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8.思い込みとは自然に生まれる最高のスパイスである

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「本当に危なかったんですよ、俺なら弾くことくらい簡単に出来るって知ってますよね?」
大きなため息を吐きこちらを見下ろすエドに思わず反論する。

「わかってるわよ!でもそんなの関係ないの、気付いたら飛び出してたんだから仕方ないじゃない」

そう、仕方ないのだ。
エドが危ないと思ったら体が勝手に動いてしまっていたんだから。


じっとエドを見上げていると、諦めたのか何なのかエドが手を差し出してきたので大人しく手を重ねる。
重ねた手を引っ張り、立たせてくれたエドはそのまま私のローブに付いた土も払ったあと、木にくくられている男の元へ向かった。


「この男は?」
「彼が領主の息子ですね。自身は安全なところにいてゴロツキに襲わせたので俺の雷から逃れられたんでしょう」

げっ、こいつがストーカーか!と思わず顔をしかめてしまう。

「エド、この人達この後どうするの?」
「領主のとこに送り返しますよ」

ふむ、と少し考える。
送り返すだけだと、変な逆恨みをされたりまたストーカーをするかもしれない。

「送り返す時に、領主に向けて次はお前だぞってメッセージもつけられる?」
「それくらいなら容易いですが…」

エドの方を振り向きにやっと笑う。

「これ、なーんだ?」
「そ、れは…!」

私がおもむろにポケットから出した小瓶を見てエドが驚く。
その様子を見ていた領主の息子も何か不穏なものを感じ取ったらしく。

「な、なんなんだよその小瓶はッ!?」

何か言いたげなエドを手で制し、領主の息子の前にしゃがみこみ、にっこりと笑いながら教える。


「これは天才魔法使い特製の媚薬よ」
「は?び、媚薬?」
「安心して、成分は問題ないし味は果実酒、飲んだらすぐに体が熱くなってくると思うわ」
「なっ、それをどうする気だ?まさかだよな?」
「えぇ、貴方に今から飲ませるわ。そしてこの倒れているゴロツキと一緒に領主の部屋に閉じ込めてあげる。大好きなお父様を選ぶのも良し、ちょっと顔は厳ついけど貴方の忠実なオトモダチを選ぶのも良し、よ?」
「は?は?ちょ、待っ…」

どんどん顔色の悪くなってくる男の口に無理やり瓶を突っ込み飲ませてやった。


「魔法薬は最高の“錯覚”を起こすわ、貴方に楽しいひとときをプレゼントするわね」

そう笑ってエドに合図を送ると、エドは指を杖のように動かし何か呪文を呟いた。


パンッ!

白い火花が周りに散ったと思ったらもうそこには誰もいなくて。


「まぁ、これで少しは懲りるでしょ」
「そりゃ錯乱した息子と気絶してる屈強な男が突然自分の部屋に転送されて来て脅しのメッセージまで付いてるんですからね。さすがに領主が全力で揉み消しもう来させないようにするでしょうが…」


少し歯切れの悪いエドを見つめる。
やはりこういう表情はいつまでも可愛い弟子である。

「中身が本当はただの果実酒だって事を心配してるの?」
「っ!」

海色の瞳を大きく開いたエドがなんだかおかしく少し笑ってしまう。

「そりゃ気付くわよ、私はあなたの師匠なんだから」

脅しなんだからこれくらいで十分でしょ?なんて格好つけたものの、ルールが気付いたのは今朝魔法分解をかけたからなのだが。


そう、毎日飲まされていた自称媚薬はただの果実酒だったのだ。

「いつから…気付いてたんですか?」
「それはその、最初からよ。」

嘘である。

「なるほど、だから2本目はあんなに焦ってたんですね」
「へ?」
「最初の媚薬はルールを苦しませてしまっただけでしたから、2本目は味も効果の出し方もお酒に酔った時の高揚感に近くした本物の媚薬だったので…」

アッ!
なるほど、なんとなく不穏だったからどっちが飲むかを押し付けあったあれは本物の媚薬だったのか…
勝手に全部果実酒だったのかと思ってた…

ルールが魔女だったから効かなかっただけ、という事実に気付き慌てて笑顔を取り繕う。

せっかく格好つけたのに全てを台無しにするところだった。

「どうりで3本目からは普通に飲んでくれるなって思ってたんです。気付いてたからだったんですね」

少し照れくさそうなエドに張り付けた笑顔をそのまま振りまき続けた。


「なんで途中からただの果実酒にしたの?」
少し動揺が落ち着いたところで気になっていたことを聞く。

「2本目は、その、苦しませただけだったのが悔しくて少し意地みたいな気持ちで作ったんです。でも、効果は無くて。」
「まぁ、私は魔女だからね」

媚薬が魔法薬である以上私には効かないだろう。
それがこの世の理だ。


「でもさすがにこれ以上媚薬の実験なんて不本意なことしたくなくて。でも寝る前の少しの時間を一緒にいる理由になりますし、だったらいっそただの果実酒でいいかなって」

「へ?」
寝る前の…時間?

思わずキョトンとしたルールに、これでも伝わらないか、と苦笑したエドが話を続ける。


「媚薬なんて朝から飲んだり、夕御飯の後に飲んだりしないですよね?」
「そうね、まぁ、誰かを貶める為に使う訳じゃなくて効果を確認する為なら寝る前…ね」
「つまり、媚薬の効果を確認する為にルールが寝る寸前まで一緒に過ごす大義名分が俺に出来るんですよ」


それはつまり、その瞬間まで側にいたいという意味で。
だったら先ほど言っていた“不本意なこと”というのは、万が一媚薬の効果が出た時、それが薬のせいだという事が嫌だという事なのだろうか。

言葉の意味を理解しじわじわと顔に熱が集まるのを感じる。


「それに、なんでこんなに執拗に媚薬なんてものを飲ませるんだって考えてくれたら嬉しいな、なんて打算もありましたよ?」

まぁ、ルールがそんな細かいこと考えてくれる訳ないって気付いてましたけど。と言い切るエドに思わず頬を膨らます。

そんなルールにはお構い無しのエドは、少し俯いてポツリと小さく呟いた。


「ルールに庇われたのは、2回目ですね」
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