり店の中で行為に及ぶ者と客と一緒に外に繰り出し客の望む場所で行為に及ぶタイプである。

 女は後者のタイプであり男はひと目のつかない野外での情事を望み、そしてこの場所で貪るように女を抱き女も客の期待に答えた。
  
 フードの人物が狙ったのはその最中だった。それは狂気に満ちた殺人鬼からすれば格好の獲物であり狙わない理由はなかった。顎のあたりに痣が出来ていたのは叫ぼうとした女の口を強い力で押さえつけたからだ。

 そしてその状態で女を惨殺した。男は即死に至った傷以外は殆ど外傷が見られない。このことから人物が好んで狙うのは女であることがわかる。客の男は邪魔だから殺されたに過ぎない。
 
 そのやり口は巷で騒がれている連続通り魔のものに酷似していた。通り魔に殺された被害者はほぼ女性である。

 通り魔と思われる人物は死体を見下ろしていた。フードの影から覗き見える口元には笑みがこぼれていた。

「グルルルルゥ――」

 その時だった、通り魔の背後から獣の唸る声が聞こえてきた。外套を翻しながら振り返る。一匹の子犬が牙をむき出しにし唸り続けていた。

 その瞳には怨嗟が宿っていた。相手に対する強い憎悪を感じさせるものだ。

「……犬か。下手に覚えられても面倒だな」

 ボソリとフードの中から声が漏れる。低い男の声であった。そしてナイフを握ったまま子犬に近づいていく。

「ガウガウガウガウ!」

 そしてフードの男が近づいてきたところで子犬が飛びかかった。しかし男は軽々とその突撃を躱しすれ違いざまに撫でるようにナイフを振った。

 子犬の脇腹に切れ目が生まれ直後に激しく出血し地面に倒れた。あまりに早い幕切れだった。

「……その傷なら助からないだろう。全く馬鹿な犬畜生だ」

 そしてフードの男は気配を消し音もなくその場から消え失せた――





◇◆◇

 冒険者の仕事も終わったし空も茜色に染まって来ている。今日はこのまま宿に戻るかな。シエロによると明日には昇格が決まってると思うとのことだった。

 依頼としては薬草採取だけだが、ゾイレコップを撃退できたのは功績としてかなり大きいらしい。

 これならほぼ間違いないだろうとのことでもあったが、昇格については受付嬢だけでは判断できず会議で決まるようだ。ただ、元々すぐにランクは上げてくれるような話ではあったからな。

 期待していいのかもしれない。どちらにせよ明日になればはっきりするだろうから依頼を探すのもそれ次第だな。FランクとEランクで受けられる依頼は結構変わってきたりもするし。

「おい! 大変だ! また通り魔の被害者が出たようだぞ!」
「娼婦とその客ってことだ。特に女が酷いやられ方したらしい」

 道々、人だかりが出来ている場所を見つけた。どうやら事件があったらしい。冒険者ギルドで見た依頼書にも通り魔についてのがあったな。

 その関係だろうか? 随分と物騒な話だな。見たところ衛兵がやってきていて遺体をはこびだすところなようだ。現場は狭い路地裏で、人目につかないところで娼婦と客の間で行為が始まったところを狙われたようだ。

 現場はかなり凄惨な有様らしい。

「ねぇ、何か犬が一匹倒れていたらしいけど、それは運ばれないのかな?」
「そりゃそうだろう。犬なんてわざわざ兵士が相手するわけもない」
「そうなんだ……ちょっと可愛そうだったよね。まだ子犬なのに」

 犬? 何故だろうか。その話に俺は奇妙な感覚を覚えた。

「ちょっといいかな? その犬というのはどんな犬だったんだ?」
「え? え~と、綺麗な蒼い毛をした子犬だったのよね。あの犬、まだ何とか生きている気もしたんだけど」

 蒼い毛並み、嫌な予感がする。

「ありがとう」

 おれはカップルにお礼を言って現場に向かった。まだ人は多かったが上手いことすり抜けて奥に向かう。

 既に被害者の遺体は引き上げられていたが、その壮絶さがわかる状態だった。夥しい出血で地面が赤黒く染まっている。

 そんな中、横倒しになっていた子犬を見つけた。これは、嫌な予感が当たった。宿屋で主人が餌を与えていた子犬だ。

 しかし、どうしてここに? 脇腹に深い傷がある。何かで切られた傷だな。そこから出血していた。蒼い毛並みに血がこびりつき酷い状態でもある。

 しかし、体が僅かに上下している。まだ息がある証拠だ。流石に放ってはおけない。

 ただ、サムジャの俺では回復する手段はない。どこかで薬を買うなど悠長な真似はしていられないだろう。

 何か手は? いや、待てよ。確か以前チンピラに絡まれていたところを助けた少女は回復魔法が使えたはずだ。

 確か教会に配属されたと言っていたな。名前はセイラと言った筈だ。彼女は怪我をしたときなどに治してくれると言ってくれていた。俺の怪我ではないが、もしかしたらこの子犬を助けられるかもしれない。

「頑張れよ、今俺が教会まで連れて行ってやる」
「…………」

 返事はないがわずかに目が開いた気がした。急げばまだ間に合うかも知れない!
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