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#07 Stay with me !
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#07 Stay with me !
「あ、あの、いくら何でもそれはちょっと……。あ、そうだ! 湊のところに泊めてもらうね」
我に返った香夏子は慌ててケータイを取り出した。見るとメールの着信が一件。
(また……?)
開いて見ると案の定、同僚の森田からだった。
> さっきのが彼氏?
渋い顔でケータイを見つめていると、テーブルに頬杖をついた聖夜が大きなため息をついた。それでハッとし、香夏子はケータイを手にした目的を思い出した。
「あ、湊? 遅い時間にごめん」
「ちょっと、今何時だと思ってんのよ?」
迷惑そうな湊の声が耳に飛び込んできた。
「ごめん、寝てた?」
「起きてるけど、何の用? 急ぎ?」
「あの……ちょっとしたトラブルが発生して、家に帰れなくなっちゃったんだよね。だから湊の家に泊めてもらえないかと思って」
「えー!? ……急には困るなぁ。今日は無理だよ」
いつもなら諾してくれる湊だが、今日に限って珍しく狼狽した声で断ってきた。
「そ……うだよね。急にごめんね」
香夏子は当てが外れてがっかりするが、既に零時をまわっているというのに突然泊めてほしいと言い出すほうが無茶なのだ。むしろ断られるのは当然だった。
「できれば泊めてあげたいけど、今、大学のときの友達が来てるんだ」
「あー、お邪魔してごめん」
そのとき電話の向こうでバタンと音がした。すぐに通話マイクを覆うごそごそという音がして湊が何かを話している様子がうかがえた。
「ごめん、今度そのトラブルの話聞くわ。それじゃあね」
香夏子が返事をする隙もなく電話は切れた。湊らしくないので香夏子は首を傾げたが、ともかく湊の家には泊めてもらえないというのが結論である。
「で、どうする?」
聖夜はテーブルの上に転がっていたタバコに手を伸ばした。箱から一本取り出して口にくわえる。それからチラッと香夏子を見た。
「明日、会社じゃないの?」
タバコに火を点けてライターをテーブルの上に置く。最初に深く吸い込み、横を向いて煙を吐き出した。
香夏子はその一連の動作をじっと見つめていた。タバコを吸う人を初めて見たかのような真剣さだった。ボーっと見とれてしまうくらい聖夜の姿が綺麗だった。
(……見とれてる場合じゃないし)
急に恥ずかしくなって座りなおした香夏子は改めて聖夜の部屋を見回した。
「明日は仕事なんだけど……でも……」
「別に今更、遠慮とかしなくてもいいでしょ」
「そんなこと言っても……」
「ああ、そうか」
何事かを納得したらしい聖夜は灰皿を引き寄せて、口にくわえていたタバコを置いた。それから放置されていた一万円札を取り上げる。
「これは貰っておく。だからここにいなさい」
「はい……」
今度は素直に返事をした香夏子を見て、聖夜はクスッと笑った。
「なるほどね」
香夏子は眉をひそめたが、聖夜はニヤリと笑って見せただけでまたタバコをくわえた。
(でもこの部屋、私の寝る場所が……ないよ?)
あまりじろじろ見るのは失礼かと思いながらも部屋を見回す。ここには香夏子の部屋にあるようなソファがない。椅子はあるが、人が横たわって眠るような大きさではないのだ。それにリビングと繋がっているもう一部屋は、戸が閉まっていて、聖夜の寝室であろうと思われた。他に部屋はない。
何かを探すような香夏子の視線に気がついて聖夜は「ああ」と声を上げた。
「予備の布団なんてないよ」
(…………!)
考えていたことを見透かされて香夏子は真っ赤になった。
「別に今更、でしょ。それとも俺に床で寝ろって言うの?」
タバコを灰皿に押し付けて火を消すと聖夜が立ち上がった。ドキッとして見上げるとテーブルの向こうから手を伸びてくる。一瞬首をひねるが、その手を取るとぐいと引っ張られ、香夏子も立ち上がった。
「あの、私、寝相が悪い……」
全部言い終える前にまた唇が塞がれてしまった。タバコの苦い味がするが、キスだけでとろけそうだ。一度こんなキスを覚えてしまったらもう他のキスでは満足できないだろう。
(もう……ダメ!)
