身代わり令嬢は愛されすぎて逃げられない

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第4話

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二日後、仮面舞踏会の日。
午後から、モンフォール邸は慌ただしくなった。使用人たちが忙しく動き回り、私の身支度を整え始める。
「まあ、これは……」
侍女の一人が、箱から取り出したドレスを見て息を呑んだ。
それは、暖かなタンジェリンオレンジのドレス。夕焼けの空のような優しい色合いで、細かなビーズの刺繍が施されている。スカートは幾重にも重なったチュールで、動くたびにふわりと広がりそうだ。
「ダルクール伯爵様からの贈り物でございます」
執事が恭しく告げた。
リュカが、私に? いえ、セリーヌに贈ったドレス。でも、なぜかこの色は私のために選ばれたような気がした。
「さあ、お嬢様。お支度をいたしましょう」
侍女たちが手際よく私の髪を結い上げていく。亜麻色に染められた髪が、複雑な編み込みで美しくまとめられた。真珠の髪飾りが、所々に散りばめられる。
コルセットをきつく締められ、ペチコートを重ねて、最後にドレスを着せられた。鏡に映る自分の姿に、息を呑む。
まるで別人のようだった。
タンジェリンオレンジのドレスは、私の肌の色を引き立て、より健康的に見せている。ウエストは細く絞られ、スカートはふんわりと広がって、まるでおとぎ話のお姫様のよう。
「お美しいですわ、お嬢様」
侍女が感嘆の声を上げた。でも、これは本当の私じゃない。ただの偽者。
セリーヌはすでに外出していた。黒いフードつきのマントに身を包み、馬車で出かけていった。どこへ行ったのかは分からない。ただ、彼女の瞳には、獲物を狙う獣のような光が宿っていた。
玄関で待っていると、馬車の音が聞こえてきた。
扉が開き、そこに立っていたのは――
「綺麗だ」
リュカが、呆けたような顔で私を見つめていた。
黒いタキシードに身を包んだ彼は、いつも以上に凛々しく見える。髪は丁寧に撫でつけられ、灰色の瞳が月光のように輝いていた。手には黒い仮面を持っている。
「あの、リュカ様……」
「様はいらない」
彼が階段を上がり、私の手を取った。そして恭しく口づけを落とす。
「ドレスは気に入ってもらえたようだな。ありがとう。君に贈った甲斐があった」
「はい、ありがとうございます」
リュカが満足そうに微笑んだ。そして、懐から小さな箱を取り出した。
ベルベットが布張りされた高価な箱の中には、琥珀のネックレスが入っていた。
夕陽のような色の琥珀が、金の鎖に繋がれている。
「俺がつけてもいいかな?」
「! ……はい」
他人に、父や弟たち以外の男性に近づかれるなど、初めての体験だった。
しかも相手は伯爵家の嫡男。
平民の私ではきっと一生かかってもお目にかかることがない方――
「では失礼して」
私が頷くと、リュカが私の後ろに回った。首筋に彼の指が触れ、ぞくりと震える。冷たい金属の感触と、彼の温かい指先の対比が、肌に刻まれる。
「これで君は完璧だ」
耳元で囁かれ、顔が熱くなった。
リュカが私の前に戻り、腕を差し出す。
「行こうか、姫君」
姫君。その言葉に胸が締め付けられる。私はただの仕立て屋の娘。
でも、今夜だけは――
私は彼の腕に手を添えた。
馬車の中、リュカは私の隣に座った。普通なら向かい合わせに座るはずなのに。
「あの、どうして私の隣に?」
「君の顔を横から見たかったんだ。駄目か?」
少年みたいなまなざしでおねだりされた。
「え?」
「君は横顔が綺麗だから」
さらりと言われ、心臓が跳ね上がる。この人は、どうしてこんなに自然に、恥ずかしいことを言えるのだろう。
馬車が揺れ、私の体が彼の肩にぶつかった。
「あっ、すみません」
慌てて離れようとしたが、リュカが私の肩を抱き寄せた。
「このままで」
「でも……」
「寒いだろう?」
確かに、春とはいえまだ夜風は冷たい。でも、彼の体温を感じていると、寒さなんて吹き飛んでしまう。
森の奥の泉のような、彼の香りに包まれる。安心するような、でもドキドキするような、不思議な感覚。
「セリーヌ」
急に真剣な声で呼ばれ、顔を上げた。灰色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
「今夜は、楽しもう」
その言葉には、何か別の意味が込められているような気がしたが、私は虫した。
「はい」
私は笑顔で答えた。だって、今夜くらいは、この優しい夢に浸っていたいから。

馬車は夜の街を走り続けた。
行き先は、王都で最も格式高い社交場。そこで開かれる仮面舞踏会。
仮面の下で、誰もが別の自分になれる夜。
私も今夜だけは、セリア・フォトンではなく、セリーヌ・モンフォールとして。いえ、ただリュカと一緒にいる一人の女性として、この時間を過ごしたい。
手の甲の傷が、ドレスの手袋の下でまだ痛んでいる。でも、隣にいる彼の温もりが、その痛みを和らげてくれているような気がした。
「おや、手をどうしたんだ?」
リュカが私の指を取った。手袋越しでも、傷の盛り上がりに気づいたのだろうか。
「これは?」
「その……転んで、壁に手をついてしまった時にできた傷でしょう」
嘘をつくと、リュカの眉が僅かに動いた。でも、それ以上は追求してこなかった。
代わりに、彼は私の手を優しく握った。
「痛むなら、今夜は無理をするな」
「大丈夫です。せっかくのお誘いですから」
私が微笑むと、リュカも微笑み返した。でも、その瞳の奥には、何か痛みのような感情が見え隠れしているような気がした。
窓の外を見ると、煌びやかな館が見えてきた。無数の灯りが夜空を照らし、まるで地上の星のようだ。
いよいよ、仮面舞踏会が始まる。



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