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4.穏やかさに想いを馳せて

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 穏やかな、時間だった。
 寝る必要もない僕は、寝たふりをして眠る瑛士を覗き見る。

 手を繋いで出かけ、映画を観て買い物をする。
 一緒に料理を作り、時に失敗を共有して並んで眠った。

 もちろん毎日出かけていた訳ではなく、家で一緒に動画サイトの動画を観たりただのんびりと話して過ごしたりもした。
 
 僕がする話はあまり面白い話ではなかったが、刺されても痛みも無ければ死ぬこともないと聞くとただただ驚き、今まで送った死者の話を聞き涙を流していた。


 瑛士の話も聞いた。
 今まで誰かの生い立ちなどには興味がなかったが、不思議と彼の話は気になった。

 母親と一緒にどう過ごしていたのか。
 新しく出来た父親には高校生の娘さんがいたそうで、僕に言わせれば気にしすぎだと思うのだが、気遣って家を出たのだとか。

“そのせいで最期の時間を一人で過ごすことになったのに”

「僕が、側にいる」
「そうか」
「!」

 完全に寝ていると思っていただけに、突然返事が返ってきて驚く。

「ち、ちがっ、今のは」
「? 俺を送ってくれるのはましろだろ、なら違わないと思うが」
「え、それは……そう、だね」

 ちくり、ちくり。
 痛みを感じないはずの心臓が痛い。

 思わず目を伏せると、瑛士の手のひらがそっと僕の頬に添えられる。

「?」

 どうしたのかと視線を向けると、じわりと頬を赤くした瑛士と目があった。

“あ、キス……”

 別に僕たちは本物の恋人ではない。けど。

 ドクンと心臓が大きく跳ねる。

“でも、これは今世への未練をなくす為だから”

 そのまま両目を閉じると、瑛士の指がピクッと反応し、そして僕の唇に少しかさついた柔らかいものが触れた。

“温かい”

 ふにふにと何度か押し当てられ、そして唇の隙間を割るように瑛士の熱い舌がにゅるりと口内に入ってくる。

「ん」

 僕の舌を求めるように瑛士の舌が口内を蠢き、そして僕の舌に彼の舌が絡められた、その時だった。

「――ッ!?」

 突然体から力が抜ける感覚に驚き、反射的にドンッと彼を思い切り押す。

“い、今のは……”

 その感覚に愕然としていると、僕にベッドから突き落とされた瑛士が落ち込んだ表情で上半身を起こした。

「悪い、調子に乗った」
「え? あっ!」

“僕が嫌がったと思ってるのか”

 その事実に気付きハッとした僕は、慌てて顔をブンブンと大きく振る。

「違う、嫌だったんじゃない」
「だが」
「今のはその、お、驚いて」

 嘘ではない。だが絶妙に真実ではないことを口にした僕は、ホッとした表情になった瑛士に安堵した。

「本当に、嫌じゃなかったから」

 そう念を押し、再び一緒にベッドへ横たわる。
 ホッとしたからか、それとも元々寝ていたからか再びすぐ眠りに落ちた瑛士を見つめながら、彼の真似をして眠る訳ではないのに両目を瞑ったのだった。



“やっぱり、延びてる”

 洗濯物を干している瑛士の背中を眺めながらため息を吐く。

 あと二日ほどに迫っていた彼の寿命が、半日ほどではあるが延びていたのだ。

「体液接触、かな」

 仮にも神と呼ばれるほど力のある存在なのだ。
 そんな僕と深く触れ合えば力も移るということなのだろう。

 力を吸われた、や力を与えたという表現の方が正しいかもしれない。

 そんな事例を聞いたことがなかったのは、下等生物とされる彼らと交わろうとする者がいなかっただけ。

「つまり、僕は僕の力を瑛士に渡して死の運命から逃がしてやれるのか……」

 たった五日、それだけしか彼と過ごしていないのに瑛士がとても善良であることは十分に伝わっていた。

“幼い時から苦労して、やっとこれからという時なのに”

 だが、死神である僕が私的な感情で命の持ち時間を変えることが許されるはずもない。
 そもそもそんなことをすれば、これから先ずっと同じ葛藤を抱くだろう。

「それに、どれくらいの力を与えればどれくらい延びるかもわからないし」

 与えすぎてもダメだし、逆に全て譲渡しても一年もたない可能性だってある。
 やはりこの考えは問題しかなく、試すにはリスクが高すぎた。


“でも、少しくらいなら……いや、だめだ、絶対ダメ”

「最近何かに悩んでいるのか?」
「あ、いや……」

 素直に答える訳にはいかず、歯切れの悪い返事を返す。
 そんな僕を元気付けようと思ったのか、わざとらしく明るい声を瑛士が出した。

「少し散歩にでも行かないか? 近くに大きな桜が咲いてるところがあるんだ」

“優しい”

 この気遣いを無下にする気にはならず、賛成するように頷くとパッと瑛士の表情が明るくなる。
 そんな彼を見てトクトクと鼓動が早くなるが、その事にも気付かないふりをした僕は買って貰った靴を履いて外に出た。


 瑛士と並び、その桜の木があるという場所へと向かう。
 途中家の近くの公園横を通ると、いつものように子供たちが遊ぶ声が聞こえていた。
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