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第11話 スパイクとの勝負
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冒険者ギルドの地下には冒険者が自由に使える訓練場があった。魔法や弓の腕を試す的もあるし、近接武器を試す木偶もあった。
そして特に障害となるものがないスペースがある。冒険者同士で戦闘の訓練が行えるスペースだが、試験時はここを利用する。
「判っていると思うがこれはあくまで冒険者に相応しい実力があるかを試す為のものだ。勝ち負けを決める勝負ではない。だから試験官であるスパイクが本気で戦う必要はない」
「はは、判ってるさ。そんな大人げない真似はしねぇよ」
そういいつつも、ヒットと対峙し、コキコキと首を鳴らすスパイクの態度に殊勝さなどは一切感じられなかった。
「ヒット、今も言ったが試験は別に相手に勝つ必要はない。今回は俺も見ているから、戦いの中で俺が問題ないと判断したら止めて合否を告げる。判ったな?」
「はい」
一応ヒットも返事はしたがそれで終わるとは微塵も思っていなかった。
「それにしても、ギャラリーが多いにゃん」
「上にいた皆、見に来てるみたいですね」
ニャムが呆れ顔でメリッサは苦笑した。よほど暇だったのか知らないが確かに見に来ている冒険者は多い。訓練場は誰が使ってもいいので見物人が増えても特に問題ないようだがヒットからしたら証人になる人間が多いのは好都合でもある。
「ところでお前、ジョブは何だ?」
「人に聞くなら自分のを先ず教えるんだな」
「とことん生意気な野郎だ。ま、いいさ。俺様はハンマーズィーガーだ」
そう言ってスパイクは手にした棘棘した槌を振り回した。ヒットも鋼の剣を抜いて構えている。
試験とは言え、本来の力を見るために武器はそのまま使用することになる。実際これはゲームと一緒だ。ゲームでも冒険者には試験があったが使用する装備に制限はない。
「俺はキャンセラーだ」
「あん? なんだそりゃ聞いたことねぇな」
「……戦士系のジョブだ」
「は、なんだただのファイターかよ。勿体ぶりやがって」
相手がジョブ名を言ってきたのでヒットも答えたが、やはりこの世界の人間にはキャンセラーが通じないようだ。だからニャムに説明したように戦士系と教えたが、全く同じようにファイター扱いされてしまった。尤もその方が好都合ではある。
「……もういいか? そろそろ始めるぞ」
「いつでもいいぜ」
「同じく」
「判った。一応言っておくがこの中では術式の効果でダメージは衝撃のみ通すようになっている」
ゲームでも訓練で死ぬことはなかったが、どうやら現実化したことでそのような仕掛けが施されているようだ。なので外傷はないがダメージを受けた際の痛みはあるようだ。
「だがいいかスパイク、忘れるな。これはあくまで試験だ。それでは始め!」
スパイクに釘を差し、ギルドマスターの号令と同時に、スパイクが猛ダッシュでその距離を詰めた。手には愛用と思われる槌。それを思いっきり振り上げ叩き落とす。
ヒットはバックステップでそれを避けるが、石の床が砕け大きく凹み、破片が周囲に飛び散った。相当な威力であることが窺える。
この男が言っていたジョブのハンマーズィーガーは槌の扱いに長ける戦士系のジョブだ。
手持ちのスキルもきっとそれ系に特化していることだろう。
ヒットがやっていたゲームはこのジョブの多様さが売りの一つでもあった。クラスアップは上位のみだったが上位への分岐も多かったし、最初に選べる基本職も多かった。
なお、ゲームでは最初に与えられるキャラだけは無料だったが、キャラを追加するときには課金が必要だった。更に初期できめられるジョブはそこまで多くなく、ゲームを続け手に入れた情報やアイテムで選べるジョブが増える仕組みだった。おまけに課金して追加したキャラはAIを乗せて連れて歩くことも出来た為、1キャラだけでやっているというプレイヤーは少なかったりした。
そんなとりとめのないことを思いつつ、ヒットはスパイクの動きをつぶさに観察し続けた。キャンセルはまだ使わない。このスキルは多用すればいいというものではない。
むやみに使えば効果が知られてしまう恐れもある。人には知能があるからだ。
「ちょこまかと、だったら喰らえ!」
「待て、こんなのはもう試験じゃない!」
