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#009 シックス①

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 来海くるみの背後に迫る魔の手。
 しかし焦る俺を他所に、来海は表情1つ変えずに動かない。
 駄目だ、間に合わない――、

 しかし、その時だった。
 パリンと窓ガラスの割れる高い音が社内のロビーに響く。
 
「ぐあああああッ!!」

 戦線メンバーの男の手から、警棒が取り落とされる。
 見れば、男の手から血が出ている。

 ――これは、狙撃!!

 何者かが、ビル外から戦線メンバーの手元だけを射抜いたのだ。
 来海は背後で手を抑えて蹲る男を一瞥し、スキルでクナイを操り、切り付ける。
 男はそのまま麻痺毒によって意識を失い、ぐったりと倒れてしまった。

 突然の事態に驚いたが、ともかくおかげで来海は無事だ。
 俺は来海に駆け寄る。

「おい、今のって――」

 そう言いかけた時、来海は耳元に指先を当てて通信を始めた。
 
「こちらウォールナット! “オーガ”! おっそい!」
『――。――、――。――』
「そんな事言ったって、今回は人質が勝手に動いちゃったんだから、仕方ないでしょう!」
『――。――。――』
「はぁ。分かってるわよ、了解!」
 
 それを最後に、来海は通信を切って俺に向き直る。
 何故かその表情には、にこにことした取って着けたような笑顔が張り付いていた。

「じゃあ、桐裕きりゅう
「うん? どうした?」

 その時、俺の首筋にチクリとした痛みが走る。
 いつの間にか、念動力テレキネシスのスキルで操られたクナイが俺を刺していた。
 背後から静かに迫る暗器の存在に、気が付かなかった。
 
「ぐッ……。くる、み……。どうし、て……」

 働き蜂の麻酔毒が、身体に回る。
 俺は立っていられなくなり、地に這いつくばる。

 コツコツと小気味良い足音と共に、来海が近づいて来る。
 なんとか首だけを動かして見上げれば、来海の黒いタイツに覆われたすらりとした脚が視界に入る。
 
「そろそろ機動隊が突入して来て、この場を納めてくれるわ。でも、ごめんなさい。私の秘密を知ったあなたをこのまま帰す訳にはいかないの」
 
 もはや瞼を持ち上げる事も出来ない。意識を保っていられない。

「おやすみ、桐裕」
 
 来海のその言葉を最後に、俺の意識は暗転した――。
 
 
「――ぅ、うぅん……?」

 意識が起こされる。しかし、おかしい。
 どうやら、俺は今椅子に座っている様だ。お尻の下から固いパイプ椅子の感触が伝わって来る。
 身体が上手く動かない。腕を動かそうとすると、じゃらりと金属音が鳴る。手錠だ。
 視界もアイマスクで覆われている様で、真っ暗だ。
 
 俺の最後の記憶は、来海に刺され麻痺毒によって眠らされた、あの瞬間だ。
 つまり、あの襲撃事件の後、俺はまんまとあの女に拉致られたという事になる。
 
 ――参ったな。

 スキルを使えば、この程度の拘束どうにでもなるだろう。
 しかし、視界が遮られていて周囲の状況も分からない。変な動きを見せた瞬間に撃ち殺されでもしたら堪った物では無い。
 さて、どうしたものか。

 そうして逡巡していると、前方から声が投げかけられる。

「おうおう。やっと目が覚めたみたいだねえ。火室桐裕かむろ きりゅう君」

 大人の男の声だ。
 飄々とした調子で、俺の名を呼ぶ。
 そして、その男の手によって目隠しが取り払われた。

 その男はスーツ姿の中年だった。眼鏡をかけていて、どこの会社にも一人は居そうな感じだ。
 男はアイマスクを指先でくるくると回しながら、拘束された俺の正面に置かれていた会議机を周り込んでパイプ椅子に座り、会議机に肘をついて組んだ手の上に顎を置く。
 邪魔になったのか、アイマスクは机の端に放られていた。

 部屋は閉め切られた薄暗い会議室の様で、俺と目の前の男の他には誰も居ない。
 俺は男に問う。

「あんたは何者だ? 来海の仲間か? どうして俺を――」
「おいおい。目が覚めて早々、質問が多いなあ。というか、普通はもっと焦ったり怯えたりしてもいいと思うんだけどねえ。やけに冷静というか、肝が据わっているというか……」
「あんたは大人で、俺はスキルホルダー。それ以上に何か言う必要が?」
「……いんや。でもよお、それじゃあ桐裕君は、外で待機してる“ウォールナット”に殺されちゃうねえ」