胸がはちきれそうだった。
「また泣きそうな顔してる」
今度は意地悪な笑顔で香夏子の顔を覗きこんできた。その目を縋るように見上げる。
「こんな顔、他のヤツにもするの?」
香夏子は目を大きく見開いて首を横に振った。それを見た聖夜は満足げに微笑して香夏子の腰に手を回す。閉じられていた引き戸の奥へと誘われ、香夏子はおずおずとその部屋へと足を踏み入れた。
首筋に聖夜の口髭が触れるたび、香夏子は身体を震わせた。ただ舐め上げられるよりも更に敏感に反応してしまう。最初はその自分の反応が恥ずかしかったが、徐々にもっと強い刺激を求める心が香夏子を支配した。
身体中を撫で回され、息も絶え絶えになった頃、待ち侘びていた秘所に指が忍んでくる。あの長い指が自分の一番敏感な部分に触れることを想像するだけでもじわりと中心から蜜が溢れてくるのを感じた。
「ん……っ!」
耐え切れず声を上げると、聖夜はクスッと笑って胸の突起を口に含んだ。また口髭がくすぐったくて喘いでしまう。
「我慢しなくていいよ」
僅かに残っていた羞恥心もその一言で消し飛んだ。今夜二回目ということもあってか、意識がこれまで到達したことのない高みへと急速に浮遊していく感覚に耽溺する。
「あ、ぁ……、やぁ……っ」
あともう少し、というところで聖夜の指が離れた。不安げに聖夜を見上げると優しいキスが降ってきた。
「ちょっと待って」
そう言って聖夜は準備をするために背を向けた。
「もっと気持ちいいことしよ?」
戻ってくると香夏子の太ももを撫でて、足を恥ずかしいくらい大きく広げさせた。そして素早く香夏子の中に入ってくる。初めてのときとは違い、香夏子は難なく聖夜を受け入れた。
「んっ……、はっ……あ、ぁ……っ、んっ……ぁぁっ」
あらかじめ長い指でくまなく刺激されていたが、それとは全く別の甘美な刺激が力強い律動とともに香夏子に押し寄せる。抗いがたい悦楽の連続に香夏子の感覚は鋭く研ぎ澄まされ、聖夜の動きがラストスパートに達すると、ついに香夏子の中で何かが弾け、世界が真っ白になった。
気がつくと心配そうな顔で眺めている聖夜が隣にいた。
「大丈夫?」
香夏子は小さく頷いた。まさか意識が飛ぶとは思いもしなかった。自分の乱れようが脳裏によみがえり、急に恥ずかしくなって毛布を手繰り寄せて顔を覆った。
だが、聖夜はその毛布を少し引っ張って隠れようとする香夏子の視線をとらえた。
「そんなによかったんだ?」
顔が発火しそうに熱くなったが、香夏子は素直に頷いた。聖夜はニヤッと笑うと毛布を掴む手を緩めた。
「ずっと、カナは秀司のことが好きなんだと思ってた」
「……違う」
「うん。今、やっと、何となくわかった」
香夏子は聖夜から毛布を完全に奪い返して顔を埋めた。気持ちはモロバレのはずだ。恥ずかしすぎて顔を見せられない。
「けど、どうしてさっきは一人で勝手に帰った?」
うっ、と言葉に詰まる。理由を説明するのは難しい。あのときはどうしてもそうしなくてはいけないと思ったのだ。
「だって、私は聖夜のことが好き……だけど、聖夜は違うでしょ? だから……」
ため息が聞こえてきた。
「ご丁寧に万札まで置いていくから、俺はそんなに嫌われているのかと思った」
(え……!?)
香夏子は毛布をずらして聖夜の顔を見た。唇が自嘲気味に歪んでいる。そんな顔をさせているのが自分だとはにわかには信じ難い。
「それって、どういう……?」
毛布が取り払われて聖夜の長い指が香夏子の頬を撫でる。優しい眼差しが香夏子をとらえて放さない。
「彼氏がいないって聞いて嬉しくなった」
意識が飛んたときに、間違って別の世界に来てしまったのではないかと香夏子は心配になった。これは何かの間違いだ。そうでなければ悪いジョークに違いない。
「どうして?」
ゆっくりと瞬きを繰り返すことしかできない香夏子の頬を長い指が絶え間なく往復する。
「さっきの男、彼氏なのかとずっと思ってた」
「……え?」
「あの腕時計、一度見たら忘れない」
香夏子は聖夜の目を瞬きもせず見つめ続けた。
「何年か前に一度見たよ。カナとあの男が一緒にいるのを」
(嘘……!)
