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最終話:これから先の人生も

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「あ、ぅん……ッ、はぁっ、ん」

 まだ日中で明るい室内に、ばちゅんばちゅんと卑猥な音が響く。

 肌と肌がぶつかる音や、体液が混ざりナカをかき混ぜるような水音。

 そして僕の口からは自分の声とは思えない甲高い嬌声が溢れ出る。

“こんな時に気持ちよくなっちゃダメなのに”

 それなのに、瑛士と体を重ねるという行為が僕の心を甘く震わせ、そして彼の意識がなく同意もない状態でこの行為に及んでいるという事実の虚しさで胸が締め付けられる。

「人命救助、だから」

 死へと誘う立場の僕が使うには余りにも皮肉が利きすぎているその言葉が、自然と自身の口から出たことに思わず苦笑が漏れたのだった。
 

「う、ん……」
「瑛士!」

 ずっと固く閉じられていた瞼がピクリと動き、彼の黒い目がうっすらと開く。

“意識が戻ったんだ!”

「ま、しろ? なに、して……、ここは……?」

 まだ意識が覚醒していないのか、ぼんやりとした彼の視線。
 だがその視線がちゃんと意思をもって僕を見ている。

「良かった、瑛士……」
「え、……え、ましろ!?」

 その事に安堵し、そして緊張の糸が切れた僕の意識はそこで途切れたのだった。


 

「……っ、?」
「ましろ! 起きたのか?」

 意識を失ってからどれくらいの時間がたったのか。
 窓から夕陽が差し込んでいるところを考えると三時間前後だろう。

「そうだ、瑛士っ、体は!?」
「俺は傷ひとつない、痛いところもない」
「そうなんだ、良かっ……、――あ」

 焦って起き上がり、僕の顔を覗き込んでいた瑛士の肩を掴んだ僕はすぐにハッとする。

“寿命が、見えない”

 体を重ねる前には当たり前に見えていた命のカウントダウン。
 それが今は、まるで最初からそんなものなかったかのように何も見えなかった。

 慌てて翼を出そうと力んでみるが、それすらも出る気配がない。

“疲れてるだけ?”

 ――いや、違う。
 自身の事だからこそわかる『喪失』。

 瑛士を助けるために、僕はもう死神ではなくなってしまったのだとそう確信した。


「あ、はは……」
「ましろ?」
「僕は」

 体が重い。確かな質量を感じる。

 パチン、と思い切り自身の頬を叩くと、じんっと熱く痺れたような痛みを感じた。

“痛みって、こういうものなんだ”


「突然どうしたんだ!?」

 僕の奇行に焦っている瑛士がなんだか可笑しく、大きな口を開けて笑いたくなった僕が声をあげて笑い出すと、更に戸惑った表情になる。

「あぁ、僕は……」

 最初から天使なんかじゃなかったし、今では死神ですらない。
 この世の生物の中で最も下等とされる生物、人間になってしまったことを知る。


「瑛士、君はきっとまだ死なない」
「え?」
「とは言っても、今の君の寿命がどれくらいなのかもう僕にはわからない」
「それって」

 思わせ振りな言い回しに何かを察したのか、少し瑛士の顔色が悪くなった。

“突然人間になってしまったって言ったら、瑛士はどうするんだろう”

 何の能力も、そして人間らしい知識すら持っていない僕は完全に足手まといであり厄介者。
 恋人ではあったが、それは未練をなくす為の仮初のものだった。

 問題しかない、この現状だけど。

 
 きっと彼ならば受け入れてくれるような、そんな気がした。

 
「責任、取ってくれる?」
「幸せにする!」
「ふはっ」

 前のめりに断言され、思わず吹き出してしまう。
 そんな僕の手をそっと握った瑛士は、じっと僕の顔を覗き込んで。

「――もう一回キスから、始めていいか?」

 なんてピュアなことを言い出した。

「キス、から?」
「だってその……」

 少し歯切れ悪く言う瑛士に一瞬首を傾げた僕は、すぐに理由を察してハッとする。
 勝手にさっきしたあの行為は、僕にとっては死神としての力を瑛士に注ぐためのものだった。

 けれど、生物からしてみればあの行為は生殖行為。
 その生物の中でも人間はその生殖行為を生殖のためではなく、愛を確かめるために行うということも記憶の中で知っていた。

“つまり、僕は一方的に瑛士に愛を伝えていた、ということ?”