 ――ウォールナット……来海の事か。まあ、そう簡単に逃がしてはくれないよな。

 俺が黙り込むと、男はそのまま言葉を続ける。

「いや、ごめんごめん。別に脅すつもりは無かったんだけどねえ。僕らは君に危害を加える為に連れて来た訳じゃあないんだ」
「じゃあ、なんの為に……」

 すると、男はすっと立ち上がり、寮の腕を大きく広げた。

「改めて、自己紹介と行こうか。僕らは国家直属秘密組織“第六感症候群秘匿特務班”、Sixth Sense Syndrome Secret Special Mission Squad――通称、“S⁶シックス”。
 新たなスキルホルダーの保護、並びに犯罪行為に及ぶスキルホルダーの制圧に当たる為作られた、スキルホルダーを擁する対スキルホルダー特殊部隊だ。まあ、目には目をって奴だな」
 
 対スキルホルダーの為に作られた、国家直属秘密組織“S⁶シックス”、それが来海の背後にあった組織だった。
 なるほど。通りで彼女はスキルホルダーのレジスタンス団体なんて物を追っていた訳だ。

 男は自己紹介を続ける。

「そして、僕のコードネームは“ボス”だ。文字通り、僕がこの組織のトップだよ」
「は? ……え?」

 まさか目の前に居るのが秘密組織のトップだったとは。あまりの驚きに、変な声を出してしまった。
 というか、コードネームがそのまま過ぎるだろう。来海くるみもそのまま胡桃ウォールナットだったし、秘密組織っだというのにその辺り大丈夫なんだろうか。
 
 俺の様子を見て、スーツを着た眼鏡の男――ボスはサプライズ大成功と言わんばかりに、にっと人の良さそうな笑みを見せる。
 どう見ても普通の中年男性だ。
 しかし、どうやらお偉いさんらしい。俺は一応居住まいを正す。

「……こほん。それで、国の組織が、どうして俺を拉致して拘束するんですか」
「ああ。それはね、君に用事が有って、来海ちゃん――じゃなかった、ウォールナットが君を連れて来てくれたんだけどねえ。ほら、君もスキルホルダーだろう? だから、一応ね」

 ああ。俺がMGC社内で暴走したアイツみたいに、錯乱して施設内で暴れ回らないとも限らないからな。分からなくもない。

「後はほら、演出というか、秘密組織感出るかなって」
「……まあ、それは良いんで、取り敢えずこの手錠外して貰えます? 見ての通り、暴れたりはしませんよ」
「あれえ。さっき脅された様な気がしたけど……」
「多分気のせいですよ」
「そっかあ、ごめんごめん。ちょっと待っててねえ」

 ボスは俺の背後に回り、ガチャガチャと手錠を弄り始める。
 しかし、鍵が上手く刺さらないのかもたもたとしていた。
 そして、結局諦めたのか、ドアの向こうに向かって声をかける。

「来海ちゃーん! 助けてー!」

 すると、ドアが勢いよく開かれる。

「ボス!! 大丈夫!?」

 焦った様子の来海が、クナイを片手に乗り込んで来た。
 まあ、その呼び方をすればそうなるだろう。どう聞いても逆上した俺に襲われたパターンの奴だ。

 来海は部屋に入って来るなり、その場で固まってしまった。
 彼女の視界に入っているのは俺の手錠を外そうと四苦八苦しているボスと、既に少し疲れてきて椅子にぐったりと腰掛けている俺の姿。

「おお、来海ちゃん! だいじょばないよお。この鍵、全然刺さらなくってさあ」

 来海は固まったまま視線を俺とボスとで往復させた後、大きな溜息を吐いた。

「……ボス、もういいから、それ貸して」
「あー、ありがとねえ」

 来海はボスの手から鍵を受け取って、手早く開錠してくれた。
 俺はやっと帰って来た自由を噛み締めるべく、立ち上がって伸びをする。

「それで、来海ちゃん」
「ウォールナット! コードネームの意味ないでしょ、それ」
「ごめんねえ。こーんな小っちゃい頃から知ってるもんだから、ついさあ」

 ボスは米粒程のサイズの空間を二本の指の間に作る。
 
「うっさい。それで、一応報告書まとめて来たけど?」
「うんうん。ありがとねえ」

 ボスは来海から報告書を受け取り、目を通し始める。

「俺、帰ってもいいですか?」
「ああ! ごめんごめん! ちょっと待ってくれ! だから、君に用事が有るんだって! 話を聞いてくれよ!」

 引き留められたので、渋々元の椅子に座り直す。
 来海は壁にもたれ掛かって腕を組んでいた。
 ボスは改めて会議机に座り直し、「さて、そろそろ真面目なお話だ」という枕詞から、打って変わって神妙な面持ちで話を始めた。
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