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1.死神の僕

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「次の死者は……おだくら、えいし……、小田倉瑛士、だね」
 

 ――死神。人は僕を見て皆そう呼んだ。
 
 いつ死神になったのかや、死神になる前に何をしていたのかはわからない。

 僕がするのは死ぬ間際の相手の前に現れて、今世に未練が残らないようひとつだけ願いを叶えるということだけだった。

“同じ時間の繰り返し”

 でもそれで構わない。
 これが僕のやるべきことだったから。


 今から送るのはとある飼い犬だった。老衰。
 この子の願いは最期にもう一度家族と散歩に行くことで、年齢を重ねて足腰が弱っていた体を一時的に補助し散歩へと行かせてやる。

 そして最期の散歩が終わったのを確認し、お別れの挨拶を促した。
 
 この子が家族とお別れをしているのを横目で見ながら次の死者を確認していた僕は、ふぅ、と小さく息を吐いてたった今家族に看取られた犬を死後の世界へと送る。
 これでひとつ、任務完了。

“次は人間か”

 一般的に最も下等だとされる人間という種族を嫌う仲間は多い。
 自分がもうすぐ死ぬことを知ると罵倒し、騒ぎ、逃げようとする。

 全て無意味であり、運命は変えられない。
 突然包丁を持って僕を刺した人もいたが、死を扱う僕たちが死ぬはずもなく、淡々と処理をした。

“嫌う気持ちもわかるな”

 でも僕はそんな人間が嫌いではなかった。
 そうやってみっともなくあがき生に執着する彼らは、そう悪いものでもないと感じていたからだ。


「そろそろ行こうかな」

 もう死後の世界に行ってしまった犬を想い涙を流して縋る彼らを眺めながらバサリと羽を羽ばたかせた僕は、そんな彼らに『やっぱり、悪いものでもない』とそう感じながら次の死者、小田倉瑛士の元へと飛んだのだった。


 ◇◇◇


「こんにちは」
「……は?」

 食事を作ろうとしていたのかキッチンで玉ねぎを刻んでいる小田倉瑛士に声をかける。
 次の死者である彼には今、僕の姿が見えているだろう。

“あ、また刺されるかな”

 痛みなどは感じないが、刺される感覚というのはあまり心地いいものではないことを思い出し内心ため息を吐く。

 だが説明義務は果たさねばならない。

「君はあと一週間で亡くなります。この事実は変わりません」
「……」
「最期に望みはありますか?」

 死にたくないと発狂するか、錯乱し僕を攻撃してくるか。
 怯えて泣き出すかもしれない、なんて想像しながら彼の反応を待つ。

 しかしいくら待っても何も反応がなく、怪訝に思った僕が小田倉瑛士の様子を窺うと呆けたままの彼がやっと口を開いた。

「天使、か?」
「え」

“て、天使?”

 まさかそれは僕のことなのだろうか。
 過去死神と呼ばれたことこそあるし現に死神の僕を、天使と表現する人間がいるとは思わずぽかんとしてしまう。

「どちらがといえば死神です」
「死神? 鎌は?」
「鎌?」
「死神といえば鎌で命を刈り取るものじゃないのか」

“そんな伝承があるのか”

 人間側が作り上げた幻想か、それともその伝承を残した人間にはそう見えたのかもしれない。
 僕らの見た目は死を迎えた相手と同じ形態を取ることが多く、犬なら犬の、猫なら猫の姿になる。
 共通しているのはこの大きな翼だけだった。

 きっとその姿を表す段階で何らかの食い違いが発生したのだろう。
 死への恐怖を表現するために描き足した、とかかもしれない。

「残念ながらそういったものはありません。僕が持っているのは君の最期の望みを叶える手助けをする力だけ」
「望み?」
「未練を残したら死後の世界にいけないから」

 未練がなくなれば死後の世界へと僕が送るという説明もする。
 その説明を聞くと大抵の人間は抵抗するが、彼は相変わらずどこか呆然と聞いていた。

「……やっぱり天使じゃないか」
「ですから僕は」
「迎えに来てくれたってことだろう」
「え……」

 そしてすぐにそう断言されて戸惑ってしまう。
 死ぬ間際の相手からすれば、僕は命を終わらせる者だ。

 誰からも歓迎されないそんな存在。
 そんな存在の僕に、『迎えに』だなんて表現をする人間がいるとは思わなかった僕は、その時少しだけこの小田倉瑛士というこの男に興味を抱いたのだった。


“とは言っても、仕事は仕事だから”

 気を取り直そうとこほんと咳払いをし、改めて彼と向き合う。
 黒髪のセンター分けの前髪から覗く少しタレ目の黒い瞳。

 その瞳を真っ直ぐ見つめながら、僕は再度望みを聞いた。
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