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#021 明滅する幽霊③

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 その日の晩。
 今日は林殿はやしどのではなく来海くるみと待ち合わせていた。
 
 こちらから来海の寮へと赴いても良かったのだが、向こうから来ると言うので自分の寮のロビーで待っていれば、来海は約束の時刻丁度にやって来た。
 タートルネックインナーと黒タイツにセーラー服といういつものスタイルの上から、白いコートを一枚羽織っている。
 
 ロビーには椅子に腰かけた俺しか居ないので、来海もすぐに見つけてゆっくりと歩み寄って来た。
 俺も腰を上げて、片手を上げて挨拶代わりとしつつ来海の方へ。
 
「よう」
「ん。じゃ、行きましょうか」

 短いやり取りを交わしただけで、俺たちは歩き出す。
 俺は来海の二歩後ろくらいを歩く。
 目的地はこの前のコンビニだ。同じ場所、同じ時刻にあの幽霊が現れるだろうと踏んでの張り込みだ。

 
 特に会話も交わさずに歩いていた道中。
 唐突に、来海はこちらを振り返らないまま、口を開いた。

「ねえ、桐裕」
「うん? どうした」
「あなたのスキルの事、聞いてもいいかしら?」

 俺はぎくりとして一瞬前へと踏み出す足が止まりかけたが、一息吐いて、すぐに平静を装いつつ答える。
 幸い、来海は前を向いたままでこちらの様子など見てはいない。

「来海は特区に来て日が浅いから知らないかもしれないが、他人のスキルを詮索するのはマナー違反だぞ」
「知ってるわよ、そんな事。でも、私たちはエージェント。同じ任務を遂行するパートナーよ。なら、互いの手札を共有しておいて損はないんじゃないかしら?」
 
 まあ、言い分はもっともだ。その内聞かれるんじゃないかと思っていたし、遅いくらいだ。
 少し返答に悩む。無言の間に、コツコツと踏み鳴らす靴の音だけが耳に響く。

 やがて、来海が足を止めて振り返り、重ねて問う。

「どう?」
「……そう、だな」

 俺は観念して、大きな溜息と共に重い口を開く。

「1つ、昔話でもしようか。つまらない話だがな」
「構わないわ。まだ目的地までは、もう少しかかるもの」

 俺たちは再び、歩みを進める。
 
「あるところに、男の子が居た。そいつは両親と一人の妹と共に、何不自由なく幸せに暮らしていた。しかし、ある日その幸せは崩れ去った。……何があったと思う?」

 目の前でポニーテールを揺らし歩きながら、来海は答える。

「さあ?」

 答えは無機質で、さほど興味も無さそうだ。引っ張っても意味はない、早めにオチまで話してしまうか。
 
「“超能力事件”。その一家は、超能力――つまりスキルが原因で死んでしまった。その男の子一人を除いてな」

 決して故意ではない。だから、事件というより偶発的な事故――超能力災害の方が正確かもしれないが、俺の心情としてはどうしてもそう表現出来なかった。
 何故なら――、

「――その男の子って言のが、まあ、俺だ。俺は自分のスキルで父を、母を、妹を――家族を、殺した」

 来海が立ち止まる。そして、振り返らないまま口を開いた。

「あなたが、望んでやった事じゃないんでしょう」
「……そりゃあな。でも、事実として俺はスキルを御し切れず、暴走させたんだろうよ」
「だろうって……」

 俺の曖昧な言い回しに来海は違和感を覚えたらしい。目ざといな。

「事件のショックで――というか、その時は暴走状態だったからな。事件当時の記憶が無いんだ。まあ、もし鮮明に覚えていたら、今頃俺はこんな風に普通に生きちゃいないだろうな」
「……だから、あなたは――いえ、何でも」

 来海は何かを言おうとしていた様だが、上手くまとまらなかったのか言葉を切って、そのまま歩きだした。
 俺も黙って後を続く。
 
 やがて、来海がまた口を開く。

「――でも、あなたはあの時、スキルを使った。銃弾を防いで見せたわ」

 あの時というのは、MGCの襲撃事件の時の事だろう。
 煙幕に紛れて、それこそ煙に巻けたかと思っていたが、見られていたのか。

「MGCの時は緊急事態だった。それに、今はもう昔の俺とは違う」
 
 あの頃、当時八歳だった俺は先天性第六感症候群を発症――つまり、スキルが発現した。
 
 第六感症候群は産まれ付きの先天的な病とされているが、その発症が表面化し、確認出来るタイミングは個々人によって異なる。
 スキルの特性上、“感情の高揚”をトリガーとして活性化し、表面化するケースが多い。
 故に、物心ついた後、主に小学生程度の時期に第六感症候群患者だと発覚するケースが最も多いとされている。
 
