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「う……ここは?」

 ミルコが目を覚ますと、そこはコンクリートで作られた寂しい空間。
 床はひんやりと冷たく、温かみは一切感じられない。
 窓は無く、あるのは石でできた入り口の扉のみ。
 蝋燭一本だけが部屋を照らし、薄暗いその場所はおどろおどろしい雰囲気があった。

 ミルコは状況が飲み込めず、頭を傾げるばかり。
 自分の身体を見下ろすと、手足には枷が取り付けられていた。

「なんだこれは……おい! 誰か‼ 今すぐこれを外せ!」

 ミルコは激怒した。
 こんな場所に閉じ込められたことよりも、枷をつけられていることにだ。
 ふざけた真似をして……誰がやったか知らないが、絶対に殺してやる。
 心の中を真っ黒にしてミルコはそう決めていた。

 しかし、どれだけ叫ぼうとも誰かが来るような気配はない。
 そのことにまた怒りを覚えるミルコ。
 彼は大声で叫び続け、誰かが来るのを待った。

「……おい、誰か……誰か来るんだ」

 二時間ほど叫び続けただろうか。
 ミルコのもとには誰も来ない。
 さすがにくたびれたミルコは、床に膝をついて俯き始める。

 まさかこのまま死ぬのか……
 彼の脳裏に死が過り、恐怖を覚え始める。

 だがそんな時、重々しい入り口の扉がゆっくりと開かれる。
 誰かが部屋に入って来る……ミルコは安堵と共にまた激情した。

「どういうことだ! 俺をこんな場所に閉じ込めやがって!」

 まだ誰が入って来たのか確認はしていない。
 だがまずは怒り。
 しかしその人物は、ミルコの怒気を何とも思っていない様子だった。

「……メディア?」

 入って来たのは、ミルコの婚約者であるメディア。
 彼女は蝋燭で中を照らしながら部屋に足を踏みいれる。
 その目は氷点下を遥かに下回る温度。
 ミルコはいつもと違う彼女の様子に背筋を冷やしていた。

「ごきげんよう、ミルコ様」
「……こ、これはどういうことだ……メディア!」

 状況は理解できないが、メディアに怒鳴り付けるミルコ。
 メディアはクスクスと笑い、ミルコを見下ろすだけ。

「な、何がおかしい……次期国王である俺にこんなことをして許されると思っているのか!」
「ミルコ様、まだ状況を理解していないようでございますね」
「な、なんだと……?」
「あなたはこの先一生、ここで生きていくのでございます」
「な、何を言っている。俺がいなければ国はどうなる」

 邪悪に笑うメディア。
 その表情にミルコは顔を青くしていた。

 この女……俺の知っているメディアじゃないみたいだ。
 
 そう思えるぐらい、メディアの様子は違っていた。

「あなたの代わりはもういるのです。だからあなたはエミューゼ国にはもういらない存在。誰もあなたを探すことはないし、あなたがここから出られることもない」
「そんなバカな……そんなバカなことがあってたまるか!」
「だけどそれが事実。それが現実。それがあなたの結末。もうここから出ることはないのです」

 ガタガタ震えるミルコ。
 メディアの目がそれが真実だと物語っている。

「お、お前は何故俺にこんなことを……何が起こっているか分からないが、俺はお前に恨みを買うような真似をした記憶は無いぞ」
「そうでしょうね。貴方様は分からないでしょうね」

 メディアはギロリとミルコを睨む。

「私の妹はあなたに殺された……流石に覚えているでしょう? 自分が殺した侍女のことぐらいは」
「あ……」

 ミルコは顔面蒼白となり、蝋燭に照らされたメディアの顔を凝視した。
 確かに自分が殺した侍女に似ているような気がする……そこでミルコは理解する。
 これは彼女の復讐なのだと。
 だがしかし、彼女の意思一つでこんなことをできるとは思えない。
 自分を城から連れ出し、こんな場所に監禁できるとは不可能だ。

「だ、誰だ……お前に協力したのは誰なんだ?」
「それは逆でございます」
「逆?」
「ええ。クレス様の申し出を受け入れ、私が協力したのです」
「クレスだと……」

 犯人は騎士団長のクレス……それを知ったミルコはクレスに怒り散らしてやろうと考えるが……状況が状況。
 それは現在不可能だと察する。

「あなた様からローザ様を切り離すために私はクレス様にお声をかけていただきましたの。そしてあなたを飼うことは私が申し出ました」
「か、飼う……? なんだそれは」
「言ったでしょ? あなたは一生ここで暮らしていくと。言わばあなたは私の犬。私の……あの子の恨みは私が晴らす。これからずーっと可愛がってあげるから覚悟しなさい」

 ミルコはゆっくりと首を振る。
 
 嘘だ……嘘だ!
 こんな場所で生きていくなんて、こんな奴に飼われ生きていくなんて絶対嘘だ!
 俺は王となり、国を好きにして生きていく男だというのに……
 こんな結末は嘘だ! 夢のはずだ!

 メディアがナイフを取り出し、狂った目つきでミルコを見下ろす。

「死なない程度に生かしてあげるから、感謝しなさい」
「や、やめろ……やめるんだ……やめてくれ!」

 ナイフはゆっくりとミルコの爪先に刺さる。
 その痛みはこれが現実だと彼に知らせるには十分のことだった。
 そしてここから抜け出す術もない。
 
 ミルコはこうして、自分勝手な天国のような生活から、地獄の底へと突き落とされたのであった。
 そしてメディアの宣言通り、一生をここで暮らすこととなるのである……
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