 そのことに気付き、じわりと頬が熱くなる。
 そしてそれと同時に、彼は死神ですらなくなった僕の責任を取り幸せにするとまで口にしていた。

 そう、きっと今の僕たちは一方的ではなく互いに愛を確かめるタイミングというやつではないだろうか。
 やっとそこまで思考が進み、そしてだったらと気恥ずかしそうにしている瑛士を自身が寝かされていたベッドへと無理やり引きずり込む。

「理解した。キスから、始めよう」

 もう一度、今度は君とこの胸に芽生えた気持ちを確かめるために。

 
 彼が言いたいことはこれだと確信を持っていたのだが、ベッドに引きずり込まれた瑛士はというとまたも戸惑ったような表情を浮かべていた。

“もしかして、今からって意味じゃなかったのかも”

 だが、僕に浮かんだ一瞬の不安を感じ取ったのか、真剣な表情になった瑛士が突然くるりと僕と位置を入れ替え気付けば彼に組み敷かれる。
 自身の状態を一拍遅れて理解した僕の頬がじわりと熱くなり、そしてそんな僕を見つめていた瑛士がゆっくりと顔を近付けた。

「んっ」

 拒絶はしなかった。いや、そんなこと頭にも思い浮かばなかった。
 それどころか、優しくそっと重ねられるその唇から彼の温度が分け与えられているような錯覚を覚え心が震える。

 今からする行為にはきっと何も意味はない。
 生殖行為でもなければ人命救助でもない。

 ただただ、触れたいからというその劣情を互いにぶつけるだけの行為であり、そしてそんな行為がこんなにも待ち遠しいとは今までの僕は知る由もなかった。

 早く、早く触れて欲しい。もっと深く触れてみたい。
 瑛士はどんな風に僕を求め、僕に触れるのかが知りたくてたまらないのだ。

 死神として過ごしていた途方もない時間をぼんやりと垂れ流していた僕は、今の一分一秒が長く感じ、そのもどかしさに耐えられず彼の服に手を伸ばす。
 焦りからか上手く脱がせられず、これが緊張というものなのかなんて少し場違いなことを考えていると、僕の手を補助するような形で彼がバサリと上着をベッドの下へと落とした。

 改めて見る彼の肢体にごくりと唾を呑む。
 こんな感情も、きっと死神だった頃はわからなかっただろう。

 目が離せず固まっている僕の腹部をそっと瑛士の手が撫でる。
 その手がするりと服の下へと潜り、素肌をなぞり誰にも触れられたことのない胸の突起へと伸ばされた。

「見てもいい?」
「うん」

 こくりと頷くと安堵した表情になった瑛士がぐいっと一気に服を捲り、僕の肌を露にする。
 見ても、と聞いたくせにそのままぬるりと胸が舐められビクリと体が小さく跳ねた。

「可愛い、尖ってきたよ」
「んっ、ん」

 くちゅくちゅと舌で乳首を弄りながら、僕の体を瑛士の手のひらが何度も往復し、そしてそっと下半身へと手が触れる。
 さっき勝手に跨った時には触れなかった部分を瑛士の大きな手のひらが包み、やわやわと刺激した。

 たったそれだけの行為なのに、感じたことのないくすぐったいような快感がぞくりと頭のてっぺん目掛け背筋をのぼる。

「ふ、ぁ……ッ!?」
「可愛い、可愛いましろ」
「ま、やっ、あぁっ」

 根本から包み込まれ扱かれると、それだけで脳が痺れ混乱する。
 与えられるその刺激に思わず目を強く瞑ると、そんな僕にくすりと笑みを溢した瑛士は僕の下着ごと一気にズボンをずり下げた。

 途端、ふるりと飛び出した僕のが少し冷たい外気に触れ先端に汁が滲む。

「溢れてる」
「えい、しっ」
「大丈夫だから」

 囁くようにそう告げた彼の指先がくちゃりと汁を塗り込むようにゆっくりと扱き、裏筋を強く擦る。
 生殖機能の構造は持っていたが、だが欲求のなかった今までの僕は勃つことがなかったので自慰なんてしたことがなく、当然だが誰かに射精を促されることだって初体験だった。

 瑛士だって僕がはじめての恋人なのだから初体験のはずなのに、的確にイイところを何度も刺激しいとも簡単に絶頂まで導かれた僕は翻弄されるがまま白濁したモノをピュッと零す。
 勢いよく溢れさせたせいで自分の腹に熱い精液が飛び、少し心地悪さを感じたが瑛士がその精液を掬いペロリと舐めたせいでそれどころじゃなくなった。

