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9.それはある日の優しい記憶

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それは6年前のある日の事だった。

その日はたまたま欲しかった薬草が近くで手に入らなかったらしく、時間もあったから遠出したと言っていた。
遠出した街のはずれから煙が上がっていることに気付いたのは誰だったか。

街のはずれにある孤児院から火が出ていた。
居合わせたからと街の人と向かったその建物はもう火に包まれていて。

大胆な魔法が得意だったおかげで、近くの湖から水を集め雨のように降らせる事に成功し、なんとか消火自体は出来たが火傷した人が多かった。
だがその場に居合わせた者に魔法傷薬なんてものを孤児の為に買おうという人は居なかったのだ。


その時の僕は火はもう消えているはずなのに体が熱く、燃えているように感じた。
煙も吸ったのかケホケホと小さな咳が止まらず、だが咳き込む度に体のあちこちが痛んだ。
横たえられた土が冷たく感じ、動かした目線の先に爛れた自身の皮膚があった。

他のみんなはどうなったのだろう。
もうこのまま死んでしまうのだろうか。

それはそれでもう仕方のないことなんだ、と目を閉じかけた時だった。


「使った魔法薬は私がすぐに補充します!ありったけ持ってきてください!!」


そんな声が耳に飛び込んできたのだ。
閉じた目を少し開き声の方を追いかける。
そこにいたのは、まだ本当に若い女の子だった。

晴れきった空を見て、あの雨は彼女の魔法だったのだと思った。
何故なら彼女の一言で何人かが慌てて街に走ったからだ。
魔法薬の補充が出来るということは、それだけお金に余裕があるか自身が生成出来るからである。
そして誰より濡れていた彼女を見て後者であるとそう思ったのだ。


「ま…じょ、さま…?」
「!大丈夫っ?!すぐお薬届くからもう少し頑張って!」

彼女の言葉通り魔法薬はすぐ用意され、僕を含めた全員に渡された。
そして問題が起こったのはその時だったのだ。


「傷が、治らない……?」


みんなはすぐに火傷が治り喜んでいた。
彼女に泣いてお礼を言う子もいた。

しかし僕の火傷は治らなかったのだ。


「もしかして、飲んだフリをしたんじゃないか?」
火傷が治らない僕に気付いた街の人からそんな事を言われた。

焦った僕は飲み干した空の小瓶を見せたが、近くの瓶を拾ったのではないかと信じて貰えなかった。

「後で魔法薬を売るつもりなんだろう」
と言われ
「もしかしてもう一本貰えるとでも思っているのか?」
と蔑まれた。


体が痛かった。
しかし心は痛くなかった。

そんな扱い、当たり前だったから。


「恥を知りなさい」


そういって庇うように僕の前に彼女が立った。
彼女はすぐに振り向き僕の様子を確認した後、「ごめんなさい、治癒魔法は使えないの」と謝った。
その悔しそうな顔を見て、慌てて謝る必要はないと口を開いたが言葉には出来なかった。
おそらく何かの魔法をかけられたのだろう、そこで僕の記憶は途絶えた。


次に目を覚ました時は少し古びた、木の香りのする家だった。
ふかふかとまでは言えないが、清潔なベッドに寝かされていることに気付く。

「あ、起きた?どう?」
「え……っと」

どう?と聞かれても一瞬何を答えればいいのかわからなかった。
そして一拍遅れて体が痛くない事に気が付いた。

「あ、痛くない、かも…です」
「ほんと?軟膏めちゃくちゃ塗り込んだのよね、効いて良かった。これしばらくは塗り続けてね」

そういって軟膏の入った容器を1つ渡してくれたのだが。

「受け取れません、お金…ないから」

それどころか既に使ってくれたであろう薬を返す当てすらなくて。
だけどそんなこと、と笑い飛ばすように彼女は言い切った。

「これはあげるわ、私が作ったものだし気にしなくていいのよ。でも、もし君が気になるというならいつか君が作った薬を私にちょうだい」
「僕、薬なんて作れません」
「いいえ、作れるわ。魔法薬が効かなかったのは、君が本能で“知ってた”からよ。君には魔法使いになれる才能がある」

僕が?魔法使いに?

「君にその気があれば、私の師匠を紹介するわ」
と、そう彼女は微笑んでくれて。

驚いて目を見開いた僕を覗き込んだ彼女は、「海色の綺麗な瞳ね」と、穏やかに笑っていた。



その後孤児院のあった場所に戻ったが火事で住めなくなっており、他の街のいくつかの孤児院に皆バラバラに行った事を知った。

僕は一番近くの孤児院に行き、渡された軟膏を塗って火傷を治す事に専念した。
その軟膏がよく効いたのか、それとも早く治したいという思いが伝わったのか二ヶ月ほどで爛れた皮膚は奇跡的にキレイになった。

そして院長にお礼を言い、僕はすぐに孤児院を出ることにした。


久しぶりに会った彼女は僕の事を覚えていてくれ、火傷が治ったことを本当に喜んでくれた。
まるで自分のことのように喜んでくれる彼女が温かくて、嬉しくて。

もう体は痛くなかった。
でもなんだか心が締め付けられるように痛かった。


「魔法使いに、なれますか?」

なんとか絞り出した声を聞き、彼女はなれると断言してくれた。
すぐに彼女の師匠へ連絡すると言ってくれたが、それは断った。


「貴女の弟子になりたいです。僕の師匠になってください」
「私は、まだ一人前になってそんなにたってなくて…」

少し戸惑っているようだったが、嫌がられてる訳ではなさそうな様子に少しほっとする。

「家事も出来ます、力仕事だって!僕は、僕を助けてくれた魔女さまみたいな魔法使いになりたいんです!」

その懇願に、彼女は少し照れくさそうに笑ってくれた。

「わかったわ、私もいい師匠になれるように頑張るから、一緒に頑張ろうね」



「私はルールリア。君は?」
「僕はエドワード」


それが俺と、ルールの出会いの記憶だった。
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