ギルドマスターの声が響いた。最初に言っていた通り、別に命をかけた試合をしているわけではなく、あくまで冒険者としての資質があるか試すものだ。にも関わらずこれはやりすぎと思ったのだろう。
だが、スパイクは止めるつもりがまるでなかった。
「オラ! 破城槌!」
破城槌といえば攻城兵器の一つだが、この場合は勿論違う。ただ、見た目には近い。槌にオーラがまとわれ、破城槌のような垂直の一撃を放つ。
攻撃範囲も直線上に伸びた状態での一撃だ。どのぐらい伸びるかは熟練度で決まるが、3、4m程度はありそうだ。
速度もあり初見で避けるのは厳しい。円盾で防ぐにもかなりの衝撃だろう。
「キャンセル――」
ヒットがスキルを行使する。瞬間、破城槌の効果が消えた。まとわれたオーラは霧散し、スパイクの体勢も武技発動前の状態まで戻った。
「な! 一体どうなって!」
「爆砕剣!」
踏み込み、ヒットの武技が炸裂。石の床が砕け礫が勢いよく飛び散った。全身に喰らったことで表情を歪めるが、そこまでのダメージには繋がっていない。
それでも問題なかった。この技は相手の視界を奪うということと多少でも怯ませることが目的だ。
ヒットはスパイクの横に移動し、更に武技、挟双剣で追撃する。左右から剣戟が交差し、スパイクが呻き声を上げた。
「マスター続けさせていいにゃん?」
「……もう少しだけ様子を見る」
全く手加減する気のなさそうなスパイクに、苦い顔を見せていたギルドマスターだが、ヒットの戦いぶりに思うところがあったようだ。もう少しその戦いぶりを見てみたいと思ったのかもしれない。
「こ、この! ふざけやがって!」
槌を力強く振り回す。しかしモーションが大きい。避けてくれと言っているようなものだ。
ヒットは数歩後ろに下がりつつ、上半身を後ろに反らし刺々しい頭を躱した。キャンセルを使うまでもないと判断し、反らした半身にバネのような反動をつけカウンターを狙おうとするが、しかしスパイクはその勢いのまま更に回転を付け連続攻撃を仕掛けてくる。
そこで思い出した。槌の武技には遠心連槌という技があったのだ。回転しながら遠心力を利用し連続攻撃を行う技だ。槌系では数少ない手数を増やす手段の一つ。
ヒットはそれに見事に引っかかってしまったといったところか。最初の大ぶりはただの誘い、フェイントだったのだ。
カウンターを狙ったヒットの頭蓋目掛けてスパイクの槌が迫る。この空間では外傷を負うことはないが衝撃は受ける。この一撃を受けては勝機はない。
「キャンセル」
だが、問題なかった。ヒットはまだ精神力にも余裕があった。あの指輪のおかげでスキルを使える回数も増えている。
「な!?」
これに再び驚いたのはスパイクの方だ。確実にあたると思われた二撃目が中断されたのだ。しかも慣性だけは残しておいたので、体だけが空回してしまう。それはヒットにとっては絶好の的だった。
「挟双剣!」
「ぐわぁああぁああぁあ!」
慣性が働いた為、スパイクはヒットの攻撃をまともに受けた。しかもこの状態はカウンター扱いでダメージが入る。変えたばかりの鋼の剣に無防備で受けた武技と相まって巨体を誇るスパイクの足が浮き上がり、翻筋斗打つように後方に倒れゴロゴロと転がった。
「が、ガハッ、な、なんで……」
「勝負あり! この試合、ヒットの勝ちとする!」
呻き声を上げるスパイクを他所に、ギルドマスターがヒットの勝ちを宣言した。
「やったヒット!」
「え? メリッサ?」
ギルドマスターが軍配を上げると、メリッサが勢いよく駆けつけ、ヒットを抱きしめた。大きな胸の心地よい感覚に戸惑いを覚えるヒットである。
「あ、ご、ごめんなさいつい!」
「いや、はは、謝ることはないよ。むしろ約得……」
「へ?」
「あ、いや、ははは……」
ついラッキーと思ってしまったヒットだが笑ってごまかすことにした。ただ、体に感じた柔らかい感触はしっかり記憶しておくことにする。
「にゃん、やっぱりニャムの思った通りの男だったにゃん」
ヒットの戦い振りを見てニャムが得意がった。腕の良い冒険者を見つけ出すのは受付嬢としての評価につながるのかもしれない。
「納得できねぇ!」
するとスパイクが立ち上がり、怨嗟の声を上げた。術式の効果なのだろう。派手に倒れはしたが、そこまでダメージは残っていないようだ。
「何が納得行かないと言うんだ? 今のはどうみてもお前の負けだろう」
「そ、そんなのありえねぇ! 俺はD級の冒険者だ! それがこんなぽっと出の新入りなんかに負けるわけがねぇ! きっと何か卑怯な真似をしたんだ!」