「な、何して……」
「苦いな」
「そ、れは、んんっ」
 
 だったら舐めなければいいのにという言葉は結局声にはならない。
 僕の言葉を塞ぐように瑛士が唇を重ねてきたから。

 ちゅ、ちゅと角度を変えて何度も重なった唇が突如僕の下唇を食むように挟み込む。
 そして僅かな隙間へと舌が入れられ、僕の舌を絡め取るように瑛士の舌が蠢いた。
 
 力を吸われない状態でのこの行為は、あの時とは全然違い、むしろ熱に浮かされたようにさえ感じる。
 彼の舌を、唾液の味を刻むように瑛士の真似をし必死に舌を伸ばすと、嬉しそうに目を細めた瑛士がぢゅうっと強く舌を吸った。

 このまま溶けてしまうような気さえしつつ、もっともっとと求める僕は気付けば彼の体を抱きしめるように腕を伸ばす。
 しっとりと手のひらに吸い付く彼の少し汗ばんだ肌が、言い表せない高揚を覚える。

 その時、くち、と後孔に彼の指が触れ、ドキリと激しく心臓が跳ねた。

 ゆっくりと表面をひっかくように指先が動き、そして押し込むように指先が挿れられる。

 一度は彼のモノを受け入れた場所。
 だがそれは無理やりで勢いに任せたものだった。

 そしてその時とは違い、瑛士のモノを受け入れられるようにと彼の指で解されている。
 まださっきの行為からそこまで時間がたっていないからか、それとも僕の体が彼を欲しているのかヌプリとナカに挿っている彼の指を締め付けた。
 自然と収縮してしまうことが、なんだかはしたなく思え恥ずかしくて仕方ない。

 だが恥じらう僕を見下ろす瑛士の表情は、情欲と同じくらい愛しさを滲ませていて――


“早く、欲しい”


 自然と心からそう願った。

「さっきの余韻で、今ならすぐ挿入できると思うから」

 口から溢れたその言葉はただの言い訳なのだと誰よりも僕自身が理解している。
 でも彼を求める気持ちが逸り、繋がりたくて堪らない。

 そんな言葉を聞いた瑛士の喉がごくりと鳴って上下し、その動きにすら欲情した。


 早く、指じゃなく、瑛士のが欲しい。


 そしてそんな想いが通じたのだろう。ちゅぷんと指がナカから抜かれ、ぬち、と指よりも太く、そして熱く少し弾力のあるソレがあてがわれる。

「あ、はぁ……っ」

 ぐ、と瑛士が腰を押し込むようにしてナカを進むと二度目だからか無理やり跨った時に感じた突っ張るような痛みはなくただただ快感だけが僕を襲った。

 時間をかけて埋められ、そして誰に教えられるでもなく本能のまま揺さぶられる。
 その度に電撃が走ったような快感が全身を巡り、僕の体を支配した。

「ましろ、好き、好きだ」
「ん、僕も、僕も瑛士がきっと好き」
「きっと、か?」
「ん、ちが、好き、大好き」

 幾千年の時をただ過ごすのではなく、瞬きの時間だとしても彼と共に居たい。
 その僅かな時間が、なによりもかけがえのないものだと今の僕は知ってしまった。

“今ならあの犬の気持ちがわかる”

 瑛士の前に送った犬は、最期の瞬間こそ家族と過ごしたがっていた。
 そして今の僕も、きっと『その時』がきたら同じことを願うのだろう。


「ましろ、ましろ……!」
「ん、えいし、瑛士っ」

 ぱちゅぱちゅと粘着性の音を響かせ肌同士がぶつかる音が鼓膜からも刺激する。
 一気に高められた快感に堪らず吐射した僕が一気に彼のを根本から締め付ける。

 激しい抽挿を繰り返し最奥まで抉るように貫いてた瑛士のモノが、そんな僕の反応に呼応し体の奥でびゅくりと劣情を放った。


 ハァ、ハァと荒い呼吸を繰り返し、そして触れるだけの優しい口付けを交わす。

 心が満たされ、温かいものが胸を支配するのを感じた。


 あぁ、きっとこれが、愛を確かめる行為なのだろう。
 その事実に、自然と僕の口角が上がる。

 それが、笑うことすらまともに出来なかった死神だった僕の今の姿で、そして愛を知る新しい人生のはじまりだった。


 いつか、僕ではないどこかの死神が迎えに来た時、笑顔で最期の時を過ごせるように。
 儚く短い時間だからこそ、毎日を自身の足で君と歩めるように。

 
「愛してる」


 ぽつりと溢れたその言葉は、心地よく僕らの耳をくすぐったのだった。
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