 俺にも、当時何かしら感情を揺すられる出来事が有ったのだろうと思う。
 それが親に叱られたのか、妹と喧嘩したのか、それとも他に何か有ったのかは分からない。
 どちらにせよ、俺は最悪のタイミングで潜伏状態だった第六感症候群を発症させてしまい、家族を巻き込んでしまった。
 
 第六感症候群――こんなもの無ければいいのにと何度思った事か。

 しかし、それからの俺は保護されて特区で暮らし、そして学院で学ぶ中で、これ以上自分のスキルで誰かを傷つけない様にコントロールする術を学んで行った。
 これは主に感情の制御と、そしてスキルホルダーにしか分からない特有の感覚――それこそ第六感の様なイメージを掴む事で徐々に馴染んで行った。
 
 俺のスキルも林殿の様に0か100のピーキーなものだが、今では一瞬蛇口を捻ってすぐに締めるという様な小手先の技など、それなりにスキルとの付き合い方を身に着けている。
 滅多な事が無ければ暴発する事も無いだろう。
 
 もっとも、それでも完全に制御出来ているとは言えない。俺は来海ほどに卓越した技術は持ち合わせていない。
 たった一瞬スキルを発動するだけで全神経を集中させなければならないし、たった一度使うだけで心臓がバクバクと大きな音を立てて脈打つ。
 今の俺では、まだ実力不足だ。

 気づけば、無意識的に強く拳を握ってしまっていた。
 手の平に爪の食い込む痛みで我に返る。
 
 やがて、また来海が口を開く。

「そ。なら、次も期待していいかしら? ローゲ」
「あんま頼りにするなよ、ウォールナット。最後の最後に切る、本当の切り札くらいに思っていてくれ。何せ、コントロールどうこう以前に、そもそものスキル自体が気軽に使えるタイプじゃないんだ」

 すると、来海はその言葉で思い出した様に、
 
「そうよ。あなたのスキルが何なのか、まだ聞いていなかったわ」

 渋々ながら、俺のスキルを明かす。

「そうだったな。俺のスキルは――」

 と、そこで、何か気配を感じる。
 来海の視線が、俺の背後に向いている。その眼は見開かれ、ある一点を凝視していた。

「桐裕!!」

 来海が俺の後ろを指差す。
 街灯がチカチカと明滅。
 
 俺は背後を振り返り、来海の視線を追う。
 すると、街灯の上に、白い影。
 間違いない、昨日林殿と一緒に見た幽霊だ。

 そして、その幽霊は輪郭をブレさせ、軽く跳んだ後に姿を消す。やはり同じだ。
 
「どこ行ったの!?」

 来海と共に、周囲を見回す。
 すると、数個先の別の街灯の上に、白い影が在った。

「あそこね! 待ちなさい!!」

 来海が走りだすので、俺も後を追う。
 そのチェイスの最中も、依然幽霊は輪郭をブレさせて消え、また離れた別の場所に現れるのを繰り返す。
 そうして幽霊の後を追っていくがしかし、やがて建物の屋根の上に居たのを視認したのを最後に、幽霊の足取りは途絶えてしまった。

「はぁ、はぁ……。ちっ、撒かれたか……」
「もう、どこ行ったのよ! ちょこまかちょこまかと!」
「仕方ない。ここから先は学生区画じゃない。戻ろう」

 今俺たちの居るこの通りを抜けてその先にある橋を渡れば、通称学生区画と呼ばれる俺たちの普段生活する第一区画を抜けて、ショッピングモールやオフィスなどがある主に大人たちの働く第二区画へ行ってしまう。
 二人行動をしているとはいっても、外出制限下の夜間にそこまで行くのは後で面倒だ。
 見失ってしまった以上、ここからの深追いは無用だろう。

 俺たちは一度戻り、明日再度作戦を立て直す事にした。
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