「卑怯だと?」
「そうだ! 俺の技も何故か途中で止められてしまった! こんなのありえねぇ! 何か卑怯な手を使ったに決まってる!」
「それのどこが卑怯だというのだ?」
「だ、だから勝負に魔道具か何かを!」
「こう言っているがどうかな?」
「道具は使ってません。使ったのはスキルです」
「は! ほら見たことか! こいつは卑怯なスキルを使ったんだ!」
ヒットに指を向けながら喚き散らすスパイク。だが、それを見るギルドマスターや冒険者達の目は冷ややかだった。
「スパイク、往生際が悪いぞ」
「そうにゃん、みっともないにゃん」
「な、何だと!」
「お前は言っていて虚しくならないのか? スキルに卑怯もなにもない。持っていれば当然使う。お前だってそうだろうが」
「あ、いや、それは……」
「それにお前は今、勝負と言ったがそれも違う。これはただの試験だ。本来はそれ以上でもそれ以下でもない。にもかかわらずお前、ヒットを倒すつもりでやっていただろう? その時点で試験官としては失格だ」
「ぐ、ぐぐ! だ、だが納得が!」
「スパイク、これだけ言ってもまだ文句があるのか? 俺の判定にそんなに納得がいかないと?」
最後は相手を威圧するぐらいの重低音な声で、責めるように問いかけていた。
スパイクの握られた拳がプルプル震えていたが。
「わ、わかった。そいつの合格でいい……」
それだけ言い残し、どこかへと去っていった。
その後は、観客と化していた冒険者から歓声が上がり、称賛を浴びることとなったヒットである。
「さてと、ヒットはこれで晴れて冒険者になれるわけだが……少々聞きたいことがあるから、俺の部屋まで来てもらえるか?」
試験が終わった直後、ギルドマスターから声が掛かった。今後冒険者として活動する上で、ギルドマスターの誘いを断るわけにもいかないので従うことにするが。
「メリッサもいいか? 今後一緒に行動する仲間なんだ」
「あぁ、それなら構わない。それに聞きたいことは彼女にも関係しているようだしな」
「わ、私もですか?」
メリッサは若干不安がっていたが、別にヒットとメリッサに不利益になるようなことではないと言うのでメリッサも安堵する。
こうしてヒットとメリッサはギルドマスターについていき、2階のマスターの部屋まで向かうこととなった。
そして特に障害となるものがないスペースがある。冒険者同士で戦闘の訓練が行えるスペースだが、試験時はここを利用する。
「判っていると思うがこれはあくまで冒険者に相応しい実力があるかを試す為のものだ。勝ち負けを決める勝負ではない。だから試験官であるスパイクが本気で戦う必要はない」
「はは、判ってるさ。そんな大人げない真似はしねぇよ」
そういいつつも、ヒットと対峙し、コキコキと首を鳴らすスパイクの態度に殊勝さなどは一切感じられなかった。
「ヒット、今も言ったが試験は別に相手に勝つ必要はない。今回は俺も見ているから、戦いの中で俺が問題ないと判断したら止めて合否を告げる。判ったな?」
「はい」
一応ヒットも返事はしたがそれで終わるとは微塵も思っていなかった。
「それにしても、ギャラリーが多いにゃん」
「上にいた皆、見に来てるみたいですね」
ニャムが呆れ顔でメリッサは苦笑した。よほど暇だったのか知らないが確かに見に来ている冒険者は多い。訓練場は誰が使ってもいいので見物人が増えても特に問題ないようだがヒットからしたら証人になる人間が多いのは好都合でもある。
「ところでお前、ジョブは何だ?」
「人に聞くなら自分のを先ず教えるんだな」
「とことん生意気な野郎だ。ま、いいさ。俺様はハンマーズィーガーだ」
そう言ってスパイクは手にした棘棘した槌を振り回した。ヒットも鋼の剣を抜いて構えている。
試験とは言え、本来の力を見るために武器はそのまま使用することになる。実際これはゲームと一緒だ。ゲームでも冒険者には試験があったが使用する装備に制限はない。
「俺はキャンセラーだ」
「あん? なんだそりゃ聞いたことねぇな」
「……戦士系のジョブだ」
「は、なんだただのファイターかよ。勿体ぶりやがって」
相手がジョブ名を言ってきたのでヒットも答えたが、やはりこの世界の人間にはキャンセラーが通じないようだ。だからニャムに説明したように戦士系と教えたが、全く同じようにファイター扱いされてしまった。尤もその方が好都合ではある。