突然、最初のキスの前に高架下で聖夜が言ったことの意味を理解した。
香夏子は笑い出した。笑うことしかできない。自分自身が可笑しくて涙が出た。
「気がついてたんだ。……私、何やってるんだろう?」
「秀司のせいだと思ってたよ。忘れられないから誰とも付き合わないのかと思った」
「違う……」
穏やかな口調が逆に香夏子の胸には痛い。聖夜にだけは知られたくなかったのに、と思う。
「もっと自分を大切にしないと。カナは女の子なんだし」
そう言って聖夜が髪を撫でてくれた。幼い頃、泣くといつも聖夜が頭を撫でてくれたことを思い出す。天使のように綺麗な顔の男の子だった聖夜は、自分勝手で横暴な秀司とは対照的に、優しくて乱暴なことが嫌いだった。
「もう『女の子』って歳じゃないよ」
頭を撫でるが一瞬止まり、クスッと笑われた。
「そうだね。今日初めてわかったよ」
その言葉にまた香夏子は先ほどのことを思い出し、カーッと赤くなる。聖夜はそれを見てますます面白そうに笑った。
「明日っていうか、今日? 俺は休みだからカナの仕事が終わったら一緒に荷物取りに行こう。着替えとかないと困るだろうし」
「で、でも……」
嬉しすぎる言葉だったが、やはり香夏子はうろたえた。今のこの状況すら信じられないのだ。目が覚めたら全て夢だったというオチのほうが現実味がある気がする。
また聖夜の手が止まった。
「だからここにいろって。もうあの男にカナを触らせたくない」
胸がきゅうっと痛くなり、苦しくて泣きたくなった。幸せすぎて心が破裂しそうだった。今なら死んでもいい。
あまりにも気持ちがたかぶって目を瞑っても寝付けない。寝息を立て始めた聖夜の横で、香夏子はまんじりともせず朝を迎えた。
「あ、あの、いくら何でもそれはちょっと……。あ、そうだ! 湊のところに泊めてもらうね」
我に返った香夏子は慌ててケータイを取り出した。見るとメールの着信が一件。
(また……?)
開いて見ると案の定、同僚の森田からだった。
> さっきのが彼氏?
渋い顔でケータイを見つめていると、テーブルに頬杖をついた聖夜が大きなため息をついた。それでハッとし、香夏子はケータイを手にした目的を思い出した。
「あ、湊? 遅い時間にごめん」
「ちょっと、今何時だと思ってんのよ?」
迷惑そうな湊の声が耳に飛び込んできた。
「ごめん、寝てた?」
「起きてるけど、何の用? 急ぎ?」
「あの……ちょっとしたトラブルが発生して、家に帰れなくなっちゃったんだよね。だから湊の家に泊めてもらえないかと思って」
「えー!? ……急には困るなぁ。今日は無理だよ」
いつもなら諾してくれる湊だが、今日に限って珍しく狼狽した声で断ってきた。
「そ……うだよね。急にごめんね」
香夏子は当てが外れてがっかりするが、既に零時をまわっているというのに突然泊めてほしいと言い出すほうが無茶なのだ。むしろ断られるのは当然だった。
「できれば泊めてあげたいけど、今、大学のときの友達が来てるんだ」
「あー、お邪魔してごめん」
そのとき電話の向こうでバタンと音がした。すぐに通話マイクを覆うごそごそという音がして湊が何かを話している様子がうかがえた。
「ごめん、今度そのトラブルの話聞くわ。それじゃあね」
香夏子が返事をする隙もなく電話は切れた。湊らしくないので香夏子は首を傾げたが、ともかく湊の家には泊めてもらえないというのが結論である。
「で、どうする?」
聖夜はテーブルの上に転がっていたタバコに手を伸ばした。箱から一本取り出して口にくわえる。それからチラッと香夏子を見た。
「明日、会社じゃないの?」
タバコに火を点けてライターをテーブルの上に置く。最初に深く吸い込み、横を向いて煙を吐き出した。
香夏子はその一連の動作をじっと見つめていた。タバコを吸う人を初めて見たかのような真剣さだった。ボーっと見とれてしまうくらい聖夜の姿が綺麗だった。
(……見とれてる場合じゃないし)
急に恥ずかしくなって座りなおした香夏子は改めて聖夜の部屋を見回した。
「明日は仕事なんだけど……でも……」
「別に今更、遠慮とかしなくてもいいでしょ」
「そんなこと言っても……」
「ああ、そうか」
何事かを納得したらしい聖夜は灰皿を引き寄せて、口にくわえていたタバコを置いた。それから放置されていた一万円札を取り上げる。
「これは貰っておく。だからここにいなさい」
「はい……」
今度は素直に返事をした香夏子を見て、聖夜はクスッと笑った。
「なるほどね」
香夏子は眉をひそめたが、聖夜はニヤリと笑って見せただけでまたタバコをくわえた。
(でもこの部屋、私の寝る場所が……ないよ?)