「……もういいか? そろそろ始めるぞ」
「いつでもいいぜ」
「同じく」
「判った。一応言っておくがこの中では術式の効果でダメージは衝撃のみ通すようになっている」
ゲームでも訓練で死ぬことはなかったが、どうやら現実化したことでそのような仕掛けが施されているようだ。なので外傷はないがダメージを受けた際の痛みはあるようだ。
「だがいいかスパイク、忘れるな。これはあくまで試験だ。それでは始め!」
スパイクに釘を差し、ギルドマスターの号令と同時に、スパイクが猛ダッシュでその距離を詰めた。手には愛用と思われる槌。それを思いっきり振り上げ叩き落とす。
ヒットはバックステップでそれを避けるが、石の床が砕け大きく凹み、破片が周囲に飛び散った。相当な威力であることが窺える。
この男が言っていたジョブのハンマーズィーガーは槌の扱いに長ける戦士系のジョブだ。
手持ちのスキルもきっとそれ系に特化していることだろう。
ヒットがやっていたゲームはこのジョブの多様さが売りの一つでもあった。クラスアップは上位のみだったが上位への分岐も多かったし、最初に選べる基本職も多かった。
なお、ゲームでは最初に与えられるキャラだけは無料だったが、キャラを追加するときには課金が必要だった。更に初期できめられるジョブはそこまで多くなく、ゲームを続け手に入れた情報やアイテムで選べるジョブが増える仕組みだった。おまけに課金して追加したキャラはAIを乗せて連れて歩くことも出来た為、1キャラだけでやっているというプレイヤーは少なかったりした。
そんなとりとめのないことを思いつつ、ヒットはスパイクの動きをつぶさに観察し続けた。キャンセルはまだ使わない。このスキルは多用すればいいというものではない。
むやみに使えば効果が知られてしまう恐れもある。人には知能があるからだ。
「ちょこまかと、だったら喰らえ!」
「待て、こんなのはもう試験じゃない!」
ギルドマスターの声が響いた。最初に言っていた通り、別に命をかけた試合をしているわけではなく、あくまで冒険者としての資質があるか試すものだ。にも関わらずこれはやりすぎと思ったのだろう。
だが、スパイクは止めるつもりがまるでなかった。
「オラ! 破城槌!」
破城槌といえば攻城兵器の一つだが、この場合は勿論違う。ただ、見た目には近い。槌にオーラがまとわれ、破城槌のような垂直の一撃を放つ。
攻撃範囲も直線上に伸びた状態での一撃だ。どのぐらい伸びるかは熟練度で決まるが、3、4m程度はありそうだ。
速度もあり初見で避けるのは厳しい。円盾で防ぐにもかなりの衝撃だろう。
「キャンセル――」
ヒットがスキルを行使する。瞬間、破城槌の効果が消えた。まとわれたオーラは霧散し、スパイクの体勢も武技発動前の状態まで戻った。
「な! 一体どうなって!」
「爆砕剣!」
踏み込み、ヒットの武技が炸裂。石の床が砕け礫が勢いよく飛び散った。全身に喰らったことで表情を歪めるが、そこまでのダメージには繋がっていない。
それでも問題なかった。この技は相手の視界を奪うということと多少でも怯ませることが目的だ。
ヒットはスパイクの横に移動し、更に武技、挟双剣で追撃する。左右から剣戟が交差し、スパイクが呻き声を上げた。
「マスター続けさせていいにゃん?」
「……もう少しだけ様子を見る」
全く手加減する気のなさそうなスパイクに、苦い顔を見せていたギルドマスターだが、ヒットの戦いぶりに思うところがあったようだ。もう少しその戦いぶりを見てみたいと思ったのかもしれない。
「こ、この! ふざけやがって!」
槌を力強く振り回す。しかしモーションが大きい。避けてくれと言っているようなものだ。
ヒットは数歩後ろに下がりつつ、上半身を後ろに反らし刺々しい頭を躱した。キャンセルを使うまでもないと判断し、反らした半身にバネのような反動をつけカウンターを狙おうとするが、しかしスパイクはその勢いのまま更に回転を付け連続攻撃を仕掛けてくる。
そこで思い出した。槌の武技には遠心連槌という技があったのだ。回転しながら遠心力を利用し連続攻撃を行う技だ。槌系では数少ない手数を増やす手段の一つ。
ヒットはそれに見事に引っかかってしまったといったところか。最初の大ぶりはただの誘い、フェイントだったのだ。
カウンターを狙ったヒットの頭蓋目掛けてスパイクの槌が迫る。この空間では外傷を負うことはないが衝撃は受ける。この一撃を受けては勝機はない。
「キャンセル」
だが、問題なかった。ヒットはまだ精神力にも余裕があった。あの指輪のおかげでスキルを使える回数も増えている。
「な!?」
これに再び驚いたのはスパイクの方だ。確実にあたると思われた二撃目が中断されたのだ。しかも慣性だけは残しておいたので、体だけが空回してしまう。それはヒットにとっては絶好の的だった。
「挟双剣!」
「ぐわぁああぁああぁあ!」
慣性が働いた為、スパイクはヒットの攻撃をまともに受けた。しかもこの状態はカウンター扱いでダメージが入る。変えたばかりの鋼の剣に無防備で受けた武技と相まって巨体を誇るスパイクの足が浮き上がり、翻筋斗打つように後方に倒れゴロゴロと転がった。
「が、ガハッ、な、なんで……」
「勝負あり! この試合、ヒットの勝ちとする!」
呻き声を上げるスパイクを他所に、ギルドマスターがヒットの勝ちを宣言した。
「やったヒット!」
「え? メリッサ?」
ギルドマスターが軍配を上げると、メリッサが勢いよく駆けつけ、ヒットを抱きしめた。大きな胸の心地よい感覚に戸惑いを覚えるヒットである。
「あ、ご、ごめんなさいつい!」
「いや、はは、謝ることはないよ。むしろ約得……」
「へ?」
「あ、いや、ははは……」
ついラッキーと思ってしまったヒットだが笑ってごまかすことにした。ただ、体に感じた柔らかい感触はしっかり記憶しておくことにする。
「にゃん、やっぱりニャムの思った通りの男だったにゃん」
ヒットの戦い振りを見てニャムが得意がった。腕の良い冒険者を見つけ出すのは受付嬢としての評価につながるのかもしれない。
「納得できねぇ!」
するとスパイクが立ち上がり、怨嗟の声を上げた。術式の効果なのだろう。派手に倒れはしたが、そこまでダメージは残っていないようだ。
「何が納得行かないと言うんだ? 今のはどうみてもお前の負けだろう」
「そ、そんなのありえねぇ! 俺はD級の冒険者だ! それがこんなぽっと出の新入りなんかに負けるわけがねぇ! きっと何か卑怯な真似をしたんだ!」
「卑怯だと?」
「そうだ! 俺の技も何故か途中で止められてしまった! こんなのありえねぇ! 何か卑怯な手を使ったに決まってる!」
「それのどこが卑怯だというのだ?」
「だ、だから勝負に魔道具か何かを!」
「こう言っているがどうかな?」
「道具は使ってません。使ったのはスキルです」
「は! ほら見たことか! こいつは卑怯なスキルを使ったんだ!」
ヒットに指を向けながら喚き散らすスパイク。だが、それを見るギルドマスターや冒険者達の目は冷ややかだった。
「スパイク、往生際が悪いぞ」
「そうにゃん、みっともないにゃん」
「な、何だと!」
「お前は言っていて虚しくならないのか? スキルに卑怯もなにもない。持っていれば当然使う。お前だってそうだろうが」
「あ、いや、それは……」
「それにお前は今、勝負と言ったがそれも違う。これはただの試験だ。本来はそれ以上でもそれ以下でもない。にもかかわらずお前、ヒットを倒すつもりでやっていただろう? その時点で試験官としては失格だ」
「ぐ、ぐぐ! だ、だが納得が!」
「スパイク、これだけ言ってもまだ文句があるのか? 俺の判定にそんなに納得がいかないと?」
最後は相手を威圧するぐらいの重低音な声で、責めるように問いかけていた。
スパイクの握られた拳がプルプル震えていたが。
「わ、わかった。そいつの合格でいい……」
それだけ言い残し、どこかへと去っていった。
その後は、観客と化していた冒険者から歓声が上がり、称賛を浴びることとなったヒットである。
「さてと、ヒットはこれで晴れて冒険者になれるわけだが……少々聞きたいことがあるから、俺の部屋まで来てもらえるか?」
試験が終わった直後、ギルドマスターから声が掛かった。今後冒険者として活動する上で、ギルドマスターの誘いを断るわけにもいかないので従うことにするが。
「メリッサもいいか? 今後一緒に行動する仲間なんだ」
「あぁ、それなら構わない。それに聞きたいことは彼女にも関係しているようだしな」
「わ、私もですか?」
メリッサは若干不安がっていたが、別にヒットとメリッサに不利益になるようなことではないと言うのでメリッサも安堵する。
こうしてヒットとメリッサはギルドマスターについていき、2階のマスターの部屋まで向かうこととなった。
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