あまりじろじろ見るのは失礼かと思いながらも部屋を見回す。ここには香夏子の部屋にあるようなソファがない。椅子はあるが、人が横たわって眠るような大きさではないのだ。それにリビングと繋がっているもう一部屋は、戸が閉まっていて、聖夜の寝室であろうと思われた。他に部屋はない。
何かを探すような香夏子の視線に気がついて聖夜は「ああ」と声を上げた。
「予備の布団なんてないよ」
(…………!)
考えていたことを見透かされて香夏子は真っ赤になった。
「別に今更、でしょ。それとも俺に床で寝ろって言うの?」
タバコを灰皿に押し付けて火を消すと聖夜が立ち上がった。ドキッとして見上げるとテーブルの向こうから手を伸びてくる。一瞬首をひねるが、その手を取るとぐいと引っ張られ、香夏子も立ち上がった。
「あの、私、寝相が悪い……」
全部言い終える前にまた唇が塞がれてしまった。タバコの苦い味がするが、キスだけでとろけそうだ。一度こんなキスを覚えてしまったらもう他のキスでは満足できないだろう。
(もう……ダメ!)
胸がはちきれそうだった。
「また泣きそうな顔してる」
今度は意地悪な笑顔で香夏子の顔を覗きこんできた。その目を縋るように見上げる。
「こんな顔、他のヤツにもするの?」
香夏子は目を大きく見開いて首を横に振った。それを見た聖夜は満足げに微笑して香夏子の腰に手を回す。閉じられていた引き戸の奥へと誘われ、香夏子はおずおずとその部屋へと足を踏み入れた。
首筋に聖夜の口髭が触れるたび、香夏子は身体を震わせた。ただ舐め上げられるよりも更に敏感に反応してしまう。最初はその自分の反応が恥ずかしかったが、徐々にもっと強い刺激を求める心が香夏子を支配した。
身体中を撫で回され、息も絶え絶えになった頃、待ち侘びていた秘所に指が忍んでくる。あの長い指が自分の一番敏感な部分に触れることを想像するだけでもじわりと中心から蜜が溢れてくるのを感じた。
「ん……っ!」
耐え切れず声を上げると、聖夜はクスッと笑って胸の突起を口に含んだ。また口髭がくすぐったくて喘いでしまう。
「我慢しなくていいよ」
僅かに残っていた羞恥心もその一言で消し飛んだ。今夜二回目ということもあってか、意識がこれまで到達したことのない高みへと急速に浮遊していく感覚に耽溺する。
「あ、ぁ……、やぁ……っ」
あともう少し、というところで聖夜の指が離れた。不安げに聖夜を見上げると優しいキスが降ってきた。
「ちょっと待って」
そう言って聖夜は準備をするために背を向けた。
「もっと気持ちいいことしよ?」
戻ってくると香夏子の太ももを撫でて、足を恥ずかしいくらい大きく広げさせた。そして素早く香夏子の中に入ってくる。初めてのときとは違い、香夏子は難なく聖夜を受け入れた。
「んっ……、はっ……あ、ぁ……っ、んっ……ぁぁっ」
あらかじめ長い指でくまなく刺激されていたが、それとは全く別の甘美な刺激が力強い律動とともに香夏子に押し寄せる。抗いがたい悦楽の連続に香夏子の感覚は鋭く研ぎ澄まされ、聖夜の動きがラストスパートに達すると、ついに香夏子の中で何かが弾け、世界が真っ白になった。
気がつくと心配そうな顔で眺めている聖夜が隣にいた。
「大丈夫?」
香夏子は小さく頷いた。まさか意識が飛ぶとは思いもしなかった。自分の乱れようが脳裏によみがえり、急に恥ずかしくなって毛布を手繰り寄せて顔を覆った。
だが、聖夜はその毛布を少し引っ張って隠れようとする香夏子の視線をとらえた。
「そんなによかったんだ?」
顔が発火しそうに熱くなったが、香夏子は素直に頷いた。聖夜はニヤッと笑うと毛布を掴む手を緩めた。
「ずっと、カナは秀司のことが好きなんだと思ってた」
「……違う」
「うん。今、やっと、何となくわかった」
香夏子は聖夜から毛布を完全に奪い返して顔を埋めた。気持ちはモロバレのはずだ。恥ずかしすぎて顔を見せられない。
「けど、どうしてさっきは一人で勝手に帰った?」
うっ、と言葉に詰まる。理由を説明するのは難しい。あのときはどうしてもそうしなくてはいけないと思ったのだ。
「だって、私は聖夜のことが好き……だけど、聖夜は違うでしょ? だから……」
ため息が聞こえてきた。
「ご丁寧に万札まで置いていくから、俺はそんなに嫌われているのかと思った」
(え……!?)
香夏子は毛布をずらして聖夜の顔を見た。唇が自嘲気味に歪んでいる。そんな顔をさせているのが自分だとはにわかには信じ難い。
「それって、どういう……?」
毛布が取り払われて聖夜の長い指が香夏子の頬を撫でる。優しい眼差しが香夏子をとらえて放さない。
「彼氏がいないって聞いて嬉しくなった」
意識が飛んたときに、間違って別の世界に来てしまったのではないかと香夏子は心配になった。これは何かの間違いだ。そうでなければ悪いジョークに違いない。
「どうして?」
ゆっくりと瞬きを繰り返すことしかできない香夏子の頬を長い指が絶え間なく往復する。
「さっきの男、彼氏なのかとずっと思ってた」
「……え?」
「あの腕時計、一度見たら忘れない」
香夏子は聖夜の目を瞬きもせず見つめ続けた。
「何年か前に一度見たよ。カナとあの男が一緒にいるのを」
(嘘……!)
突然、最初のキスの前に高架下で聖夜が言ったことの意味を理解した。
香夏子は笑い出した。笑うことしかできない。自分自身が可笑しくて涙が出た。
「気がついてたんだ。……私、何やってるんだろう?」
「秀司のせいだと思ってたよ。忘れられないから誰とも付き合わないのかと思った」
「違う……」
穏やかな口調が逆に香夏子の胸には痛い。聖夜にだけは知られたくなかったのに、と思う。
「もっと自分を大切にしないと。カナは女の子なんだし」
そう言って聖夜が髪を撫でてくれた。幼い頃、泣くといつも聖夜が頭を撫でてくれたことを思い出す。天使のように綺麗な顔の男の子だった聖夜は、自分勝手で横暴な秀司とは対照的に、優しくて乱暴なことが嫌いだった。
「もう『女の子』って歳じゃないよ」
頭を撫でるが一瞬止まり、クスッと笑われた。
「そうだね。今日初めてわかったよ」
その言葉にまた香夏子は先ほどのことを思い出し、カーッと赤くなる。聖夜はそれを見てますます面白そうに笑った。
「明日っていうか、今日? 俺は休みだからカナの仕事が終わったら一緒に荷物取りに行こう。着替えとかないと困るだろうし」
「で、でも……」
嬉しすぎる言葉だったが、やはり香夏子はうろたえた。今のこの状況すら信じられないのだ。目が覚めたら全て夢だったというオチのほうが現実味がある気がする。
また聖夜の手が止まった。
「だからここにいろって。もうあの男にカナを触らせたくない」
胸がきゅうっと痛くなり、苦しくて泣きたくなった。幸せすぎて心が破裂しそうだった。今なら死んでもいい。
あまりにも気持ちがたかぶって目を瞑っても寝付けない。寝息を立て始めた聖夜の横で、香夏子はまんじりともせず朝を迎えた。
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